38.槍ヶ岳(その2)(やりがたけ)(2016.08.13) 参考にさせていただいたサイトはこちら他多数
2回目の北アルプス・テント泊登山は、1年前から目標にしていた槍ヶ岳となりました。その後半です。前半はこちら 1.起床 標高3000m近い殺生ヒュッテでは、夜の気温低下が半端ではありませんでした。寝床に入ったときには半袖Tシャツ、シュラフなしで丁度良かったのが、朝にはフリースを着込んでシュラフにしっかり入って丁度いいまでに寒くなりました。 さらに、まともに横になると尾てい骨を直撃する岩を避ける姿勢は、色々に可能なのですが、その姿勢をずっと続けることは出来ないので、寝返りをうつことになり、するとその都度岩が気になります。 着る物の調整と岩からの逃避とで、10回以上目を覚ましていたような気がします。家内も似たような状況だったようですが、子供達は結構眠れていたようです。 暗いうちからテントを撤収して、水滴を払う音が響いていました。 右画像は、夜明け前の朝焼けに照らされる槍の穂先です(4:54)。 |
2.槍の肩へ − 高山病との闘い
前夜には、朝食を食べてから出発するつもりにしていましたが、私の気が変わり、朝食前の出発としました。
各自のザックから食事の食料などを取り出し、行動食と水と雨具だけ入っているようにさせました。
トイレに行くなどしてから、ヘルメットをかぶって5:30に出発しました(下左)。
長男が勇んで先頭で飛ばしています・・・ついて行こうとした時、身体が何かを発しました・・・ここで無理したらアカン・・・
殺生分岐(上右、5:33)までは緩い下りなのですが、その間から自重しました。しかしそれでも手遅れ、「高山病」の一線を越えてしまったようです。
少し無理すると吐き気が襲ってきそうな感じです。歩けるペースで歩いていたら、間も無く次男に追いついてしまいました。次男も「動くと吐き気がする」と同じようなことを言っていました。
会社の先輩にかつて教えてもらった通りに「吸うのは勝手に吸えるから、一所懸命に息を吐いてごらん」と教えつつ、自分でも実践しました。それでも中々楽にはなりません。先行する長男と家内を仰ぎ見つつ、十歩進んでは一休み、という感じで二人ヨロヨロと進んでいました。
へたりこんでいるところで、上がってきた男性に声をかけられました。「高山病ですか? 痛み止めを飲むと楽になりますよ」と勧めていただきました。高山病に痛み止めが効くという予備知識も無かったのですが、「飲んで30分もすれば楽になりますよ。飲まないとずっと大変ですよ」と仰るので、ありがたく一錠ずついただきました。錠剤の包み?の略号から後で調べたら「ロキソニン60mg」、処方箋なしで入手できる痛み止めでは最強クラス、歯医者さんが抜歯した時に出すような薬、でした。高山病の症状緩和に有効というのもネットの各所に記載がありました。
殺生分岐から山荘までコースタイム0:40のところ、家内と長男は0:38で着いていますが、私と次男は1:05かかりました。
家内は、「先に行ってしまったことを後悔していた、山荘までは来てくれるものと信じて待っていた」、
私としても「連絡手段も無いし、何が何でも山荘までは行かねば」、でした。
山荘前にザックを置いて、長男のハイドレーションをサブザックに付け替えた、という記憶しかないのですが、到着の画像と次の出発の画像のタイムスタンプを見ると15分離れています。付け替え作業以外の時間はへたり込んでいたようです。
3.槍の穂先へ − 高所恐怖症との闘い
家内は「本当に大丈夫なの?」と質しますが、私も次男も「ここまで来たのに登らないなんて有り得ない!」
暫くへたり込んだのと、薬と、両方が効いてきたのかもしれません。大分気分も良くなったので、一番元気だと思っていた長男にサブザックを背負わせて穂先を目指して6:53に出発しました(下左)。
ひどい時は山荘の前まえ伸びているという渋滞の列は、それよりはマシでしたが、それでもすぐ引っかかりました。上中画像は7:08、ようやく最初のハシゴが近づいてきたところ、だったと思います。上右画像も7:08、共有とした水を次男がもらっているところです。
周りの景色は、というと、
7:04には大喰岳の向こうに穂高連峰が見えてきました(下左)
7:05には反対側に小槍が見えています。画像では視認困難ですが、3,4人登っているのが見えました。
7:36は最後のハシゴ前の渋滞だったのでしょうか(下左)
同じ時刻で、穂高連峰の見え方は大分しっかりしてきました(下右)
そして、7:56に子供達に続き登頂しました(下左)。狭い山頂は下山待ちの行列でほぼ埋まっていました。
左下に小槍と西鎌尾根が見えています(下右)
家内も登頂して、ようやく空いた祠の前で記念撮影です(下、8:01)。左下に北鎌尾根も見えています。
下左は東鎌尾根、画面中央にヒュッテ大槍(8:01)。
穂高連峰にどんどん雲がかかってきたので、慌てて子供を入れて撮りました(下右、8:08)
下は8:07に撮った360度の動画ですが・・・人が多いです。南の穂高方向から西→北→東→南と回っています。
8:13ようやく下山の順番が回ってきました(左) 穂先の難易度については、ネットで質問をしていました。 実際に行ってみると、男3人の感想は 家内は「怖かった、必死だった」と言っています。 左画像の赤い屋根の槍ヶ岳山荘と標高差100m、これを見下ろして何でもない人には何の難しさもないし、恐怖を覚える人には難しさがあるのでしょう。 |
下山を始めてからは渋滞することもなく(前の人に離されてしまった、とも言います)、8:35には槍の肩まで戻りました。
上では気がついていなかったのですが、今度は長男が元気ありません。聞いてみると
「登りの一段目のハシゴを一気に上ったら急に頭が痛くなった」
男3人共、残念ながら高山病要注意、のようです。
4.横尾までペースアップ − 岩魚定食を求めて
高山病の症状が一応治まった私と次男も、頭痛が続いている長男も、殺生ヒュッテまで下りる分にはまずまず速やかに下山できました。
しかし、朝食を作りつつテント撤収しよう、と言っても、長男が動けない、と言います。私と次男が薬をもらった話から、家内が手持ちのカロナール(ロキソニンよりは穏やかな痛み止め)を長男に与えていました。
家内が朝食を準備する間に、私と次男とでテントの中を片付けました。朝食は、たらこ・さけ等が入ったアルファ米のお粥に、コーヒー・ココアですが、ここでコーヒーが無くなってしまいました。料理用の水は少し足りなくなりましたが家内が不足分をハイドレーションから足していました。
テント片付け隊も、テキパキには程遠いながらも、何とかテントを空にして、ようやく撤収を完了させました。お粥を食べて元気になった長男が「ナベとコンロ(我が家ではコッヘルとストーブとは呼んでいないので)を持つ」というので持って貰いましたが、後で聞くと撤収を手伝えなかった代わりに頑張ろうと思ったのだそうです。出発は10:26だったようです。
歩き出してからは、まずまずのペースで歩いたと思います。水場で各自のハイドレーションを満杯にしました。この水場で初めて徳沢までのコースタイムを概算して、コースタイムどおりなら4:30には着けそう、と見積もりました。徳澤園の岩魚定食の受付が17:00終了なので30分の余裕はあります。
天狗原分岐が11:55、殺生分岐からコースタイム1:20のところ、給水時間を含めて1:29です。この時点で余裕は45分。
大曲の手前の雪渓のところは、画像が一切無いのですが、傾斜が急すぎるように見えたところは避けて、ある程度緩くなったところから突入しました。岸に近いほうが踏み抜きの可能性は高いけれど大事に至りにくい、真ん中の方が踏み抜きにくいけれど、踏み抜いても滑落しても危険、と考えて、足跡のあるところ・・・と思ったのですが、それと分かる程の足跡はありません。結局適当に100m強くらいを歩いて、行きに往生した箇所もショートカットして、無事上陸できました。
大曲が12:48、天狗原分岐からコースタイム0:50のところ、0:53です。この時点で余裕は42分。
この辺りで「殺生ヒュッテで食べたのが朝昼兼用でいいよね」と家内が昼食省略を宣言していました(伏線)。
槍沢ロッジでトイレを借りるなど小休止を取りました。出発が14:00丁度で、大曲からのコースタイム1:00のところ小休止込みで1:12、この時点で余裕は30分。
この辺り、先頭の家内がどんどん速くなりました。休み休み進む先行者を次々抜いていきます。にもかかわらず、一の俣は2:30でコースタイムどおりの30分を要してしまいました。
これを聞いた家内に本当に火が点きました。いつもは駄洒落や尻取りでにぎやかな子供達も無言で歩いていました。横尾到着が3:08、コースタイム0:50のところ0:38で、今度こそ家内も納得したようでした。
5.熊目撃!
徳沢には余裕をもって着けそうだ、ということで、サイダーとピーチネクターで小休止して、15:23に出発したのですが・・・
15:30頃、梓川の河原が見やすくなっているところで、眼下から黒い大きな牛のようなものが出てきた・・・と思ったら、熊でした。
対象の大きさと、対象までの距離の関係は、動画では一段と分かりにくいと思いますが、その場では、
「これがツキノワグマか? ヒグマのサイズではないか?」
と思っていました。
6.徳沢で、岩魚定食を逃す
横尾を出発し、熊を目撃して、ペースが少し落ちると、子供達がまた騒々しくなりました。
「そんなに元気が余っているなら、徳沢に先に行って、岩魚定食の予約とテントの場所取りをして来い!」
と送り出しました。親も16:15くらいには徳沢に着いたのですが、
「岩魚定食の受付は終了だって」
完売していたようです。岩魚定食のためにここまで急いできたのに・・・と落ち込んでもいいところだったのですが、
「昼に食べなかった分食べればいいじゃない」
と、いとも簡単に立ち直りました。
テント設営後、ゆっくり風呂に入って、家内はビール、男3人はソフトクリーム、を食している頃には、もうご機嫌です。
思い出して、熊の動画を徳澤園の方に見せて通報しました。
「まだ明るい時間ですか・・・これは成獣ですね」とのことでした。
食事は、翌朝分と合わせて、フリーズドライのシチュー類2袋と混ぜ飯です。食後のコーヒーが無かったことだけが、つくづく残念でした。
7.帰宅日(2017.08.14)
この夜も少し降られました。
非常食と行動食の残りは十分にあるものの、いわゆる「食事」は食べつくしていましたが、別に構いません。
適当に起床して7:05には撤収し、上高地には2時間足らずで着いていたと思います。
河童橋を渡ったところのお店で、思い思いの朝食を食し、ついでに土産も購入しました。
10:30のバス狙いで、10:00丁度くらいにバスターミナルに行きましたが、既にそこそこ列は伸びていました。
平湯温泉では11:30発高山行きの列の先頭に並びました。同時刻発で、松本からの特急バスと新穂高からの普通バスがあり、どちらに乗車しても良いとのことで、我々は先に来た普通バスにさっさと座って行きました。
高山では1時間弱ありましたので、駅前の蕎麦屋で蕎麦などをいただいてから、13:31発の「ひだ12号」で名古屋に戻りました。
・ | 降られたのは、ほぼテントに入っている間だけで、冴えない天気予報の割には最大限に天候に恵まれ、素晴らしい山行になりました。 |
・ | とはいえ、高山病と高所恐怖症を差し引いても、我々には厳しい山行でした。次男の行っている小学校で槍ヶ岳に行った児童は他に一人居るかどうか、という見方からは文句なしの上級者になるのでしょうが、槍ヶ岳山荘まで登った人の中では、家族全員がひよっこもひよっこ、でした。 |
・ | 来年の予定は揉めてます。名古屋から上高地の直通バスが、安くて楽チンで良さそう、というのは意見が一致しているのですが、さて、そこから何処へ行くか。男3人の希望は奥穂なのですが、家内は「槍ヶ岳より危ないというし、そもそも高山病3人組が何を言うか」と、けんもほろろ、です。 |
・ | その高山病についても調査中です。起きてすぐ運動強度を上げすぎたのが良くなかったのではないか、と思っています。あとは水分補給でしょうか。涸沢で泊まるのは高地順応には丁度よいのでは、と思っているのですが。 |