vol.1 ニュータイプの少女
「お姉ちゃーん!どこ行くの!」
サイド1・シャングリラの下町の古いレンガ造りのアパートの窓から
まだ幼さの残る少年の声が響き渡る。
その声に路上のエレカにキーを差し込んでいた少女が振り返る。
年頃の少女にしては手入れが行き届いているとはいえない
クセの強い髪を肩まで伸ばし、
少し大きめのジャンバーと膝上までのスカート姿は
少女の快活な性格をよく表しているようだった。
「どこだっていいでしょー?」
陽射し越しに、少し眩しそうに、頭上の弟を見上げる少女、
シャングリラの若きジャンク屋、ジュディ・アーシタその人であった。
「どうせ、またコロニーの外に行くんでしょ!・・・もうジャンク屋なんてやめてよ!」
頬を膨らませて抗議する最愛の弟に、ジュディは少し困った顔をする。
「いいじゃない!いーっぱいお金稼いで、リィンを山の手の学校に入れてあげるからさ!」
そう言って両手を大きく広げてみせる姉はリィンにとってとても大きく見えた。が、
「そんなこと、頼んでないじゃないか!」
珍しく大声を上げる弟に少したじろきながら、ジュディはそそくさとエレカに乗り込んでいった。
「・・・いいでしょ!お姉ちゃんが好きでやってるんだから!
あ、夕ご飯までには帰ってくるから、ちゃんと勉強しとくのよ!」
それだけいうとエレカを発進させ、逃げるように出発していった。
「もう!お姉ちゃんのばかーっ!」
リィンは姉のエレカが見えなくなるまで、寂しそうに窓際で見送っていた。
「お父さんも、お母さんも早くに死んじゃったのに、リィンはあんなにしっかり者になって・・・
ホント、あたしなんかには出来すぎな弟だよね」
エレカを走らせるジュディの目には少し光るものがあった。
コロニー周辺には色々なものが流れてくる。
戦闘により大破したMSやコロニーの残骸などだが、
中には十分再利用できるものも少なくない。
『プチモビ』と呼ばれる小型MSでそれらを回収し、売り払うのが
ジュディの仕事だった。
自分の働き=収入のこの仕事をジュディはとても気に入っている。
いいように大人に使われて賃金を渋られる仕事より、よっぽど性に合っていた。
「ねえ・・・ジュディ、大丈夫かな?」
プチモビの通信に儚げな少女の声が入電してくる。同じジャンク屋仲間のイシス・アッバーブである。
「なにが?・・・・今日は漂流物がチョッチ多いけど、あたしに言わせりゃノープロブレムよ!」
ジュディはこの気の弱い友人がジャンク屋などという仕事をしていることに
いまだに違和感が拭えない本音もあった。
「それもだけど・・・ミーシャ達に連絡無しで私達だけで・・・・いいのかな・・・?」
生真面目な友人が彼女自身を強引に同業に引っ張り込んだ仲間に気を使っているのが
ジュディには理解できなかった。
「いいよ、そんなの!アイツらいつも美味しいとこだけ持ってこうとするじゃない?
イシスも一々そんなこと気にしてたら、いいように使われるばっかりよ」
「そんなこと・・・・私は別に・・・それに、ミーシャ達もお友達でしょ?だから・・・」
「ちょっとストップ!」
コロニーの外壁近くでもうけの匂いを敏感に感じ取ったジュディは友人の発言を遮った。
「え・・・?なに?どうかしたの・・・?」
「これは・・・MSの脱出ポッドよ!それも、新品同然よ!」
「ホント?凄いじゃない、ジュディ」
「うふふ、こいつは高く売れるわよ!」
手早くポッドをプチモビで確保するジュディ。
仲間内どころか、ジャンク屋中探しても彼女ほどプチモビを手足のように扱える者はいないだろう。
「お昼はご馳走だね!早く帰ってきてね」
「うん!ピッツアにチキンも付けちゃおうかな?・・・・・あ!?」
機体を反転させようとしたジュディの目に信じがたい光景が映った。
「あれは・・・・アーガマ!?・・・前にUGのサイトで見たまんまだ!」
ジュディが目撃した、エゥーゴの主力艦アーガマは
全身の傷も癒せぬままにシャングリラの港を目前に立ち往生していた。
「どうしてすぐに入港許可が下りないのよ!・・・これじゃ協定違反よ!」
疲弊の色濃いアーガマの若き艦長ブリーチ・ノアはブリッジで声を荒げた。
ブリーチに限らず、アーガマのクルーはみな傷つき、疲れきっていた。
指導者、ブレックス・フォーラ准将の他、
僚艦ラーディッシュとヘンケン中佐、エマ・シーンや
カツ・コバヤシらのパイロットをグリプス戦役で失っていた。
そして、エゥーゴの次代の指導者と期待されていた
かっての赤い彗星、シェリル・アズナブルはその生死さえも分からずじまいだった。
そして、
「カミーユ・・・」
ニュータイプの在り様を示し続けた若きエース、カミーユ・ビダンは
戦いの末に「壊れて」しまった。
「艦長、入管のチマッターさんが・・・」
トーレスの呼びかけにハッとするブリーチ。
「そ、そう・・・お通しして」
サエグサに案内されて来たのは人の良さそうな入管職員だった。
もう既に申し訳なさそうな顔をしている。
「入国管理所のチマッターさんをご案内しました」
「ご苦労様、サエグサ。あなたも少し働きすぎよ?・・・少しは休みなさい」
サエグサは笑って敬礼だけして退出していった。
「で、チマッターさん・・・どうしていまだに入港許可が下りないかをご説明いただけるのでしょうか?」
疲労と苛立ちでブリーチの物言いには珍しく「とげ」があった。
「申し訳ありません!ここシャングリラの市長、ダマールは金に汚い男でして・・・
儲けにならないものをタダで入れるなと・・・」
ブリーチの態度のせいもあってか、チマッターは終始恐縮しきりだった。
「なんてこと!全く、とんだシャングリラ(楽園)ね!」
つい、感情を表にしてしまったところでチマッターの泣きそうな顔に気付き
少し言い過ぎたかと反省するブリーチだった。
「申し訳ありません・・・ですが、ここの港は市長の目が届くので不可能ですが、
ジャンク屋達が使う裏の港でしたら私の方でなんとかしてみせます。
艦の修理や負傷者の入院の件も私個人で全責任を持ちます」
チマッターの申し出にブリーチは目を丸くして身を乗り出した。
「ほ、本当ですか?そうしていただけると助かります!
・・・ですが、どうしてそこまでしてくださるのです?」
ブリーチの問いにチマッターは少し困った顔を浮かべたが、ゆっくり語りだした。
「エメット・オンス・・・彼にブリーチさんが来られた際には力になって欲しい、と頼まれていましてね。
ご存知ですか?彼は最近ラビアン・ローズの艦長代理に就任したんですよ」
チマッターの口から出た名前に明らかにブリーチは驚いていた。
「エメット?エメット・オンスが宇宙に上がっているんですか?」
ブリーチのその剣幕にブリッジのクルーたちも思わず振り返った。
「私と彼は大学が同期でしてね・・・ここでもなんですから、入港してから詳しくお話しますよ」
「そう、ですよね・・・あ、さっきは失礼な態度をとってしまって」
「いえ、あなたのお立場からいえば当然のことです。彼が羨ましいくらいですよ」
一時間後、シャングリラの古い貨物用の港に入港するアーガマの姿があった。
危なげなくコロニー内に戻ってきたジュディは収穫のポッドに手をつき
「どう?」と言わんばかりに得意気におどけて見せた。
「すごいね、ジュディ!こんなの初めて見たわ!」
ナビを務めたイシスも嬉しそうに手を叩く。
綺麗な長髪も一緒に揺れた。
「まあね!このジュディさんにかかれば朝飯前ってもんよ!」
「やっぱりジュディはすごいね・・・私なんていつまで経っても上手くできないもん」
無理もない。イシスはジュディと違って他の友人たちに半ば強引にこの仕事に
引き込まれたのだ。それでも自分の受け持った仕事はしっかりこなすイシスも
年齢から考えれば十分大したものだが。
(年齢不相応と言えば・・・)
ジュディは横目にこの生真面目な友人の身体を盗み見る。
まるで本人の大人しさに反比例するかのように、その体つきは大人そのものだった。
本人はそれを気にしているのでわざと体の線が目立たない服を着ているようだが。
「あ!ねえ、ジュディ!」
「え?ど、どうしかしたの?」
盗み見の後ろめたさからか必要以上に驚いてしまう。
「このポッド、『中身』が入ってるよ!」
「!」
規則正しく点滅を繰り返すパイロットランプを前に2人は顔を見合わせた。
明らかに怯えの色が顔に出ているイシスを横目にジュディはポッドの開閉スイッチに手を伸ばした。
「ジュ、ジュディ待っ・・・」
イシスの心の準備を待たず、ポッドは静かに開いた。
中にはパイロットスーツに身を包んだ男が死んだように倒れていた。
「あ・・・」
さすがのジュディも思わず息を呑んだ。
意識はなくとも、内に秘めた獰猛さが滲み出るようなこの男こそが、
かってティターンズにおいて敵からも味方からも恐れられた
ヤザン・ゲーブルその人であることを2人は当然知るよしもなかった。
「ジュディ・・・どうしよう?」
イシスがすがる様な、今にも泣き出しそうな目でジュディを見る。
ジュディはポッドの中の『招かれざる客』を横目に見る。
「これじゃ売れないね・・・・『中身』だけ捨てちゃおか?」
ジュディの提案にイシスは真っ青な顔で首を振る。
「なに言ってるのよ!病院とか・・・・警察とか・・」
最後の方は目の前の粗野な男に聞こえるのを恐れるかのように消え入りそうだった。
「そんなことしたら、警察にポッドを持ってかれちゃうじゃない!」
「で、でも!」
2人がそんなやり取りをしているところに、一台のトレーラーが入ってきた。
「あ・・・」
「もう!こんな時にややこしいのが!」
「・・・誰がややこしいのですって?」
そう言ってトレーラーの助手席から颯爽と降りてきたのは、ジュディ達と同年代とおぼしき少女だった。
「ミーシャ・・・?今日はこないんじゃ?」
ミーシャと呼ばれた少女、顔のそばかすがいくらかの幼さを残すものの、
余裕を漂わせた表情はジュディよりも精神的に成熟していることを主張していた。
「ああ、そうよ、デートの予定がドタキャン喰らったんでね・・・まあ、
メモリーからは消してやったけどね」
面白く無さそうに携帯を玩びながら、脱出ポッドに目をやる。
「フン!どうせこんなこったろうと思ったわ!」
「これはあたしとイシスが見つけたのよ!ミーシャには関係ないよ!」
ポッドに近づこうとするイシスをジュディが牽制しようとする。
「・・・それは通らないンじゃないのぉ?」
その声にジュディが振り返ると、もう一人の少女がポッドの上でタバコをふかしている。
真っ赤な短髪のその少女は「不良少女」といった風体であった。
「モニカ!あなた未成年でしょ?タバコなんて・・・!」
道徳心の強いイシスが叱る。
「・・・うっさいなぁ」
咥えていたタバコを指で弾き、モニカはポッドの前に飛び降りた。
その横に得意面のミーシャも並ぶ。
ポッドに背を向けているため、二人とも中のヤザンには全く気付いていない。
「ちょっとあんた達!一体なんのつもりよ!」
ジュディの抗議に2人は顔を見合わせてせせら笑う。
「決まってるじゃないの!チームである以上、『獲物』に関しては抜け駆けしない・・・
アンタ達が約束破ったのを、この『違約金代わり』で許したげようって言ってるのよ!」
勝ち誇ったようにミーシャがジュディに告げる。
「そんな理屈!」
突っかかろうとするジュディをイシスが必死で押し止める。
「ジュディ!ケンカはだめよ!・・・ミーシャもモニカも、今日のことは私が謝るから、
ちゃんと話し合いましょ、ね?」
イシスの必死の仲裁にも2人は相変わらずニヤニヤしている。
「だーかーらぁ、こいつをいただくってことで『話し合い』も無事解決だって言ってンのよ!」
モニカが乱暴にポッドを叩いた衝撃で、中の野獣は静かに目を覚ました。
「・・・・・?」
Ζガンダムのビームの衝撃を最後に意識を失っていたヤザンは
目を覚ましても状況が掴めず依然朦朧としていた。
そんなことはお構い無しに、ポッドの外では少女たちの『利権争い』が繰り広げられていた。
「ホラホラ!欲しかったら力づくで取り返してみせなさいよ!」
ミーシャの挑発にジュディは我慢の限界だった。
「もう、あったまきた!四点膝アリでやってやるわよ!」
「望むところよ!ロイヤル・ランブルで決着つけてやるわ!」
「ちょ、ちょっと!2人ともケンカはダメだって!」
(なんだかんだ言っても、ジュディと張り合ってるようじゃミーシャもまだまだ子供だね)
口に出すとミーシャの怒りを向けられると知っているモニカは
呆れ顔で新しいタバコを捜し求めようとポケットの中に手を伸ばした。
「ジュディもミーシャも、もうやめて!」
その間もイシスは身体を張って二人を止めようとする。
「もうっ!せっかくアーガマがシャングリラに来たって日に!」
ジュディの口から出た言葉に一同は固まった。
(・・・?・・・・アーガマだと!?)
それは目を覚ましたばかりの野獣も同様だった。
「ちょ、ちょっとあなた、今なんて言ったの?」
さっきまでケンカ腰だったミーシャもすっかり素の表情に戻ってしまっている。
珍しくライターを取り落としたモニカは慌ててそれを拾おうと身を屈めた。
が、突如その肩に手が伸びてきた。
「あ?」
訝しげに振り返ったモニカはすぐに顔を真っ青にした。
見たこともない獰猛な「野獣」がそこにいたのだ。
「ひっ・・・あ・・あ・・・・」
モニカが恐怖に固まってしまった頃、ようやく他の面々も異常に気付いた。
「ポッドの人・・・!」
イシスは思わず口を覆った。
「あ・・・・・」
ミーシャもジュディもその男の迫力にまったく声が出なかった。
首根っこを掴まれたモニカは恐怖で足がすくんでしまっている。
「おい・・・ガキ!」
その声は地の底から涌いてきたかのように聞こえ、呼びかけられたジュディは思わず息を呑んだ。
「アーガマって言ったか?アーガマがどうしたって!?」
ジュディが脱出ポッドを運びこんでから数時間後、一台のトラックが
港への道を走っていた。
運転席にはジュディがハンドルを握っている。
助手席ではミーシャが後部座席を気にしながら、
時折ジュディに抗議の肘撃ちを入れる。
その後部座席では真っ青な顔をでうつむくイシスと、
ハンバーガーをほうばりながら窓の外のコロニーを見やる
ヤザンの姿があった。
ポッドから目覚めたヤザンの
『アーガマからガンダムを盗み出す計画』にジュディが
勝手に乗ってしまったのだ。
他の面々は自動的にそれに巻き込まれる形になってしまった。
仲間を危険に巻き込んでしまうかもしれない恐れより、
ジュディを突き動かす思いがあった。
『ガンダムを売ったら、リィンを山の手の学校に・・・!』
ジュディにとって弟への責任感は、全ての行動原理に優先するものだったのだ。
そして現在、ヤザン自ら強奪してきた野菜と果物を積んだトラックに乗って
アーガマが入港したという港に向かっている。
荷台ではモニカがヤザンの腕に絞められた首をさすっていた。
「モニカ、大丈夫ー?」
そんなモニカの顔を覗き込むのは、もう一人のジャンク屋仲間、
エル・ビアンノだった。
この金髪の少女が、アーガマが入港した港の情報をタイミングよく
ジュディ達に持ってきたのだ。
「・・・ったく!あのオヤジ・・・・馬鹿力で絞めやがって!」
座席のヤザンに聞こえないようにモニカが毒づく。
「でもさ、ガンダムかっぱらったら私達大金持ちじゃない!」
指を組んで目を輝かせるエルをモニカは呆れた顔で横目に見る。
「アンタさぁ・・・アーガマって軍艦でしょ?そんなに上手くいくとでも思ってンの?」
「あ、そっか。捕まっちゃったりしたらヤバイかなあ?」
「ヘーキよ。あのオッサンに脅されてやりました、って言っときゃいいのよ。
・・・未成年の特権てぇヤツよ」
事も無げに言いながら、胸から取り出したタバコに火をつける。
「タバコ吸うくせにぃ」
「アンタもうっさいわねぇ!」
荷台のやり取りをよそに、車は港の検問所へと近づいていた。
「あ、あなた達!どういうつもりなの?」
ヤザンに腕をねじ上げられたファが抗議の声を上げる。
カミーユを病院に搬送すべく港から出てきた救急車は
運悪く検問所の突破を目指すジュディたちの格好の獲物になってしまった。
付き添いのハサン医師が遅れたのも大きな要因ではあったのだが。
「静かにしろ。騒がなければ何もしない」
ヤザンはファの上着から通行証と車のキーを抜き取り、
チラリと救急車の後部を見やった。
「・・・後ろには誰が乗っている?」
「だ、誰もいないわ」
ファはヤザンと目を合わさずに答えた。
「フン!どうかな?おいガキ!後ろ見て来い」
「・・・ガキじゃないよ!ジュディだよ!」
放り投げられたキーを受け取りながら怒るジュディをイシスがたしなめる。
「いいからさっさと見てこい!」
「ジュ、ジュディ・・・行きましょ、ね?」
「ベ〜ッだ!」
ブツブツ文句を言いながら開いた後部扉の中には、
ポツンと寂しげに簡易ベッドが乗っているだけだった。
「ふ〜ん、ホントに誰も乗って・・・?」
「ジュディ・・・!あれ!」
イシスが指差したベッドの上には、じっと虚空を見つめる
カミーユ・ビダンの姿があった。
「あ・・・?」
「ね、ねえジュディ・・・これって酸素欠乏・・・」
「う、うん」
その時、カミーユの目が2人の方に向けられた。
「!・・・・ジュディ!」
「あ・・・」
その瞳に吸い寄せられるように、ジュディはカミーユの元へ
一歩、二歩と歩みを進めた。
「ちょ、ちょっとジュディ!」
呼び止めるイシスの声ももはやジュディには届いていなかった。
ふと気付くといつの間にかカミーユの手がシーツの中から自分に差し出されているのに気づく。
ジュディは少しためらいながらも、その手を掴んだ。
(温かい・・・)
そう感じた途端、周囲の空間がぱあっと変わっていった。
「へ?・・・・えぇ!?」
気づいたらそこは宇宙だった。
ジュディは無限の広がりの中に自分が一体となっているのを感じた。
「な、なんなのコレ?」
気づくと目の前に寝ていたはずのカミーユが立っている。
「あ・・・カミーユ?これは・・・?」
行ってみてジュディはおかしなことに気づく。
(あれ・・・なんであたしこの人の名前知ってるんだろ?)
すぅっと、カミーユが近づいてくる。
「な・・・?」
思わず後ずさろうとするが、身体が自由に動かない。
「へ?なんで・・・って、あ・・・」
気づくとすぐ目の前にカミーユの顔がある。
「・・・・・」
そんな間近で男の顔を見たことが無いジュディは硬直した。
が、その距離は尚も狭まってくる。
「え?そんな!ちょ、ちょっと!待っ・・・・!」
「・・・ジュディ、どうかしたの?」
気づくと元の車の中だった。
カミーユもさっきのように虚空を見たままで
手もシーツの中に納まっている。
「ね、ねえイシス、今、宇宙が広がってカミーユが立ってて、
あ、あたしキ・・・」
「ジュディ・・・大丈夫?」
どうも今の体験は自分ひとりのものだったらしい。
そんなジュディの戸惑いをかき消すようにヤザンの声が響いた。
「おい!誰かいたのか?いなかったのか?」
「あ・・・だ、誰もいなかったよー!」
ジュディの機転にイシスもホッと胸を撫で下ろした。
「うん、そうだよね。その方がいいよね・・・ジュディ、行こ?」
「え?あ、うん!」
イシスに続き車を降りたジュディは、コロニーの空を見上げた。
(でも、確かに・・・・)
ふと指で口唇をなぞってみる。
(ホントの・・・みたいだった)
その感触を思い出し、真っ赤になってしまうジュディだった。
「あんたみたいに、自分の都合で人を殺しちゃうような大人、絶対に許さないんだから!」
ジャンク山でヤザンの操るプチモビを前に大見得を切ったジュディはふと
どうしてこんなことになってしまったのか思い返していた。
救急車の荷台での不可思議な体験、
目の前でヤザンに殺された「サエグサ」と呼ばれたクルーのこと、
気がついたらこのΖガンダムに乗ってヤザンのプチモビを追い、
こんなところまで来てしまっていた。
「フン!ションベン臭いガキが調子に乗りやがって!
おい、今すぐ降りて俺にΖをよこせば命は助けてやるぞ!」
「誰が!あんたなんて、コテンパンにやっつけちゃうんだから!
え〜と・・・武器は、武器はっと」
見ると手元にビームサーベル取り出しスイッチがある。
「あった!これね・・・って、ああ!?」
腰のラックから射出されるサーベルのタイミングを知らなかったジュディは
取り損ねてしまった。
運悪く、丁度ヤザンのプチモビの足元に転がる。
「マヌケが!これでこっちのモンだ!」
「ちょ、ちょっと!それあたしのよ!返しなさいよ!」
「返してやるさ、こうやってな!」
言うが早いか、サーベルを構えたプチモビが飛び掛ってくる。
「あ!ほ、他に武器はないの?」
『腕にグレネードが仕込んである。レバーは君の手元にある』
「へ?・・・誰?・・・あ、これか!」
既にヤザンは上空からビームサーベルを突き立てようとしている。
「くたばれ!ガキが!」
ジュディはキッと睨むとレバーを引きながら叫んだ。
「ガキじゃない・・・ジュディ・アーシタよッ!」
Ζの腕から火を噴いたグレネードにプチモビは粉々になった。
ヤザンは、寸でのところで飛び降り、事なきを得た。
「やりぃっ!・・・ってありゃ?」
だが、Ζもその反動でジャンク山に倒れてしまった。
「あいててて・・・そうカッコ良くはいかないか」
コクピットから身を乗り出したジュディは頭を押さえた。
「や、やっと追いついたわよ!Ζを返しなさいっ!」
振り返ると、目の前にブリーチのプチモビが立っていた。
「ヤ、ヤバイ!」
ジュディはΖから飛び降りると、一目散に道路へと逃げ走っていった。
「こら!待ちなさい!」
ブリーチも追いかけようとするが、足場の不安定なジャンク山では
思うようにプチモビを操れない。
ジャンク山から道路へと走ってくるジュディに
一台のバイクが足を止めた。
「・・・・なんだありゃ?」
ヘルメットもかぶらずに大型バイクに乗るその男は、
走ってきた少女に声をかけた。
「よう、お前・・・追いかけられてんのか?」
息を切らしたジュディは声をかけてきたその男を見上げた。
男にしてはよく整った顔立ちと、綺麗な紫色の髪が印象的な好青年だった。
「あ・・・うん」
これまでジュディの周りにいなかったタイプの洗練された男に、
電気が走ったような感覚を覚えた。
「そうか・・・じゃあ、乗りな」
「え?で、でも・・・」
「いいから乗れよ。女が追いかけられてんのに理由なんて聞きやしねえよ」
「あ、ありがと・・・」
飛び乗ったバイクの背中はとても大きかった。
「ちょっと飛ばすぜ。しっかり摑まれよ」
「え?きゃあ!?」
思いもよらぬ加速に思わずきつくしがみついてしまう。
こりゃ役得・・・と男が思う間に、バイクは彼方まで走り去ってしまった。
やっとのことでジャンク山を抜けてきたブリーチはただそれを見送るしかなかった。
「あのジャンバー・・・連邦の・・・?」
「うっ・・・うっ、うっ・・・ごめんなさい、ごめんなさい・・・」
さっきからずぅっと泣きっぱなしのイシスの隣で
モニカとミーシャもさすがにバツが悪そうだった。
自分たちの行為の果てに少なくともアーガマのクルー一人が目の前で
無残に殺されたのだから無理も無い。
3人の前で腕組みをしていたブリーチも今一度深くため息をついた。
「艦長、失礼します。埋葬の手続きはチマッターさんの方でやっていただけるそうです」
ブリッジに報告に来たトーレスに静かに頷く。
「そう・・・わかりました」
「それでご家族への報告ですが、自分はアイツのご両親とも何度かお会いしていますので、
自分が・・・」
トーレスの申し出をブリーチは右手で制し、首を振った。
「いえ、それは私の務めです」
「しかし、艦長!」
いつもクルーが亡くなる度にその家族から怨嗟の声を浴びせられるブリーチの姿を
目の当たりにしているトーレスは食い下がった。
「トーレス」
「・・・・・」
「ありがとう」
トーレスは黙って敬礼すると、少女たちを一睨みしてから退室していった。
その敵意が、3人に「人が死んだ」という現実を改めて突きつけた。
「・・・もう随分遅くなってしまったわね」
ブリーチはブリッジの窓からコロニーの空を見上げた。
「アンナ、この子達を送っていくわ。表に車を回しておいて頂戴」
「え?艦長・・・でも・・・」
アンナの態度は明らかにそれに異を唱えていた。
「こんな時間に歩いて帰らせるわけにいかないでしょ。
ご家族も心配しているでしょうし」
「私達、家族なんていません」
それまで黙っていたミーシャがポツリと呟いた。
「そう・・・戦争で?」
黙って頷く3人。
「艦長さんはお子さんとかいらっしゃらないんですか?」
「・・・いるわよ。2人」
「へぇ・・・その割にはお若いんですね」
「まあね、私が産んだわけじゃないから」
自分らのような孤児を引き取ったのか、酔狂な人間もいるもんだと
ミーシャやモニカは思った。
「・・・私が沈めたジオン残党の艦の、たった2人の生き残りだったのよ」
「・・・・・」
「いい?大人達が間違ったことばかりしているからといって、
あなた達子供まで同じようにすさむ必要はないの」
「艦長、車の準備が」
「そう、じゃあ行きましょうか?」
ようやく泣き止んだイシスを連れ、4人は艦を降りるエレベータへと向かった。
「そう言えば・・・」
「なんですか?艦長さん」
「Ζに乗っていたあの子はなんていうの?」
「ジュディです。ジュディ・アーシタ・・・」
「そう、ジュディ・アーシタ・・・か」
「は、はっくしょん!」
「結構飛ばしたからなあ・・・風邪ひかせちまったか?」
「むぅー?あたし滅多に風邪なんてひかないのになあ・・・?」
ジュディはバイクの男に連れてこられた古い工場らしき建物を見回した。
「へえー。古いわりにはいいとこだね」
「そうか?あんまり女の子に喜ばれるような場所じゃないけどな・・・
あ、そうそう。お前、名前なんてんだ?
俺はルイ・ルカ。一応連邦の正規のパイロットなんだぜ・・・まだルーキーだけどな」
「ん、あたしジュディ。ジュディ・アーシタ」
「ふ〜ん・・・ジュディ、か。いい名前だな」
「そ、そかな?」
名前で人に褒められたことなどないジュディにはそれが気恥ずかしかった。
「あ、ねえ、コレなんなの?」
赤くなった顔をごまかすため、ジュディは工場の中央で
巨大なシートを被った物体に歩み寄っていった。
「あ!コラ、それに近づくな!」
慌てたルイが止めに近づく。
「えー?いいじゃん!ちょっとだけちょっとだけ」
ジュディは止めるのも聞かず、シートをめくってしまった。
「・・・これって、戦闘機?」
ついにその姿を晒した戦闘機を前にルイは頭を掻いた。
「あー、こいつ・・・コアファイターをアーガマ、って戦艦に引き渡すのが俺の初任務ってわけで・・・」
諦め顔でジュディの横で解説する。
ジュディはルイから出た「アーガマ」という名前にピクリと反応したが、それに気づいた様子はなかった。
「・・・でもこれ、完成してないんじゃない?」
ジュディの言葉どおり、コアファイターは半分ほど組み立てられたような状態だった。
「ほら、ここのコロニーって入管がなにかと五月蠅いだろ?
だからバラして運び込んで、俺が組み立ててるってわけさ」
「・・・・・・」
ジュディにはその解説以上に、いつの間にか肩に回されたルイの手が気になって
仕方なかったが、当のルイに気にした様子がないので黙っていた。
「ちょっとペースあげて組まないと、厳しいかな?」
その瞳は真っ直ぐにコアファイターを見つめていた。
ジュディもつられて視線を移す。
「あ、あたし・・・手伝うよ!」
なぜこの時こんな言葉が出てきたのか、ジュディには後になってもわからなかった。
ただその申し出にルイは目を丸くするだけだった。
「・・・・手伝うって、オイオイ縫い物や料理するのとはわけが違うんだぜ?」
「あたし、これでもジャンク屋なんだよ!腕は確かなんだから!
それに、さっきは助けてもらったし・・・」
確かにそれもあったが、ジュディにはなぜ自分がそんな一銭の得にもならない
ことを申し出たのかわからなかった。
その真剣な瞳にルイは微笑んだ。
「そうか、じゃあ頼むよジュディ」
「う、うん!」
そして、なぜこの男の笑顔を見ると嬉しくなってしまうのかも。
この日帰宅が夕食時どころでなくなったジュディは、
すっかりヘソを曲げてしまったリィンに平謝りすることになった。