文化財級 交響曲
作曲家 カミーユ・サン=サーンス
曲名 交響曲第3番ハ短調「オルガン」
指揮 ジョージ・メスター
演奏 パサデナ交響楽団
録音 1993.11.22 
プロデューサー Lawrence J.Kraman
エンジニア Mark Waldrep
その他 NeumannKU−100  SennheiserHD580
評価項目 評価内容
ホールトーン
ステージレイアウト 10
リアリティ
クオリティ
ダイナミックス
平均点
商品番号:NCAU10001 ニューポート・クラシック  ステレオ 
解説
カリフォルニアのロサンゼルスにあるパサデナという町のオーケストラを起用したアルバムである。サン=サーンスの「オルガン」と、R.シュトラウスの「ツァラ」がカップリングという、いかにもオーディオマニア向けの選曲である。このCDのターゲットは、まさにオーディオマニア、それもレコーディング業界に関わる人たちへのプレゼンスである。ノイマン社のバイノーラルマイク(ダミーヘッドマイク)を使用し、ゼンハイザーのヘッドフォンでモニターしたという作品である。
バイノーラルとは、人間の頭をかたどった人形の耳の中にマイクを仕込み、あたかも人間が実際に聴いているような音像を捉えようと試みられた録音システムである。当然、モニターはスピーカーではなくヘッドフォンがスタンダードである。このCDの製作意図を詳細に知ることは出来ないが、察するに、このバイノーラルシステムでオーケストラ録音を試み、その普及の足がかりにしようという狙いがあったものと思われる。いわゆるサラウンドとは方向性は異なるが、従来の、スピーカーから出た左右の音源を一点に結んでステレオ音像を描くという、物理的な特性への不満を解消するために開発されたものである。
この録音を本格的に精査するために、著者は奮起してゼンハイザーのヘッドフォンHD650(現行機)を購入した。おそらく、現場のエンジニアたちが聴いていた音像と同レベルのサウンドを体験したことになる。
ヘッドフォンでの評価はとても難しい。基本的に頭内定位は違和感があり、オーケストラの自然な響きは(録音の良し悪しとは関係なく)再現されないといってよい。しかし、このバイノーラルは、その特性を逆手に取ったシステムであり、ヘッドフォンだからこそ現場の生々しい雰囲気がリアルに再現されるのである。
そうした意味で、ステージレイアウトは完璧である。コンサートホールの、特定のある場所で聴いているという実存感がある。その音像の中から、人の気配までもが伝わるリアリティが浮かび上がる。とても気持ちのいいオーケストラサウンドである。
ダイナミックレンジはヘッドフォンの物理的な特性がそのまま出ているので、自然で無理の無い伸びやかさがある。
唯一、ホールトーンだけが残響感を捉え切れておらず、乾いたガサツな雰囲気に陥ってしまっているのが惜しまれる。しかし、これも会場のリアル再現であるといえば、そういう物だと納得するしかない。
この録音は、批評対象とするかどうか悩んだ物件であるが、バイノーラル・システムの存在を再認識し、また一度は市場に投入されたこのCDの価値を認めるべきだと判断したため、ここでの紹介に踏み切った。
録音芸術の試行錯誤の一例として、広く認知されることを期待したい。
文化財級