静寂の谷 II





毎年夏になるとイワナを釣りに行きたくなってくる川がある。

御岳の麓、岐阜県の秋神川とその支流のS谷。

国道41号線を逸れてJR久々野駅方面へ向かう。そこから益田川沿いを延々と秋神温泉を目指す。

この秘境めいた雰囲気のある風景が、気分を一層盛り上げてくれる。

余談ではあるが、このS谷沿いの荒れた林道が、私に四輪駆動車を買うキッカケとなったのだ。


この谷の入口付近は写真のようにボサに覆われた藪沢の雰囲気だが、奥に進むと少し開けた流れになる。

小型が多いがイワナの魚影は濃く、ワンキャスト・ワンヒットも夢ではない。

ただこの川、樹木の皮を爪で引っ掻いたような痕があったり、枝が生々しく折れていたり、

林道を歩いているとマムシに遭遇したりと、そちらの方もリアルに恐いが、

別の意味で怖いと思うことがある。

それは真昼間の静寂である。

別段、何か恐いものが近くにあるとか、そういったものではないが、

谷は開けているが、昼間だというのに何か雰囲気に恐いものがあったのだ。

私は一人でも雑に探って、どんどん先へ進んでいくタイプなので、

じっくりと釣り上がる剃るティーワンワンに、いつも目残しを釣られていたのだ。(笑)

そんな私でも、何故かこの谷を率先して釣り上る気が進まなかったのだ。

何か気が重い、というのか、別に霊的確信がある訳でもないのだが、何故かいつもそうなのだ。

また偶然なのか、ある日この谷で写した写真に、剃るティーワンワンがシャッター切ったものに限り、

黒い紐のような、髪の毛のような、訳の分からない影が写り込んでいたのだ。


霊感の無い私ですらこんな状態、更に霊感の強い剃るティーワンワンも、

この谷に私と同じような感覚を覚えたそうだ。










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