(図1)
(図1)内の 「日本海軍使用全周波数」 の一覧表はココをクリック
同送信所は米海軍が昭和27年(1952年)から対潜水艦用の送信所として、接収し使用していたが平成6年(1994年)に返還され、鉄塔は平成9年(1997年)に送信所
は平成1年(2006年)に解体された。
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呉通信隊の「暗号を傍受」ついて
「真珠湾の暗号修復」というタイトルで「朝日新聞 平成21年5月13日朝刊 三河版」に、呉通信隊が暗号文を傍受し、その訳文した現物が陸上自衛隊豊川駐屯地の「歴史館」で展示保存してきたが、茶色に変色等劣化がみられるので、永久に保存できるよう修復が施された、との要旨の記事です。修復された「写真」も掲載されています。
記事の一部を引用しますと、・・・・・・・・・・・呉通信隊の通信兵だった中村文治(故人)が保存。その後、40年前から駐屯地内の三河史料館で展示されてきた。・・・・・・・・・・呉通信隊で中村さんの同僚が受信して3枚の訳文を作った。暗号訳文は機密文書にあたり、通常は一定期間の保存後焼却される。
だが中村んが「記念にしたい」と3枚の内1枚を譲り受け、自宅に戻ったという。ほかの2枚について防衛省防衛研究所は「どこにあるか確認が取れていないと話す。・・・・・・・・・・
現物が見たいので、「陸上自衛隊豊川駐屯地」の「三河史料館」で見てきました、残念ですが撮影禁止でしたので、本ページにアップ出来ません。
しかし分った事は(下図参照)
(1)指定:「緊急信」は本来「朱肉捺印」です、わずかに「朱印」らしきものが確認できました。
(2)「長門」「二四」「GF」「GF長官」その他記入文字は青色の複写であることが確認できました。
(3)本来は赤色の複写である「機密第」「番電」「日」「時」「分」はまっ たく確認できず空欄にしか見えなかった。
以下訳文の説明です、訳文内「赤色文字」は説明のため追記したものです。
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陸上自衛隊豊川駐屯地
「三河史料館」所蔵
「海軍電報起案訳文用紙」
@送信艦所:「長門」
発信艦所:「長門」
A著信者:GF「連合
艦隊」
B発信者:GF長官
「連合艦隊長官」
C受信時刻:一八四九
:一八五五
(18時49分と18時 55分2度受信した)
D作成翻訳時刻:
一九一〇 (19時10分)
E作成翻訳者:谷本
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「呉通信隊」は@「海底ケーブル」で受信し「有線」で中継したA「267Kc」で受信し「有線」で中継した、とおもに@Aの2説がありますが、現在では@「海底ケーブル」説が有力です。(図1)。
いずれにしてもこの文書は「長門」が内海や九州方面在泊の連合艦隊所属艦艇に向けて送信された電文を受信し訳文したもので、ハワイに向かっている連合艦隊向けに「攻撃を指令」した電文の訳文ではないと言う説が有力です。(注3)
その根拠として上記受信周波数267kcは「部隊通信系通信電波」で指定されている「周波数」の内の1波で、直接攻撃を指令した「中央放送通信系通信電波」として指定されている「周波数」と異なっています。
(図1)に記載されている周波数 17.44、4175、8350、16700kc は直接攻撃を指令した「中央放送通信系通信電波」に指定されている周波数です(下表参照)。
(注4)
「中央放送通信系通信電波」 と 「部隊通信系通信電波」 の
「日本海軍使用周波数一覧表」 の詳細は
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「三河史料館」 に展示保存されている 「原紙」 の複写が 「防衛庁資料室」 や各地の「戦史資料館」 等で展示されているようですが、上図「赤字の部分」が「原紙」とは異なり何らかの理由で手書きで追記したものがあるようです。
参考文献(注1)戦史叢書「ハワイ作戦」防衛庁防衛研修所
(注2,3)「新高山登レ一二〇八:宮内寒彌
(注4)日本無線史第10巻海軍無線史