55.釜石での不思議な体験

 電気学会全国大会で10年ぶりに仙台に訪れました。新幹線を乗り継いでいるときに、ふと最初に宮城県に来た時のことを思い出しました。42年前(1984年)のことです。

 社会人になって2年目のゴールデンウイークの連休を利用して、夜行電車でやってきました。塩釜に到着したのは朝4時過ぎだったと記憶しています。すでに明るくなっていました。

 海岸に出て散策していると海の神様について記載されている碑が立っていました。この碑を読んで、心の中で「本当に神様がいるのであれば、何かの印を見せてくれ。」と念じました。当時、キリシタンが海で貼り付けにされて満ち潮で溺れるときに神様がいるのであれば何かの印をみせてくれ」と祈っても何も掲示が無いという「沈黙」という映画があったのに影響されたものです。

 そのような軽い気持ちで念じたのですが、朝の5時にも関わらずに大きな銅鑼(どら)の鳴る音が近くで間髪入れずに鳴りました。さすがに町の時を知らせる音であるはずもなく、やはり神様がいることを確信しました。神様を怒らせてしまったかもしれないとおののきました。この時は既に体温が低く霊的な感受性が高かったのかもしれません。

 その際に塩釜神社で無く、金華山に行かなければならないと思い、その足で、本釜石から電車で石巻に行き、宮交バスに乗り換えて鮎川港まで行きました。バスの中はちょうど学生が通学で乗っていて全く会話の方言が理解できなかったこと、くじら漁で栄えていたことを思わせる看板も覚えています。鮎川港から船に乗り牡鹿半島から金華山の黄金山神社に行き、ちょうど厄年であったので祈祷を受け、神様に無礼なことをしたことを謝りました。

 先日調べたところ、碑はすでに東日本大震災の津波でなくなっていますが、祀られた神様は金華山の黄金山神社の神様である可能性が高いことが分かりました。謝った神様は正しかったようです。

 その日、仙台近くで宿泊したはずですが全く記憶にありません。

2026年03月23日