第55巻:「鐘」による大幻想曲、他異稿集 お勧め度:D

超マイナー複数枚組み物シリーズの第2弾、今度は3枚組です。原題及びサブタイトルが「”鐘”によるブラヴーラ風大幻想曲 - and other first thought and second draft 」となっており (こういうサブタイトルは訳しにくい)、第51巻における「ダンテを読みて」の代わりに”鐘”=「ラ・カンパネラ」の原形が来たような感じで、耳に覚えがある曲が並びます。但しタイトル曲自体はどうしようもない曲です。全体にハワードの出来もいいとは言えず、一部気になるところもあります。

まず問題の、「パガニーニの”鐘”によるブラヴーラ風大幻想曲」(1832)から始まります。5つある「ラ・カンパネラ」関係曲の第1弾です。スローなイントロは緊張感を欠きますが、まあまあということにしておきましょう。「ラ・カンパネラ」のテーマは、3分半過ぎからの思わせぶりを経て、4分48秒に初めて登場します・・・が、「ラ・カンパネラ」最終形に多少とも近いものを期待すると裏切られます。あの跳躍は一切なく、メロディラインのみです。それからこの主題の変奏となりますが、演奏水準も手伝って何ともダラダラした感じを与えます。変奏を手早く切り上げて、長いコーダに入るのですが、これがまた例の主題をチラチラさせつつダラダラ続きます。どこまで演奏がマイナス貢献しているか決めにくいですが、この作品は駄目です。

トラック2の「Den Schutz-Engeln」(1877)は「巡礼の年第3年」(第12巻)の冒頭曲、私の大好きな「Angelus!」の最初の自筆稿からハワードが楽譜化したもの。最終形のあの独特の雰囲気はまだ希薄ですが、十分聞けます。その次の稿がトラック11の「Angels!」(1877)、第1稿から余り進化していないような。。。

トラック3の「Petite valse favorite」(1842)は「Valse-impromptu」の原形のそのまた第1稿、第28巻の第2稿を経て第1巻の曲になり、それをまたいじったのが、同じこのCDのトラック8「Valse-impromptu」(1880)です。第1巻だけ聞いておればいいと思います。「Valse melancolique」も第1稿(1839)がトラック4、中間稿(1840)がトラック9、と収録されていて、やはり一番いいのは第1巻収録の最終稿です。このあたりの第1巻と比べられる曲では、演奏の切れの無さが気になるところがあります。トラック7の「第4メフィストワルツ」(1885)の初稿も、曲の違いは殆ど分かりませんが、第1巻では演奏にもっと切れがあったような気がします。

トラック5の「ポーランドのメロディ」(1833)は第27巻の「Glanes de Woronince」第2曲の同名曲に転用された小さな曲です。トラック6の「伝説第2曲:波をわたるパオロの聖フランシス」(1863)は第2巻収録の有名な同名曲の簡素版、なのですが、魅力が落ちた割には難易度は余り落ちておらず、一般素人には結局手が出ないという存在意義不明の編曲になってしまいました。トラック10「ワレンシュタットの湖畔にて」(1839)、第20巻の初版=「旅人のアルバム」第2曲、と第39巻の最終版=「巡礼の年第1年スイス」の冒頭曲、との間の中間稿、ということですが、3つとも殆ど違いません。

トラック12の「エステ荘の糸杉−悲歌U」は勿論同名の「巡礼の年第3年」(第12巻)の第3曲の第1稿です。そっけない終わり方以外、曲の違いは大きくないですが、控えめな演奏が一番違うようです。これが悪いとも言えませんが、もっと重苦しさを強調していた第12巻の演奏の方が好みです。作曲年代は??、ブックレットに書いてある1882?年では「第3年」全体の完成より遅くなってしまいます。

CD1の最後の「”ベニスの謝肉祭(パガニーニ)による変奏曲」のテーマもどこか聞いた覚えがある、と当初書いていたら、なかだ様よりショパンの「パガニーニの思い出」を教えていただきました。有名曲とも言えませんが、以前CMで使われていたとのことで、私もそれで耳に覚えがあったようです。リストがパガニーニを通じて仕入れたテーマではあろうが、パガニーニ以前から知られていたメロディである、とブックレットに書いてあります。演奏技巧を強調する余り、作曲技巧としてはちょっと稚拙な感じを与える所もある変奏曲ですが、ノーテンキなイタリア調?の主題に救われてまあまあ聞けます。作曲年代不明です。

CD2の冒頭は「ハンガリア」(1872)、なんと22分半、同名の交響詩第9番(1854)の編曲といっていいものかどうか、他の人(弟子?)によるピアノ編曲出版譜にリストが色々書き込んで、ピアノ編曲第2版として出版させようとしていたのがお蔵入りになった、というものです。交響詩自体がが第28巻の「ハンガリーのスタイルによる英雄行進曲」を2倍に引き伸ばして、「ハンガリー狂詩曲第8番」と同じコーダで締めるような曲ですが、これら元曲も元々曲も含め、あまりいただけません。

ラコッツィ行進曲」(1871)、今度は第28巻の「管弦楽からの編曲版」のそのまた簡素版、ということですが、そんな易しくは無さそうな代わりに、結構面白さも残っていて結構聞けますが、積極的にこの版を聴く意味があるとは言えません。「真の涙」(1872)は「巡礼の年第3年」(第12巻)の第5曲の第1版です。最終版の方がいいとは思いますが、おどろおどろしさが勝っているこちらも一聴の価値はあると思います。

トラック4、5の「”聖エリザベスの伝説”から2つの作品」(1862)は、ブックレットを読む限り、ピアノ+ボーカルスコアのピアノパートに、連弾用編曲に採用されたボーカルのメロディラインを組み合わせた楽譜をハワードが作ったもののようです。何故そうしてもよいかというと、リスト自身がピアノソロで演奏した記録があるから、だそうで。なんとも胡散臭いのですが、出来栄えはこのアルバム中最高と思います。特に第1曲「薔薇の奇跡」が秀逸、第2曲「嵐」も一部響きの薄い所があるもののかなりの出来栄えです。胡散臭さに目くじらを立てるより、第14巻(オラトリオのあらすじもこちらに書きました)の正統的ピアノ独奏用編曲にさらに2曲素敵な編曲が加わった、ということにしましょう。

忘れられたワルツ第3番」(1883)は末尾以外第1巻収録分と変わらないようですが、演奏の出来は再び第1巻に劣ります。打鍵の後の離脱がいかにも甘い。「半音階的大ギャロップ」(1840)も第28巻収録分に対する「簡素版」ということですが、この「簡素版」は「伝説第2曲」と同じく、難易度の低下を大きく上回る魅力の低下により存在意義不明の版になってしまったようです。CD2最後の「忠誠行進曲」(1853)も第28巻収録の最終版に対する初版ですが、これは結構聞けます。

CD3の最初と最後が、「ラ・カンパネラ」関係曲第3弾と第4弾・・・第2弾と第5弾が「パガニーニ練習曲」(第48巻)・・・となっています。トラック1の「パガニーニの”鐘”と”ベニスの謝肉祭”による大幻想曲」(1845)およびトラック11の「パガニーニの主題による大幻想曲」ですが、大筋は余り違いません。冒頭は「ラ・カンパネラ」最終形(第48巻)に近く、違和感ありません。有名な主題はあの跳躍ではないですが、同音連打で提示され、これも違和感ありません。曲が進んでCD1最後の「ベニスの謝肉祭」が出てきます。判定すれば、CD1冒頭曲に比べればよほどマシ、という程度以上ではないでしょう。「ラ・カンパネラ」ファンには最終形以外お勧めするものが無いというのが結論です。

CD3の最初から2番目と最後から2番目が「Angelus!」の第3稿と第4稿です。トラック2の第3稿(1880)で一気に「巡礼の年第3年」(第12巻)稿に一気に近づく・・・と言っていいのか、「巡礼の年第3年」は1877に成立しているはずで、かつ総目録ではその稿を第5稿としていますが、何かがおかしい。けれどよくわかりません。とにかく、トラック10の第4稿(1882)(?)はますます最終稿に近くなっています。あの一見シンプルな、不思議な雰囲気は実はリストが推敲に推敲を重ねた結果だと知ってちょっと感動しました。ハワードさんのテンポが遅すぎるのがやや違和感ありです。

CD3の上記両端2トラックずつに挟まれたのが「ハンガリーの史的肖像」(1885)全7曲、第12巻収録分が出版稿だけれど第1稿、こちらが最終稿だけれど未出版、ということで、リストによる最後の「曲集」になるようです。曲順が変わっている他、個々の曲の違いは良く分かりませんが、印象はこちらの方がいいです。第12巻では張り切りすぎて固すぎる音になっていたのが、こちらではハワードさんの力が入りきらない演奏が、陰気な曲をある程度救済しているように思います。

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