愛知県碧南市 「ドンドンと怪奇な音が響き渡り…」 旧字名「どんどん山」の由来
<サラサラの砂が堆積する砂丘地帯。転覆した船から聞こえる、ドンドンという音。奇妙な現象に村人達は、この場所をドンドン山と呼ぶようになった> 今の大浜・伊勢町辺りでの話。昔この一帯は、白砂青松の海岸であり、砂の堆積した小山がいくつも点在する美しい場所だった。 その小山の1つから、なんでもドンドーンと大きな音が聞こえたという。音のする小山は、もともと転覆して裏返った船に砂が堆積して 出来たものと村人の間では考えられていた。まだ船の中には、人が残っており、助けを呼ぶためにドンドンと船底をいつまでも叩いていると伝えられてきた。 昭和40年代の町名変更までドンドン山という字名が残っていた。
<ドンドン山の砂はすぐに熱くなる。山の地名が多く存在することから砂丘続く地であったことがうかがえる。大浜・称名寺の南門から続く古道は、ドンドン山の海岸線へ。住職が船で西尾へ向かう際の道と聞く> 旧字名の「ドンドン山」は、現在の伊勢町3・4丁目にあたる。このあたりの畑は往時「焼け畑(やけばた)」と呼ばれ、砂がすぐに熱くなる。 よく海水浴で砂浜が熱すぎて裸足で歩けない、といった体験をイメージして欲しい。もとは白砂青松の海岸線であり、近くには「二ツ山」、「四ツ山」といった旧字名からも砂丘が存在していたことが想像できる。 このドンドン山から西へ向かったあたりに「三ノ寮」という地名があった。称名寺に関係する3つの僧坊があった故によると伝わる。 称名寺といえば、南門から三ノ寮を経てドンドン山周辺まで至る古道を今でも辿ることが出来る。 この道は、称名寺の住職が船で西尾へ渡るための往還であったという。まだ前浜新田が出来る前の話である。
ドンドン山ならぬ、「ドンドン娘」が西端に存在した。 報恩講が行われた栄願寺でのことである。本堂内の片隅にひとりの娘が現れた。色白でたいそうな美人であったそうだ。 だれもその娘がどこの家の者か知らず、謎は深まるばかり。訪ねても娘は俯いて恥ずかしそうに黙ったまま。 次の報恩講にも娘はやって来るが、同じく片隅で静かに座るのみ。ある時、ひとりの男が娘のあとをつけるが見失う。 毎回、「ドンドン坂」で見失うことから、いつしか娘は「ドンドン娘」と呼ばれるようになった。しかし、いつからかドンドン娘は現れなくなったという。 ドンドン坂と呼ばれた小道は、栄願寺の北にあったというが、西端の人に聞いてもその所在は分からない。 美人の多い西端において「たいそうな美人」と言わしめたドンドン娘。一度は会ってみたいと思うのは、見え透いた男の下心か。 栄願寺の報恩講でもし黙ったままの美人を見かけたら、それはドンドン娘かも知れない。 話しかけず、そっとしておいてあげよう。
< text • photo by heboto >