補遺その1:新発見曲集 お勧め度:D
おまけとしては、これより前に「選集」とでも呼ぶべき物が出ていますが、これは既存録音からの選集なので、全57巻を持っているものとしては買う気が起きません。それに対してこの巻は大全集の一旦完成後に発見された楽譜による新録音ばかりですから、これ(と、続く新発見曲集-2)を持たなくては大全集を持っているとは言えなくなってしまう訳で、何が何でも買わざるを得ないのです。
・・・しかし、曲目は耳に馴染みの曲の「断片」あるいは「ほんの少し違い」が殆どです。普通の人にお勧めするシロモノではなく、全57巻の購入者向きでしょう。ただし演奏と録音は大全集の後半での水準よりは良く、個人的にはかなり楽しめました。
その中で唯一新味がある(と思えた)のが冒頭の「マリー・ザイン=ヴィトゲンシュタインのアルバムより」(1847)の5曲です(実は第3曲の関係曲が第27巻で既出らしい・・・覚えてませんなぁ)が、全て1分あるかなしか、の、悪いというわけではないが、とりたてて特徴の無い曲ばかりです。20世紀半ばに発見された「調性の無いバガテル」は19世紀後半のアヴァンギャルドと認められ、現代のピアニストのレパートリーに定着しましたが、この5曲で同じことは起きないでしょう。かのカロリーネ・ザイン=ヴィトゲンシュタインの娘のマリー(リストから見れば連れ子ですね、当時10才)のための、ピアノ練習帖(?)からリスト作品をピックアップした5曲、ということで大体いいようで、そのような程度の曲です。
トラック6から16までが「Zigeuner-Epos」(1848?)となっています。解説を読むと、第29巻の「ハンガリーまたはジプシーの歌と狂詩曲」をベースに作ろうとした、簡単バージョンの未完成品、らしい。第29巻は結局は有名な「ハンガリー狂詩曲集」(第57巻)の前身となったのですが、それ以前の(つまり時期的には第29巻と第57巻の間の)プロジェクトだったということです。リストの自筆譜というのが「ハンガリーまたはジプシーの歌と狂詩曲」の出版譜から変更あるところだけ指示してあるもので、第1曲第2曲に至っては「ハンガリーまたはジプシーの歌と狂詩曲」そのままということですから、ぼんやり聞いても共通点が多いのは分かります。相変わらず「ハンガリー狂詩曲第6番」の断片と「ラコッツィ行進曲」が耳につきますが、ハワードがまずまず元気なのと、録音の状態がいいのと、で第29巻より良く聞こえます。一番長い最後の曲、第29巻でも気に入っていた第9曲に対応する曲、が中々いい。トラック17は「Zigeuner-Epos」とは別物ですが、「もう一つのハンガリー狂詩曲第6番の断片」です。
トラック18から20までが、「巡礼の年第3年」(第12巻)の第1、5、7曲の初期稿(1877)で、それなりに面白いですが、比べれば最終稿の方がはっきり上でしょう。第55巻で4つの初期稿の録音が出ている「アンジェルス!」の、今度は"second draft of first version"だそうで、もう何がなんだか。第5曲はこれが中間稿で、第55巻のが第1稿ということになります。第7曲に対してはこれが第1稿です。
なぜか、「悲しみのゴンドラ」初期稿(1882)についての解説が欠けているのですが、これが通常稿(第11巻)の楽譜と比較できることもあって一番興味深い。冒頭の序奏部分は「第2番」ではユニゾンの不気味な音形と、右手の単旋律に左手の和音の合いの手が入る音形が交互に現れますが、その後者だけを繋いだものです。ちなみに「第1番」には序奏はありません。ところがゴンドラの主部に入ると、伴奏は3連符になっていて、ここでは「第1番」に近い。「第1番」は暗い響きのまま3分余りで終わる一方、「第2番」は淡い光が差すような中間部があり6分強の曲になってますが、この観点では「第2番」に近い。ただし中間部の伴奏も3連符だし、受ける印象も少々違います。いい悪いは別として、この稿が一番「まとも」な曲になっているかもしれません。
続く新発見曲集2の方にこの「悲しみのゴンドラ」の解説が出ていました。ハワードのコンピュータ操作ミスで誤ってこの解説を消したまま、ブックレットを印刷してしまったらしいです。この巻に収録のヴェネチアで作曲された1882年稿が初出、この時点ではヴァーグナーはまだ生きています。唯一リスト生前に発表されたのが、「悲しみのゴンドラU」で、1927年の「T」が出版されて以来「U」ということにされましたが、作曲順では逆でした。整理すると、a)1882年のピアノ曲、b)1883年に「U」の原形、1885年の出版前ごくわずかな変更を加えたものの実質的にはこの時点で「U」は完成していて、c)これを元に1883年にヴァイオリンまたはチェロとピアノのための版、d)同じ素材を元に別な曲として1884-5年に作曲し直した「T」、という順になるそうです。
残り3トラックは全て1分足らず、ワルツの断片、ポルカの断片、「ダンテを読みて」の和声のスケッチ、が第一印象でした。最初のもの(1828)は30年後にピアノ協奏曲第2番の108小節目として結実した、と解説に書いてあるので当の協奏曲を聞き直してみましたが、よく分かりませんでした。協奏曲の途中稿ではここでの音形がそのまま出てくるらしいですが、最終稿では痕跡だけのようです。2番目のものはポルカではなくてフリスカで、最後のものは第一印象の通りでよいようです。何れも曲と呼べるものではありません。