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三 文章の要素 谷崎潤一郎著 文章の要素に六つあること 用語、調子、文体、体裁、品格、含蓄 ○用語について 心得を申しましょうなら、異をたてようとするなということに帰着するのであります。それを、もう少し詳しく、箇条書きにして申しますと、
一 わかり易い語を選ぶこと
これが用語の根本の原則でありまして、わかり易い語といううちには、文字も含まれていることはもちろんであります。この原則の大切なことは、誰にも明々白々なはずでありますが、特に私がこれを強調する所以は、現今では猫も杓子も知識階級ぶった物の言い方をしたがり、やさしい言葉で済むところを故意にむずかしく持って回る悪傾向が、流行しているからであります。昔、唐の大詩人の白楽天は、自分の作った詩を発表する前に、その草稿を無学なおじいさんやおばあさんに読んで聞かせ、彼等にわからない言葉があると、躊躇無く平易な言葉に置き換えたという逸話は、私どもが少年の頃しばしば言い聞かされた有名な話でありますが、現代の人はこの白楽天の心がけを余りにも忘れすぎております。要するに、自分の学問や、知識や、頭脳の働きを見せびらかそうとしたり、未だ前人の言わない用語を造ってみようとしたり、自分だけ偉がろうとする癖、 異をたてようとする根性を改めることであります。
(アメリカでのスピーチが、誰にもよく分かるようにされることと共通していると思う。)
二 なるべく昔から使い馴れた古語を選ぶこと
三 適当な古語が見つからない時に、新語を使うようにすること
四 古語も新語も見つからない時でも、造語、−−−自分で勝手に新奇な言葉をこしらえることは慎むべきこと
五 拠り所のある言葉でも、耳遠い、むずかしい成語よりは、耳馴れた外来語や俗語の方を選ぶべきこと等であります。
調子は、所謂文章の音楽的要素でありますから、これこそは何よりも感覚の問題に属するのでありまして、言葉をもって説明するのにはなはだ困難を覚えるのであります。つまり、文章道において、最も人に教えがたいもの、その人の天性に依るところの多いものは、調子であろうと思われます。
(同じ内容の事がかかれていても、自分にとって、しっくりとよくわかるものと、まったくわからなく面白くないものがあります。それは、自分と著者との相性の問題であると思われます。そうしてみると、やはり文章にはその人の精神のあらわれであるというのがよくわかるように思います。)
おわり おつかれさまでした。
(注意)括弧に囲まれた色違いの文章は、服部健治の意見です。 |
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