六角堂狸


 むかし、六角堂には松山城築城時に東の守りとして植えた榎の木があり、そこに狸が棲んでいた。

 ある朝この六角堂の住職が、榎の木を見上げると狸が髑髏を枝の上で四方八方に振りまくっていた。そこを通りがかった侍も同じように西へ東へ行ったりきたりふらふらと歩いる。「さては狸にたぶらかされたのか」と思った。

 ある日、狸がその髑髏を枝の上に置きっぱなしにしているのを住職が見つけ取り上げたところ、狸は神通力を無くしてしまった。「和尚さん、髑髏を返してもらえないでしょうか」と泣きながら懇願した。和尚は「人をたぶらかすのに使うだけだろう。替わりに法衣をやるから、泣くのはやめなさい」と言った。

 狸は「これからは人間様をたぶらかしたりしません、ゆるして下さい」と固く誓ったので、和尚は仕方なしに髑髏を返してやった。

 それからというもの、六角堂の近くを通っても何も起きなくなり、却ってお参りすると御利益があるようになり「六角堂狸・榎大明神」として祀られ、お参りする人が増えて賑やかになったらしい。


 こんな話もあります。

 昔むかし、安さんという、夜なきうどんの爺さんが、毎晩、六角堂の門前へ、屋台車を出して、あきないをしておりました。

 ある寒い晩のことでした。みすぼらしい爺さんがやってきて、
「安さん、一ぱいくれんけ、ぬるうにしてや、なー?」
 うどんを注文して、たべてゆきました。

 それから四五日続けて、この爺さんがうどんをたべにきました。ところが、そのたびに「ぬるうにしてや」と、言って、塀の下にかがんでたべるのが、くせでした。

 そして、この爺さんがたべに来た晩には、きまったように安爺さんの勘定が足りないのです。安さんはふしぎに思って、ある晩、うどんをたべているお客の爺さんを、よく注意して見ていました。
 すると、どうでしょう、その爺さんのうしろには、大きな尻尾が出ていたのです。安さんは腹をたてて、
「なんだ、狸めッ!」
 大きな棒でなぐりつけました。爺さんのお客すがたは、そのとたん消えてなくなりました。

 それから二三日たった晩、しののめ神社の下にある薬屋へ、安さんのうどんをたべた同じ爺さんが、まいりました。
「腰をけがしたからアンマコウヤクをくれ」
 二三日、続けてコウヤクを買いにきましたが、この薬屋でも、この爺さんが来るたびに、勘定が足りなくなっていました。

 ある小春日和のような日でした。
 六角堂のお坊さんが、お堂のえんの下を、のぞいてみました。すると、えんの下には、ところどころ毛のはげた狸が、腰にキズをして、そこへアンマコウヤクをはって、晝ねをしていました。
 安さんのうどんをたべに来た爺さんも、薬屋へ来た爺さんも、もうおわかりでしょう。六角堂にすむ六角堂狸であったのです。


(合田正良著 伊豫路の傳説 狸の巻 より)


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