「チェネレントラ」
この作品*も*知ってから楽しめるようになるまで随分と時間がかかりました。最初に手にしたDVDが実は趣味から外れていた、というありがちなパターンでした。
大筋は童話でおなじみのシンデレラですが、ビディビバベィデブもカボチャの馬車もガラスの靴も出てこない、随分と現実的なお話です。主役は勿論シンデレラと王子、なのですが、
・ | アリアを3つも受け持っている継父ドン・マニフィコの印象が全体の印象を大きく左右します。「余計なことを言うとぶっ殺すぞ!」という台詞でびっくりしないためには最初から凶悪な方が私の好みです。 |
・ | クロリンダとティスペの姉妹もイヤな連中として描くのは当然ですが、彼女らがうぬぼれるのも無理の無い程度には美しく見えるようにしてもらいたいのです。 |
・ | 王子の教師役アリドーロも単なる哲学者では詰まらない。「天使」「策士」「善を成す悪魔的魔法使い」と色々ありますが、とにかく只者ではないようにしてもらいたいものです。 |
・ | 主役のチェネレントラと王子は見た目麗しいに越したことはないですが、まずしっかり歌って欲しいものです。手持ち音源の紹介では、舞踏会場でヴェールを外した直後にアップになったところのチェネレントラの画像を添えて見ました。 |
ロッシーニの同時代人であるスタンダールは、ロッシーニのブッファでは断然「アルジェのイタリア女」などの初期作品を評価していて、「チェネレントラ」あたりまで下ると「ロッシーニが作風の変化により得たものより失ったものが多い」という評価になる、のですが、私には後の方が良く、今のところ・・・この駄文を書いている今日時点ならば・・・「チェネレントラ」が一番と思っています。
手持ち音源
カンパネッラ指揮ヒューストン交響楽団 これが問題の一枚目でした。最初の感想が、
でした。今にして思うと、根は善人に見えてしまうダーラのドン・マニフィコ、余りにも戯画的に描きすぎていて美人には見えない姉妹、単なる哲学者にしてしまったアリドーロ、に対して「ややつまらない」となったようです。その次の感想が、
となっていました。バルトリにはロッシーニのメゾソプラノに求められる「声の厚み」が足りないと思います。やわらかく歌うヒメネスは悪くないですが、フローレスの方がいい。コルベッリのオカマみたいな化粧が意味不明です。ペルトゥージのアリドーロ、ダーラのドン・マニフィコは前述の通り、そして指揮もスピード感に欠けます。 |
ユロフスキ指揮グラインドボーン歌劇場 BS2からの録画ですが、これが開眼の二枚目、ということになります。 まず主役のドノーセ、もっと広い劇場でどこまで歌えるのかは見当つきませんが、ロッシーニのメゾのイメージ通りの声質で、声だけでもバルトリよりずっと好きですし、姿に花があり、早速ファンになってしまいました。 姉二人も「自分が美人である」と自惚れるのも無理はない、と思えるメイクで、ヒューストン盤から感じた不自然さがありません。ユロフスキの、趣に不足する危険も顧みずぶっ飛ばした快速一辺倒の指揮にも圧倒されます。一杯一杯になるまでテンポをあげて戦闘的に歌ったドン・マニフィコの3つ目のアリアなど、賛否あると思いますが私は大好きです。ミロノフの軽い声の王子も悪くないですが、やはりフローレスの方がいい。アリドーロは「策士」風で、若々しいダンディーニ共々なかなかよろしい。演出も自然で、まだDVDは輸入盤しかでていないようですが、大いにお勧めです。 |
カンパネッラ指揮スカラ座(2005) Operashareより。字幕はありません。ポネル演出の舞台(ポネルはずっと前に亡くなってますが)はこれが一番好きかも。グラインドボーンに負けず戦闘的なドン・マニフィコ、悪魔的なアリドーロには文句ありません。アリドーロはヒューストンと同じくペルトゥージなのですが、演出でこれだけ違うか、です。同じくコルベッリ演ずるダンディーニでもこちらの普通のメイクなら違和感ありません。カンパネッラの指揮もヒューストンよりメリハリがあります。姉妹も美人に見える範囲にとどめています。 主役二人はガナッシとフローレス。フローレスはどれで見ても最高です。ガナッシも声はいいのですが、この2005年の舞台だと姿のアンパンマン化がかなり進行してしまっているのが、この盤の最大の問題点かもしれません。 |
リッツィ指揮ボローニャ歌劇場(ペーザロ、2000) Operashareより。日本での放送を録画したものなので、ありがたいことに日本語字幕付です。演出は・・・ロンコーニさんならではの何やらごちゃごちゃした舞台で、私はこの人のは大抵は好きになりません。ただしごちゃついているのはドン・マニフィコの館だけで済みます。リッツィの指揮は遅い部分もありますが、ここぞというところでピシッと疾走する気持ちの良いものです。プラティコ演ずるドン・マニフィコは、喜劇的なのに凶悪さにも不足せず上手いものです。例のアリアも余裕があるのですが、声量速度とも他以上に出ているのではないでしょうか。かなりの美人姉妹、「策士」とも「天使」ともつきませんが少なくとも只者ではないアリドーロ、にも文句ありません。 主役二人はここでもガナッシとフローレス。ガナッシがまだ十分に可愛いのがいい。正しくメゾ声質ですし、多分声量でドノーセを上回っていると思います。 もう一つ、この盤では他で聞けない場面が聞けます。完全全曲版なのでしょうか。第2幕冒頭の合唱は展開上あるべき歌詞ですし、出来が悪くもなければ難しすぎることもなさそうなのに何故他の演奏では聴けないのか、不思議です。クロリンダのアリアは、カットするならこれしかない、でしょうが、悪いものではないです。 というわけで、ロンコーニさんの舞台以外は強くお勧め、なのですが、Operashareからダウンロードした状態では声が0.25秒ほど遅れていました。こうなるかどうかは環境次第らしいので他の方のところでどうなるか分かりませんが、この遅れを修正してDVDに焼いてから本格的に気に入った次第です。 |
エルダー指揮コヴェントガーデン(2000) Operashareより。英語字幕付です。演出は自然、美人かつ十分に憎たらしい姉妹は良いです。エルダーの指揮はまずまず。ドン・マニフィコは、路線はいいですが、例のアリアでは力不足が露呈します。ペルトゥージのアリドーロの声に文句無いのは他と同様ですが、ここでは天使、羽も生えてきます。 主役二人はまたまたガナッシとフローレス。ガナッシはこれが一番可愛い。 |
ベニーニ指揮パリ・オペラ座(1996) HouseOfOpera盤です。仏語字幕付。装置は悪くないですが、姉妹を戯画化しすぎているのはいただけません。ショーソンのドン・マニフィコにはダーラのに近い印象があります。この両名ともドン・バルトロ(セヴィリアの理髪師)ならいいのですが。コルベッリのダンディーニもヒューストン盤ほどではないですがそれに近い不自然なメイクです。アリドーロはスパニョーリ、この人はバリトンでも高い方で、この役には著しく不適合に思えます。 主役二人はラーモアとブレイク。ラーモアは美人なのですが、実はそれ以上を期待していました。ここではせいぜい「奇麗なおばさん」止まりなのが残念。ブレイクはやはり悪役が似合う声と姿ですね、この役ではちょっと、、、。 ベニーニの指揮は主役二人の丁寧なコロラトゥーラの入れ方に合わせたのでしょうが、ユロフスキやリッツィに慣れた後だと間延びした感じがします。以上、有名歌手が揃っている割にピンと来なかった一枚でした。 |
レヴァイン指揮メトロポリタン歌劇場(1997) Operashareより。英語字幕付です。演出は簡素でメトにしては豪華さに欠けるのが私にはやや不満。レヴァインの指揮、姉妹、ドン・マニフィコは十分良く、コルベッリのダンディーニも自然なメイクでこれも良し。ペルトゥージのアリドーロはここでも天使で、羽も生えてきます。 しかし、この映像の主な不満は主役二人ということになります。バルトリの見た目は悪くないですが、やはりメゾの声には聞こえません。一方ヴァルガスは王子様という雰囲気には程遠い・・・・。 |
ガヴァツェーニ指揮イタリア放送交響楽団(?)(1955) Operashareより。日本語字幕付のモノクロ映画仕立てです。古いものだと舞台収録は上手く取れてないので映画仕立てでやむを得ないところがあります。かなりの美人が揃っていますが、歌手本人なのか演技は別人なのか、は存じません。多分別人でしょう。勿論悪い演奏ではありませんが、1時間50分しかない短縮版でもあり、ロッシーニ受容の歴史を示すものとして重要かもしれませんが、作品を観賞するためにわざわざ持ち出すほどのものとも思いません。 |
サマーズ指揮バルセロナ・リセウ劇場(2007) Operashareより。スペイン語字幕付き。メトの最高に素敵な「セヴィリアの理髪師」と同じ主役コンビですが、こちらは正直なところ期待外れでした。メトではウェストを締め上げて才気煥発なロジーナを演じていたディドナートはこちらではゆっくりした衣装で登場、体形のプリマドンナ化進行が懸念されます。本物のメゾ声で声量もある最高の若手メゾソプラノ歌手の一人と思っていますが、この舞台では周り足に引っ張られて魅力全開とは行かなかったようです。その周り、まず演出は「セーラームーン」みたいな衣装と髪の色と装置で大幻滅、ヒューストン以下です。さらに意味不明のねずみがうろうろしています。テンポを上げるたびにオケがどたばたしてアンサンブルの乱れを誘発するのはオケの技量というより指揮者の責任なのでしょう。フローレスが他のどれよりも重たく聞こえるのも指揮のせいのように思えます。他の歌手ではアリドーロはペルトゥージみたいな声で朗々と立派ですが、要のドン・マニフィコとダンディーニの二人に切れが無く楽しめません。 |
ベニーニ指揮メトロポリタンオペラ(2009) Operashareより。英語語字幕付き。トーマス・ハンプソンが案内役で出ています。 ガランチャのシンデレラが、もう最高です。スタイルと姿勢の良さでディドナート以上でドノーセに匹敵し、ご覧の通りの美貌と声の張りではドノーセの上を行きます。舞台演出は1997年のメトと同じで貧弱なのですが、華のあるガランチャが映っている限り寂しくありません。 ブラッドリーの王子は、チンチクリンの体形が残念ですが、歌唱はフローレスに迫る立派なものなので、姿の方は脳内変換して見ることになります。 ダンディーニで幾つも出演していたコルベッリが男爵で出ていますが、私見ではブレーキになってしまいました。コルベッリには男爵役は声域が低すぎるらしく、低音で響かなかったり音程が定まらなかったり、さらに早口歌唱でスピード不足で、プラティコと比べてしまうとかなりの差がつきます。ダンディーニにはグラインドボーンと同じくアルベルギーニ、若々しく響く声でここでも非常に良いです。レリエは私には「理髪師」のバジリオの印象が強く、声域がやや高いアリドーロを演じていても悪者役に聞こえてしまう一方、演出上は羽根が生えてくる天使仕立てなのが、多少合わないような気もするのですが、立派な歌唱です。娘二人は十人並みには見える化粧で、歌も達者でこれも不満はありません。ベニーニの指揮は、パリでの演奏と同じく、ユロフスキやリッツィに慣らした耳には間延び気味です。 ・・・できることなら、ガランチャには、フローレス王子とプラティコ男爵と、もっとキビキビした指揮と、もっと映える演出と、で歌って貰えないものか、と。 |
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Arrivabeni指揮Wallonie歌劇場(リエージュ)(2014) operashare#112640。さて、何から書きましょうか。。。 バルセロナのはネズミが始終ウロウロしている演出が最低、と思ったのですが、こちらでは黒服の人物が6人台詞なしで始終ウロウロしています。アリドーロ支配下の「お庭番」のようでもあり「妖精」のようでもあり、そのどちらに決めても辻褄が合わないのですが、こちらの演出は最高、と思えたのです。王子とダンディーニの入れ代わりをアリドーロが指示している様子を序曲の間に舞台上で演技するのも実に効果的で、そのせいか、ダンディーニがピエロ的メイクで出てきてもヒューストンの時のような違和感を感じさせません。演出というのは、何かを出すことではなくて、出したものをどう繋ぎ合わせて意味あるものに形作ることなのかな、などと考えてしまいました。 私はどうもイジワル姉妹に同情的なようで、この二人にちゃんとした歌手を充て真面目に演出してもらいたい、と常々思っているのです。ここでの二人は十分に期待に応えるものでした。十二分に美人さんでメイクもマトモだし、そもそもこの二人が早口歌唱に長けているので、いくつかの合唱でテンポアップが可能になったように思われます。本当に速いのですが大きな破綻は見せていません。 このオペラで早口歌唱といえば男爵役ですが、こちらは3つのアリアとも穏当なテンポです。が、コルベッリに感じる不満が一切ないのは、無理に笑いを取りに行かない小悪党キャラで一貫している姿勢が自然だからでしょうか、それでもなお可笑しさがにじんで来る名演技です。 ピッツォラートは初めて見たのが「エルミオーネ」(ロッシーニ)のアンドロマカ役で、この時の感想も「慈母には見えても御后様には見えない」だったので、私には見た目はシンデレラのイメージとは大分違うのですが、歌唱の水準は高く、ガナッシみたいにヒョットコ顔になることないので安定していて安心して聞けます。継ぎのあたったボロ服を着ている時よりドレスに着替えた時の方がぐっと素敵に見えると思うのですが、にもかかわらず、最後の場面でボロ服のままベールを被せられるようにした演出を支持します。 王子役は声の魅力ではフローレスに及ばないかと思いますが、こちらも歌は安定していて演出の中でいい味出しています。ダンディーニはもしかしたら映像抜きだと歌唱に不満を感じるかもしれないとも思いましたが映像付きで聞く限り不満を覚える余地などないくらいに演技してくれます。アリドーロはお庭番の主か妖精の主か分からないのですが、十分に「只者ではない感」をにじませつつ、いい声で歌っています。 回り舞台を生かした演出は、リエージュの歌劇場の広さにも合わせた特殊解かもしれませんが、それにつけてもメトも演出は賞味期限切れだよな、と思った次第です。 New production of the Opéra Royal de Wallonie-Liège. Broadcast date : Sept. 25, 2014, 8 p.m. Cécile Roussat choreography, stage director, set designer, costumes, lightings Julien Lubek choreography, stage director, set designer, costumes, lighting Sébastien Thouvenin lighting design assistant Marianna Pizzolato (Angelina (Cenerentola)) Bruno de Simone (Don Magnifico) Dmitri Korchak (Don Ramiro) Enrico Marabelli (Dandini) Laurent Kubla (Alidoro) Sarah Defrise (Clorinda) Julie Bailly (Tisbe) Paolo Arrivabeni musical direction Marcel Seminara chorus director Orchestra of the Opéra Royal de Wallonie Chorus of the Opéra Royal de Wallonie |