愛知県碧南市 「天然和上得阿」の思いやり 春を迎えた貞照院で一休み
<貞照院第13代住職「天然和上得阿」の存在は「碧南の民話」となって今も語り継がれる。250もの戒律を守ったものだけに与えられる「和上」の称号。人々からは「和上さん」と親しみを込めて呼ばれ、その人柄は人々に感動を与えた> 歴史の観点からいえば、貞照院は碧南市の寺院においては、それほど優位な存在ではない。 だが、碧南市の有名な寺院に貞照院の名を挙げる人が多いのはなぜか? ひとつに独特の凛とした佇まいに心惹かれる想いがあるから。そして貞照院の歴代住職が人徳に優れた人物であったことによる。 なかでも貞照院第13世住職、「天然和上得阿」は”和上さん”と親しまれ、碧南の民話に登場するほどの人。 ある年の暮れ、放生池の鯉が盗まれた。罰当たりな盗人に憤慨する寺男。「寺の鯉を盗むとは、よほど食べるものに困っていたに違いない」と和上さんは寺男の怒りを窘め、盗人であった農家の家に食べ物を送らせた。 折しもその年は不作で年も越せない農家が多かった。和上さんは普段から薄歯の下駄を履いていたという。これは地面の虫を踏みつぶしてしまわないようにとする和上さんの思いやりである。
<春に訪れる貞照院。「完璧」と賞賛されるクリーンな貞照院に、あえて参道に散りばめられた「椿の花びら」。これは自然のなせる技か、それとも演出か? 心落ち着く椿の香りを愉しむ> 貞照院にも春は来る。だが決して桜が主役ではない。確かに境内には何本かの桜があり、茅葺きの山門に桜の花びらが舞う姿は美しい。 貞照院の入り口、「南無阿弥陀佛」の石標ある参道で私は溜息をついた。 貞照院は完璧なほどに清掃が行き届いた寺院である。碧南市は信仰心厚い地であり、どの寺院も至って清潔であり、整備もされている。 だが貞照院は数多くある寺院のなかでも、その度合いが突出している。 「完璧」という言葉で賞賛される貞照院が、あえて参道に「椿の花びら」を散らしていた。 椿の花びらが散りばめられた道を行けば、潤いある香りが鼻腔へと届く心地良さ。これは演出なのか? それとも自然に任せた結果なのか。 参拝者を迎える「もてなしの心」、さすが貞照院である。
貞照院を訪れて、疑問に思うことはないだろうか? 「確か、山のように見えた敷地も、境内に入ればそれほどでもない」と。 実は貞照院には、人知れない世界が存在しているのである。本堂の南、仏足のある納骨堂の陰に、人ひとり通れるほどの小さな門がある。 両開きの扉を押せば、そこは想像だにしない別天地が現れる。鬱蒼とした森の世界に20メートル四方の放生池。 石畳を行けば、傍らに2メートルもある柄杓が用意されていた。「池の水をかえるにかけて下さい」の立て札を見れば、視線の先に体長110センチの親子蛙。 森の奥へと誘う山道を行けば、袈裟を着た狸に出会った。ここは本当に現世か…と自らの正気を問いただす。 碧南市は田舎だけれど迷うほどのことはない。しかしこの貞照院の庭はどこかファンタジーな雰囲気に満ちて、いつしか森の住民となってしまいそうである。
< text • photo by heboto >