字音假字用格

凡例

字音假字用格序

薦紳名流、斐然として其章を黼黻にする者、代鮮からず。 然して學識を論ずることは、則寥々として聞ゆること亡し。 方今 昭代の化、文運渙發し、豪傑の士、勃焉として崛起す。 先づ契冲氏有て、後縣居の翁有。 一は則浪華に龍擧し、一は則江門に虎視して、盛に復古の學を唱へ、海内之が爲に一新す。 然れども是猶力を訓詁に擅にして、未だ修辭に遑及せず(ああ)夫れ文藻と學識興を併て、大成せる者、吾未だ其人を見ず。 果して其れ人無んや。 吾が 本居先生命世の才を抱て、學術精博、兼て永言の玅を究む。 其の歌に於けるや、八代の際に翺翔して、衆美之を具し、其の學に於るや、二公の業を紹明して、成功之に過たり。 吾が所謂る其の人なるかな。 斯の編や、講業の暇、字音の假字を問者の爲にして作れり。 其の説詳審精覈、一たび卷を展れば、則瞭然として目に在。 萬世不朽の準則と謂ふべきなり。 其喉音三差の義理を發とし、()()二音の錯置を辨ずるが如きに至ては、則命世の才、學術精博なる者に非ずは、豈能此に至んや。 蓋字音の假字や百家の學に係れり。 操槧の士知らずはあるべからず。 操槧の士知らずはあるべからざることは、則是の書觀ずはあるべからず。 是の書觀ずはあるべからざることは、則以て天下後世に傳ふべし。 之が序と爲。

安永四年春三月

門人 須賀直見謹撰

もじごゑのかなづかひのはしがき

からもじのこゑはもよ、もとかのくにびとのときなすさひづりをまねびとりつるものにして、もはらおほみくにのみやびたるとは、にてしもあらずなりければ、うたふにもきたなけく、よむにもいやしけくて、いにしへのおほみよには、いささむらたけいささめのことどひにも、つゆまじへずなもありける。 しかにはあれどもそのくにぶみはしも、みづがきのひさしきときよりつたはりきにてしありければ、あまねくそれよみなれききなして、よよをふるまにまに、おのづからきたなしともしらずなり、いやしともおもほえずなりて、うすらびのうちとけごとはさらにもいはず、うちひさすみやびごとにすらややうちまじりつつ、のちつひにはとつくにのこととしもあらぬがことなりもてきつつ、いやひけにほびこりて、いましはしおほかたのことのはなからはこのもじごゑをなもつかひあふめるこにしあれば、しかすがにこれがかなもしらではたえあらぬわざなるを、そはいまだてるつきのまさやかにしるせるものもなく、しらたまつばきつばらにあげたるふみしなければ、ものかくにまどはしきふしぶしさはなるがゆゑに、おのれいむさきこのすぢのふみらかしこのここのなにくれととりいでたづねつつ、たたしのみちのただしきをさだめて、しぎのはねがきかきつめおきつるに、またこのかなのこゑよしなど、おもひえたることいささかあげつらひわたるをしもはしつかたにくはへて、これのひとまきとはなしつ。 ときはあんえいのよとせといふとしむつきのとをかのひ。 かくいふはいせびともとをりのりなが。

目録

目録終

字音假字用格

本居宣長著

此書は漢字音の假字(かな)を正さん爲に著せり。 凡そ其字音此方に古へより傳へ用るところ漢呉の二つあり。 又是れ近世傳る唐音と云ものを加へては三つ也。 此三つの音の事は予別に漢字三音考を著して委しく辨せり。 さて此の中に彼唐音と云ものは古來の傳へに非ずして 世に普く用る者にも非れば是をさしおきて今はただ漢呉二音の假字を論辨す。 抑此字音の假字の常にまがひやすきは多くはウと引く音にあり。 アウとワウとオウと混じキヤウとキヨウとケウとまぎるる類也。 然れども是らは其屬する所の韻により又其入聲の字などにても分るることなるがただ辨へがたきは喉音三行 あいうえお、やいゆえよ、わいうゑを の差別にて其イヰエヱオヲの假字は字音のみならず御國言(みくにことば)におきても後世多くは錯亂して善く是れを辨ふる人無くして數百年を經たり。 然るに近世難波の契沖僧始めて是を考へ出だし和字正濫抄を著せるより古への假字再び世に明らかになりぬるは比類なき大功なり。 その後古學の道いよいよ開けて古言の假字づかひにおきては今は遺漏無きを 近年出來たる古言梯便りよき書也。 字音の假字に至ては未だ詳かに考へ定めたるものなくして喉音三行の假字は殊に明らかならず。 故に今先づ此三行の義を辨ずること左の如し。

喉音三行辨

先づ大御國の喉音にアヤワ三行の差別ある所以の(もと)をよく明らめおきて後に字音の假字を論ずべし。 抑此三行はアイウエオより分れたる音にして基本は一なり。 さて一つにして三つに分れたる所以はアイウエオの五の音の下へ又各アイウエオの五の音を重ぬれば自然とつづまりてヤイユエヨワヰウヱヲの音となるゆゑに別に此二行はあるなり 喉音にのみ此差別ありて餘のカサタナハマラの七行には是れ無きはいかにと云にまづヤ行ワ行の音はもと二音づつ重なりたるものなれば實はいはゆる拗音也。 然れども喉音は餘音に類せず柔軟隱微なるゆゑに二音つづ重なれどもおのづからつづまりて直音の如くなるゆゑに此二行の音となる也。 餘の七行は二音を重ぬるときは二音に分れてさだかに拗音にして一音につづまることなし。 故に喉音の外はみな單行なる也。 ゆゑに古言のなかにアイウエオの音の重なりたる(ことば)は一つもあること無し。 是れ其の明證也。 (おい)(あえ)などはイエはヤ行のイエなる故にオユアユとも活用せり。 又地名に秋田を阿伊太、置賜を於伊太とある伊などはキの轉なれば今の例にあらず。 さてヤ行もワ行もア行より生ずる音なるゆゑに三行に分るといへども或は髣髴として一つなるが如く一つかと思へば又さだかに三つにして古へは混淆することさらに無りき。 然れば此の三行は是れ字音を辨ずるにも亦緊要の事也。 よくよく會得すべし。 韻學家に喉音を論ぜることあれども皆古言に昧くして三行の嚴然として相混ずまじき義を知らざる故に皆混雜してヤ行ワ行は畢竟無用の長物の如し。 又御國と音韻は甚悉曇に似たること多し。 然れどもひたすらに彼の法によりて是を治するときは又違ふこと多し。 殊に喉音三行は吾古言の音をよく解せる者にあらずは其義をさとることあたはじ。

喉音三行分生圖
となる
となる
となる
となる
となる
となる
となる
となる
となる
となる
となる
となる
となる
となる

五十連音の圖中にイヰエヱオヲの所屬を錯りて或はヰをヤ行又はア行に屬し或はヱをア行ヤ行に屬する類多し。 惑ふこと勿れ。 若し一字も此所屬を錯るときは三行の辨みな明らかならず。 先づ初めに是を正しおくべし。 さてオはア行、ヲはワ行也。 此事は別に下に委き辨あり。 音の輕重は御國言に就ては古來このさたもなく無用の論なれども 俗書のかなづかひどもに言語の輕重を云るはみな杜撰の臆度にて一つも古への假字に合ふことなければさらに論するに足らず。 アイウエオの音に本より其次第ある故にそれに從ひてヤ行ワ行の音にもおのづから輕中重の(しな)あり。 故に右の圖にも是を標せり。 字音を辨るにはいよいよ此輕重にて假字を分るる仔細ある故になほ精く其位をさとすこと左の圖の如し。

喉音輕重等第圖





重之重 重之輕 輕之重 輕之輕
輕之輕 ウイ

ウヰ
オイ アイ

 
エイ イイ

イイ
一 イ
輕之重 ウエ

ウヱ
オエ アエ

 
エエ

 
イエ

イエ
二 エ
ウア

ウワ
オア アア

 
エア イヤ

イア
三 ア
重之輕 ウオ

ウヲ
オオ

 
アオ

 
エオ イヨ

イオ
四 オ
重之重 ウウ

ウウ
オウ アウ

 
エウ イユ

イウ
五 ウ

右より左へ斜にイエアオウと下る者是れ五音の正位なり。

一二三四五は堅横共に輕より重にゆく序也。

喉音は三行なるに此圖に五行を立る所以は初めの圖と照し合せてこころうべし。 さて五行に分るといへども(つひ)には三行に歸するも又彼圖にて悟るべし。 此事はなほ下の三會圖のところに委く云。 さて此の如く輕重の位をたててイエアオウ等と次第することは予が憶斷に似たれども下に出すところの字音開合の圖と引き合せ見て實に然ることを知るべし。 抑萬づの音聲はアより始まりて 此事は梵學家の常談なるが信に然ることなり。 漸々に轉ぜるものなるが其の轉ずるところおのづから輕と重とに分れゆくことなればアは輕重五行五位の中央に在ること必然の理也。 且右の次第は人々の口に呼び試ても知らるること也。 又古へより傳はれる樂家の譜を見るにア行タ行ハ行ラ行等の音を用て其次第は右の如くイエアオウ、チテタトツ、ヒヘハホフ、リレラロルと定めて物の()の低昂をかたどれり。 是れ五音の位は自然と此の如くなる故也。 又十行各五音相通ずる中に初五と二四と三五とは殊によく通ずるも右の次第にていづれも其位隣近なるが故なり。

右喉音三行の所由又其輕重の次序などは必しも字音につきて云には非ず。 御國の自然の音聲に具はるところ也。 然して是れ即ち字音の假字を辨るに緊要なるゆゑに委く論ずるものなり。

オヲ所屬辨

オは輕くしてア行に屬しヲは重くしてワ行に屬す。 然るを古來錯りてヲをア行に屬て輕としオをワ行に屬して重とす。 諸説同一にして數百年來いまだ其非を(さと)れる人なし。 故に古言を解くにも此のオヲにつきては此れ彼れ快からざることあり。 又字音の假字(かな)を辨るにはいよいよ舊本の如くにては緒字の假字一つも韻書と合ふ者無く諸説ここに至りて皆窮せり。 是に因て予年來此の假字に心を盡して近きころ始て所屬の錯れることをさとり右の如くこれを改めて(こころむ)るに古言及び字音の疑はしき者悉く渙然として氷釋せり。 まづ古言を以ていはば息を於伎(おき)とも通はし云これオはイと同くア行の音なる故也。 又(ゐる)乎流(をる)ともいひ多和夜女(たわやめ)多乎夜女(たをやめ)ともいひ多和々(たわわ)登乎々(とをを)ともいひ新撰字鏡に悎の字を和奈奈久(わななく)乎乃々久(をののく)と註せる。 これら皆ヲはワ行なる故の通音也。 右の言どもの()()の假字はみな古書に出たれば論なし。 然るに是等をただア行とワ行と通ずとのみ意得居るはその解を得ずして(しひ)たる者也。 さて又山城の國の郡名愛宕は於多岐(おたぎ) 阿多古(あたご)にも愛宕の字を用う。 尾張の郡名愛智は阿伊知(あいち) 本は阿由知なり。 相模の郡名愛甲は阿由加波(あゆかは) 近江の郡名愛智は衣知(えち)とある これら愛の字をアエオとア行の音に通用せり。 又上野の郡名邑樂は於波良岐(おはらぎ) 因幡の郡名邑美は於不美(おふみ) 石見の郡名邑知は於保知(おほち) 遠江の郷名邑代は伊比之呂(いひしろ)とある これらに邑の字をイとオとに用たるもア行の通音也。 又凡て一音の地名は其の(ひびき)の字を加へて必二字に書く例()の國を紀伊と長くかくが如し。 ()はキの(ひびき)也。 遠江の郷名()伊 出雲の郷名() 和名抄今の本は伊を甲と誤れり。風土記に伊に作る。 筑前の郷名() 肥前の郡名基肄(きい) 木伊 肥後の郷名()伊 備中の郡名() 近江越後などの郷名にも此の名あり。 同國の郷名() 薩摩の郡名() 和泉の郷名() 乎。神名式()に作。 參河の郡名() 穗。今本飫を飯に誤れり。 日向の郷名()唹 大隈の郷名()唹 これら皆同じ。 ()()()()唹 などにヲの假字を加へずして皆オに用る()()等の假字を加へたる。 契沖大隈の囎唹に疑ひをなして()をかくべきに()を書るは彼國の方言かと云るはいかが。和泉の呼唹などには心つかざりしにや。 凡て(ひびき)はアイウエオに限れることなれば是れ又ア行はオなる明證なり。 諸國郡郷の名は和名抄に載て其文字はみな奈良の御代和銅神龜のころ詔命によりて定まりしままなればいと(ふる)し。 さて又アイウオの四音は語の(なから)に在るときは省く例多し。 これは古言を解せる人はみなよく知ること也。一つ二つ言はば上の連聲にある(ひびき)はアイウオいづれも省きて(あと)をト穴をナ市をチ石をシ磐をハ浦をラ海をミ上をヘ馬をマ(おも)をモ音をト(おふ)をフと云たぐひなり。 ヲは省く例なし。 これ又オはア行にてアイウと一例。 ヲはワ行にに其例に非る故なり。 又歌に五もじ七もじの句を一もじ餘して六もじ八もじによむことある 是れ必(なから)に右のアイウオの音のある句に限れること也。 エの音の例なきはいかなる理にかあらむ。 未だ考へず。 古今集より金葉詞花集などまでは此格にはづれたる歌は見えず。 自然のことなる故なり。 萬葉以往の歌もよく見れば此格也。 千載新古今のころよりして此格の亂れたる哥をりをり見ゆ。 西行など殊に是を犯せる歌多し。 其例を一二いはば源信明朝臣 ほのぼのと有明の月の月影に紅葉吹ろす山ろしの風 これは卅四文字あれども聞惡(ききにく)からぬは餘れるもじみな右の格なれば也。 又後の歌ながら二條院の讚岐 りそうみの浪かきけてかづくまの息もつきへず物をこそもへ これは句ごとに餘りて卅六もじあり。 其中に第二句のワは喉音ながらア行の格に非る故に此の句はすこしききにくし。 其他の四もじは皆右の格也。 故に多く餘りたれども耳にたたざるは自然の妙也。 右の二首は後世に字餘りの例に引く哥也。 然れども右の定格の有ることを知る人なし。 是は予が始て考へ出せるところ也。 可祕々々。 然ればおのづからに此の如く格のあるもオはア行なる一つの證也。

次に字音につきていはば諸の古書 天暦以往 にオとヲとの假字に用たる字どもを考るにオをア行ヲをワ行とするときは悉く韻書の音に符合す。 下に一々擧たる字の下を檢て悟るべし。 若し舊慣の如くヲをア行、オをワ行とするときは悉く輕重錯亂して一時も音韻にかなふ者あることなし。

五十連音の圖はもと悉曇字母に依りて作れるものなるが 其由は別に委く辨せり 其悉曇のアイウエオに各短長の二音ある其オの短長を大日經金剛頂經文殊問經及華嚴續刊定記空海悉曇釋義等には汗奧に作り涅槃經には烏炮に作り大莊嚴經には烏燠に作り寶月三藏は鴎奧に作り難陀三藏は于奧に作り智廣の字記には短奧長奧に作れり。 安然の悉曇藏に見えたり。 かくて其烏の字は御國の古書にヲの假字に用ゐ汗も又ヲの假字なればア行はなほ舊の如くヲなるべしと思ふ人もあるべけれども凡て悉曇の對譯の字にてイヰエヱオヲは分り難きこと也。 いかにと云にまづ同梵音に對譯の字は彼れと是れと音の異なること多し。 是れ五天竺の風土の音の異のみにも非ず。 又翻譯者の時世郷里の音の變異のみにも非ず。 多くは漢字の音の正しく梵音に當りがたき故也。 何ぞと云に同中天同南天の音を同時代に傳へたる書にても對譯の字の音は一同ならず。 同書の内にてすら混雜せるもの(すくな)からず。 一二をいはばかの金剛頂經に長のウに汗 短のオにも汗とある是れ一つは引と註したれどもウとオはただ引くと否るるとの異のみにならんや。 梵音は必ず差別あるべきを同く汗の字を(あて)たるは漢字の音にて混せること明らけし。 又大莊嚴經等には短のウに烏 上聲 長のウに烏、短のオにも烏とあり空海釋義には長のウにも汗 長聲 短のオにも汗 長聲 とあり。 これら又涅槃經には長のエに野の字をかき自餘の書には多くヤの音に野の字をかけり。 是又エとヤとを混せり。 凡て梵音は此の如き混雜すべきやうなし。 悉曇の十二音は殊に正しく分れずはあるべからず。 此の音亂るるとききは生字の音も隨て皆亂るべし。 然れば是皆梵音に正しく當る漢字の得がたき故に譯者の心々にて音の似たりと思ふ字を(あて)たるものにして或いは上聲去聲或は短呼長聲或は其字に聲近し或は鼻聲彈舌などとさまざま註せり。 又後人の注釋にも某の字の某々の反本音は某々の反と云ひ或は字に依らずなど云るも對譯の音の梵音と合はざる故也。既にエとヤと混しウとオとさへ混せるうへは何ぞオとヲとを分つことを得ん。 かの寶月の譯の鴎の字はオウの假字、字記の奧の字はアウの假字にてこれらは共に開口音なればオに近くしてヲには遠ければかの烏等に作る者と合はずなほ又慈覺の記には短に於の字を用て本郷の音を以て之を呼ぶと註し長に奧の字を用たり。 他の韻書には多く短には汗烏于等の字を用たるに慈覺ひとり改めて此の於の字に作れるは三藏の口に呼ぶところの梵音を親く聞てヲに非ずオなることを辯別(わきま)へたるゆゑ也。 御國人は其ころもオとヲとの音差別ありて兒童もおのづからよくわきまへつれば彼人の聽分(ききわけ)しこと勿論也。 本郷の音を以て之を呼ぶとあるにて御國のアイウエオのオはオにしてヲに非ることいよいよ明けし。 但し五十連音の圖を作りし人はかの諸書の對譯の汗烏等の字に依てア行にヲを置きしも知がたし。 又後に誤て入りちがへたるにてもあるべし。 たとひ作者の意にて本より然るにもあれさやうにては御國の音韻に協はざること上に擧たる諸證明白なればさらに疑ふべきにあらず。 其うへかの慈覺の於に改しを思へば悉曇の方にてもア行なるは眞の梵音はオなるを烏等の字を以て譯せしはは漢字音の正しく當らざること明らけき物をや。

又神樂サイバラ哥の古本に長く引てうたふ聲に () () () () () の字を下に添へて書るにコソトノホモヨロヲの聲にはみな於の字を添へたり。 求子の哥に 安波禮(あはれ)千者也布畄賀茂能也之呂(ちはやぶるかものやしろ)()比女古(ひめこ)末川(まつ) 云々 與呂川世(よろづよ)不止(ふと)()以呂(いろ)()可者(かは)良之(らじ) とあるがごとし。 是れ又()行の第五位は()にして ()には非る一證なり。

字音假字總論

契沖又和字正濫要略を著せる中にいささか字音の假字に云及せることあり。 其説に半切の上の字を以てイヰエヱヲオ等を分つべしと云るは誤也。 假字は半切にて分るることに非ず。 是れは或人も既に難破せり。 契沖はかばかりのことを考へ誤るべき人にはあらざるを是は深く心を用ずしてただ一とわたりの理を以てふと定めたる説と見えて其證例にあげたる字の反切既にその假字に合はずまして其餘をや。 強て反切を以て分んとならば韻字によるべし。 韻字とは下の字を云。 喉音の三行は韻字にて分るる所由なきにしもあらず。 或人喉音假名三異辨と云ものを著してかの要略を破したるはまことにいはれたり。 然して其説に云く 凡字音の假名にイヰヲオエヱの三異あれども其究竟を尋るに全く達例あるに非ず。 また是を韻書に考るに憑据するところ無し。 然ればただ何の故と云こともなく古來傳來たる慣例(くせ)なるべし。 くせには法則のあるべき謂なし。 云々。 又云 日本の字音の假名唐の反切に符合すべき理なし。 各別のこと也。 いかにといふに唐の反切は三十六字の所屬にて切字を定む。 喉音に影曉匣喩の四母あり。 各々同じからず。 日本の音の假名には喉音のアワヤの三つのみあり。 又其中にイウエの三つは兩屬の假名也。 さて又アワヤ三喉音にて唐の影曉匣喩の四喉音をよむに似たるものは影喩のみにて匣曉二つはアワヤに係らずこれらを以て唐の反切と日本の字音の假名と各別のことにて牽強すべからざることを知べし。 以上。 今按此説理あるに似たれども非なり。 是れただ影曉匣喩とアヤワとを引合するに合ひ難きことをのみ思ひて唐の反切と此方の字音の假字とは各別のことと謂ひ韻書に憑据するところなしと云る 是ただ字母にのみ泥みて其他を考へざるもの也。 アヤワの異は字母に係ることには非ず。 別に所由あることなるを何ぞ深く尋ねざるや。 今よく考るに古書の字音の假字悉く法則ありて韻書の音と契合することなるを何の故もなくただ古へより傳來たるくせ也とはいかなる妄説ぞや。 凡て近きころの學者には此説の如き見解なる物多し。 心すべきことぞかし。

或説に字音の假字は連用の音便に從て轉すること多し一例に定むへからずと云も非なり。 凡て御國言にも字音にも音便にて假字のかはる例あることなし。 此他も俗書どもに云ることどもあれど凡て論するにも足らず。 京師の韻學僧文雄の説に云く 喉音イヰエヱヲオの假字古へに何に依ると云こと知りがたしといへども今を以て准擬するに以已夷意異等は悉く韻鏡の開轉の字也。 爲韋委威圍遺謂位等は悉く合轉の字也。 又盈衣叡要曳愛等は悉く開轉の字也。 惠慧衞會囘畫穢等は悉く合轉の字にして一つも混雜せること無し。 然ればイエは開口音に用ゐヰエは合口音に用うべきこととぞ思ふ。 さて此格を以て計ればヲは開オは合なるべきにヲオ共に合口音に屬して遠越弘袁乎等も又於穩飫等も共に皆合轉の字にして差別あることなし。 返てオの音の用る憶意等の字開音也。 然ればヲオは開合に依らず別に所由ありて分けたりと見ゆ。 以上。 今按此の説甚だ善し。 まことに畢竟は開合にて分るること也。 然れども未だ其の然る所以の本を明らめ得ざる故に此説もなほ盡さざるところ多く且オヲの所屬の錯れることを悟らざるゆゑに(ここ)に至て又窮せり。 既にイヰエヱは開合にて分れたるにオヲのみ其格を離れて別の所由あるべき理なきものをや。 又此三對は畢竟は開合の音にて分るることにはあれどもひたすらに韻鏡の開轉合轉にのみ從ひてはなほ違ふこと多し。 是れには種々の仔細あること也。 委く次に論ずるが如し。

或説に 本邦の古への言語の音にはイヰヲオエヱ等差別ありて必混すまじき道理あるべけれども字音には假字の沙汰無用たるべし。 いかにとなれば本より諸の韻書にアヤワ三行の差別とてはかつて無きことなれば彼れと此れとあひかなふべき理もなく又所詮其假名はいかやうに書ても苦しからぬことなればとかく論するは無益のこと也。 以上。 今辨して云抑古へ御國言の音に漢字の音を借りて書る是を假字(かな)と云。 古事記日本紀等に歌などを書るもの是なり。 さて其言の音に古へはイヰエヱオヲの差別ありし故に彼の借り用たる漢字にも此差別ありて イヰエヱオヲなどは本より分れたる御國の音にて假字は其音にあてて定めたるもの也。 然るを後世の人の心には假字によりて分れたるものと思へるはひがこと也。 ひとつも混雜せることなく甚嚴密にして天暦以往の古書はいづれも符を合せたるが如し。 是を以て觀ればそのかみ必よるところありて定めしこと疑なし。 然れば今とても一往考て韻書に無きことと云て是を廢すべきに非ず。 又古へ既に假字に用たる字差別ありて一も混せさざりしうへは凡ての字音に附すべき假字も又後俗にまかせて(みだり)にすべきにあらず。 かりにも古へを思はん人は必わきまへ正すべきわざ也。 なほいはば假字は即其字の音註反切の如くなる物なれば愼まずはあるべからず。 假令アウの假字を施すべき字に誤てヲウの假字を施すときは(あん)(あん)等をヲンとし(あく)(あく)等をヲクとするも同じこと也。 或人はなほ可也とせんか。

御國に傳はるところの漢呉音は共に古へまのあたりに彼國の人の口に呼して聲を聞てそれを此方の音に(かな)へて定めしものなれば 此事委くは三音考に云 三行の假字も彼人呼ぶ聲につきて分ちしもの也。 但し彼國にはもとより此三行の差別を立ざれば其の呼ぶ人はみづから是をおぼえずといへども此方の人の聞くところに其差別はありし也。 たとへば御國言の音には平上去入の四聲を論することなきゆゑにいかなるを平聲いかなるを上去聲ともみづから覺ゆることなけれども若し漢人これを聞ばかならずその聞ところにはおのづから四聲の分ちあるべきがことし。 然れば古への假字は全く韻書に依ることなく又其三行の異は韻書の(いは)ざるところなれども本の彼の眞の口聲によりて定めたるものなればおのづから此れ唐以前の一家の韻書の如きことあり。 是故に今返て御國の假字づかひを以て彼國の後世の韻書の訛謬を正すべきものあり。 委く三音考に論す。 故に今諸の韻書と照し檢るに一往は合ひがたきに似たれどもよく是を考るに開合を以て分つときは悉く符合するもの也。 但し宋來以後の韻書には誤多きゆゑに合はざること多し。 そもそも古への假字はさらに開合を以て分けたるものには非れども自然と開合にて分るる理あり。 まづ開口音はおのづから輕く合口音はおのづから重し。 この輕重は韻書に云ところの者に非ず。 御國の音の輕重を以て云也。 音韻日月燈に 開轉に屬する所の字は其聲單にして朗なり。 故に之を開と爲也。 介轉に屬する所の字は其聲駢にして渾す。 故に之を合と爲也。 と云る此の言御國の音の輕重によくあたれり。 故に御國の輕き音の假字に用たるは皆開口音の字、重き音の假字に用たるはみな合口音の字なり。 されば今も此格を以て御國の音の輕重と字音の開合とを引合せて諸の字音の假字を定むべし。 其御國の音の輕重は上に出せる輕重等第の圖を以て考へ知るべく なほ下に委く云 字音の開合は韻鏡に依て定むべし。 韻書多しといへども簡にしてしかも詳に且さとりやすきこと韻鏡に及ものなし。 此書は唐の末にいできたるべしと或人云るまことにさもあるべし。 然れば此方の古への假字を定めし時よりは後の書なれどもいささかも古への音韻を誤れることなければ全くよりどころとするに足れり。 但し此書今の諸本開合異同ありて一定せず。 故に今是を考へ定むること左の如し。 第一轉は合也。一本に開とするは非也。 第二轉は合也。一本に開合とするは非也。 第四轉は合也。開合とする本は非也。 第八轉は開也。一本に合とするは非也。 第十一轉は合也。一本に開とするは非也。 第十二轉は合也。一本に開とするは非なり。 第廿六轉は開也。一本に合とするは非也。 第卅八轉は開也。或は開合とし或は合とする本みな非なり。 第卅九第四十第四十一轉皆開也。皆合とする本は非なり。 其餘は諸本と同じ。 さて右の如く開合たがひに誤れる中に開を誤りて合とせるが多きは後世の韻書に依て私に改めたるもの也。 隋の陸法言が切韻の序に 古今の聲調既に自づから別有り諸家の取捨又同じうせず。 呉楚は則ち時に輕淺に傷ひ燕趙は則ち多く重濁に渉る。 と云るが如く。 大氐北方の音は重し。 然して漢土後世には北人多く入り雜れる故にそれに移りて凡ての人の音聲次第に重濁になるによりて古の開口音のいつとなく合口音に變じたるが多きを後世の韻書はただ當時の音によりて定めたるものなる故に開合もなにも古への音韻とたがへること多し。 然るを世の韻學者此義をわきまへずただ其呼法を論じたることの精密なるにまよひて是を信じ其書を證としてみだりに韻鏡の開合を改めたるは返りてひがことなりけり。 さて又心得べきことあり。 漢音と呉音とにて開合のかはることあるを 有右由久丘流等の字漢音イウ、キウ、リウは開音、ウ、ユ、ク、ルは合音なるが如し。 韻鏡等はただ漢音をもって定めたるものにして呉音にはかかはらず。 然るに御國には漢呉を竝べ用らるる中に古への假字は多くは呉音を用たる故に漢呉の異にて韻鏡の開合と合はざることもままある也。 是は一一其字の下にことわるべし。 又實は拗音なるを直音に轉じたるにて開合の變ることも又多し。 此事は下に委く辨す。 此の如く種々の仔細ある故にただ韻鏡のうへばかりにても(すみ)がたし。 故に今是を圖に著して詳に字音の開合を決す。

字音開合指掌圖
ウヰ

ウイ
オイ

アイ
エイ イイ

イイ
ウヱ

ウエ
オエ

アエ


エエ
イエ

イエ
ウワ

ウア
オア

アア
エア イア

イヤ
ウヲ

ウオ


オオ


アオ
エオ イオ

イヨ
ウウ

ウウ
オウ

アウ
エウ イウ

イユ

御國の音の輕重の位に任せて開と合と等分にすれば正しく此圖の如くになる也。 上の輕重等第の圖と考へ合すべし。

右の圖中白位にあるもの是れ開音、黒位にあるもの是れ合音白黒の交際にあるものは開合に渉る音也。

凡て二十五音等分にして開音九つ合音九つ開合音七つ也。

ア行のイエとヤ行のイエと同字なるは共に開音、ア行のウとワ行のウと同字なるも共に合音なる故なり。 是にても假字は開合にて分つべきことを知べし。

イヰエヱオヲの三對の中にイとヰとは第一行と第五行とに在て中に三行をへだてエとヱとは第二行と第五行とに在て中に二行をへだてて共に其位相相遠き故に此二對は分れやすし。 オとヲとは第四行と第五行とにならび在て其音相近くそのうへオも全開には非ず開合に渉る故に此一對殊にまぎれ易き所由右の圖にて明らけし。

右の圖と韻鏡の開合とを引合せて字音の假字を定むべし。 其中に合はざるものあるは上に云る仔細どもある故なり。 さて此圖はただ喉音のみを著すといへども餘の牙齒舌唇半舌齒の諸音も皆此例に從ふこと キヤ、シヤ等はイヤに同くキヨ、シヨ等はイヨに同じくキユ、シユ等はイユに同くクヰ、スヰ等はウヰに同じくクワ、スワ等はウワに同じきがごとし。 下に載る三會の圖の如し。 就て考べし。 さて右の圖を以てイヰエヱオヲの六音三對まさしく開合にて分るる所以を曉悟すべし。 又その中にオの一音開合にわたること下の()()等の字の下に辨すると合せ考べし。

字音假字三會圖説

上の三行の分生の圖等に准ぜは(ここ)にも五會圖のあるべきを其二つを缺て三會なるはいかにと云にエオの二つによる拗音は字音に用なければ也。 其故はエは輕中の重オは重中の輕なるゆゑにオは重中の重のウに攝しエは輕中の輕のエに攝して別に此二音に屬する字音は無きゆゑ也。 悉曇家にもエはイにオはウに攝することあり。 自然に符合せり。 又連聲の便によりて諸の字イの韻はエと聞えウの韻はオときこゆること多し。 京師はケエシ榮華はエエグヮと聞え東はトオ公はコオときこゆるたぐひ也。 これらもエはイに親しくオはウに親しきゆゑなり。

第一圖
拗音 拗音
直音
あう
あい

あむ
かう
かい

かむ
さう
さい

さむ
たう
たい

たむ
なう
ない

なむ
はう
はい

はむ
まう
まい

まむ
らう
らい

らむ
いう


いむ
きう


きむ
しう


しむ
ちう


ちむ
にう


にむ
ひう


ひむ
みう


みむ
りう


りむ
うう


うむ
くう


くむ
すう


すむ
つう


つむ
ぬう


ぬむ
ふう


ふむ
むう


むむ
るう


るむ
えう
えい

えむ
けう
けい

けむ
せう
せい

せむ
てう
てい

てむ
ねう
ねい

ねむ
へう
へい

へむ
めう
めい

めむ
れう
れい

れむ
開合 おう


おむ
こう


こむ
そう


そむ
とう


とむ
のう


のむ
ほう


ほむ
もう


もむ
ろう


ろむ
第二圖
無音 無音
拗音
いや きやう

きや

しやう

しや

ちやう

ちや

にやう

にや

ひやう

ひや

みやう

みや

いやう

いや

りやう

りや

ゐや
いい きい しい ちい にい ひい みい いい りい ゐい 直音之長
いゆ きゆう

きゆ
きゆむ
しゆう

しゆ
しゆむ
ちゆう

ちゆ
ちゆむ
にゆう

にゆ
にゆむ
ひゆう

ひゆ
ひゆむ
みゆう

みゆ
みゆむ
いゆう

いゆ
いゆむ
りゆう

りゆ
りゆむ
ゐゆ
いえ きえ しえ ちえ にえ ひえ みえ いえ りえ ゐえ 混于直音
開合 いよ きよう

きよ

しよう

しよ

ちよう

ちよ

によう

によ

ひよう

ひよ

みよう

みよ

いよう

いよ

りよう

りよ

ゐよ
第三圖
無音 無音
拗音
うわ くわう
くわい
くわ
くわむ
すわう
すわい
すわ
すわむ
つわう
つわい
つわ
つわむ
ぬわう
ぬわい
ぬわ
ぬわむ
ふわう
ふわい
ふわ
ふわむ
むわう
むわい
むわ
むわむ
ゆわ るわう
るわい
るわ
るわむ
うわう
うわい
うわ
うわむ
うゐ くゐう

くゐ
くゐむ
すゐう

すゐ
すゐむ
つゐう

つゐ
つゐむ
ぬゐう

ぬゐ
ぬゐむ
ふゐう

ふゐ
ふゐむ
むゐう

むゐ
むゐむ
ゆゐ るゐう

るゐ
るゐむ
うゐう

うゐ
うゐむ
うう くう すう つう ぬう ふう むう ゆう るう うう 直音之長
うゑ くゑう
くゑい
くゑ
くゑむ
すゑう
すゑい
すゑ
すゑむ
つゑう
つゑい
つゑ
つゑむ
ぬゑう
ぬゑい
ぬゑ
ぬゑむ
ふゑう
ふゑい
ふゑ
ふゑむ
むゑう
むゑい
むゑ
むゑむ
ゆゑ るゑう
るゑい
るゑ
るゑむ
うゑう
うゑい
うゑ
うゑむ
うを くをう

くを
くをむ
すをう

すを
すをむ
つをう

つを
つをむ
ぬをう

ぬを
ぬをむ
ふをう

ふを
ふをむ
むをう

むを
むをむ
ゆを るをう

るを
るをむ
うをう

うを
うをむ

右の三會圖上の三行分生の圖及び開合指掌の圖と相照して考べし。 さて第二會にイ第三會にウと標するはヤイユエヨに屬する諸の拗音は各上にキシチニヒミイリの音を帶て是皆イに屬する音、 ワイウヱヲに屬する諸の拗音は各上にクスツヌフムルウの音を帶て是皆ウに屬する音なればなり。 さて第一會は直音なれば此例に非ずといへども上の分生の圖と別合せて考ふるに便りあらしめん爲に是れもしばらくアと標せり。

右の三會の字音都て九十六 (まる)の中なる者を除く。 又格音の左右に細書する者も皆これ字音にして 入と書るは入聲の音也。 たとへば第一會アの音の下なるはアク、アツ、アフ等エの音の下なるはエキ、エツ等なり。 第二 第三會も是れに准へて心得べし。 天下の漢呉音を括盡せり。

第一會の諸音はアイウエオに屬して皆直音也。 さて其中に不雅なる者は通音に轉じ呼ぶ例也。 不は甫鳩(ほきう)の反 婦は房久の反にて共に漢音はフウなるをフと呼び 問は亡運の反呉音ムンなるをモンと呼び 嫩は奴困の反呉音ノンなるをナンと呼び 腹は弗鞠の反ヒクなるをフクと呼ぶ此類なほ多し。 これらを反切にかなはずとて訛と思ふは返て古へを知ざる者ぞ。 凡て轉じたる音にはよらず反切を考て本音によるべし。 右の不婦等の字の如きもフは合音なれども本音のフウは開なる故に韻鏡は開轉に收せり。 第二 第三會の拗音も是れに准へて心得べし。

第二會の諸音はヤイユエヨに屬してみな拗音也。 凡て拗音はもと御國の音に非ずして多くは不雅なるば故に 異國にては雅とするも御國にては不雅也。 故に古言に拗音あることなし。 直音に轉じ呼ぶ者多し。 第二會の中の音にて其例を少々いはば倶の字は擧朱の反してキユなるをクと呼び 縷は力主の反リユなるをルと呼ぶ。 韻鏡第十二轉の第三等の諸字皆此例也。 又第一轉風字は方戎(はうじゆう)の反ヒユウなるをフウと呼び 豐も芳馮(はうひゆう)敷弓(ふきゆう)反 ヒユウなるをホウと呼ぶ。 又允尹は共に余準の反イユンなるをヰンと呼び 之允の反准食尹の反盾思尹の反筍これらにて允尹の本音イユンなることいよいよ明けし。 倫は力迊又力遵の反リユンなるをリンと呼び 律は呂(ちゆう) 又力出の反リユツなるをリツと呼び 聿は以出の反イユツなるをイツと呼ぶ。 第十八轉の第三四等皆此例也。 其中に舌音齒音のみ本音のままに呼ぶ。 又第二轉の幞は房玉の反漢音ビヨクなるをボクと呼び第一轉の宿は思六 又息逐の反なるにシユクの音なれば シクの音とするは返て誤なり。 六は實はリユク逐はチユク也。 叔も式竹の反にてシユクなれば竹も實はチユク也。 さて育は余六(よりゆく)反イユク 菊は居六の反キユク福は方六の反ヒユク目は莫六の反ビユク也。 此類なほ多し。 餘も右の字どもに准へていづれも其韻字と 反切の下の字を韻字と云。 歸納の音とを相照して本と拗音なるを直音に轉じたることを悟るべし。 又漢音と呉音とにて拗直の轉換すること多し。 香の字漢キヤウ呉カウ行の字漢カウ呉ギヤウの類也。 又常には拗音のままに呼ぶ字を歌書にて直音に云る者多し。 精進をサウジ脚病をカクビヤウ病者をバウザ修行者をスギヤウザ受領をズラウ宿世をスクセ從者をズサ大咒をダイズ大乘をダイゾウ祗𣴎をシゾウ誦するをズすると云たぐひ也。 或問に云く 上の三行分生の圖によらばヤは即イア、ユは即イウ、ヨは即イオなれば上に又イを加へてイヤ、イユ、イヨとは書べからず。 若しイを加へばイア、イウ、イオとこそ書くべきに第二會圖にイヤ、イユ、イヨとあるはいかが。 答云 まことに然り。 故にイヤ、イユ、イヨの音はいづれもイを省きてただヤユヨとのみも書也。 但し此類音いづれもキヤ、シヤ等と書てキア、シア等とはかかずキユ、シユと書きてキウ、シウ等とは書ずキヨ、シヨとかきてキオ、シオとは書かざる例によるに喉音もイヤ、イユ、イヨ書ざることあたはず。 ワヰウヱヲの拗音に准へてさとるべし。

第三會圖の諸音はワヰウヱヲに屬して是も皆拗音也。 然るに此圖中の音はワ行 圖に就ていふ下之に(なら)へ。 の第二位クワ、クワウ、クワイ、クワン、クワツ、クワク、ヰ行のスヰ、ツヰ、ルヰ 又薬名の茴香をウヰキヤウと呼び煨をウヰとすると云。 是も同例の拗音也。 わづかに是れらのみ本音のままに呼て餘は悉く直音に轉ぜり。 然るを世に是を皆本よりの直音と心得て實は拗音なることをば知らず。 萬葉に水の字をシの假字に用たるこれ拗を直に轉じたる例證なり。 そもそもカの外にクワの音あるからはサの外にスワ、タの外にツワ、ナの外にヌワ、ホの外にフワ、マの外にムワ、ラの外にルワの音もあるべく又シの外にスヰ、チの外にツヰ、リの外にルヰの音あるからはキの外にクヰ、ニの外にヌヰ、ヒの外にフヰ、ミの外にムヰの音もあるべきこと圖にて悟るべし。 又次のヱ行ヲ行も右の格也。 さればこそ常にはキの音に呼ぶ字にクヰの假字をつけ 此例下に委くいふ 又歌物語などに法華經をホクヱキヤウ變化をヘングヱ源氏をグヱンジ劵屬をクヱンゾク花足をクヱソクなどとあるもキの音ケの音をみだりに拗音に呼びなせるには非ず。 これらみな合口音の字にて本より此圖中の拗音なるがたまたま本音のままに云るもの也。 直音をただ何となく拗音に云ひなせるものと思ふは非也。 又拗音を雅直音を俗と心得るも非也。 御國の古言の音はみな直なるが故に古へは直を雅とし拗を俗とす。 故に拗を直に轉ぜる例のみこそ多けれ直を拗に轉ぜる例はあることなし。 凡て韻學者流に直音拗音を云ものみな古へを知らず(みだ)りなることのみなり。 なほ此圖中の拗音を直音に轉じたる證を少々言はば韻鏡第廿八轉平聲牙音に(くわ)(くわ)(くわ)喉音に(くわ)あれば其例にて其横の唇音の波は博禾の反頗は滂禾の反にて共にフワの音也。 舌音の()は丁戈の反()は土禾の反にて共にツワ也。 齒音の侳は子戈の反莎は蘇禾の反にて共にスワ也。 喉音の倭は烏禾の反にてウワ也。 半舌齒音の()は落戈の反にてルワ也。 さて其上聲去聲も同じ格にて跛は布火の反にてフワ也。 麼は亡果の反にてブワ、ムワ也。 坐は徂果又は疾臥の反にてスワ也。 播は補過の反破は普過の反にて共にフワ也。 坐は徂臥の反にてスワ也。 又第卅轉の諸字もこの例也。 さて第卅二轉は光荒黄などの例にて其横の傍は歩光の反にてフワウ汪は烏光の反にてウワウ也。 又第十四轉の杯は布囘の反にてフワイ頽は杜囘の反にてツワイ崔は才囘の反、摧は在囘の反、罪は祚隗の反にてみなスワイなり。 雷は力囘の反にてルワイ也。 故に胡雷(こるわい)の反は迴となれり。 隈は烏恢の反にてウワイ也。 其餘の字も准へ知るべし。 第十六轉も此例也。 又第廿四轉の盤は薄官の反にてフワン 端は多官又都丸の反にてツワン 暖は乃管の反にて呉音ヌワン 酸は素官の反にてスワン 椀は烏管の反にてウワン 卵は盧管の反にてルワンなり。 又溌は普活の反にてフワツ 奪は徒活の反にてヅワツ 撮は倉括の反にてスワツ 捋は郎活の反にてルワツなり。 第卅六轉の(さく)は査獲の反(さく)は砂獲の反にて共にスワクなり。 以上はワ行の音也。 次に第五轉腄縋吹垂髄睡羸等の例にて陂は彼爲の反彼は補靡反にてフヰ嬀は居爲の反規は爲隋の反僞は危睡の反にて共にクヰなり。 さて是爲の反は(すゐ)旬爲の反は(ずゐ)力爲の反は(るゐ)息委の反は(ずゐ)力委の反は(るゐ)なれば爲委は共にウヰ也。 第七轉第十轉も此例也。 さてクヰウ、スヰウ、ツヰウ、ヌヰウ、フヰウ、ムヰウ、ルヰウ、ウヰウの音は本音のままに呼ぶ字一つも無れば考ふべき由なしといへども若しは第一轉ヒユウ、チユウ等の音本とこれに近きか。 ウヰン、クヰン等も考へがたし。 是は第十八轉のチユン、キユン、シユン、イユン、リユン等の音近きか。 さてウヰク、クヰク等は是第一轉のヒユク、チユク、キユク、シユク、イユク、リユク等近くウヰツ、クヰツ等は是又第十八轉のチユツ、キユツ、シユツ、イユツ、リユツ等近き歟。 猶考べし。 以上ヰ行の音なり。 次に第卅轉花華化等の字の呉音のクヱと云る例ある如く此轉の呉音は凡てツヱ、クヱ、ウヱ、ルヱなり。 第十四第十六轉の呉音も同じ。 さてウヱウ、クヱウ等は考へがたしと云へども第卅四第卅六轉の第三等四等の呉音これなるべし。 ウヱイ、クヱイ等は第十四轉の第三等第四等の諸字これ也。 ウヱン、クヱン等は第二十二轉の源の字 音元 第二十四轉の眷の字をクヱンと云る例にて此二轉の第三第四等の諸字これなり。 又其入聲即フヱツ、ツヱツ、クヱツ、スヱツ、ウヱツ、ルヱツ、ヌヱツなり。 以上ヱ行の音なり。 次第十二轉の第一等の諸字フヲ、ムヲ、ツヲ、クヲ、スヲ、ウヲ、ルヲの音也。 さて第四十三轉の泓はウヲウ肱薨弘はクヲウ也。第十八轉の第一等と第廿二轉の第三等の呉音とこれウヲン、クヲン等なり。 但し第廿二轉牙音の呉音は皆クワンと轉じ呼ぶ。 されども元は愚袁(ぐうをん)の反願は魚怨(ごうをん)なるを以て元願なども本音はグヲンなることを知るべし。 ウヲツ、クヲツ等は第十八轉の第一等入聲と 第廿二轉の第三等入聲の呉音と是なり。 これも第廿二轉の牙音はクワチと轉じ呼べども越の呉音ウヲチなるを以て實はクヲチなることをさとるべきなり。 ウヲク、クヲク等は第四十三轉の第一等入聲是なり。 以上ヲ行の音なり。 右ヱ行ヲ行に屬する諸の拗音は本音のままに呼ぶもの無れば是を證すべき由なきに似たれども既にワ行ヰ行の諸音の例あればそれに准じて此二行の諸音も必ず實は右の如くなるべき理り疑ひなし。 さて上件諸の拗音多くは直音に轉じ呼ぶ故にかの開合の圖と韻鏡の開合と合はざる者多きが如くなれども右の如く本音に返へしてこれを考るときは一つも合はざる者無し。

凡例

イヰ之假字

伊以異怡易已移夷肄 以上九字古書にイの假字に用たり。 貽飴詒倚猗姨頤圯彝醫矣意懿 以上廿二字漢呉共にイ。 衣依扆 以上三字呉はエ。

爲韋位威謂渭偉委萎尉 以上十字古書にヰの假字に用たり。 惟維唯帷遺逶恚洧鮪違闈 慰畏胃彙緯葦

イウ
尤郵幽憂優由油柚游遊猶猷攸悠酉卣誘有囿又友右祐佑 皆漢なり。 呉はウ或はイユ也。 幼字もイウの音なるべけれども常にエウと呼ぶ。
イユウ
ユウ
雄熊融肜 以上は漢也。 呉はイユかウなるべし。 雄は常に呉ヲウと呼ぶなり。
用勇邕 以上は呉也。 漢はイヨウ。
此字はイユの音なれども常にイユウと引て呼。
イユ
由油柚游遊猶猷攸悠酉 以上呉也。漢はイウ。
愈逾喩瘉庾臾裕
イフ

入聲

邑悒揖熠
イヤウ
やう
陽楊揚煬瘍羊洋佯痒養樣恙央
影瓔永 以上三字は呉なり。 漢はエイ。
イヨウ
ヨウ
用甬勇俑踊容蓉庸雍擁熠癰 以上漢也。 呉はイユ。
膺鷹蠅孕媵
イム
因姻茵氤寅湮禋印引蚓胤
殷慇隱 以上三字は漢なり。 呉はオム。
音飮陰蔭 以上四字は漢なり。 呉はオム。 淫婬
ヰム
尹允勻筠
韻殞隕
員院
イク
育昱彧澳燠
イツ
乙一壹逸佚溢佾
於乞の反。 漢也。 呉はオツ。 質の韻に屬するときは於筆の反。 呉もイツ也
ヰツ
聿鷸
ヰキ
域棫閾洫
イヤ・イヤク・イヨ・イヨク

是らの音は開合にかかはらず凡てイの假字也。 ヰを書くべからず。 又イを省きヤ、ヤク、ヨ、ヨクとも書くべし。

エヱ之假字

哀埃愛 以上三字呉なり。漢はアイ。 衣依 此二字も呉也。 漢はイ也。 延要曳叡 以上の九字古書にエの假字に用たり。

呉なり。 漢はケイ。 隈穢 二字は呉なり。 漢はワイ。 囘會繪淮 四字は呉なり。漢はクワイ。 以上八字古書にヱの假字に用たり。 呉なり。 漢はケイ。 壞迴 二字は呉なり。 漢はクワイ。 畫。 呉也。 漢はクワイ又クワ。

エウ
遥搖謠瑶陶要葽腰曜燿耀夭殀妖
幺窈杳
此字呉也。 漢はアウ。
エフ

入聲

葉魘靨曄燁
エイ
曳洩裔泄鋭睿叡
英霙嬰纓癭盈楹嬴瀛贏影郢映營瑩永詠泳穎潁 英以下廿一字は漢なり。 呉はイヤウ。
ヱイ
エム
煙咽宴燕讌醼
堰偃
鹽炎琰奄淹簷擔閻厭懕黶豔艷
延筵演焉衍羨。 沿鉛鳶捐㜏縁掾兗
ヱム
袁遠轅猿園爰援猨湲宛苑怨婉鴛垣寃
瑗媛圓
エツ
噎咽
悦閲
ヱツ
越曰粤鉞
エキ
益亦奕易場液腋掖繹驛懌斁。役疫 みな漢也。 呉はイヤク。

オヲの假字附アワ

於淤飫。意憶億隱磤乙應 以上十字古書にオの假字に用たり。

袁遠怨烏乎呼嗚塢弘越曰惋迴 以上十三字古書にヲの假字に用う。 汗惡

オウ
呉なり。 漢はイヨウ。
謳嘔鴎甌歐 以上漢也。 呉はウなるべし。
ヲウ
翁甕瓮雄
アウ
奧襖媼
鴦盎
央殃鞅 以上三字呉也。 漢はイヤウ。
櫻鸎鶯鸚罌
ワウ
王往枉旺
汪尩。皇凰黄
皇以下四字呉なり。 漢はクワウ。
アフ

入聲

呉なり。 漢はカフ。 押鴨壓
オム
殷慇磤隱 以上四字呉也。 漢はイム。
音陰飮 三字呉也。 漢はイム。
ヲム
温薀穩
袁遠園怨苑菀 以上六字は呉なり。 漢はゑん。
オク
憶臆億 以上呉也。 漢はイヨウ。
ヲク
オツ
呉なり。 漢はいつ。
ヲツ
此字は呉也。 漢はヱツ。

カ行之假字

キウ
九鳩仇灸咎柩臼舅舊求裘毬救究韭虯糾糺糗廐休牛
弓躬窮宮 以上四字漢なり。 呉はク。
キフ

入聲

急及汲吸笈給泣翕歙
カウ
高蒿稿鎬暠豪毫告浩誥皓敖傲嗷鼇羔餻皐翺好尻考號耗昊顥杲囂
岡綱剛鋼康穅糠慷亢抗吭阬航昂
卯仰向香郷強 以上六字呉なり。 漢キヤウ。
庚坑行衡更梗鯁硬亨杏羮 以上十一字漢也。 呉はキヤウ。
幸倖耕耿鏗莖 以上六字は漢なり。 呉はキヤウ。
肴殽膠爻交絞效効姣校挍考教巧樂 以上十七字漢也。 呉はケウ。
江杠扛舡項講巷港降絳肛 以上十一字漢なり。呉はコウ。
此字宜京の反にて漢ゲイ呉ギャウなれども佛書に來迎ライカウと呼ぶ故に此所に出す。
コウ
公蚣空控孔工功紅攻虹貢鴻洪閧 以上十四字漢也。 呉はク。
口扣叩吼后垢苟鉤後寇厚侯候喉猴遘溝構篝 以上十九字漢也。 呉はク。 但し后後などは常にゴと呼。
恆姮肯肱薨弘
此字呉也。 漢はキヨウ。
江杠扛舡肛項講巷港降絳鬨 以上十二字は呉なり。 漢はカウ。
クワウ
光晃恍廣曠壙荒肓。 皇惶湟蝗遑篁黄簧 皇以下八字呉はワウ。
漢なり。 呉はワウ。 觥礦
宏閎轟嶸
カフ

入聲

合蛤閤
洽恰袷夾峽
盍闔
甲匣狎 狎は呉アフ。
コフ

入聲

業劫怯 以上呉也。 漢はケフ。
キヤウ
薑姜彊疆羌強繦卯仰香享向郷嚮響饗 以上十六字漢なり。 呉はカウ。 匡筐狂誑況貺怳
莖耿 以上二字呉なり。 漢はカウ。
京卿敬驚慶輕頸景竟境鏡競。傾頃兄 以上十五字呉なり。 漢はケイ。
經形刑 以上三字呉なり。 漢はケイ。
キョウ
共供拱恭蛬恐蛩邛凶匈胷兇龔顒 以上十四字漢なり。 呉はク。
興矜兢凝 以上四字漢なり。 呉はコウ。
ケウ
肴殽膠爻交絞效咬郊効姣校挍考教巧樂 以上十七字呉なり。 漢はカウ。
喬驕矯嬌橋
尭驍曉皎叫竅徼梟翹澆
ケフ

入聲

叶協夾侠頬莢狹愜篋
業劫怯脅 以上四字漢なり。 呉はコフ。

サ行之假字

シウ
周秋啾秀州洲酬囚酋遒收鄒搜蒐臭袖岫醜讎舟羞繍獸脩修首受授皺就酒手守狩聚驟 以上漢也。 呉はシユ又ス。 柔蹂 漢なり。 呉はニユ。
シユウ
衆終充嵩螽 以上漢也。 呉はシユ。 漢なり。 呉はニユ。
從縱 漢はシヨウ也。 呉音ジユなれども常にジユウと引いて呼。 故に出す。
主趨戌
シフ

入聲

十什汁拾入習槢褶執集緝楫葺輯澀濕隰襲
サウ
早草皁造慥曹糟漕遭喿操燥譟蚤掻騷嫂艘竈棗掃
倉蒼滄臧藏桑顙奘葬喪
壯莊状牀裝妝床相想霜箱廂瘡創爽鏘象像 以上陽の韻の字漢呉共にサウと呼ぶ者あり。 漢サウ呉シヤウなる者あり。 又漢シヤウ呉サウなる者あり。 是を韻鏡に考るに第二等の字は漢サウ呉シヤウ第三等の字は漢呉共にシヤウ第四等の字は漢シヤウ呉サウ也。 大氐此の如し。 然れども其反切又餘の牙喉半舌齒等の音の字の例に依るときは右の如き差別なく凡て漢シヤウ呉サウなるべきなり。
鎗傖 漢なり。 呉はシヤウ。
爭崢諍箏 以上四字漢なり。 呉はシヤウ。
梢稍鞘爪抓鈔巣鏁 以上九字漢なり。 呉はセウ。
雙双淙牕窻 以上五字漢なり。 呉はソウ。
ソウ
悤蔥總聰驄送葼椶糉艐叢崇 以上十二字漢也。 呉はシユ又ス。 崇は士隆(しりゆう)の反にてシユウなれども常にソウと呼ぶ。 故に此所に出す。
宗綜宋 以上三字は漢也。 呉はシユ又ス。
走叟趣奏輳湊蔟藪漱嗽 以上十字漢也。 呉はシユ又ス。
曾僧増贈憎繒層
雙双淙牕窻 以上五字呉なり。 漢はサウ。
サフ

入聲

雜颯帀
臿插
シヤウ
章樟障彰昌唱菖倡娼尚商常掌敞嘗賞裳將㢡醤漿牆詳祥庠翔匠餉傷觴殤上 以上常に呉共にシヤウ。 壯莊状状牀裝床裝妝 以上常に漢サウ呉シヤウ。 相湘象像 以上常に漢はシヤウ呉サウ。 襄讓穰壤釀 以上六字は日母に屬すれば呉はナウかニヤウなるべし。
爭諍箏 以上三字呉なり。 漢はサウ。
清情精請晴生性姓牲青笙正政鉦成城盛淨靜井省聲聖 以上二十五字呉也。 漢はセイ。
青晶星猩醒 以上五字呉なり。 漢はセイ。
シヨウ
鍾種腫衝尰誦松訟頌從縱蹤舂憃悚竦 以上十七字漢なり。 呉はシユ。 茸冗 此二字は呉はニユ。
稱升昇證勝丞蒸拯承繩澠乘仍
セウ
梢稍抄鈔鏁 以上五字呉なり。 漢はサウ。
召昭照韶招邵詔沼紹小少肖宵消蛸銷硝逍焦蕉憔醮笑椒釗燒。 蕘饒繞擾 蕘以下四字は呉はネウ。
蕭簫嘯瀟
セフ

入聲

妾接攝捷睫婕渉浹燮葉。 先結の反。

タ行之假字

チウ
宙抽紬冑丑紐肘紂酎籌儔疇晝稠惆糅 以上十六字漢也。 呉はチユと呼べき例也。 但し惆糅二字は呉ニユなるべし。
チユウ
中仲沖忡忠衷蟲
此字呉也。 漢はチヨウ。
柱拄注註駐住株誅蛛廚蹰 以上鍾韻虞韻の者實はチユなれども常にチユウと引て呼ぶ。 故に此所に出す。
頭偸 二字漢はトウ也。 呉ツ也。 然れども偸の字常にチユウと呼び頭も塔頭饅頭のときに然り。
チフ

入聲

蟄縶
タウ
稻滔蹈韜刀叨桃逃到倒道導濤檮陶萄討嶋悼盜猱饕纛
唐塘餹糖當堂棠黨儻湯蕩盪宕菪
打橙 以上二字漢也。 呉はチヤウ。
呉はテウ。 呉はネウ。
漢なり。 此はトウ。
トウ
東棟凍同洞桐銅筒童董動慟僮瞳通痛桶
冬彤統 以上廿字漢也。 呉はツなる例なれども常に漢呉共にトウと呼ぶ。 通痛などはツウと呼ぶ。
豆逗頭鬪斗偸透堯竇 以上九字漢なり。 呉はツ。
登燈嶝磴鄧滕藤騰等
此字は呉也。 漢はタウ。
タフ

入聲

答搭沓踏納 納は呉はナフ。
榻蹋
チヤウ
長張帳脹漲丈仗杖場暢腸昶鬯。孃娘釀 三字は呉はニヤウ
呉なり。 漢はタウ。
貞鄭 二字呉也。 漢はテイ。
丁町頂定錠聽廳停挺 以上九字呉なり。 漢はテイ。
チヨウ
重冢寵濃醲穠
徴懲澄
テウ
朝潮兆晁召超趙
挑誂窕眺迢貂調凋鯛彫鵰奝鳥蔦弔條刁釣肇糴鼂。尿溺嬈嬲 尿以下四字呉はネウ。
テフ

入聲

帖貼牒蝶疊捻 捻は呉はネフ。
輒聶

ナ行之假字

ナウ
腦惱瑙
嚢曩 以上五字呉也。 漢はダウ。
ノウ
農濃膿 以上三字漢はドウ也。 呉はヌなれども常にノウと呼ぶ。
呉なり。 漢はドウ。
ナフ

入聲

納納 以上漢はダフ也。呉ノフとも書べき歟。 其由はカフの音の下に云るが如し。
ニヤウ
娘孃 二字呉也。 漢はヂヤウ。
ニヨウ
漢はチヨ。 呉はニヨ也。
ネウ
呉なり。 漢はダウ。
呉なり。 漢はゼウ。
尿溺 呉なり。 漢はデウ。
ネフ
呉なり。 漢はデフ。
ニウ
漢はジウ也。 呉はニユなれども常にニウと呼。
漢はジユン也。 呉はニユなれども和名抄にも邇宇(にう)とあり。 常にも然り。
ニフ
呉なり。 漢はジフ。

ハ行之假字

ハウ
保褒裒寶報袍抱暴。毛耄冒帽 毛以下四字漢なり。 呉はモウ。
傍謗滂榜。茫莽漭 茫以下四字漢なり。 呉はマウ。
方芳訪彷妨坊放髣。亡妄芒邙氓忘 亡以下八字は漢也。 呉はマウ。
亨烹彭。盲蝱孟猛 以上七字漢也。 彭以上三字呉はヒヤウ盲以下四字呉はヤウなれども又マウと呼。
漢なり。 呉はヒヤウ。 萌甍 二字漢也。 呉はミヤウ。
包苞庖疱胞飽泡鮑皰豹。茅卯昴貌 以上十四字漢也豹以上十字呉はヘウ茅以下四字は呉はメウ。
邦龐蚌。尨厖 以上五字漢也。 蚌以上三字は呉はホウ尨厖二次は呉はマウ也。
ホウ
蓬鳳龐豐賵。夢蒙蠓瞢 以上九字漢也。 賵以上五字は呉はフ夢以下四字は呉はム也。 但し常にマウと呼ぶ者もあり。
封峯逢烽鋒縫奉捧棒俸 以上十字實はヒヨウの音なるをホウと轉じ呼ぶことゆゑあるべき也。 呉はフ也。
部蔀菩掊剖捊仆裒。戊茂矛牟眸 以上十三字漢也裒以上八字呉はフ戊以下五字呉はム也。 但しモと呼ぶ字もあり。
朋崩鵬
邦龐蚌 以上三字呉なり。 漢はハウ。
漢也。 實はビウなれどもボウと轉じ呼ぶ。 呉はム也。
ハフ

入聲

乏法 以上二字漢なり。 呉はホフ。
ホフ

入聲

乏法 二字呉也。 乏の平聲凡の字去聲梵の字共に呉はボンの音也。 是其入聲も呉乏なる證也。 法の字も法華其外もホツと呼ぶ例多し。
ヒヤウ
平評丙病竝并瓶屏兵 以上九字呉なり。 漢はヘイ。
ヒヨウ
冰憑
ヘウ
呉なり。 漢はハウ。
表俵標漂褾瘭飄瓢麃鑣猋飆。苗廟眇 苗以下三字呉はメウ。
謬繆 二字實は漢ビウ呉ムなれども漢ベウと轉じ呼ぶ。 さて同韻の(いう)をエウと呼ぶに准て假字はベウと定めつ。 呉はメウなるべし。

マ行之假字

マウ
毛耄冒帽
茫忙莽漭
亡妄忘望罔網輞魍
盲孟猛 以上十九字漢は皆バウ也。 庚の韻の者は呉ミヤウなれども常に漢マウと呼ぶゆゑに此に出す。
モウ
蒙艨朦 以上三字呉なり。 漢はボウ。
ミヤウ
明名命鳴
以上五字呉也。 漢はヘイなれども皆常にメイと呼ぶ。
呉なり。
メウ
呉なり。 漢はバウ。
苗猫廟妙 以上四字なり。 漢はベウ。

ラ行之假字

リウ
留溜騮霤柳劉流旒 以上八字漢なり。 呉はル。
實はリユウなれどもリウと書くことキウの音の下に云るが如し。
漢はリヨウ也。 呉はリユなれども常に引いて呼ゆゑにリウの假字とす。 リユウと書んもあしからじ。
リフ

入聲

立笠粒
ラウ
老牢勞潦醪
郎廊朗浪狼琅蜋粮
ロウ
籠瀧朧聾壟弄 漢也。 呉はロ又はリユなるべし。
瓏隴 漢也。 實はリヨウなれども常にロウと呼ぶ。 呉はリユなるべし。
婁樓縷塿鏤艛螻髏陋漏
ラフ

入聲

臘蝋
リヤウ
良兩亮梁粱量糧涼諒魎
令冷領 以上三字呉なり。 漢はレイ。
苓笭零靈 以上四字呉なり。 漢はレイ。
リヨウ
漢なり。 呉はリウ。
夌陵凌綾
楞稜 二字實はロウなれども常にリヨウと呼ぶ。
レウ
燎繚療
了聊料寮僚鐐鷯膋寥廖
レフ

入聲

獵鬣

濁音ジヂズヅ之假字

濁音の假字にジとヂとまがひズとヅとまがふこと多し。 此の分ちは齒音と舌齒音との字はシス也。 舌音の字はチツなり。 其中に齒音と舌音との字は多くは清音にも呼ことある故に分れやすく舌齒音の字は清音に呼ぶ例なき故に分りがたきことある也。 凡て右の濁音どもを分ち擧ること左の如し。

自示次視辭慈事字兕寺侍時恃似姒。二貳耳餌珥兒爾尒邇而

治持痔。尼膩儞。 此字除目のときヂの音に呼ぶ。 又神名式にもヂの假字に用たる所あり。 琴のヂ。

ジヤ

蛇虵邪闍謝麝。若

ヂヤ
ヂユ
ジユ

樹壽受授就頌鷲聚娶豎。需儒濡。

ジヨ

序敍徐舒助鋤恕絮。如汝茹筎

ヂヨ

除杼篨絮。女

ジム

神深甚尋腎尋盡燼迅訊。人仁刃忍仭壬任妊衽絍荏

ヂム

陣沈塵

ジユム

淳惇諄醇鶉准隼準盾循楯閏潤順馴旬巡純遵

ヂユム
ジク

孰。肉

ヂク

竺軸舳衄

ジヤク

寂鵲雀。若弱

ヂヤク

ジユク

粥熟塾

ヂユク
ジヨク

辱蓐褥

ヂヨク

ジツ

實。日馹衵

ヂツ

帙衵。昵暱

ジユツ

述術秫戌恤

ヂユツ

朮怵

ジキ

食飾植

ヂキ

ウと引く韻の字は皆上に出たる故に(ここ)には略せり。 サ行 タ行の中にてたづぬべし。

豆頭圖途徒杜

ズヰ

隋隨髓瑞蘂

ヅヰ

韻のイヰ之假字

アイ、エイ、カイ、ケイ、サイ、セイ、タイ、テイ、ナイ、ネイ、ハイ、ヘイ、マイ、メイ、ライ、レイ、ワイ、ヱイ、クワイ。

右の諸音の下凡て皆イの假字也。 開合にかかはることなし。 和名抄に絲鞋は之加伊(しかい)、黄菜は王佐以(わうさい)、雙六の采は佐以(さい)、㮈は奈以(ない)などとある是れら其證也。 此外諸國郡郷の名などにも右の音の諸字の韻をば多くはアイウエオヤイユエヨの通音に用たり。

クヰ、スヰ、ツヰ、ユヰ、ルヰ、ウヰ。 此中にユヰと云音は實は有るまじき例なること上の圖の如し。 然れども遺唯維等の呉音常に此音に呼なり。

右の諸音は()()()等の韻の拗音にして彼のイの假字をかく音 下うにイを書く音は(たい)皆齊灰(かい)清青等の韻也。 とは其類異也。 必ヰを書くべきこと上の第三會ワヰウヱヲの圖を考て知べし。 然るに和名抄に子は此間の俗に都以之(ついし)と云とある ツヰの音を都以(つい)とせり。 是も理なきに非ずといへども 本ワはウア、ヰはウイ、ヱはウエ、ヲはウオなればクイ、スイ、ツイ、ユイ、ルイ、ウイと書んも理あり。 然れども和化などをもクワと書てクアとはかかず會怪などもクワイとかきてクアイとは書ず觀官などをもクワンと書てクアンとかくことなし。 此例を以て推すに必ずクヰ、スヰ、ツヰ、ユヰ、ルヰ、ウヰとかくべきことなり。 猶イを書くはわろし。

常にキの音に呼ぶ字を古來クヰと假字を附けたることあり。 是は皆合口音の字にて韻鏡合轉屬して本はクヰの拗音なるをキの直音に轉じたる者に限れること也。 然るを此差別なく開合にかかはらず凡てキの音の字は皆クヰとも書くべしと心得るは誤也。 前にも云る如く本よりの直音を拗音に云ひ例は御國には無きことなり。 クヰとも書くべき字は規闚窺貴匱季悸癸葵騤鬼愧魏巍危詭跪暉揮僞嬀龜軌歸喟諱麾毀逵馗夔簋虺卉 此餘も合音の字は皆同じ。 是等也。 開音の字には書べきにあらず。

下中のワ之假字

クワ、クワウ、クワイ、クワン、クワク、クワツ。

右の諸音凡てワの假字なること上の第三會の圖にて明らか也。 ハの假字を書くは大にひがこと也。 凡て三字にかく字音の中の假字は喉音のヤ行ワ行の字に限れること也。

韻のム之假字

(はぬ)る韻の假字のこと或説に開口音の字にはンを書き合口音の字しはムを書べしと云るは甚しき妄説なり。 其差別あるべき由なし。 韻の假字にはムン通用すべし。 無武務牟等の音には必ずムを書くべし。 ンとは書まじきこと也。 猶ンの音のことは論あり。 三音考に委く云り。

字音假字用格終