第二章 “施設”


 ウィナーグは目の前のモニターを見ながら呆気にとられていた。
 いきなりリークのジープが木にかすったかと思うと、物凄い速さでリークが車から飛び出してきて、
その次の瞬間に視界が炎上、そこからカメラからの受信が途絶えた。
 ……実を言うと、超小型カメラをリークの周りに飛ばし、監視していたのだ。

「何が起こったんだ?……あぁ、なんか分かったような気がした……阿呆かアイツは」
 その時、デスクの上の端末から電話の受信を知らせる電子音が鳴った。
 ウィナーグが何もしないうちから勝手に受信し、ディスプレイに若い男の姿が映った。
『あの……今、F-75からの無線受信が途絶えたんですけど、どうしたんでしょうねえ』
 おどおどとした態度の任務伝達係(この名前もどうかと思うが)が、やはりおどおどした声で尋ねて
きた。リークに聞いた話では、この若い男は年下の奴には尊大な態度を見せるらしく、主に23歳以下の
エージェントには嫌われているらしい。ウィナーグもあまり好きではなかった。大体勝手に端末が受信
したということはこいつが強制モードで送信したということだ。礼儀というものを知らんのか、もしく
は短気なのか……

「――なんで俺に聞くんだ?」
 言うと、男は隠し事がばれた時のような表情をして、
『いや……あなたが自分の担当するエージェントを小型カメラで監視する、というのを聞いたことがあ
りまして……」
 自分の眉が寄るのが分かった。
「誰に聞いた?」
 聞くと、男は観念したように、『……カーリスさんです』
 カーリスか。
 その名を聞いた途端、ウィナーグの顔がゆがんだ。
 ――カーリスは、元々ウィナーグの所属だったのだが、功績を多くあげたのでこの間、めでたく幹部
昇進した男だ。
 エージェント時代から口が悪く、上司であるウィナーグに度々反抗していた。
 ウィナーグにとっては厄介者以外の何者でもない。
「もういい。F−75のことは気にするな。お前はバイトだから知らないだろうが、いつものことだ」
 男は呆気に取られたように『――へぇ?』
「用件はそれだけか?切るぞ」
『あ、ちょっ――』……ブツッ。
 無理矢理通信を切った。


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 ――ここで、“施設”について説明しておこう。

 “施設”は、「名の無い会社」のようなものだ。
 創設当時の幹部が口にした「名前は付けないでおこう」の一言が採用され、今なお名前が無い。
 何故、その人物がそう言ったのか。
 何故、周りはそれに賛成したのか。
 ――それは、歴代の社長だけが知っているという。幹部でも知っているものはいない。
 便宜上、外には「“施設”」という名で通している。
 “施設”は創設から30年が経っている。

 実際この会社が何をしているかというと、いわゆる人材派遣業のようなもので、依頼内容は様々、裏
仕事汚れ仕事腐れ仕事、なんでもありである。依頼があれば内容に合ったエージェントを派遣し、即座
に解決をする。
 人材は非常に多く、それぞれのエージェントに“エージェントコード”と呼ばれる番号をふって物
か何かのように整理している。
 ……この“施設”では、人材は道具なのである。

 “エージェントコード”はエージェントになった順にA−01からZ−99まで振り分けられ、現在の“施
設”のエージェントはI−33までいる。
 エージェントが退社したらその番号は空き、後にそれより下にいて功績の高いものから空いた番号に
<昇進>する。
 しかし、大きな功績を上げ続けたり、自分の直属の幹部の推薦で飛び級で幹部になる場合もある。
 そういうシステムになっているのだった。


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 通信が切り、ウィナーグはカメラのことを考えていた。
 ――畜生、あれは高かったんだが。
 とりあえず予備のカメラをデスクから取り出す。
 5センチ角のそれを浮遊させ、リークの発信機の番号をインプットして飛ばす。
 カメラはすーっ、と飛んでいった。
「これでいいのかどうか分からないけどな……」
 ふぅ、とため息をついて、ウィナーグは目を閉じた。


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 リークは少しばかり……でなく完全に迷っていた。
 オーバーパワーに向かっていたつもりが何故か前に見えてきている街はどうも違う気がする。
 いや絶対違う。断言してもいい。
 リークも仕事で一度行ったことのある、フィールという街だった。

「…………ああもうなんでだよ!!」

 ジープに乗っていたときはナビがあったので方向はあっていたはずだが、徒歩になったとたん見当違
いの方向に進んでいたらしい。
 フィールはオーバーパワーの近辺にある小さな町で、なかなか活気に満ちている。

 ――仕方ないからここで泊まるか。
   早めにって言ってもそこまで神経質になる必要はないよな。

 そう決めると、リークは街の門へと歩いていった。
 なによりリークの足が死にそうだった。たまには柔らかいベッドで寝るのもいい。

 ――それにしてもキルスに送ってもらいたかったリークだった。


 街の中に入ると、活気のある街特有のムッとした熱気が肌に感じられた。
 もう外になんか一秒だっていたくないリークは早々に宿を取り、部屋の中に入って冷房「ああ俺幸せだ……」をかけた。
 幸い爆発の被害にあわなかったバックパックの中からケースを取り出し、それを開いた。
 中には銃が5丁、入っていた。

   、、、  、、、、、、、、、、、、、
 ――三年前、記憶喪失の状態で倒れていたリークの、唯一持っていた武器だった。


 リークは三年前以前の記憶を持っていない。


 銃の整備をし、クソ暑い外に出る。冷房の効き始めた部屋を出るのは精神的にも苦痛だったが、あま
りこの街に詳しくないリークは普段の習慣で、武器を持って散歩に出かけた。
 少々神経質と思われるかもしれないが、そんなことはない。
 最近この国では治安が悪く、銃やナイフを持って歩き回る殺人鬼も多いのだ。
 “施設”のエージェントはそういう輩を始末する仕事も与えられていて、武器の携帯が許可されてい
る。なにも“施設”に限った話ではなく、大きな会社ならそういう制度を採用しているところも少なく
ない。
 なにより、自分の命が危ない。
 そういう訳でリークは見回りに出かけたのだった。

 こうして見ると、本当に活気の在る街だ。
 ほとんどが機械化されつつあるこの時代で、木造建築の多いこの街は太陽の似合う、明るいイメージ
をかもし出していた。
 明るい性格で得意なことはポジティブシンキング、というリークにとって、この街は快適だった。
 しばらくフラフラと歩いて、大体の地形を頭に入れて、日も暮れてきたことだし帰ろうか、と思い、
もと来た道を思い浮かべて帰り道を急いだ。


 ――突然、轟音が街を震わせた。


 何事かとざわめく周囲の人々達を横目に、リークは信じられない思いで自らの腕を見ていた。

 左腕に赤い――――

 …………俺、撃たれたのか?

 もう一発、左肩に衝撃を感じ、激痛にリークの意識が遠ざかっていた……