鎌倉五山の第一番目が、建長寺である。建長五年に建立され、開基は北条時頼で、開山は宋(中国)より渡来した大覚禅師とされている。
その昔、建長寺の三門は、崩壊寸前の状態が続いたときがあった。そのころ、建長寺の裏山に狸が住んでおり、いつしか仏性を得て、和尚に化けては三門の再建に向けての寄付金集めに精を出していた。狸和尚は関東中を歩き、寄進を受けるとその礼として書画を贈った。しかしそのとき、和尚が行く先々には、犬をつないでおくことや、食事、入浴のときには誰も見てはいけないというおふれが出されていた。
このことを怪しんだ者がいて、ある宿にいた和尚に、犬をけしかけたことがあった。犬は和尚を噛み殺し、懐からは苦労して集めた金三五両、銭五貫二百文が出てきた。和尚の亡骸は、しばらくは人間のままだったが、七日目にしてやっと狸の姿になったという。
この金は建長寺の三門再建の飛揚にあてられ、そのために今でも狸の三門とよばれるのだという。
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