費長房~壺の仙人に護符をもらった男
費長房(ひちょうぼう)は汝南(じょなん)の人である。
かつて、市場を管理する役人をつとめていた。市場の中に薬売りの老人がいた。
いつも店の軒先に壺を一つぶら下げていて、市が終わると、壺の中にひょいと飛び込んだ。
市場にいる人は誰も見えないようであった。
長房だけが、高楼の上からこれを見ては不思議に思っていた。
そこで、あいさつに行って、酒と肴を贈った。
老人は長房が自分をただ者ではないと思っているのを知って、彼に言った。
「明日、もう一度来なさい」
費長房は翌日また老人を訪ねた。
彼が老人に連れられて一緒に壺の中に入ると、そこには輝くばかりの壮麗な御殿があり、中にはうまい酒と豪華な料理が並べられていた。
二人は一緒に酒を飲むと、また壺から出てきた。
老人は彼にこのことを誰にも言わないように約束させた。
その後、老人が楼の上までやってきて長房に会うと、こう言った。
「わしは神仙じゃ、罪があって下界に送られたのだが、今は刑期も終わったので帰らねばならん。そなたはついてくる訳にもいかんだろう。階下に少し酒を用意した。別れに飲み交わそう。」
長房が人を取りに行かせたが、持ち上がらない。さらに、十人がかりで担ごうとしたが、びくともしない。老人はこれを聞くと笑って下に行き、一本の指で酒をぶら下げて上がってきた。壺には一升ほどが入っているように見えたが、二人で一日中飲んでもなくならなかった。
長房はとうとう道術を修めたくなったが、やはり家の者が心配するのではないかと悩んだ。老人は青竹を一本折り取ると、長房の背丈と同じ長さにそろえた。そして官舎の裏にぶら下げさせた。家の者がこれを見ると、果たして長房の姿形をしている。長房が首をくくったと思い、家中が慌てふためいたが、結局はそのまま葬った。長房が傍らに立っているのだが、誰にも見えない。
こうして、長房は老人について深山へ入った。いばらが繁り、虎が群れる中に一人置き去りにされた。長房は恐れない。また、老人は長房をがらんとした部屋に寝せると、腐った縄で万斤の石を心臓の上につり下げた。たくさんの蛇が縄をかみ切りに群がってくるが、長房は動こうとしなかった。老人は戻ってくると、長房をなでながら言った。
「そなたは物になりそうだ」
そしてまた、糞を食べさせた。糞の中にはたくさんの虫が湧いていた。悪臭がひどく、長房は思わず吐きそうになった。老人は言った。
「もう少しで会得できるとこだったが、残念だがここでだめじゃった。どうするかの」
長房が老人に別れを告げて帰ろうとすると、老人は一本の竹の杖をくれた。
「これにまたがれば、行きたいところへ独りでに行ける。着いたら、葛陂(かつは)の池に放り込んでくれ」
また、護符を一枚作ってくれた。
「これで地上の鬼神を管理せよ」
長房が竹杖にまたがると、瞬く間に家に着いた。自分では家を離れて十日ほどしかたっていないと思っていたが、すでに十数年が過ぎていた。すぐに杖を池に投げ込んだ。振り向くと、一匹の竜が見えた。家の者は彼が死んでずいぶんたつので、本人だと信じられない。長房が言った。
「あの日葬ったのは竹の棒だ」
そこで、墓を掘って棺を開けてみると、中にはまだ竹棒があった。
これより、長房はさまざまな病を治すことができるようになり、百鬼を笞打つことができた。また、土地神を使うこともできるようになった。ある時は人と同席しているのに、ひとりでぶつぶつと怒っている。人がそのわけを尋ねると、
「法を犯した化け物を叱っている」
という。
汝南には毎年化け物が出た。正装した太守に化けて、役所の門へやって来て太鼓を鳴らしたりする。郡中が困っていた。ある時、化け物がちょうど来ていた時、長房が太守に目通りしようと役所にやって来たのに出くわした。化け物は恐れおののいて逃げることもできない。衣服を脱ぐと、頭を地面にたたきつけて命乞いをした。長房は叱りつけて言った。
「すぐに中庭へ行って元の姿を現せ」
たちまち、年老いたすっぽんになった。胴体は車輪のように大きく、頸の長さは一丈ほどもあった。長房は太守にお詫びをするように命じ、木札を渡して、葛陂君(かつはくん)(葛陂の池の神)に届けるよう言いつけた。化け物は涙を流して頭を下げ、木札を葛陂の池の岸辺に立てると、頸に巻き付けて死んだ。
そののち、東海君(とうかいくん)(東海の水神)が葛陂君のところへ逢いに来て、その夫人と姦通した。そこで長房は東海君をとがめ、三年にわたって縛り置いた。すると東海でひでりが続いた。長房は海辺で人々が雨乞いをしているのを見ると、言った。
「東海君は罪を犯し、葛陂に縛り置いた。今これを出して、雨を降らせよう」
そしてたちまち雨が降り注いだ。
長房が人と一緒に旅行をしていると、一人の書生に出会った。黄色い頭巾をかぶり、毛衣を着て、鞍をつけない馬に乗っていた。馬から下りると、頭を地面にすりつけた。長房が言った。
「馬を返せば、おまえを死罪にするのは許してやろう」
一緒にいた人が訳を聞くと、長房は、
「これは狸で、土地神の馬を盗んだのです」
という。
また、よく客を座らせておいて、宛(えん)県へ使いをやって塩漬けの魚を買いに行かせるが、すぐに帰ってくる。それから飯を食べる。また、ある時は一日の内に千里も離れたところで何度も見かけられた。
その後、長房は護符をなくし、亡霊どもに殺されてしまった。
【後漢書・方術伝】