第4巻:超絶技巧練習曲 お勧め度:A
ド有名曲でハワードを持ち上げるのは気恥ずかしさが伴います。歴史上の録音の1/10も聴かずに誉めることになりそうですから。ソナタともに超絶技巧練習曲がもろにこれに該当します。気恥ずかしさもこめてA、ただし手持ち(どれだけあるかは・秘・密・)の中では一番好きです。むしろ曲の方を紹介します。
この曲集の最初の構想は1826年(15才)の練習曲集(第26巻)、その次の超難しい版が1837年(26才)、これらは何れもその年代のリスト作品中異彩を放っています。比較範囲をオリジナル作品に限ればもうピッカピカ。最終改定は1851年、ショパンの死後で、ここまで来るとそう極端には目立ちませんが、詩情にあふれた大傑作です。むしろ鬼面人を驚かす式の名前が失敗でした。
第3巻に入れられている曲のような内面指向ではありません。外面的というと誤解へ一直線、ですので、「外の世界に目を向けた詩的な曲集」、と呼んでおきましょう。このような曲の性格は、元の構想がつくられた若き日の名残です。例えば「巡礼の年第1年:スイス」に近く、1951年の様式の主流ではありません。しかし本来の「外の世界に目を向けた音の詩」である「第1年」より断然素晴らしい。もっとも無題の2曲、第2、10番はショパンに始まる「芸術性も高いエチュード」の典型に近い性格をしていますし、1番も詩とは関係ありません。全12曲は、ショパンの24のプレリュードとは逆順に24の全調性を一周するつもりが、フラット系で半分回った所でくじけた結果です。私シャープ系指向人間(スクリアービン党ですから)なので少し残念ですが、いかにもフラット系指向が強かった(ように思われる)リストらしいと思います。
ハワードの演奏は「有名曲感情移入を控えめにするの法則」が生きていて、ついでにテクニック的困難を表に出さない方向ですので、普通の人が先入観抜きで詩情にひたるのにこそ向いていると思います(難所を難所として示しつつ見事にクリアしてみせるのがヴィルトゥオーゾの王道ですが)。「第1年」と比較してこの曲集を説明しようとするのは余り一般的でないと思いますが、これもハワードの演奏から受けた印象によるものです。各曲への賛辞は控えめにしましたが、全体の水準がリスト作品中でも、ピアノ音楽史上でも非常に高いことを認めた上での感想であるとご理解ください。正直なところでは概して後半、特に最後2曲が好きですが。
全曲を続けて聞くべき曲集か? 必ずしもその必要は無いと思います。個人的にはハワードだと全然疲れないこともあって大抵まとめて聴いてしまっています。
第1曲:プレリュード(ハ長調)、短い開演の挨拶です。
第2曲:(無題)イ短調、第10曲とともに無題は分がいいぞ。
第3曲:風景(ヘ長調)、ヨーロッパの田園風景を髣髴とさせるスローの曲、これは思い切り浸れます、癒されます。浸れないと退屈するのも知れませんが。
第4曲:マゼッパ(ニ短調)、マゼッパはCDのカバーの絵に描かれるポーランドからウクライナに流れた伝説的英雄の名前です。難曲として知られます。作曲者による異常な指使いが指定されています。派手なのですがやや退屈、それを補おうとせんばかりに加速するのですが、結局冒頭が一番格好よかったりする。
第5曲:鬼火(変ロ長調):これも難曲として知られます。ただマゼッパのようながりがり系でなくチャーミング。本当はもっとゆっくり弾く曲だったはずだった、という説があります。
第6曲:幻影(ト短調):堂々とした中に入る高音のアルペジョが美しい。後半長調に転じるのが少し残念、最後まで鬱々とやって欲しかった。
第7曲:エロイカ(変ホ長調):あからさまな漫画チックなまでの英雄調の主題が、しかし文句なく楽しい。
第8曲:狩り(ハ短調):邦題アンチョコには「死霊の狩り」とありますが?? 原題 Wilde Jagd 英訳は Wild Hunt だから、死霊が出てくるのは筆がすべった?・・・と思っていたら、原題のドイツ語にはそれらしい意味があるそうです。が、小さな辞書には載ってないし、「そう解釈できなくはないが、深読みのし過ぎ」というのが私の個人的結論です。それはさておき曲は格好いい。
第9曲:回想(変イ長調)、まさしくセピア色の音がします。黄ばんだ恋文の束を見るような、というのはブゾーニの名言。多少未練がましいが、きめの細かさは比類ない。
第10曲:(無題)ヘ短調、リストとしてはむしろ変わった曲と言うべきでしょう、まさかの正統派ソナタ形式です。ヘ短調ということでショパンのバラード4番になぞらえたのもどこかで見たことがありますが、どちらも素晴らしいという以外にはピンときません。種も仕掛けもありありのショパンに対して直球勝負のリストです。冒頭からして音からは想像しがたい記譜がされています。
第11曲:夕べの調べ(変ニ長調)、これは「エステ荘の噴水」に遥かに先んじて印象派の扉を開いた曲と言っていいのではないでしょうか。ちょっとだけ弾こうとしましたが、まもなく撤退。こういう陶酔的響きには到底なりそうもありませんでした。
第12曲:吹雪(変ロ短調)、これも寂しくも陶酔的だぞ〜、タイトルは「雪かき」の方が一般的ですが、どこをどう聴いてもヨイショヨイショの雪かきではありません。ただし吹雪といっても暴風雪警報ではない。生命の危険は感じない範囲の吹雪。これも楽譜一目見て撤退しました。
全12曲の後は気楽なアンコールです。まずS番号(現代イギリスの作曲家サールによるリストの作品の整理番号、作曲順に関係なしで、バッハ作品へのBWV番号のごとくカテゴリー別で番号が振られている)すらついてない珍品が2曲、Mariotte は当り障りなく、Adagio in C は「ダンテを読みて」の抜粋のし損ない?、まあどうでもよろしい。Elegie は7分以上ありますが聞き流しましょう。