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八幡社の絵馬
日本には、古くから馬を神に献上する習慣がみられた。
絵馬は、板で作った馬形や馬の絵を描いた板が、生きた馬の代わりに奉納されることから始まった。現在絵馬は奈良時代まで遡ることができるが、永い年月の中、形状のみならず奉納する人々やその目的など様々に変化してきている。
安城市内の神社の絵馬の調査を行ったところ、105点の絵馬が確認され、時代としては、江戸・明治期に集中していることがわかった。江戸時代の絵馬には、馬図・武者絵、学芸図、故事・伝説・物語図、馬以外の動物など様々な画題を扱ったものが多いのが特徴である。
今回市指定の文化財となった八幡社の絵馬、7面についても様々な画題で描かれている。7面ともに、木板に描かれ、ふち枠の飾具は立派で、彩色も鮮やかに残されている。
東尾の八幡社は、松平氏が安城城に在城のとき、城の守護神として応神天皇を祀り崇敬を受けて現在に至っている。この絵馬は、地域の人々により奉納されてきたが、中でも「難波屋おきた」の図のような、美人画の絵馬は珍しいものである。