ザルツブルグでのライブ録音である。他のソリストとは一線を画するムターの、耽美で奔放なチャイコフスキーである。ソリストに与えられた自由度がどこまで許されるのかはわからないが、ここでの演奏は、明らかにチャイコフスキーの手を離れ、楽譜にとらわれない思うがままの演奏を披露している。自由奔放に生きる、ムターの豊かさと言えるのかもしれない。カラヤン・ウィーンPoという最高のサポート(男たち)を得て、妖艶なまでの女の色気をホール一杯に放っているようだ。
録音は、ライヴとあるが会場の気配はきれいさっぱり削ぎ落とされている。残響成分の感じられない、薄っぺらなオーケストラ音像となっている。しかし、そうした作為的な音像であるにもかかわらず、演奏の熱気は意外と伝わってきていて、実況録音としての役目は果たしている。また、ソロ・ヴァイオリンに対する響きは充分確保されており、ホールトーンとしての空気感は申し分ない。この録音の問題は、ソロとオーケストラの質感のずれであり、オーケストラ側にもう少し残響成分が含まれていれば、実況録音としてだけでなく、オーディオソースとしても一級の仕上がりになったはずである。
なお、曲の冒頭と演奏後に拍手が入れてあるが、まったくリアリティがなく、とって付けたかのようで興醒めである。 |