月下老(げっかろう) |
意味:結婚の仲立ちをする人。仲人。媒酌人。縁結びの神。 |
赤縄を結ぶ(せきじょうをむすぶ) |
意味:夫婦の縁を結ぶ。 |
唐の時代のこと。
杜陵の韋固(いこ)は幼いときに父母を亡くしたので、
つねづね早く結婚したいと思っていたが、
なんど縁談を申し込んでもうまくいかなかった。
あるとき、彼は清河を旅し、途中宋城の南にある宿場町に滞在した。
旅仲間の中に彼に縁談を持ちかける人があって、
相手の女性はかつての清河の司馬(しば)だった潘昉(はんほう)の娘だという。
次の日未明に韋固を、宿場の西にある龍興寺の門前で潘家の人と会わせてくれるという。
韋固は気が急いていたので、翌朝とても早く駆けつけた。
寺の門前に着いたときには、月はまだ天上に高々と懸かっていた。
ふと見ると、一人の老人が階段に腰掛け、大きな袋により掛かって、
月明かりで書物を読んでいた。
韋固も傍らから覗き込んだが、そこに書かれている文字がわからないので、
老人に尋ねてみた。
「ご老体が読んでらっしゃるのは何の書物ですか。
私は小さい時から学問をしているので、知らない字はないはずです、
西方の梵語でも読めるのに、この書物の文字は見た事がありません、
どういうことですか」
老人は笑いながら答えた。
「これは、この世の書物ではない、おまえさんが見たことないのは当然じゃ」
韋固はまた尋ねた。
「ではどこの書物ですか」
「あの世の書物じゃよ」
「冥界の人がどうしてここにいるのですか」
老人は答えた。
「おまえさんが来るのがちと早いんじゃ、わしが来ていかんことはない。
あの世の役人は皆この世を預かり、人の世を管理しておる、
この世を行き来していていかんことはあるまい」
「では、あなたは何を管理しておられるので」
韋固が尋ねると老人はこう答えた。
「この世のすべての者の婚姻に関わることじゃ」
韋固は心中ひそかに喜んで、言った。
「私は幼いころに父母を失いましたので、早く結婚し、
子供を多くもうけ、家を代々継承していきたいと思っていました。
この十年余り、あちこちに縁談を求めましたが、思うようにいきません。
今日ここである人が潘司馬の娘さんを紹介してくれることになっているのですが、
この縁談はうまくいくでしょうか」
老人は答えた。
「うまくいかん、おまえさんの女房はまだ三歳じゃ。
十七歳になってやっとおまえさんの家の門をくぐるだろうよ」
韋固が袋の中身を尋ねると、
「赤いひもじゃよ。これを使って夫婦となる二人の足を結ぶ。
二人の婚姻が冥界で決められたら、
わしがひそかに赤いひもを二人の足に結びつける。
たとえ二人の家が敵同士であろうと、貧富の差が大きかろうと、
また千山万水かけ離れていようと、赤いひもさえ結べば、もう逃れられん。
おまえさんの脚はもうその娘の足と結ばれておる、
他の人を探してもなんにもならん」
韋固は尋ねた。
「私の妻は誰ですか。どこに住んでいるのでしょうか」
「宿場の北側で野菜を売っているばあさんの娘だ」
「見に行くことはできますか」
「ばあさんはいつもその子を抱いて野菜を売っておる。
わしについて来れば、教えてやろう」
夜が明けたが、韋固が待っていた人は現れなかった。
老人は書物をしまうと、袋を背負い歩き出した。韋固が老人について、
市場へ行くと、一人の片目が見えない老婆が三歳ほどの女の子を
抱いているのが目に入った。見るからに汚くて醜い子である。
老人はその女の子を指差して韋固に言った。
「あれがおまえさんの女房だ」
韋固は思わず怒りがこみ上げてきて言った。
「殺してもいいですか」
「あの娘には富貴の運がある。一緒になれば幸せになる、殺すなどとんでもない」
言い終わると老人はふっといなくなった。韋固は召使に刀を渡して言った。
「お前はいつもよくやってくれている、もし私のために、
あの娘を殺してくれば、銭一万をやろう」
召使は承知すると刀を袖口に隠し市場の中へ入っていった。
そして、人ごみにまぎれて少女を一刺しして逃げた。
市場は大騒ぎとなり、召使は逃げさることができた。
「やったか」
韋固が召使に聞くと、
「心臓を一突きしようと思ったのですが、外れて、眉間に刺さりました」
召使は答えた。
韋固はその後も縁談をあちこちに申し込んだが、うまくまとまらなかった。
またたくまに十四年が過ぎた。
彼は父の古いつてを頼って、相州の王泰という州長官の下で職を得て、
もっぱら罪人の尋問に当たっていた。王泰は韋固が有能なのを気に入り、
娘を嫁がせることにした。
韋固の新婦は十七歳で、容貌も美しく、韋固は大満足であった。
しかし、妻はいつも眉間の間に小さな造花を貼り付け、
どんなときにもはずそうとしなかった。
年越の頃、彼はそのことを妻に問い詰めると、妻は泣きながら答えた。
「実は私は王長官の姪で、本当の娘ではありません。
私の父は生前宋城の県令をしていましたが、在職中に亡くなりました。
当時私はまだ乳飲み子で、母と兄も相次いで亡くなりました。
残ったただ一つの屋敷が町の南にあり、乳母の陳氏と共に住んで、
毎日野菜を売って暮らしておりました。
陳氏は私が幼いのを哀れに思い、いつも傍に置いていました。
三歳の時、陳氏が私を抱いて市場を歩いていると、
突然無法者に刀で眉間を刺され、傷が残りました。
ですから、造花を貼って隠しているのです。
七、八年ほどして、叔父が盧竜に赴任したのを機に、叔父に引き取られ、
彼の娘としてあなたに嫁いだのです」
韋固は尋ねた。
「陳氏は片目が見えなかったのではないか」
「そうです、どうしてご存知なので」
「おまえを刺した者はわしがよこしたのだ。なんと不思議なことだ」
韋固はそう言うと、妻にことのいきさつをすべて話した。
このときより、夫婦はますます互いを敬い愛するようになった。
後に宋城の県令がこの話を耳にし、その宿場町を「定婚店」と名づけた。
【太平広記・定婚店】
※元の出典は『続幽怪録』