昔々、ある国に、白雪姫という、それはそれは可愛らしいお姫様がいました。色は雪のように白く、髪はカラスの濡れ羽色。頬はバラのように赤く、瞳はパッチリと大きく、笑うと花が咲いたように愛らしい姫でした。
ところが、その姫のお母様は姫が小さい時に病気で亡くなり、父である国王が迎えた新しいお后は、顔はまあまあ綺麗でしたが、自惚れが強くて子供っぽい、意地悪な人でした。おまけに悪い魔女だったのです。
お后は、魔法の鏡を持っていて、毎日その鏡に訊きます。
「おい鏡、この世で一番なのは誰だ? 容姿も実力もだぜ」
すると鏡は答えるのです。
「お答えします。それはお后様、あなたです。あなたが世界で一番です」
(世界一のバカだよ、)と鏡は思っているのですが、こう答えておけばお后の機嫌がよく、大事にしてくれるのを知っているのです。
「はっはっはっ、そうだよな〜、やっぱ俺が一番だよな〜!」
鏡にバカにされているとも知らず、今日もご満悦のお后でした。
しかし、毎日そんなことの繰り返しに飽き飽きしてきた鏡は、ある日、本当のことを教えてしまいました。
「お答えします。世界一の容姿と実力の持ち主、それは白雪姫です」
「はあっ!? 白雪姫だと? あんなガキにどんな実力があるってんだよ!」
「…というか、もともと何の実力のつもりで訊ねていたんですか、あなたは」
「っ、じ、実力は実力だ! 中身のことじゃねえか、そんなことも分かんねえのかよ!」
(やっぱりよく分かんないけど適当に言ってたんだね、このバカは)
鏡は呆れながらも、
「とにかく、顔も中身も、白雪姫が一番です」
「なに〜〜っ!! くそっ、おのれ白雪め! 見とけよあのクソガキが!」
お后は怒りをあらわにして、走り去ってしまいました。
「さあどうなるかな? ボク知ーらないっと。本当のことを言っただけだからね、」
「おい不破! 不破、どこにいる!」
お后は大声で喚きました。すると猟師の不破が音もなく背後に現れて、
「なんだ鳴海、何か用か」
「うお! おい、おどかすなよ……」
「お前が呼んだんだろう」
「……、まあいい。白雪姫を森へ連れ出して、殺して来い。今すぐにだ」
「何故だ」不破は顔色一つ変えません。
「理由なんかどうだっていいんだよ! とにかくお前は黙ってあいつを始末すりゃいいんだ」
「……嫉妬か」
「っっ!! お前、コミュニケーション取る気ねえだろ!」
「それはお前の方ではないか鳴海。理由も言わずに一方的に命令するのがコミュニケーションだとは思えんが」
無表情のままとうとうと述べる不破にイラついて、鳴海は血管を浮き上がらせましたが、とにかく白雪姫を葬る方が重要だと考え、
「ああそりゃそうだな! 悪かったよ、お前の言う通りだ! だから早く行け!」
「断わる」
「ななな、何〜〜っ!?」
「どうして何の見返りもなくお前の言うことを聞かなければならないんだ。俺の得になることは何もないばかりか、おそらく毎晩悪夢にうなされるに違いないではないか」
「〜〜〜」
(てめえの神経でうなされるかっつーの! くそっ、何でこんな奴がウチのおかかえ猟師なんだよ!)
しかし、猟師とは建前で、実は凄腕の殺し屋だと知っているので、お后も迂闊には扱えないのでした。
「……わかった、もし白雪姫を殺ってくれたら、俺の魔法を一つ伝授してやる。これなら文句ねえだろ?」
「魔法か…。ま、万能の俺にはあまり必要もないが、まあ悪い取引きではなさそうだ。では引き受けよう」
やっと取引きが成立して、どっと疲れを覚えるお后でした。
不破はその日のうちに白雪姫を森へ連れ出しました。そしていきなり銃を突きつけたのです。
「なっ! 何すんのよ!」
「悪いがお前を殺すことになっているのでな、」
「な、なんでよ!」賢い姫はすぐに思い当たりました。「あのお后ね! あのババア、あたしの美貌が気に入らないんだわ!」
「そういうことだ。お前に恨みはないが、これも仕事だ。悪く思うな」
「ちょ、ちょっと待ってよ不破。取引きしない?」白雪姫は素早く考えを巡らせます。「もし、ここであたしを逃がしてくれれば、お父様やあのお后が死んだ後、あのお城をあんたにあげてもいいわ」
「ふむ、城か…。あの城なら研究活動にもってこいだ」
「でしょ? あんたの研究への資金援助も約束するわよ」
「ふん、悪くないな。いいだろう、取引き成立だ」
こうして、白雪姫は森の奥へ逃げていったのです。
ところが森はとてつもなく広くて、白雪姫は迷子になってしまいました。もう暗くなってくるし、お腹はすくし歩き疲れるしで、さすがの姫もネを上げかけています。
「ったくっ! 何だってあたしがこんな目に遭わなきゃなんないのよ! あの馬鹿なくせにプライドだけは高いババアのせいだわ。お父様もお父様よ、あんな女に騙されるなんて…!」
何とか元気を出すためにブツブツ不満をぶちまけていると、遠くに灯りが見えました。
「あっ、あそこに家がある! 助かったー、あそこで休ませてもらおう!」
行ってみると、そこは小さな小さな家で、ドアを開けると、小さなテーブルの上に7人分の食事がきちんと並べられています。お腹がペコペコだった姫は、みんなのお皿から少しずつ取って食べました。それから、奥の部屋を覗くと、7つの小さなベッドが並んでいました。くたくたに疲れていた姫は、ドサッとそこに倒れこみ、ベッドを3つ占領してぐうぐう眠ってしまいました。
さて、仕事から帰ってきた小人たちは、テーブルについて食事を始めましたが、すぐに小岩が叫びました。
「あっ、俺のパンが一口かじってあるぞ! 誰だ俺のパン食ったの!」
「えっ、ほんと?」風祭が驚いたように言うと、
「自分で食いよったんちゃうん?」と吉田がからかうように言います。
「んだと! 誰がんな真似すっかよ!」
「あっ、俺のスープもなんかミョ〜に少ねえ!」これは高井。
「……俺の肉も……かじった跡がある……誰がかじった……潰す潰す……」
「なんやぁ? お前ら、せこかこつ言いよんね。どうでんよかやろ、そげんこつ…」言いかけた功刀は、自分のスパゲティを見て顔色を変えました。「うあーっ! 俺んパスタがーっ! 誰じゃあ俺んパスタ食いよったんはっ」
「ハ、カズ、お前まで何だよ、みっともねえな」にやりと笑ったのは椎名です。
「そういう自分も、ヨーグルト減っとるみたいやけど?」吉田は相変わらずニコニコしています。「ボクもミルク半分くらいあらへんねん。一体誰や?」
「こういうのは言いだしっぺが一番怪しいんだ!」高井が言うと、
「んだと! じゃあ俺だって言うのかよ! あぁ?」既に小岩は喧嘩腰になっています。
「まあまあ、待ってよ、友達を疑うなんてよくないよ、」風祭が慌ててとりなそうとしますが、
「いーや、こげん陰湿なこつばしよう奴は、一人しかおらんけん!」
余程パスタの恨みが強いのか、功刀は間宮をビシッと指差しました。
「まあ待てって。証拠もないのにここで言い合ってたってしょうがねえだろ。大体、ここにいる奴らに人の皿の料理食ってる暇なんかねえことは明白じゃねえか。…つまり、部外者が入りこんだってこと」
冷静な椎名の意見に、一同は納得せざるを得ません。風祭はホッとして、
「そうだよ。この中にはそんなことする人、いないよ」
「じゃあ一体誰が……」
「ちょっと家ん中調べてみようぜ、」ガタン、と椎名が立ち上がりました。
そしてその数十秒後には、ベッドでぐうぐう眠っている白雪姫を発見することになったのです。
「わ、誰だこれ、チョー可愛い」高井が赤くなって言うと、
「誰だか知らないけど、このお嬢さんが犯人に間違いないだろうな、」
「犯人なんて、翼さん…。何か事情がありそうだよ、」風祭が心配そうに言います。
「ハ、優しかねー、おまんは。女んくせに俺のパスタ食いよった罪は重かばい!」
「てめえ相当食い意地はってんな…」小岩が呆れて言うと、
「キミに言われたない思うでぇ。言いだしっぺクン!」相変わらずニコニコしている吉田。
「……俺のベッド……潰す……」
ボソリと呟いた間宮に、全員がタラリと汗を垂らしました。
その時、白雪姫が目を覚ましました。
「あ、あれ? ……あたし寝ちゃったんだ……、って、あ、あらぁ?」
「お目覚めかい、眠り姫」椎名が皮肉っぽく言います。
「ねえ、キミ誰? 何でここにいるの?」
高井の質問に、姫は事情を手短に説明しました。
「……というわけで、もう城には戻れないの。お腹空いちゃって、みなさんの食事をいただいてしまってごめんなさい」
涙目で訴える白雪姫に、椎名以外の小人たちはみんな(功刀までも)赤面してソワソワしています。
「いいんだよそんなの! それより、行く所がないなら、ここで暮らしたら?」風祭が言いました。「ねえみんな、いいよね? そしたら家の掃除とか洗濯とかしてもらえるし」
「えっ、でも…そんなご迷惑は……、」
「かめへんかめへん、俺ら迷惑どころか嬉しいてかなんわ、こないなベッピンさんがおってくれたらヤル気も出るっちゅうもんや。なあ椎名? ええよな?」
椎名は肩をすくめて、
「俺が駄目っつったって、お前ら全員がいいって言うなら決まりじゃねーの? 俺 民主主義だしね、」
「……独裁主義の間違いじゃねえの?」
ボソッと呟いた高井の声が椎名以外の全員に聞こえましたが、みんな聞かなかった振りをしました。
とにかくこうして、白雪姫は7人の小人たちと一緒に暮らすようになったのです。
白雪姫は働き者で、家事は全部カンペキにこなしてくれたので、小人たちはとても楽しく幸せな毎日を過ごしました。
ところが、その幸せもそう長くは続きませんでした。
あのお后が、また鏡に訊ねたのです。
「おい鏡、この世で一番なのは誰だ? 容姿も実力もだぜ、」
「お答えします。それは白雪姫です」
「なにィ!? 嘘つきやがれ、あのクソガキは始末したんだ!」
「おやそうですか。では森で小人たちと楽しく暮らしているのは誰でしょうかね? ホラこの通り」
鏡は、白雪姫と小人たちが楽しそうに食事している様子を映し出しました。
「……っ!! こいつ……!」
お后は怒り心頭に発して不破を呼びつけました。
「おい不破! てめえ、白雪姫を殺ったんじゃねえのかよ! あのガキまだ生きてやがるじゃねえかっ」
「そうか、」
しれっと言う不破に、お后はブチ切れて怒鳴りました。
「んな、なに〜〜っ!! てめえ、嘘つきやがったのかよ!」
「嘘はついていない。誰も『殺した』とは言っていないだろう。お前からまだ魔法も伝授してもらっていないし、取引きにも違反していないと思うが?」
「〜〜〜っ、もういい! てめえなんぞにもう頼まねえよ!」
お后は、口では敵わないと思ったので、頭から湯気を立てながら自分の部屋にこもって、毒リンゴを作り始めたのでした。……
数日後、小人たちが仕事に出かけた後、白雪姫が家の掃除をしていると、ドアをノックする音が聞こえました。
「はい、どなた?」
姫はドア越しに訊ねました。小人たちに、留守中は絶対にドアを開けてはいけないと固く注意されていたのです。
「りんご売りです〜。美味しいリンゴはいかが?」
「ごめんなさい、ここは開けられないの。それに何も買ったりしてはいけないって、ノリックに言われているんです」
(ノリック? …ああ、あの大阪商人みたいなやつか。なるほどケチだな、)
「じゃあ、見るだけならいいだろう? 窓の方へ行くから見てご覧、すごく綺麗なリンゴだよ」
お后は、窓の外へ行って、真っ赤なリンゴを見せてやりました。
「まあ美味しそうだこと」
白雪姫は、思わず窓を開けてみました。するとリンゴのいい匂いが鼻をつきます。リンゴが大好物の白雪姫は、思わず唾を飲み込みました。城を出てから、一度もリンゴを食べていないのです。
「ホ〜ラ、美味しいよ? お金なんか要らないから、一口食べてみてご覧、」
「えっ、お金要らないの? ……何か怪しいわねぇ」
「怪しくなんかないさ、そんなに疑うなら、俺…いや、あたしがこっち側をかじってみよう」
お后はりんごを一口かじりました。シャキッという音と共に、リンゴのジューシーな匂いが広がります。
「ん〜ん、美味しい美味しい。本当に美味しいリンゴだよ。さあ、お嬢ちゃんも一口かじってごらん」
「……じゃあ、一口だけ……」
とうとう白雪姫は、誘惑に負けて一口かじってしまい、その途端、バッタリと倒れてしまったのです。
「ヒーッヒッヒッヒ、上手くいったぜ! 賢そうに見えても所詮はガキだな! お前が怪しむのを見越してリンゴの片側だけに毒を塗っておいたのさ。俺って天才だぜ!」
お后は笑いながら立ち去りました。
さて、仕事から帰ってきた小人たちは、白雪姫が倒れているのを見て吃驚仰天。
「あれっ、どうしたんだ、姫!」
「こんな所で寝たら風邪引くよ?」暢気に言う風祭。
「アホ、こげんとこで寝るわけなかやろ! おい姫、どけんしたと!」
功刀が姫を揺すりましたが、すぐに飛びのきました。
「うわあっ! 死んどう! 姫が死んどう!」
「何?! そんな馬鹿な!」
「嘘だろ!」
慌ててみんなが駆け寄ろうとすると、椎名が鋭く叫びました。
「待て! 近寄るんじゃない!」
それからおもむろに姫の脇にかがんで調べ始めました。そして立ち上がると、
「……死んでる。多分、このリンゴが死因だ」
「リンゴ!?」
「こないなモン、家にはあらへんかったはずやけど」
「ああ。……おそらく例の継母だ。何でも悪い魔女らしいから、毒リンゴ食わすぐらいお手のもんだろ」
椎名はギリ、と歯を噛みしめます。「くそっ…! 俺らの留守中に…っ」
「うわああぁあぁあああん! 姫が、姫があぁぁっ」
小岩が大声で泣き始めると、他の者も一様に泣き始めました。みんな、なんだかんだ言っても姫が大好きだったのです。ただ一人、椎名だけが唇を噛んで涙をこらえていました。
「…さあ、もう泣き止めよ。せめて俺らの手で、手厚く葬ってやろうぜ」
小人たちは、ガラスの棺に白雪姫を横たえさせ、たくさんの花で飾り付けて、その周りでまたしくしく泣いていました。
すると、そこへ白馬にまたがった王子様がやってきたのです。
「あれー? キミたち、なんでそんな泣いてんの? 腹減ったの? チョコやろうか?」
「……見てわかんねーのかよ、葬式やってんだ!」椎名がムッとして言います。
「葬式?」
「白雪姫が、死んでしまったんです」
「悪い魔女に、毒リンゴ食わされたんだよ! くそっ、あの魔女、絶対仇取ってやる!」
見ると、ガラスの棺の中に、見たこともないような可愛らしい姫が眠るように横たわっています。
「うわ、かわいー! チョー可愛い、誰これ? ホントに死んでんの?」
「……せやから白雪姫やて、さっき風祭が言うたやん……」
「葬式だって言っただろ! ったく、どいつもこいつも馬鹿ばっかだぜ!」
言っている間にも王子は馬から降りて、棺の蓋を開けています。
「えー、死んでるなんて嘘みたいじゃん。ほっぺもばら色だしさ。この唇だって…」
王子が白雪姫を抱き起こして唇にキスしようとしたので、小人たちは泡を食って、
「うわあっ! 何するんですかっ!」
「俺の姫に触んなーっ!」
「誰だ今『俺の』っつったの! ノリックか!」
「アホ、ちゃうちゃう! 小岩や小岩!」
「ちげーよっ、間宮だって間宮!」
わーわー騒いで白雪姫をみんなで揺さぶっているうちに、姫の口からポロリと何かが落ちたかと思うと、
「…、あれ? 何、どうしたの?」
白雪姫の目がパッチリと開いたのです。
「あっ…」
「うわあぁぁああっ! ひ、姫があっ!」
「ううう嘘だろ?! じょ、成仏してくれぇっ」
高井は腰を抜かし、小岩は半泣きで念仏を唱え始めました。
「やあ、キミが白雪姫? オレ、隣の国の王子で藤代っていうんだけどー。オレと結婚して隣の国の姫になんない?」
王子はにかっと笑って言いました。
「な、なんば言いよんね! 姫は俺らん姫じゃけん! どこにも嫁になんぞやらんたい!」
「あら、あたし結婚するわよ、」
「はああっ!?」
姫の爆弾発言に一同騒然としました。
「だって、毎日毎日掃除に洗濯に炊事じゃあ、好きなサッカーもできないじゃない。お姫様なら好きなことできるでしょ?」
にっこり笑う姫に、小人たちはただ絶句するしかないのでした。
「あ、君もサッカー好きなの? 気が合うなー、俺もすげー好きなんだ。子供でサッカーチーム作ろうよ!」
「そうね、まあ考えとくわ」
二人はなんだかんだ言いながら馬に乗って行ってしまいました。
こうして、白雪姫は隣の国の王子と結婚して末永く幸せに、小人たちは寂しさをこらえて森で暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。(…?)
−おしまい−
鳴海: ……おい! なんで俺がお后だよ! しかも馬鹿か?!(怒)
有希: あーら、お似合いじゃないの。(笑)
杉原: なんかボクはえらく腹黒い役だね。
椎名: それも似合ってるぜ。俺なんか小人だぜ? ムカつくっつーの!
風祭: あ、でも、小人役ってみんな小さい人だよね?
功刀: それが余計ムカつくばい! しかもコトバがバリおかしかじゃ!
吉田: ボクなんか大阪商人とかケチとか言われてむっちゃ傷つくわ。
藤代: まあいいじゃん、固いこと言いっこなしだよ。
小岩: お前に言われるのが一番ムカつくんだよ!(怒)
不破: ところで、俺の取引きはどうなったのだ。城と研究費用は…。
一同: (シーン。)
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