文化財級 交響曲
作曲家 グスタフ・マーラー
曲名 交響曲第3番ニ短調
指揮 小林研一郎
演奏 名古屋フィルハーモニー交響楽団
Sp.坂本 朱  Posthorn.ミロスラフ・ケイマル
録音 2002.10.2 愛知県芸術劇場コンサートホール
プロデューサー 名古屋フィルハーモニー交響楽団
エンジニア 山崎達朗 (スタジオ・フローラ)
その他 Live
評価項目 評価内容
ホールトーン
ステージレイアウト
リアリティ
クオリティ 10
ダイナミックス
平均点
商品番号:CRCC−2007 日本クラウン  ステレオ  
解説
オーケストラの自主企画によるライヴレコーディングである。実況録音の完成された理想の音像表現を聴くことのできる、自然で作為的なところのない、好感の持てる録音である。これまでの同オーケストラの自主録音はライヴノーツレーベルが手掛けていたが、新たにクラウンレコードによってライヴシリーズがリリースされている。愛知県芸術劇場のコンサートホールは、サントリーホールに似たアリーナ(ワインヤード)型のホールであるが、響きは決して似ているわけではなく、散漫で鳴り過ぎる傾向にある。特にステージ周辺が余りにも残響を含んでいるため、客席からはオーケストラの細部が聴き取りにくく、音像が小さく曖昧なものとなってしまう。アメリカやヨーロッパの鳴りっぷりの良いオーケストラなら問題はないが、名フィル程度での力量では、このホールの響きは持て余してしまうのである。
そうした実際のオーケストラ音像のリスクは、この録音から感じることはない。むしろ、豊な残響成分を効果的に取り込んで、オーケストラをこの上なく肌触り良く、豊潤で透明感のある音像に仕上げている。この曲の1楽章だけを聴いても、木管やヴァイオリンのソロはもちろん、トロンボーンなどの金管のソロも、奏者の息遣いまでも克明に捉えた、最高品質の録音であるということが判る。ただ、ステージ一杯に広げたようなステレオイメージは、実際のステージレイアウトからは幾分外れているようにも聴こえ、各楽器の定位に疑問を感じることは否めない。特に、1stヴァイオリンは下手に、コントラバスは上手に、といった具合に極端に左右に振ってあるのは違和感を持つ。また、ホルンを下手にレイアウトするのはいいとしても、トランペットも同じ空間に定位しているのは失敗であると言わざるを得ない。
しかし、そうした細部の調整不足は、全体の仕上がりの中では大きな欠点ではなく、バランスを大きく崩しているわけではない。マルチ録音の時代にあって、ステレオイメージを描く場合これくらいの演出はむしろ当然であるのかもしれない。一方、ダイナミックレンジでは、ppでの明瞭で生々しい音像に対しTuttiでの力不足が惜しまれる。ffでステージレイアウトに曖昧さが散見され、マーラーのダイナミズムをフルレンジで捉えたものとは言いがたい。
一方、この録音をヘッドフォンで聴いてみると幾分雰囲気が変わる。そもそもスピーカーとヘッドフォンでは音像のまとまりが全く違うので、どとらが良いとも言えないのだが、参考意見として述べておくと、この録音はヘッドフォンでの視聴の方がしっくり来る。会場の雰囲気やオーケストラの実存感が見事に再現される。上述した定位の強調感もほとんど意識されない。透明感と肌触りのよさが、ヘッドフォンから気持ちよく聴こえてくる。
さて、この曲の聴き所の一つに3楽章でのポストホルンがある。舞台裏から、柔らかく透き通るような音で奏でられる天上の世界である。しかしこのコンサートでは、舞台裏ではなくステージ後方の客席からの演奏だったそうである。確かに、録音された音像は随分生々しい音で捉えており、舞台裏から響いてくるという雰囲気ではない。また、このポストホルンは、通常オーケストラの首席トランペット奏者が担当するのことになっているのだが、この演奏では、ゲスト奏者としてチェコ・フィルハーモニー管弦楽団の首席である、ミロスラフ・ケイマルが招かれている。名フィルとしては屈辱的な出来事であろうが、指揮者の小林の希望で登用されたのだという。音楽監督自らがこのようなハレンチなことをしていては、オーケストラのアンサンブルは向上するはずもない。名フィルのアンサンブルはアマチュア並に低迷しているのは否定しないが、音楽監督に求められるのは、そうしたアンサンブルを立て直すことにあったのではないだろうか。「奇跡のマーラー」と謳われたCDであるが、演奏レベルは保証できるものではない。
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