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「梅原猛の授業 仏教」より朝日新聞社発行 2002年2月5日 「宮沢賢治」
「農民芸術概論綱要 農民芸術の興隆」
「かつてわれらの師父たちは乏しいながらかなり楽しく生きていた。そこには芸術も宗教もあった。いまわれらにはただ労働が生存があるばかりである。宗教は疲れ近代科学に置換され、しかも科学は冷たく暗い。芸術はいまわれらを離れ、しかもわびしく堕落した。いま宗教家芸術家とは真善もしくは美を独占しうるものである。われらにあがなうべき力もなくまたさるものを必要とせぬ。いまやわれらは新たに正しき道を行きわれらの美をば創らねばならぬ。芸術をもてあの灰色の労働を燃やせ。ここにはわれら不断の潔く楽しい創造がある。都人よ来ってわれらに交われ。世界よ。他意なきわれらを容(い)れよ。」
これは賢治が羅須地人協会という会を始めたときの文章です。賢治は農業をしながら芸術を語り、宗教を語る。そういう高い理想を持った集団を作ったんですが失敗に終わった。けれども理念は正しい。 これはすばらしい夢を実現しようとする宣言文だ。しかし、みじめに数年で崩壊する。理想が高すぎたんです。
(KH)彼の時代感があまりにも進みすぎていたのです。そのぶん、現代にあってはじめてその思想の正しさがよくわかる。
「農民芸術概論綱要 序論」
「おれたちはみな農民である。ずいぶん忙しく仕事もつらい。 もっと明るく生き生きと生活をする道を見つけたい。 われらの古い師父たちの中にはそういう人も応応あった。 近代科学の実証と求道者たちの実験とわれらの直感の一致において論じたい。 世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はありえない。 自我の意識は個人から集団社会宇宙と次第に進化する。 この方向は古い聖者の踏みまた教えた道ではないか。 新たな時代は世界がひとつの意識になり生物となる方向にある。 正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである。 われらは世界のまことの幸福をたずねよう。求道すでに道である。」
労働することの中に芸術もあり、宗教もある。そういう人生を彼は回復しようとした。 賢治は科学と宗教との一致ということを考えています。これは賢治の哲学の精髄に触れます。この背後には唯識仏教という仏教の考え方がある。ひとつは世界を意識の現われとみる。銀河系の宇宙もひとつの意識であり、人間の意識もそのような意識のひとつの現れである。そのような人間の意識と銀河系の意識とをひとつにさせる。それが賢治の宗教であり科学です。 その思想の根源は、自分と世界とは同じだという仏教の考え方です。世界は全部自分の中に入っている。銀河系がぜんぶ自分の中に入っている。自分と世界が同じだ。これは、華厳や真言密教の考え方です。大日如来が皆さんの心の中に入っている。その道を歩むのが古い聖者の踏んだ道である。 『銀河鉄道の夜』という童話の銀河鉄道も、こういう形で捉えられたものです。ただの宇宙科学の銀河鉄道ではなくて、宇宙がひとつの意識になり、心の中に宇宙が入っているという賢治の哲学から生み出された。ここで賢治は、仏教哲学を中心とし、科学を媒介にして、ひとつの見事な世界観をこしらえたわけです。
梅原猛 |
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