狸和尚 |
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これから聞いてもらう「狸和尚」の話は、明和三年というから、今から二百数十年も前のことじゃ。 鎌倉建長寺の住職、萬拙(ばんせつ)和尚は、山門を建立するため、勧進といってな、寄付金募集の旅をしておった。 この和尚が山口の正覚寺へ立ち寄ったのは、峰々の雪もとけ始めた春のことじゃった。 正覚寺へ宿泊した和尚は、この地に山門柱木の適材のあることを聞き、早速不足分の七本を調達して、ひとまず報告のため建長寺へ帰って行った。 ところが疲労からか、和尚は帰るとすぐに病気になってしまってな。 それからさきの勧進を続けることが出来なくなってしまった。 このことを知って喜んだのが、建長寺の裏山に五百年もすんでいるという古狸じゃった。「これはシメタ」とばかりにさっそく萬拙和尚に化けて勧進に出かけてしまった。 藤沢から伊勢原、厚木へと進み、ついに正覚寺へ付いたが、正覚寺には泊まらず、義海和尚にあいさつを残しただけで次の投宿場、甲州街道小原宿の本陣へと向かって行ったそうじゃ。 本陣に着くや、出迎えの者に「わしは犬が大嫌いでのー、つないで置きなされやー」と命じたり、女中からお風呂をすすめられても、「いや、風呂はあまり好まんでのー」と断ったりする。女中が「でも道中汗をおかきになったでしょうから」と、なおもすすめると、「では、いただこうかな」とシブシブ腰を上げたが、入る真似をするだけである。 さらに、「夕食を召し上がれ」と、お膳を運んでいくと「お給仕はいらんでのー、そこへ置いていかっしゃれー」という。 女中は手がかからなくていいと思う反面、なんとも言動が奇妙なので不思議に思っていたが、翌朝もっと驚くことがあった。 床を上げようとすると、和尚のふとんに獣の毛がたくさんついておったのじゃ。 女中が「どうしたものか」と思案していると、ちょうどそこへ次の投宿先、多摩の法林寺から迎えの者がやって来た。 そこで女中は、その者にこれまでの奇妙なできごとをそっと耳打ちして、和尚を送り出した。 法林寺でも、和尚の言動は女中から聞かされたとおり奇妙なものだったので、寺中の者が怪しんだ。 そこで、何とか正体を見とどけようと、まずお風呂をすすめた。 すると入ったものの、あまり静かすぎるので、寺男が湯かげんを尋ねると「いいあんばいじゃ」と答えながらポチャポチャと音をたてている。 なんとか中の様子をのぞいて見ようと破目板の節穴に目をあてた寺男は、驚きのあまり思わず声をあげそうになってしまった。 なんと体中に毛が生え、浴槽のふちに腰をおろしてシッポでお湯をたたいたのである。 夕食のときも、小原の本陣とおなじように「ついていなくてもよいでのー、終われば呼ぶでのー」と、寺の女中を追いたてるように言う。 だが、気転をきかした女中が、フスマがはね返るようにピシャリと強くしめ、そのすき間からのぞいて見ると、これは大変、膳の上へ飯をあけ、汁をかけてピシャピシャ、クチャクチャ食べている。 いよいよ、これはタヌキかキツネが萬拙和尚に化けているのに違いないということで、和尚が便所へ行くのを待って、犬を追い放したからたまらない。 「キャァッ!」という悲鳴とともに犬にかみ倒され、そこを寺男に山斧でバッサリ首を落とされてしまった。 寺男はその首をすぐさま箱にいれ、建長寺へいこうとしたが、「首をあらためてもらうのなら、何も鎌倉まで行くことは無い。正覚寺の和尚に見てもらえばわかるだろう」という者があって、さっそく山口の正覚寺へ出向くことにした。 さて、法林寺の寺男が持参したその箱を、正覚寺の義海和尚が「それはご苦労、さあ、お集まりの皆もご覧じろ」と開けてみると、だれも息がとまるほど驚いたそうじゃ。 なんと、それは、一個の人面の石と化していたそうじゃ。 なになに、「それはほんとうの話か?」じゃと、ほんとうじゃとも、それが証拠にいまも正覚寺にはその化首が残っているそうじゃ。 |
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