第42巻:オペラ編曲集その4(清教徒他) お勧め度:B

このお勧め度はここまでで最大の予定外です。この巻は購入直後に1回か2回聴いただけで棚の肥やしになっていて、当然お勧め度Dになるはずだったのです。ところがこの駄文を書こうとして聴いてみて、「ファウストワルツ」「イゾルデ」「ノルマ」といったところと比べるとやや知名度の落ちる演目のこの巻を評価することになったのは、ハワードがそれはそれは楽しそうに弾いているからです。一方で私自身がオペラファンタジーという19世紀文化にいよいよ馴染んできたという可能性も否定できませんが。

思えばその昔、fj.rec.music.classical に「ハワードさん下手になったかと思ったけれど、”第2年”、及び、”ベートーベン交響曲編曲初期稿集”で立ち直ったような気がする」という趣旨の投稿をしたのですが、実はその転換点はもう一つ前の巻、すなわちこの第42巻でした。念のため「レ・プレリュード」を聞きなおしてみて、楽しそうに弾いているようには聞こえない自分自身を再確認しています。

どこがどうだから楽しそうに弾いているのだ、とはうまく言えませんが、この巻より前でハワードが楽しそうに弾いていたのは、第29巻「ジプシーの歌」あたりまで遡るように思います。かの超名作「白鳥の歌」を含むシューベルト編曲集も楽しそうというのは違うし、「レ・プレリュード」の物足りなさも、この巻の調子で弾いてくれたら違っていたかもしれません。体調がよかったのか、ピアノの状態がよかったのか、はたまた前の巻で朗読者と共演して得るものがあったのか、ピアノを鳴らす、音楽をする、その全てが楽しくて仕方ない、というハワードのほほえみが見える思いがします。

CD1はベルリーニ原作による「”清教徒”の回想」(1836)、ほぼ丸々20分、から始まります。世界初録音ですが、編曲当時からやや長すぎて難しすぎるということで比較的早く忘れられたとのこと。しかし文句無しに素晴らしい。スローパートでも細かく動く音形が生き生きしていて飽きません。「ノルマ」に十分匹敵すると思います。解説でも「ノルマ」との対比で説明しているのですが、いずれの原作も知らない私にはよくわかりませんでした。

Salve Marua! de l'opera Jerusalem」(1848、第1稿)、のおおもとはヴェルディの「ロンバルディア人」、そのフランス公開時のタイトルが「エルサレム」、ということでしたね。それはさておき、響きが美しく、ヴェルディものの中で一番気に入っています。「Don Carlos - Coro di festa e marcia funebre」(1867-1868)は、リストのつけたタイトルが紛らわしく、実態はヴェルディの「ドン・カルロ」全曲から広く取材したオペラファンタジーとのことです。これも理屈抜きの楽しいファンタジーです。

オペラ”タンホイザー”より巡礼の合唱」(1885)は、多分これが第2稿です(第17巻参照)。この巻にあってはむしろ見劣りする方です。「静かな炉辺で」(1871)の原曲はワーグナーの「ニュルンベルクのマイスタージンガー」1幕中ほどのヴァルターの比較的地味な小さな歌です。原曲とは随分印象が違ったしっとりした編曲、ヴァルターよりもザックスの趣ですが、ワーグナーものの傑作として「イゾルデの愛の死」にもいささかも劣らないと思います。

トラック6,7がドニゼッティの原作による「”ルクテツィア・ボルジア”の回想−大幻想曲1&2」、しめて25分強、です。後半にあたるところを先に編曲し、あとから前半を付け足すついでに後半にも手を入れたというもの。これもいいです。花があります。

トラック8を除き世界初録音のCD2はマイヤベーア原作の「”ユグノー教徒"の回想」(1842、第3稿)より始まります。16分に及びますが退屈させません。ゆうに「”ノルマ”の回想」(第6巻)に匹敵します。ちょっと超絶技巧練習曲の「エロイカ」を思わせるところが出てきたりします。前に書きましたがマイヤベーアには「水戸黄門」「遠山の金さん」的安心感があります。

続く2曲がラフ原作の「”アルフレッド王”よりアンダンテ・フィナーレ」「"アルフレッド王”より行進曲」(1853)、ラフはリストの弟子または秘書で、原作オペラの初演をリストがプロデュースしています。前者はきれいな佳曲です。後者はおそらくはありきたりな原曲にリストの手がかなり入っているようで、楽しいショーピースに仕上がっています。

モーツァルトの”魔笛”より「二人の武装した男の歌」(1870年代後半)はフィリップ・ムーアとの連弾です。原曲の対位法がそのまま聞かれる忠実な編曲です。勿論悪くはありません。草稿の束から掘り出したものらしいです。

Auberの”婚約者”より「チロルのメロディ」(1856)ということになっている作品は実は同じ材料をリスト(それもうんと若い頃)とAuberが独立に取材したのではないか、とのコメントがあります。1分半の小さな作品です。

Auberの”Masaniello、またはポルティシの唖娘”より「ブラヴーラ風タランテラ」(1869版)、異稿はオペラ編曲集その5に収められています。ブラヴーラとは「派手派手絢爛風」とでも意訳すればよいようですが、この作品も期待に違わぬショーピースです。ハワードさん所々どっこいしょ調になるのだけれど、楽しそうな様子はいささかも崩れません。

Salve Marua de l'opera Jerusalem」(1882)、第2稿の題名には感嘆符がつきません(!)。解説にはいろいろ書いてありますが、第1稿との違いがよく分かりません。私はどちらでもいいです。「”清教徒”−導入とポロネーズ」(1840)は難しすぎて長すぎた「”清教徒”の回想」の短縮版というところらしいです。悪くはありませんが、一旦20分版でも平気となると、短縮版は不用です。

最後がベルリーニ原作による「オペラ”夢遊病の女”による大演奏会幻想曲」(1874、第3稿)、もはや誉め言葉が続きませんが、この15分強も素晴らしい。

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