第三章 警告 〜warning〜
キルスはとにかく暇だった。
せっかくの休暇なのだが、はっきり言って“施設”にいたほうが落ち着く。
なにか仕事をしていないと生きているという感じがしないのだ。
キルスは18歳という若さにもかかわらずそういう人間だった。
そういうわけで暇で暇で仕方が無かったキルスは、草原で訓練をしていた。
キルスの得物は主にナイフである。
その実力は飛んでいる鳥にナイフを投げて(恨むな鳥。俺に狙われたお前が悪い)、
一発で打ち落として しまう程の実力を持つ。ナイフを一度に6本までなら投げることができる。
そのおかげではじめてリークに見せたときに「サーカスでナイフ投げやったほうが儲かるんじゃねーの?」
と言われ、キレたキルスはリークに練習試合を申し込んだ。
で、どうなったかというと、キルスが投げたナイフを撃ち落とされ、あっさりと負けてしまった。
キルスが弱いのではない。彼ほどのナイフの名手はなかなかいないだろう。リークが強すぎるのだ。一体ど
うすれば飛んでくるナイフを撃ち落とすことが出来るのだろうか。
とりあえずキルスはリークの実力を認め、それからというもの二人は何故か親しくなり、今ではなかなかの コンビとなっている。
次の幹部の候補だという噂もある。二人ともFクラスだが、嘘みたいに強く、問答無用でどんどん功績があ
げられているので飛び級の可能性が高いのだろう。
そういう訳でキルスはナイフの訓練をしているのであった。
いつも目標はリークである。
銃に対抗するにはどうすればいいのか。
その答えは至近距離、である。
要するに銃の小回りが聞かない至近距離で連撃を食らわせればいいのである。
だから得意のナイフ投げは使えない。
重要なのは撃たれる前に相手の懐に飛び込むことだ。
しかし、リークは尋常でない早撃ちをしてくる。
目くらましが必要かもしれない。
とりあえず手近にある木を標的にして、ナイフ投げの訓練から始めようと思った。
軽く振りかぶって、
……木とは反対側、真後ろに投げた。
妙な男がいた。
四本のナイフは狙い違わず男の両肩と膝の関節に刺さっていた。
その男はナイフをキルスの首筋につき立てようとした瞬間の姿勢で止まっていた。
キルスはため息をつき、
「暗殺者か?バレバレだったぞ?こんな18のガキに悟られるような殺気、あんた三流以下だぜ?」
一方、関節に刺さったナイフで身動きの取れなくなった男は驚愕に目を見開いていた。
確かに足音、呼吸音は抑えたはずだ。気配は全くといっていいほどなかったといっていい。 ――だが。 「あんた相当ツイてないな。いい事教えてやろうか?このナイフはすげえ鋭くてな、当然よく磨かれていて」
その一言で目の前の少年が取り出したナイフに自分の姿が写っていた事を理解した男は、観念したように目
を閉じた。
ふぅ、とキルスは息をついて、とりあえず男の目的を尋ねることにした。
だが。
男は突然痙攣したかと思うと、そのまま倒れてしまった。
「――!?」
男は、既に絶命していた。
おそらく自害のための毒薬だろう。人間爆弾で無かっただけましだ。
「…………畜生」
あいてがどんな人物であろうと、目の前で人に死なれるのは決していい気分ではない。
金次第で時には殺しも請け負うこの業界においても、だ。
なるべく死体の顔を見ないようにして、男の服を探った。
しかし、身元が分かるようなものは何も持ってい なかった。当たり前といえば当たり前だが、突然理由も分からず暗殺されかけたのだ。漠然とした不安が付き
まとう。
――とりあえず、リークと合流したほうがよさそうだ。気に食わないが、ボディーガードになってもらおう。
、 、 、 、 、 、
、 、 、 、 、
そう考えたキルスは、リークと合流すべく、オーバーパワーに向かって浮動車を発進させた。
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畜生。
なんでこうなったんだ。
やはりこの前のウィナーグとの……
――激痛。
ああ、また撃たれた。こんなことならさっさとウィナーグと
――激痛。
もうおしまいかもしれない。“施設”に連絡を――
∞
目が覚めた。
また妙な夢を見たような気がする。
しかし今度はあまりはっきり覚えていなかった。
いつの間に寝てしまったんだろう。
懸命に思い出す。
――そうだ、たしかフィールの街の地形を覚えようと散歩して、帰ろうとして撃たれて、
……撃たれ?
そこまで考えてようやくリークはここはどこなのか疑問に思った。
「ひょっとするとここはあの世なのか?ああ俺あの世なんて信じてなかったけど本当に」
頭をはたかれた。 「――痛っ」
「失礼ね。人の家を勝手にあの世扱いしないでくれる?」
振り向くと、リークより年上に見える女性が眉を吊り上げてこちらを睨んでいた。
「――どちら様?」
またはたかれた。 「――ぐわっ」
「酷い……こちとら重症人だぞ?銃で撃たれて」
「お礼も言えないの?せっかく手当てしてあげたのに」
そこでようやくリークは自分の左腕の肩の部分と二の腕の下部に包帯が巻いてあることに気づいた。 どうや
らここはこの女の人の家で、大怪我をした自分を介抱してくれたのだということを理解した。
「……ありがとう」
割と素直に礼を言えた。
とにかく、この女性がわざわざ時間を割いてまで道端でぶっ倒れていた関わらない
ほうが良さそうな少年の面倒を見てくれたのだ。 、、、、、
「よろしい。 ……まあ、あんたが倒れているそばにこんなものが落ちていなかったら素通りしてたかもね。 ああ、あと、私の名前はイルナね」
イルナと名乗った女性は、ポケットからカードのようなものを取り出した。
それはリークにとっては馴染みの深いものだった。
「――“施設”のエージェント証明」
イルナは続けた。
「ということはあんたエージェントよね、“施設”の。えっと……F−75のリーク君ね」
「返してくれ」
「やっぱり?うーん、この色合い。懐かしいなあこのカード」
名残惜しげに返してくる。しかし、リークは今のイルナの口調になにか引っかかるものを感じた。
「――懐かしい?」
「うん。私3年前までエージェントだったもの」
驚くべきことを言った。
「そう、だったのか?」
「だからそうだって。それより年上に対してはもっと敬意を払った言葉遣いをしなさいよ。さっきそのカー
ド見て分かったけど、あんた私より6年も年下でしょう?」
という事はイルナは24か。
だがそんなことはどうでもよかった。目の前に先輩がいる。こんな事は初めてだ。
「コードは?」
「E−01よ。キリのいい番号でしょう」
「――確かに」
「ところでなんで君、あんなところでぶっ倒れてたの?見たところそれは弾丸による穴だけど」
確かに「穴」だが自分の体に穴が開いているという表現は嫌だ。
「さあ」
「さあ、って」
「分からない。そういえばなんで俺は撃たれたんだろう」
こんな重要なことを考えていなかった。寝起きだったとはいえ、かなりの失態だ。
「なぜか分からないのに撃たれたの?怖くない?」
確かに怖い。自分に命が狙われる理由があっただろうか。 それとも今回の任務と何か関係が…?
「誰に撃たれたんだ……?」
――ガシャーン!!
その時、ガラスが割れる音がした。
驚いて音がした方――窓のほうを向いた二人は、同時に侵入者の姿を視界に捉えた。
「俺だよ」
侵入者が口を開いた。
慌てて銃を出そうとしたリークを手で制す。 その手には、銃が握られていた。
「まあ待てって」
「ふざけるな!お前が昨日俺を撃ったのか?理由は何だ!」
「警告さ。これ以上任務を続けずに“施設”に戻れ」
「…………?」
意味が分からなかった。
「ちゃんと伝えたぞ。じゃあな」
男はこちらを銃でポイントしたまま 、器用な身のこなしで自分が割った窓のサッシに飛び移り、その場を去 ろうとした。
「待ちなさいよ」
イルナが言った。
「人ん家のガラス割っといて、そのまま返すと思ってるの?」
それを聞いた男はふっと笑うと、「上に請求してやるよ。気が向いたらな」
そのまま窓を乗り越えて去っていった。
「あっこら」
「――俺が追いかけます。ここで待っていてください」
追おうとしたイルナを制して、リークが言った。
「いろいろと聞きたいことがあるからな」
そう言ってリークは窓から飛び出していった。