入門講座を書き終えてから入手したCD

アムランのソナタ全集 (Hyperion CDA67131/2)

1995年1月、わずか4日間で済ませてしまった録音。現在全集としては文句なしのベストでしょう・・・あえて文句いうと、新しい録音なのですが、音が私の好みのとは違います。もっとゴリゴリして欲しい。同じハイペリオンでもハワードの弾くリストだと、これもゴリゴリしてるわけではないのだけれど、アムランを聴く時のちょっとしたフラストレーションが無いのですね。アムランの録音ではハイペリオンよりM&Aのアルカンやリストの方が好きです。もっとも、演奏会場でもかぶりつきで響板を見上げながら聴くのが一番好きで、スピーカーでもいわゆる「クラシック向き」とは正反対の性格を持つとされるバックロードホーンタイプを自作して愛用するような悪趣味人間の言うことですから・・・

目からうろこが(耳から耳くそが?)落ちたのは1番と8番。1番は駄曲でないことを初めて知りました。シドンやアシュケナージでしか知らずにこの曲を語ることなかれ、です。8番はアレグロであることを思い知らされました。他のどの演奏も大抵好きになってしまう8番で、別にルディやシドンの値打ちが落ちたわけではないですが、とにかくアムランは必聴ものです。

そこまで行かないまでも史上ベストないしそれに近いのが2,3,5,7,9番です。2番は1番再評価のとばっちりで一番関心の薄い曲になってしまいましたが、これもあざやかな演奏だと思います。3番も、相変わらずアシュケナージ以外は大概水準以上に聞こえてしまう中で、アムランも勿論悪くない。4楽章の転調を重ねる所でその筋では有名な「アムランの譜読み違い」がありますが、普通の人が気にする必要は無い話です。5番はリヒテルに近い直球勝負路線ですが、ミスのないところ、安定感、どこをとってもリヒテルを上回ります。ホロヴィッツの路線を支持しきれない私にとってはアムランがベストです。7番は単に嫌いだったのがアムランではそうでもなくなりました。9番はルディに近い印象の演奏でホロヴィッツとは好対照です。幻想曲は余り他のプロの演奏を知らないので何ですが、間違いなくいい演奏です。

一言あるのが4,6,10番です。4番は私の頭の中にしか存在しない理想を追い求める限り満足はありえないかと思います。ただ、入手した時点では、アムランでも駄目か、とがっかりしすぎていたようで、落ち着いて聞き直せばガブリーロフと並ぶベスト演奏と思います。ギレリスもやっぱり面白い。6番も自分で弾こうとしたので注文は多くなります。まずもう少しゆっくり弾いて欲しかった。第2主題再現部はルディが凄すぎて、このアムランでも物足りない。10番は最初はおかしいと思いました。今聞くとおかしくは無いですが、この曲でのホロヴィッツ的魅力にもルディ的魅力にも欠けていると思ってしまいます。しかしだれもアレグロ直前のトリル3発を楽譜通りに2拍2拍1拍では取らないのですよね。       

オグドンのソナタ全集 (EMI 7243 5 72652 2 5 ・・・どこまでが番号なんだか?)

1971年の録音。確か2枚組を2000円以下で買って、別にどうって事ないな、とほったらかしにしておいたのを久しぶりに聞きなおしてみました。これは悪くない。今までの粗探しばかりするような聞き方を反省しています。あれこれ集めた後ですから、新しい発見があったわけではないですが、かなり安定しています。8番はアムランに先んじてアレグロでがんばってましたが、これはテクニックの差が出ています。やはりアレグロにしてしまうと超一流の難曲のようです。他にも4番6番といった問題曲はことごとく問題がありますが、逆にいうと他は結構いけます。といってもその後でアムランを聞くとやっぱりアムランの方がいいのですが。

アウストベのソナタ全集 (mcps 6171 でいいのかどうか?)

Brilliant Classics というシリーズで元音源は他のレーベルと思われます。スクリアービンとプロコフィフとショスタコービッチのソナタを全部そろえて2000円という5枚組みでしたが、5枚全部全部駄目です。

プレトニョフの24の前奏曲、ソナタ4,10番他(Virgin classics 7243 5 45247 2 1)

これはがっかりでした。表題以外が中期の比較的珍しい作品なのですが、これもさほどいい演奏ではないような。4番なら昔けなしたファーガス=トンプソンの方がまだいい。

書籍:アレクサンドル・スクリャービン 生涯と作品 フォービオン・バウアーズ著,佐藤泰一訳、泰流社

日本語で書かれた初めての評伝,作品論の成書とのこと。その後でスクリアービンとラフマニノフとならべて取り上げた本も見かけましたが。もう少し訳がこなれていれば,と思います。訳者は翻訳屋でも音楽屋でもないですが、この手の音楽本の常のレベルの迷訳文続出です。

伝記の所は十分面白い。誤解というか覚え違えですね、していたところも分かりました。晩年になってもピアノ協奏曲を弾いていたのはクーセヴィツキーとの契約によりやむをえずしていたこと、ソナタ9番をなんだかんだ言っても自分で最も数多く弾いていた(6,8番は確かに弾かなかった)こと。

第8章の楽理のところは不勉強な私には難しすぎる。本を持ってピアノに向かって実際叩いてみればいいのかもしれませんが。詠里庵氏の音楽の間の解説に期待しましょう。

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