第3巻:BACHの主題による幻想曲とフーガ、他(原題:Fantasy・Funeral Odes・Concert Solo・'Weinen, Klagen' Prelude & Varuations) お勧め度:S
CDのカバーに不気味な髑髏がいます。見ての通りの陰鬱で重く暗い一枚、よくもまあこれだけ集めた、というところですが、その異様なまでの充実ぶりから、お勧め度を昔漠然と予定していたAからSにしました。ちょっと極端ですがやはりアルバムとしてよく出来ていると思います。この重苦しさを是としてしまえば、案外ワルツ集より聴きやすいと思われる方が多いかもしれないと思い始めています。
というのも、ワルツ集のところで書いた「意味」が重たい曲です。作曲時期は最後の1曲を除き、ざっというと壮年後半。「意味」が自家中毒を起こすことなく、リストでは比較的珍しくも堅牢な構成と分かちがたく結びついて作品の価値を高めています。という点から、全集中最も正統派クラシック音楽的な価値観でも肯定しやすい巻の一つのはずです。・・・ロ短調ソナタと共有する世界も多いと思いますが、もっと早い作曲時期であってもソナタは更に難物と思います。
まず「BACHの主題による幻想曲とフーガ」(1871)、1856年のオルガン曲の編曲。このハイカロリーな、やりすぎるとうんざりしかねない曲を見通しよく、あるがまま(演奏を評するにあたり恣意的に用いられる不確かな形容の代表!)弾いて下さいます。第2巻の時みたいにそっけない、などと生意気は申しません。やはり破天荒な大全集に臨むピアニストはこうでなくては。このように技術的に十分余裕があって荒さが出ない演奏であれば、J.S.バッハの同工の曲に決して負けません。
知名度は「BACHの主題」には劣っていると思うのですが、バッハの「泣き、嘆き、憂い、恐れ」の主題による変奏曲=ちゃんと訳すと「バッハの動機による変奏曲」(1862)=は更に充実した作品だと思います。ブラームスの第4交響曲の終楽章のパッサカリア主題が下向きに向いたような曲と言うと乱暴に過ぎましょうか? ブラームス大嫌い人間(私自身ブラームス嫌いの看板を下ろしたのはつい最近ですから良く分かる)には、もっといい曲だといっておきましょう。ついでにいうと、勿論ブラ4より遥かに作曲年代は早い。ブラ4と同年にリストは「調性の無いバガテル」まで行ってしまってます。なのにブラ4ばかり「当時殆ど省みられなかったパッサカリアという形式を採用し」という紹介になるかなぁ。アバンギャルド・リストの方が先んじてこの形式採用して、緊張と弛緩の見事な変奏を重ねていって、最後のコラールではやさしさに満ちています。紹介が逆になりますが、トラック2の方の「泣き、嘆き、憂い、恐れ」(1859)は、トラック3を知ってしまうと影が薄い。元曲というか前身というか、微妙な関係です。
知名度はさらに落ちると思うのですが、というのも「BACH」はハワード買う前から聴いたことがあって、「泣き、嘆き」は買う前から存在を知っていて、知らなかったのがこれ、という個人的体験だけで書いているのですが、「Funeral Odes」も、「死者たち」「夜」「タッソの葬送的凱旋」の3曲全て素晴らしい。日本語にすると「3つの葬送頌歌」(1860-1866)、odeというのは呼びかける形式の詩で、それに「頌」という字をあてるのですが、もはや現代日本語ではないですな。前半3トラックに比べると、重さより悲しみ慈しみといった要素がより強く出てきますが、funeralですから勿論相変わらず暗い。こんなところに固められずに「巡礼の年」にでも入っていれば余程有名になっていたのでは? 「第3年」の4曲のエレジーは非常に得な場所に置かれてますが、裸で比較ならあの4曲よりも高く評価します。こういう有名ではないけれど中身の詰まった曲に示すハワードの愛情は凄いものがあります。
原曲は管弦楽です、というのはリストの場合どうでもいいことです。原曲の編成なんて本籍地程度のものでしょう。膨大な曲があっちの編成、こっちの編成でに移されていて、元がどうであれ多分ピアノ版が一番いい、と私は勝手に思ってます。大体その管弦楽の元を更にたどると、第2曲の元々曲が巡礼の年第2年の第2曲(第43巻)、そのまた原形が第56巻にありますし、第3曲の元々曲も第21巻に入っているピアノ曲なのです。
最後のトラック「Grosses Konzertsolo」は少し異質です・・・日本語にするとちょっと調子が狂うので原題書きましたが、こっちでも調子狂うようで、ハワードもリストがこの曲に限ってまともな題名を与えなかったことを嘆いてます、題して「演奏会用大独奏曲」・・・。1849から1850年作曲、傑作の森の入り口あたり。ハワードはソナタの先駆けとなる作品、ピアノ学習者がソナタに挑む前に知っておくべき曲、と評しています。多分そうなのでしょう。スローパートに入ってからやや緊張の持続が難しく、ソナタと比べても、ここまでの6トラックと比べても、隙間が見えるのは仕方ない所ですが、主要主題が何と言っても格好よい。この時の作曲者は既に青年とは呼びがたい年なのですが、同じように「暗い」といっても若々しい魅力があって、人生の頂点を過ぎた重苦しい6トラックの後ではほっとします。アルバム構成を誉める所以です。