第44巻:初期ベートーベン編曲集 お勧め度:B
第22巻の「ベートーベン全交響曲編曲集」がBでこの3枚組もB?まあいいでしょう。第22巻もなかなかいいのですが、この巻の方がさらにいい面もありますし。交響曲の編曲に関しては、こちらの初期稿の方が入魂の作で、最終形の方が簡素版、と言えそうです。これの録音も視野に入れていたのなら、第22巻で楽譜に手を入れなかったのはよく分かります。全3枚全て世界初録音です。
CD1冒頭の「交響曲第5番」(1837、第1稿)を聴いていきなりびっくりしてしまいました。「第8」についでピアノ編曲に向かないはずの「第5」に何故これほど心が動かされるのか。第22巻を聞きなおして原因が分かりました。演奏の水準は殆ど違いません。ただ、この巻の初期稿の方が各楽章わずかずつ遅くなっていて、響きに厚みを与えるのに若干の貢献はしています。原曲ならクレンペラーのCDにまず手が伸びる私としては、この曲で遅いのは一向に構いません。編曲の細部の違いも初期稿の方が響きが厚くなる方向です。でもそれらを全部合わせてもわずかな差です。
一番印象を左右したのは、第22巻では「第4」の後、「第6」の前、となっていた「第5」の収録順でした。前後ともピアノ編曲への適性が特にいい曲です。どうしても相対評価してしまってその挙句に響きの厚みが足りない、などと我儘を言いたくなるのです。しかし暫く間をあけて「第5」だけ聴けば、西洋音楽史上不朽の大傑作の名編曲なのですから、素直に感動してしまうのです。こんないい加減な評者ですから、ハワード vs カツァリスの比較など到底出来ません。
細部の違いは大きくはありませんが(どちらを聴いても明らかに「第5」以外の何者でもありません)、大体は初期稿の方が弾くには難しいようで、聴くには楽しくなっています。一番目立つ違いは、スケルツォのトリオが2回現れる点です。指揮者ではブーレーズとかがやっています。「第4」「第6」「第7」と同じスタイルであり、ベートーベンの自筆譜を見ると「第5」でも少なくとも一度はそうするつもりになっていたことが分かるらしいです。
「アデライーデ」(1839、第1稿)の最終形は、余りの曲数の多さに詳細紹介を投げ出した第15巻に収録されています。これもこの巻で単独で聴くと、実に豊かに美しく聞こえます。「ピアノ協奏曲第3番第1楽章のカデンツァ」(1839)は解説でも言い訳していますが編曲でもなんでもありません。急激かつ強引に調性が変わりますが、その点以外ではむしろ地味目と言うべきかもしれないカデンツァです。「第3交響曲より葬送行進曲」(1841)はこの時点でこの楽章のみ編曲されていた由。大差ではないけれど聴くには最終形よりも楽しいというあたりは「第5」と同様です。
CD2の「交響曲第6番」(1837)については、最終形を文句無い出来と思っているので、さらにいいかな?と期待しすぎるとかえっていけません。演奏のせいかもしれませんが、どうやら私は最終形の方が好きなようです。この初期稿が難しすぎるのかもしれません。最終形とは細かい相違点が多々あるそうですが、分かるような分からないような。。。
「アデライーデ」(1841、第2稿)は、第1稿より6分近く長くなっています。原題は多分「ベートーベンのアデライーデのF.リストによるピアノ編曲、F.リストによる大カデンツァ付きの新版」だと思いますが(仏語なので)、このタイトルが全てを語っているそうで、初稿と途中まで同じなのだけれど、付加部分がどっさりあるようです。これも私にはCD1の方がまともに聞こえます。「第5楽章−田園交響曲」(1840)は、要するに第5楽章のみの第2稿です。少しは簡単にした版らしいです。
CD3の冒頭には面白いものが入っています。ベートーベン自身の編曲による「第7」の冒頭の導入部分の編曲(1815)です。しめて3分12秒、主部の手前にも達していませんが、ディアベリがその続きを引き受けて(?)全4楽章の編曲に仕上げているそうです。これを収録するにあたり、またハワードさん色々言い訳しているのが面白い・・・とは言いながら面白いのはそこまでで、続いて出てくるリスト編曲と比べると圧倒的に音が少なすぎて、大人と子供くらいには違います。「ハンマークラヴィーア」を作曲する前のベートーベンがピアノという楽器にどの程度やらせられると思っていたのかが垣間見えます。
「交響曲第7番」(1838)に対する感想は、「第5」と非常に近くなります。「第6」の後で聞くことになる最終形に対し、上記のベートーベン編の後に出てくる初稿の有利は明らかですし、ハワードが「難しい最終形よりさらに難しい」、と言っているこの初稿の方が大差ではないにせよ聞いて面白いと思います。
「ベートーベンの”アテネの廃墟”の動機による幻想曲」(1837)の草稿にはタイトルも何も無いそうですが、ともかく、第18巻の「幻想曲」の初稿という位置付けです。かなり難しそうな重音の連続で迫力ありますが、最後まで「トルコ行進曲」が出てこないのは、ミーハーには寂しい。
おまけに、ベルリオーズの幻想交響曲がらみの2トラック、ややこしいのですが、第5巻で紹介した「Idee Fixe」の第2版が、「刑場への行進」最終稿のイントロとしてついている状態(1865)です。「Idee Fixe」は編曲というより、「例の動機」をもとにリストが「作曲」した幻想曲、一方、幻想交響曲全5楽章は第10巻で紹介した編曲があるのですが、これとは別に第4楽章だけ別編曲稿を出版していたようです。この第4楽章がなぜか8分弱もあります。この妙な編曲よりは普通に第10巻で楽しむ方がいいと思います。