愛知県碧南市 「城はなくとも城下町」の情緒ある西端に「花街」の存在した歴史
<潤いある街に共通するのは、「竹林」の存在。近年、開発と共に駆逐されていく竹林だが、西端には未だ多く健在。竹と竹の間で見つける「爽快な呼吸」に、西端の「ひととなり」の源を垣間見たような気になる> 応仁寺南の涼しげな小道を旧道方面に向かい、昭和の雰囲気を残す自動車修理の町工場を南回りに進むと、田園風景が広がる。 夏にはヒマワリ咲く畑の辻道を左に行くと、鬱蒼と茂る竹林に出る。 鷲塚・神有地区と並び、西端の地は竹林の多い地域。共通するは、どこか潤いのある空気。竹林が何らかの関与をしている事は明白である。 竹と竹との間にある小道に足を踏み入れれば、自然と深呼吸になる。額の辺りが冷たくなっていく感覚。西端の爽快な大気に触れたようで、ずっと身を置きたくなる場所である。
<西端にも確かに「花街」があった。だがそれは僅か数年の事だと資料には示されているが、はたして…。「杏」という美しい遊女の話。綺麗な人が多いと言われる西端の街、運命の巡り会いを期待して旧・日新町を歩く> 碧南市史・年表の記述に、”慶応2年(1866)西端に10軒の遊郭ができた。明治元年(1868)には廃止され、田畑となる”とある。 僅か2年ではあるが確かに西端に花街は存在したようだ。場所は現在の湖西町、旧字名「日新町」である。 花街には「杏」という名の遊女の話が伝わっている。西端のみならず、付近の村々にまで噂になる程に美しい杏は、身分高い役人に求愛されながらも、恋した男と逃避行してしまう。そんなロマンティックな話が残る旧・日新町を歩いてみる。 栄願寺から続く細い道を南へ。旧家の古い屋敷が続き、風情あるたばこ屋前で道は突き当たった。 右手先には、「勉強屋洋品店」の看板が見えた。気品ある西端美人に私が出逢うには、まだまだ道程は遠いらしい。
西端は古くから栄え、旧来の古道が未だに残っている。集落を縦断する「山街道」は、東海道・大浜茶屋を経て遙か遠くの信州へと続いている。 そしてもう一つ、碧南市に隣接する高浜市・西尾市を結ぶ「高浜道」が西端集落の中心を東西に走っている。 その高浜道の一画、「西端」交差点から西へ行く坂に数本の桜がある。 春になると桜色の門をつくり、実に風情がある景観。どういった経緯で桜が植えられたのか定かではない。 集落入口という意味深な場所にある桜、人情話でも想像してしまいたくなる。
< text • photo by heboto >