第8巻:クリスマスツリー、他 お勧め度:A

こちらは後期の宗教的作品を集めた巻。タイトル曲集が大好き! これだけならSでもいいくらい! とか言いながら、購入直後はなんじゃこりゃ、と思っていたことを告白します。好きになりだしたら今度は楽譜買って一通り弾いてみました。音楽の友社から日本語解説の楽譜が出ています。

いい曲であることは間違いありません。同時期の巡礼の年第3年より上においても差し支えないかと思っています。で、お勧めかと言うと、我が身を振り返って少し自信がないところもあるのですが、例えば第6曲の陶然とした響きなど超一流の名作です。思うに最初4曲、これも慣れれば素晴らしいのですが、これらが初めて聞いた時に「なんじゃこりゃ」を引き起こして後の方の曲まで祟ったのでしょうか。もし私と同じ轍を踏みそうになったら、第6,7,9,10,12曲から慣れてください、これならどうだ。

クリスマスツリー」(1874-1876)、全12曲、はビューローとコジマの間に生まれた初孫ダニエラのために書かれた曲集で、当時ダニエラが16才のアマチュア、もしこれ全部弾けたのだとしたら大したものです。大体リストという人は、下手一族がどういうところを弾けないのか、ついぞ分からなかった人で、「先生やっぱり弾けません」、「そうか、それならこれでどうだ」、てな調子で「ラコッツィ行進曲」の編曲が8通りも出来てしまったりしています。この曲集も難易度のばらつき大です。また、宗教的要素が希薄な点も、受け入れやすいと思います。ただし音を絞って、ピアノの響きをぎりぎりまで引っ張るような書き方をしているので、響かない楽器&部屋では情けなくなります。非常に贅沢な曲です。

ハワードの解説では、全体は3グループに分けています。最初4曲が伝統的キャロルメロディ、次4曲が子供の見たクリスマス、最後4曲が大人の回想。宗教曲らしいのは最初4曲だけ、それも第7巻の諸作品より一歩引いた感じ、幼子イエスをそっと見守る姿勢でしょうか。

第1曲「プサリテ(小聖歌)」(古いクリスマスの歌) Michaael Praetorius(1571-1621) の合唱曲が元曲だそうです。ピアノの響きとはかくも美しきものか、と感動しながら、技術的にも簡単だし、と思ったら、いきなり左手の速いオクターブが来ます。レジェロで弾くのは難しい。これさえなければ本当に簡単なのに。

第2曲「おお、聖なる夜」、も同傾向の曲、ますますロングトーンが要求されます。技術的には何ら問題ないですが、ハワードの録音のように響くかというと、演奏者以上に部屋と楽器の問題で難しいのではないでしょうか。

第3曲「かいば桶のかたわらの羊飼い」、はハワードによれば誰でも知っているメロディなのだそうですが、私は知りませんでした。知らないから普通の曲と思って弾けます。軽妙な曲ですが、ただの3和音がかくも美しいか、とうっとりできます。

第4曲「アデステ・フィデレス」(東方の三博士の行進)、こそ間違いなく有名なメロディなのですが、それにリストが前奏をつけています。これが聞くだけだと拍子の分からないとってもアブストラクトに思えたのは、リストとハワードと私と、一体誰が悪いのか。楽譜は一見普通なのですが、余程アクセントつけないと拍子不明になります。この曲、妙に格好いいのですが、元曲が有名すぎるのでパロディと思われてしまう危険があります。以上第1部、何れも人前に出すのはやや躊躇しますが、荘重な場であれば第1、2曲は合うかもしれません。

第5曲「スケルツオーソ」(ツリーのろうそくに火をつけて)、から第2部、これは弾けません。ハイになった子供がツリーの周りを走り回っているところでしょうが、打鍵に切れがないとプレストでピアノ、になりません。ハワードさんで聴きましょう。

第6曲「カリヨン(鐘)」、響きの絵巻というか音の洪水というか、陶然としてしまいます。見事なものです。これもハワードさんで聴きましょう。さらにうまい演奏もあり得るように思いますが。ともかく下手がガタガタ弾いても始まらない。

第7曲「こもり歌」、落ち着いた子守歌です。これは弾けます。演奏会場でも受けるのではないでしょうか。

第8曲「古いプロヴァンス地方のクリスマスの歌」、弾けない曲ではないですが、この曲集にあってはちょっと雑な印象を受けます。以上第2部、腕に自身のある人は全部、無い人は第7曲が狙い目です。

第9曲「夕べの鐘」、ここから第3部、いよいよ後期リストらしくなってきます。回想調で始まった曲がどんどん怪しい世界に入っていきます・・・まあ、単純に鐘の音聞いてたら夜が更けた、と思えなくも無いですが、その夜の雰囲気が実にいい。

第10曲「むかし」、超絶技巧練習曲の「回想」を思わせる世界。あれ程長くない分、ますますよろしい。中間部の抑えた情熱がまたいいのですね。

第11曲「ハンガリー風」、これは意図的に野卑な音がします。これは自分自身の肖像? どこがクリスマスなんだか、曲集中にあっては一番不思議な曲です。悪い曲とは思わないけれど。ところで冒頭の音形、本当に音楽の友社の楽譜の指使いの通りに弾くのでしょうか?

第12曲「ポーランド風」、リストによるマズルカの最高傑作。これがヴィトゲンシュタイン侯爵夫人の肖像という説もあります。煙草吸いで有名だった侯爵夫人にふさわしくないと言うなら、理想化された侯爵夫人かしら。以上第3部、第11曲が微妙ですが、どれも弾いてみて損のない曲です。

ここまででこのCDの半分に満たないのですが、残り、全て世界初録音、については軽く流します。「クリスマスの歌」(1864)(トラック13)、は前の曲集の第1部のトーンの小品です。

十字架の道」(1878-1879)、はイエスが死刑を宣告される所から、十字架を背負わされ、十字架にかけられ、墓に収められるまでを音で綴った曲で、ピアノの音の絞った使い方は「クリスマスツリー」に近いのですが、キリスト教に無縁のものが弾くような代物ではありません。聴く分には厳粛でもあり戦慄的でもあり美しくもあります。これがトラック14から28まで、約30分! 大作ですが、心してかからないと退屈作になります。集中して聴くだけの値打ちはありますが、そうでないなら気楽に聞き流した方がむしろいいでしょう。

コラール集」(1878-1879)、は全て1分前後でトラック29から39、作品と言うほどのものではありません。

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