ブラナーのヘンリー5世 :字幕作成者のノート

日本語字幕つきDVDでも出ていた作品ですから、映像データを制限なしに公開する訳にはいかないのですが、2013年11月現在世界中で品薄のようで、その日本盤も日本のアマゾンで、私が持っている仏語スペイン語字幕付き盤も amazon.com で、それぞれ中古品がプレミアム付きで売りに出ています(ヤフオクで英語とタイ語字幕付きの新品が適価で出ていましたが)。

そんなものに字幕を付けても、家内に半ば無理やり見せる以外に誰に見てもらうのか、ではありますが、英語字幕と日本語字幕をつけてしまいました。もしももしも、ハイライトシーンのyoutube映像を見るなどして、興味をもたれた方がいらっしゃいましたら、個人的にメールください。

日本語字幕データは、Henry_V_J.sub 、英語字幕データは、Henry_V_E.sub 、になります。これらは、日本語字幕や英語字幕の付かない正規盤を所有していて、それに一手間かけて字幕をつけてしまおうという奇特な人にしか役に立たないテキストファイルですが、シェイクスピア原作のテキストデータを元に、この映画の台詞として採用された字句が分かるようにしたファイル、Henry-V.rtf は、この映画をご存じない方にも参考になるかもしれません。このファイルで、赤を付けた字句がそのままこの映画の台詞になっているものです。ご覧頂けばわかるのですが、ざっとみて、この映画で採用されている台詞は全体の半分以下と思われます。

青字は、映画で変更されている台詞で、例えば最後の場、原作ではフランス王妃の言葉になっている台詞をヘンリー王が喋っているので、原作の"your"が映画では"our"に変えられています。(この箇所もそうなのかもしれませんが)原作の異稿によるものもあるのかもしれません。フォルスタッフの回想シーンは「ヘンリー4世第1部・第2部」から取られています。お前など知らぬ、とヘンリー5世王が言い放ったところが第2部の最後なのは分かりましたが、その他はすぐには分からず、スペイン語字幕の自動翻訳結果から出てきたキーワード、sugar とか thief とか chimes とか、で検索して見つけ出しました。

原作にない台詞にスペイン語字幕がついているものでは、フォルスタッフが死にそうだと聞かされた場面のピストルの Poor Sir John. は自動翻訳結果どおりに聞こえたのでそのまま採用ですが、その次の台詞はどうにも聞き取れないので、自動翻訳結果に*印を添えて英語字幕にしてしまいました。ハーフラー突撃シーンでバードルフたちが周りを煽っているところ(フルーエリンに叱責される直前)は全く聞き取れないし、手振りだけで十分なので字幕を外しました。アジンコートの場面の弓兵隊長の命令も Ready! は分かるのですが、「打て!」の方は聞き取れないので、まとめて字幕から外しました。

英語字幕を完成させてから、小田島雄志訳と見比べつつ、日本語字幕にしていきました。やってみて思ったのが、小田島訳はこの戯曲を英語では全然知らない人が黙読する、声に出すなら一貫して日本語で歌舞伎調で朗詠する、ことを想定しているのだろう、ということです。シェイクスピア劇らしい台詞回しを生かしたこの映画の字幕にするには、そのままでは説明調すぎて、映像と合わないところが出てきます。そういうところは、この映画のイメージを生かすよう、せいぜい工夫しました。

自分なりにちょっと頑張ってみた箇所として、アジンコート決戦直前の鼓舞演説=クリスピアンスピーチ=の後半を例に挙げてみます。youtubeに字幕なしでアップされていて、その2:35から3:15にかけての部分です。英語字幕はこうなります:

We few,
we happy few,
we band of brothers;
For he to-day that sheds his blood with me shall be my brother;
Be he ne'er so vile, this day shall gentle his condition:
And gentlemen in England now a-bed
shall think themselves accursed they were not here,
and hold their manhoods cheap
whiles any speaks that fought with us
upon Saint Crispin's day!

やさしい表情で、We few, we happy few, を間をおきながら始めて、徐々に畳み掛けて最後の upon Saint Crispin's day! で最高潮に達する、この劇で多分一番有名な部分です。これが小田島訳だと:

少数であるとはいえ、
われわれしあわせな少数は、
兄弟の一団だ。
なぜなら、今日私と共に血を流すものは、私の兄弟となるからだ。
いかに卑しい身分のものも今日からは貴族と同列になるのだ。
そしていま、故国イギリスでぬくぬくとベッドにつく貴族たちは、
後日、ここにいなかったわが身を呪い、
われわれとともに聖クリスピアンの祭日で
戦ったものが手柄話をするたびに
男子の面目を失ったようにひけめを感じるだろう。

となります。We few, we happy few, のところは、(日本語として歌舞伎調に声に出すならともかく)このまま字幕にすると、くどくてこの映像に全然合いません。そして最後の upon Saint Crispin's day! は、多分誰にでも明瞭に聞き取れるだけに、このタイミングの字幕に「聖クリスピアン」の文字はどうしてもいれたいのです。で、私の作った字幕ではこうしました:

我々は少数だ。
我々は幸せな少数だ。
我々は兄弟の一団だ。
なぜなら、今日私と共に血を流すものは、私の兄弟となるからだ。
いやしい身分のものも、今日からは貴族同列となるのだ。
そしてイングランドで今、ぬくぬくと床につくものは
後日、我々と共にここに居なかったことを呪い、
男を下げてしまった、とひけ目を感じるだろう、
誰かが手柄話をするたびに、
聖クリスピアンの日の話をするたびに!

真ん中は小田島訳をほぼそのまま採用ですが、最初と最後は苦心の作です。それにしても、We few, we happy few, は日本語には訳しきれない、と改めて思う次第です。知名度では全然違うと思いますが、ハムレットの有名な To be, or not to be: that is the question: にも訳しにくさでは引けを取らないように思います。

その小田島先生が字幕の監修をしている、BBCシェイクスピアシリーズの日本語字幕の同じ箇所は、(字幕めくりのタイミングが少し違いますが)こうなっていました。

我ら少数は 幸せな少数だ
兄弟の一団だ
今日 共に血を流すものは皆 私の兄弟
平民も今日からは貴族と同列だ
今 故国で高枕の男たちは 気の毒に
この日の武勇談を聞くたびに無念の涙
肩身が狭かろう

この字幕が付けられた映像だと主役の話し方に全然迫力が無いので、そもそも「名場面」に全然見えないのです。そういう映像だと、この字幕でも違和感ありません。という以上に、最初から字幕作成者として力が入りそうにありません。ブラナーの映像に対してであれば、同じ人が作っても必ずや違う字幕になっていただろう、と素人字幕作成者の私も想像するのです。
(14.03.02追記)

日本語字幕作ってしまってから何ですが、日本語にしてしまうと、何かと神を口にするヘンリー王が一段と偽善者に見えてしまうので、英語字幕でやめときゃ良かったかな、と思う部分もあります。ハーフラーの場面のヘンリー王も、英語の発声は歯切れいいですが、日本語にしてしまうと碌でもないことを怒鳴っている感が強くなります。古文の英語ですが、しばらく付き合っているうちに、canst thou love me? くらいは見てわかるようになってしまいました。

 

作業手順は、自分で備忘のために書いていたこの頁も参考にしつつ、以下のようにしました。

1.DVDデータをDVD Decrypterで吸い出し。

2.SubRipでスペイン語字幕をテキストデータとして取り出し。

フランス語でも良かったというか、どちらでも殆ど違いはないのですが、スペイン語の方が先に出てきたというだけの理由でスペイン語です。フランス語でもスペイン語でも英語にはない記号が出てきますが、そういうのは無視して、OCR機能でテキストデータ化して、.srt のファイルとして保存しました。

3.英語に自動翻訳

一番最初に「修道院での婚約」の日本語字幕を作った時には、.srtファイルのまま自動翻訳したのですが、今回は先にSubtitle Workshopに通して、MicroDVD形式(*.sub)で保存し直してから、Googleの自動翻訳で、スペイン語→英語に翻訳しました。この方が自動翻訳に余分なことをされずに済みます。

4.自動翻訳結果を台本に置き換え

自動翻訳だけでも、何を言っているかは大体分かるので、これと原作のテキストデータを見比べて、該当箇所の字句で自動翻訳結果を置き換えていきます。字幕タイミングは、元のスペイン語字幕がちゃんとしていましたので、そのまま使っています。これで随分楽になりました。発音を聞かずに作業が出来る場所もありましたが、基本的にはSubtitle Workshop上で、映画での発音と照合しつつ進めました。その作業のための映像データは、AviDemuxでサイズを落として容量を減らしたaviファイルとした作りました。

5.日本語字幕を作成

英語字幕の完成後、日本語字幕を手打ちしました。

6.字幕データを.supに変換します。

DVDSupToolsを使いますが、使い方をほぼ完全に忘れていました。

6.オーサリング→DVD

Maxmanで、画像ファイル(.m2v)と音声ファイル(.ac3)と.supとを結合します。元のスペイン語字幕、フランス語字幕は、PgcDemuxでsupファイルとして分離したものを使いました。元のファイルから画像ファイルと音声ファイルは、AviDemuxで作りました。その後でIfoEditを使って VTS_01_0.IFO を開き、VTS_PGCITI の下のVTS_PGC_1 の中の字幕色指定部分を修正します。結合したものをDVDshrink→DVDdecrypterでDVDに焼けます。

 

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