在原寺
臨済宗妙心寺派在原業平の菩提を弔うために建立された寺と伝えられている。業平塚は西方約1000mのところにある。
寺宝
十一面観音菩薩 立像
薬師如来 坐像
在原業平 立像
釈迦涅槃の図 西阿
八橋売茶方巖 墨跡
庭園には、義玄、若沙の句碑、和歌の歌碑など見るべきものも多い。
業平の竹
在原のありし昔を伝えきて のこる形見の竹の一ふし
業平の女性の恋物語の故事に因んで縁結びの竹とされました。この竹の箸にて子供に食べさせれば「左きき」が「右きき」になるとの説が昔より伝えられている。
松堂義玄句碑
いつも聞く、 家は はや寝て 遠砧
兼子義玄は、寛政4年(1792)豊明村沓掛新田に、尾州藩士の子としてうまれた。俳人。号を松堂と称した。
嘉永5年(1822)在原寺に入寺、仏門に仕えた。若くして俳諧を学び、初め宜彦と称し、刈谷の中嶋秋挙に入門、ついで岡崎の鶴田卓池と交わり、西三河各地にその作品の遺墨が見られる。芭蕉の流れを汲んだ俳風を慕って、多くの門人が集まった。幕末期の西三河地方の俳諧の宗匠として、門下に多大の影響を与えた。
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