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〒475-0848 愛知県半田市成岩本町1-21

そくどく文庫sokudokubunko

里の春、山の春

新美 南吉

  野原にはもう春がきていました。
 桜(さくら)がさき、小鳥はないておりました。
 けれども、山にはまだ春はきていませんでした。
 山のいただきには、雪も白くのこっていました。
 山のおくには、おやこの鹿(しか)がすんでいました。
 坊(ぼう)やの鹿(しか)は、生まれてまだ一年にならないので、春とはどんなものか知りませんでした。
「お父ちゃん、春ってどんなもの。」
「春には花がさくのさ。」
「お母ちゃん、花ってどんなもの。」
「花ってね、きれいなものよ。」
「ふウん。」
 けれど、坊(ぼう)やの鹿(しか)は、花をみたこともないので、花とはどんなものだか、春とはどんなものだか、よくわかりませんでした。
 ある日、坊(ぼう)やの鹿(しか)はひとりで山のなかを遊んで歩きまわりました。
 すると、とおくのほうから、
「ぼオん。」
とやわらかな音が聞こえてきました。
「なんの音だろう。」
 するとまた、
「ぼオん。」
 坊(ぼう)やの鹿(しか)は、ぴんと耳をたててきいていました。やがて、その音にさそわれて、どんどん山をおりてゆきました。
 山の下には野原がひろがっていました。野原には桜(さくら)の花がさいていて、よいかおりがしていました。
 いっぽんの桜(さくら)の木の根(ね)かたに、やさしいおじいさんがいました。
 仔鹿(こじか)をみるとおじいさんは、桜(さくら)をひとえだ折(お)って、その小さい角(つの)にむすびつけてやりました。
「さア、かんざしをあげたから、日のくれないうちに山へおかえり。」
 仔鹿(こじか)はよろこんで山にかえりました。
 坊(ぼう)やの鹿(しか)からはなしをきくと、お父さん鹿(じか)とお母さん鹿(じか)は口をそろえて、
「ぼオんという音はお寺(てら)のかねだよ。」
「おまえの角(つの)についているのが花だよ。」
「その花がいっぱいさいていて、きもちのよいにおいのしていたところが、春だったのさ。」
とおしえてやりました。
 それからしばらくすると、山のおくへも春がやってきて、いろんな花はさきはじめました。 野原にはもう春がきていました。
 桜(さくら)がさき、小鳥はないておりました。
 けれども、山にはまだ春はきていませんでした。
 山のいただきには、雪も白くのこっていました。
 山のおくには、おやこの鹿(しか)がすんでいました。
 坊(ぼう)やの鹿(しか)は、生まれてまだ一年にならないので、春とはどんなものか知りませんでした。
「お父ちゃん、春ってどんなもの。」
「春には花がさくのさ。」
「お母ちゃん、花ってどんなもの。」
「花ってね、きれいなものよ。」
「ふウん。」
 けれど、坊(ぼう)やの鹿(しか)は、花をみたこともないので、花とはどんなものだか、春とはどんなものだか、よくわかりませんでした。
 ある日、坊(ぼう)やの鹿(しか)はひとりで山のなかを遊んで歩きまわりました。
 すると、とおくのほうから、
「ぼオん。」
とやわらかな音が聞こえてきました。
「なんの音だろう。」
 するとまた、
「ぼオん。」
 坊(ぼう)やの鹿(しか)は、ぴんと耳をたててきいていました。やがて、その音にさそわれて、どんどん山をおりてゆきました。
 山の下には野原がひろがっていました。野原には桜(さくら)の花がさいていて、よいかおりがしていました。
 いっぽんの桜(さくら)の木の根(ね)かたに、やさしいおじいさんがいました。
 仔鹿(こじか)をみるとおじいさんは、桜(さくら)をひとえだ折(お)って、その小さい角(つの)にむすびつけてやりました。
「さア、かんざしをあげたから、日のくれないうちに山へおかえり。」
 仔鹿(こじか)はよろこんで山にかえりました。
 坊(ぼう)やの鹿(しか)からはなしをきくと、お父さん鹿(じか)とお母さん鹿(じか)は口をそろえて、
「ぼオんという音はお寺(てら)のかねだよ。」
「おまえの角(つの)についているのが花だよ。」
「その花がいっぱいさいていて、きもちのよいにおいのしていたところが、春だったのさ。」
とおしえてやりました。
 それからしばらくすると、山のおくへも春がやってきて、いろんな花はさきはじめました。



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