春の性別変換祭!〜♀ガルマVS♀シャア 他〜

 「大気圏突入25分前」
連邦軍の新造艦、ホワイトベースの操舵士ミライ・ヤシマは舵を握る手にびっしりと
汗を滲ませていた。
無理もない。元々彼女は軍属でもなんでもない、一介のお嬢様なのだ。
 「大丈夫?ミライ。肩の力を抜いて」
新米艦長ブリーチ・ノアは努めて明るく微笑みかけた。
 「え、ええブリーチ・・・大気圏突入なんて、スペースグライダーのライセンスを取った時以来だわ。
 私にできるかしら・・・」
 「大丈夫よ。試験の教官みたいに私がついててあげる。
 それに、この船は最新型だから、殆どコンピューターが勝手にやってくれるわ。
 無事地上に降りたら、A級ライセンスの申請しなきゃね。ファイト!ミライ」
 「あ、ありがとうブリーチ。あなたがいてくれて本当によかったわ」
 「ううん。私なんて、泣いてばっかでなにもできてないもん」
 「そいつは違うぞブリーチ」
 「あ、リュウ?あなた達は半舷休息でしょ?」
 「まあ、お構いなさんな。そんなことよりさっきの話だ。
 お前さんがいなきゃ、俺たちはルナツーでお陀仏だったはずだ。
 もっと自信を持ってくれよ。
 俺もその・・・感謝している」
最後の方は、ボソボソと呟くような声だった。
 「ありがとう、リュウ。でも私達がここまでこれたのは、
 リュウやアムロが命がけで戦ってくれたお陰よ」
 「ああ、そのアムロだがな、ガンダムに乗ってる時、妙じゃないか?
 返事なんかもあやふやで、心ここにあらずって感じだ」
額に指を当て、考える仕草をしてみせる。
 「・・・新兵のかかる病気かしら?あれって女の子でもかかるんだっけ?」
 「いやな、ちょっと違う気がするんだ。昔な、こういう話しを聞いたことがある。
 歴戦のパイロットの中には特殊な『ハイ』状態になる奴がけっこういてな。
 その状態ってのが・・・」
 「馬鹿なこと言わないで!あの娘はただの機械いじりが趣味の女の子でしょ!」
 「あ、すまん・・・ただ、可能性の一つとしてだな」
 「・・・ごめん。私の方こそ、いきなり大きな声出して・・・」
 「ブリーチ、お前は働きすぎだ。少し休んだ方がいい」
 「艦長、サラミスから通信入ります」
 「・・・回してちょうだい」
眼前のモニターに高圧的な軍人の顔を映る。
ブリーチは知らず、顔をしかめていた。
 「小娘、聞こえるか?」
 「・・・はい、リード中尉」
 「こちらがカプセルで先導する。しっかり着いてこいよ!」
 「了解!」
通信が切られたのを見ると、たちまちブリーチは大きく溜息をついた。
 「はぁ〜〜やっぱり、軍人って怖い〜」
 「おいおい、お前も軍人だろうが」
 「だってー。あ、オスカ、シェリルのムサイは?」
 「本艦との距離、変わりません。ただ、ムサイに接近する船があります」
 「また補給を受けるのね・・・あ、じゃあ私達の追跡は諦めたってこと?
 大気圏ギリギリの戦闘なんて、ありえない・・・ハズなんだけど」

 「新たに三機のザクが間に合ったのは幸いでした。20分後には大気圏へ突入します。
 このタイミングで戦闘をしかけた事実は有史以来ありません。
 大気圏へと引き込まれれば、ザクとて一瞬で燃え尽きてしまうからです」
緊張の面持ちのジオン兵たちの前で作戦を語るのは、その若さで、そして女でありながら
少佐の地位に上り詰めたルウム戦役からの英雄、『赤い彗星』こと、
シェリル・アズナブルそのひとだった。
ゴーグルの下の瞳は士官たちにも窺い知れなかったが、
酷い火傷の痕があるとか、絶世の美女であることを隠すためであるとか
様々な憶測が兵たちの間で囁かれていた。
 「ですが、歴史の節目には必ず不可能を可能とする戦いがありました。
 此度の作戦での諸君らの勇気は、必ずや公国の歴史に深く刻まれるでしょう。
 ・・・作戦の成功と、全員の生還を期待します。ジーク・ジオン!」
 「ジーク・ジオン!」
充実した顔で退室していく部下たちを満足げに見送ったシェリルの隣に、
後ろに控えていた彼女の副官が歩を進めた。
 「あの、少佐・・・」
 「ドレン、何か?」
 「あ、いえ・・・コムサイの残り積載量では、4機ものザクの回収は少々荷がかちすぎるかと・・・」
ゴーグル越しの見えない上官の顔色を伺うように恐る恐る進言する。
少しだけドレンの方に顔を向け、口元に笑みを浮かべる。
 「ドレン・・・あなた、まさかザクが4機共戻ってくるとでも思っているの?」
 「は?」
 「フ、必要経費よ。連邦の「V作戦」さえ捕らえれば、
 ザクなど何機失ってもお釣がくるじゃない?フフ・・・」
 「は・・・」
恐ろしい、この女だけは敵に回してはいけない。
ドレンは背中に走る寒気を気取られないよう、ただ必死だった。
 「敵襲!」
その声に、ホワイトベースのブリッジは瞬時に緊張に包まれた。
 「まさか本当に来るなんて・・・!映像出してください!」
予想外の大気圏突入時の敵襲に、ブリーチ・ノアも焦りの色を隠せなかった。
 「最大望遠です。推定接触時間、34秒後!」
 「くっ!ハッチ開いて!ガンダムを出します!」
ブリーチの指示を即座にセイラがMSデッキのアムロへと伝える。
 「聞こえたわねアムロ!発進よ!」
 「・・・・・」
 「アムロ!」
 「・・あ、ハイ・・・大丈夫です、起きてます」
2度目の呼びかけに、ようやく気の抜けた返事が返ってくる。そのやり取りにブリッジのブリーチも不安そうな顔を浮かべる。
 「いい?アムロ、後方R3度、ザクは4機よ」
 「あれ・・・?なんで増えてるんですか?だって、もう結構ザクは・・・」
 「補充したからに決まってるでしょう!」
 「あ、そっか・・・補充したから、増えたと・・・」
妙に納得した顔で復唱するアムロに、セイラも思わず頭をかいた。
 「・・・いい?高度には十分気をつけるのよ」
 「・・・ねえ、セイラさん?」
 「なに?」
 「大気圏に落ちたら、やっぱり熱いのかなあ?」
 「もう!バカなこと言わないで!・・・大丈夫、あなたならできるわ」
励まされたアムロはなぜかうつむいてしまった。
 「・・・アムロ?」
 「そういうの、好きじゃないです・・・アムロ・レイ、出ます!」
ようやく出て行ったガンダムを見送り、セイラは疲れた顔でブリーチ達の方を振り返った。
 「ふう、難しい子ね」
 「だが、MSの操縦は素人離れしてるし、なにより頭がいい」
リュウのフォローにブリーチは首をかしげる。
 「どうも、そうは見えないんだけど・・・」

出撃したガンダムの中、アムロは色々な考えが頭の中をぐるぐるすると同時に、
一種の高揚感のようなモノが涌いてくるのを感じていた。
 「今度こそ、あの人の動きについていかなきゃ。これで・・・え〜っと何度目だっけ?
 あの人・・・赤い、赤い・・・・・きゃあっ!?」
敵の名を思い出そうとしているうちに、遠間からのシェリルの射撃でバランスを崩されてしまった。
 「来た!・・・・赤い、『流星』!」
 「フ、MSの性能の差?そんなのは脅威でもなんでもない!
 本当に恐ろしいのは『人間』だってこと、タップリ教えてあげる!」
シェリル・アズナブルの口元に残酷な笑みが浮かぶ。
 「授業料は、高くつくけどね!」
迫り来る赤い機体のプレッシャーに、アムロは何故か背筋がゾクゾクするのを感じていた。
と、ガンダムがシェリルと対峙する隙にホワイトベースへと向かおうとするザクが
視界の隅に入った。
 「迂闊!」
背中をハイパーバズーカで撃ち抜かれたザクは四散する。
 「・・・これまでの動きを見るに、あのパイロットは素人のハズ・・・なのに、あの視野の広さは?」
人工衛星の残骸を足蹴に、一気に距離を詰めるシェリルのザクにアムロは
バズーカを向ける。
 「は、反応も・・・早い!?」
もう、方向転換できない。が、引き金を引いたガンダムのバズーカは、
何の反応も示さなかった。満足に整備もできない状況が祟った結果だった。
 「あ、あれ?・・・出ない?」
 「間抜け!」
シェリルのザクに蹴り上げられたバズーカは遠く流れていってしまった。
 「あ、しまった!武器が・・・」
 「フ、これまでのようね・・・。後は木馬を・・・」
ちらりと、配下のザクを見る。
ホワイトベースの砲撃に、近づくことも出来ずオタオタする様にシェリルは舌打ちした。
 「クラウン!なにをやっているの?さっさと接近して木馬を叩きなさい!」
 「し、しかし敵の攻撃が激しくて・・・」
部下の情けない声がシェリルを尚更苛立たせる。
 「愚図!これくらいで『激しい』ですって?あなたには『学習能力』ってものが無いの?
 銃撃が来る所はもうわかったでしょう!さっさと行きなさい!」
 「り、了解・・・」
 「フン、役立たずが・・・コム!ついてきなさい。モビルスーツに止めを刺す!」
 「あ・・・来る・・の?武器はないし、どうしたら・・・」
とまどうアムロにセイラからの通信が入った。
 「アムロ、聞こえて?ガンダムハンマーを射出します。受け取って!」
 「あ、セイラさん?・・・了解」
ホワイトベースからガンダムに射出された珍妙な『武器』に、
ザクのパイロットは失笑した。
 「なんだ?ありゃ・・・あんなものでザクを落すつもりか?」
 「愚か者!油断するな!」
ハンマーを手にした当のアムロも困惑していた。
 「セイラさん、こんなもので戦えだなんて・・・なる様になれだ!えいっ・・・やっと!」
ガンダムの手を離れたハンマーは、想像を超える加速でシェリルのザクへと真っ直ぐに向かっていった。
 「な!?は、早いっ!」
シェリル機のシールドを弾き飛ばしたハンマーは、そのまま後方のザクのコクピットへ飛んでいった。
 「う、うわああ!?シェリル少佐ぁ!!」
ハンマーに無残に胸部を潰されたザクは、そのまま流れていった。
 「バカが・・・貴重なザクを!」
 「少佐!」
コムサイからシェリルへ通信が入る。
 「タイムリミットです!カプセルにお戻りください!」
シェリルはガンダムと、部下のザクを一瞥すると機体を反転させた。
 「・・・わかったわ」
同じ頃、ホワイトベースからもアムロに帰艦を命じる通信があったが、
シェリルとの戦いで高揚感が高まったアムロには聞こえていなかった。
 「あと、もう1機・・・バルカンの弾は残ってるし、やれる!」
コムサイに収容されたシェリルはコクピットから降りるさなか、
「敵」のことを考えていた。
以前の戦闘では明らかに素人の動きをしていたのが、
先程の戦闘では自分の動きを捉えるまでになっていた。
それほどの短期間の成長など、常識では有り得ない話だ。
真に恐ろしいのは、強固な装甲や、強力なビーム兵器ではなく、
「理不尽な」までのあのパイロットの成長・・・
本当に恐ろしいのは人間と、自分で言った言葉を敵に思い知らされる形となった。
 「少佐、ご無事でしたか」
 「フ、ドレン。私を誰だと思っているの?」
 「クラウンは・・・」
シェリルは思い出したように天井を見上げる。
 「ああ、帰艦を呼びかけたけど、聞こえなかったようね・・・もう無理でしょう」
その時、コムサイの通信に悲痛な声が入電してきた。
 「シェリル少佐ぁっ!!助けて!減速できません!い、嫌だ!俺は出世してジオンに返るんだあ!!
 しょ、少佐ぁあ!!!」
その凄まじさに呆然とするドレンの横で、シェリルは笑みを浮かべながらマイクを手にした。
 「朗報よ、クラウン。これであなたは二階級特進よ。フフ、出世おめでとう!
 フフフ、あははははは!よかったわね?連邦の新型を道連れに死ねるのだから、誇りに思いなさい!」
ドレンはその様子を見ながら、上司に気づかれないよう静かに首を振った。

一方、アムロは加速が強まるガンダムの中、恐怖も無く、妙に落ち着いていた。
 「私、お父さんのガンダムで死ぬんだ・・・そういえば、お父さん、どうなったんだろう・・・?」
呆然と意味の無いことを考えるアムロの頭上に、しまっていたガンダムのマニュアルが落ちてきた。
 「痛っ!?・・・・あ」
膝の上で開いたページにアムロは視線を落す。
 「大気圏突破マニュアル?・・・・・・・・そんなのあったんだ」

ガンダムの表面温度が低下していく様をモニターに見ながら、シェリルはつまらなさそうな顔をする。
 「結局、クラウンは無駄死にだったようね・・・まさか大気圏突破する性能まで持っているなんてね?」
 「は・・・」
 「通信が回復次第、北米のイェルマ大佐を呼び出してちょうだい」
腕組みをしながら指示をする上官にドレンは得心した顔を浮かべる。
 「な、なるほど・・・そこまで考えての作戦でしたか」
 「フ、どっちに転がっても、連中は私の手の上で踊るしかないということよ・・・」

北米のジオン司令部の執務室で、ザビ家の末娘イェルマ・ザビは
楽しそうにPCに向かっていた。
 「・・親愛なるイセリーへっと・・・送信!」
 「イェルマ様!入りますよ!」
突如闖入してきた副官ダロタに、イェルマは明らかに不機嫌な顔をする。
 「あー!ノックくらいしなさいよバカ!」
 「・・・失礼。ときに、イェルマ様?」
ダロタはイェルマの手元のPCへと視線を向けた。
 「また、軍の通信を使って、個人的なメールなどなさっていたのではありますまいな?」
イェルマは恥ずかしそうにノート型PCを畳むと、キッと副官を睨みつけた。
 「関係ないでしょ!・・・それより、何の用なのよ!書類仕事なら、全部あなたの方で
 処理するように言ってるでしょ!」
ふくれっ面してみせる様は、実年齢以上に幼く感じられた。
その態度にダロタは溜息をつくしかなかった。
 「イェルマ様への通信ですよ」
副官の返答にイェルマは一層不機嫌そうな顔をする。
 「通ー信?そんなもの、あなたが応対しなさいよ!お父様とお姉さま達以外の通信はいらないわよ!」
 「ああ、そうですか。シェリル少佐からの通信だったんですけどね。
 いりませんか、じゃあ私の方で対応しときますよ!」
その名前に、イェルマは色めき立った。
 「シェリルですって?おバカ!先にそれを言いなさいよ!もう!」
手元の書類を副官の頭に投げつける。
 「もう、止めてください!ああ、そんなお履物のまま出て行かないでくださいよ!」
イェルマは副官に指差された、愛用のガウを模した紫色のスリッパを突き出した。
 「なによ?文句あるの?」
 「・・・いえ」
イェルマは副官にべーっとして、スリッパをパタパタいわせながら司令室へ駆けていってしまった。
 「・・・・あれがどうして士官学校を主席で卒業できたんだ?」

 「シェリル!久しぶりね!随分活躍してるらしいじゃない!」
モニターの向こうの旧友に、イェルマは手を広げて歓迎の意を表した。
 「フ、ありがとう。でもそれも昨日までのことよ。どうやら、
 あなたのお力を借りなければいけないらしいわ」
シェリルはオーバーに困っているジェスチャーを取ってみせる。
 「へ〜?『赤い彗星』とまで呼ばれるあなたが、この私を頼りにきたってこと?」
その優越感に、イェルマは満足そうな顔をする。
 「連邦のV作戦って知ってる?その正体を突きとめたのよ」
 「X・・・作戦?」
不思議そうな顔で後方の副官を振り返る。
 「・・・連邦の極秘作戦の名称ですよ」
ダロタに耳打ちされ、わかったような、わからないような顔をする。
 「ふ〜ん。で、その正体っていうのは?」
 「連邦の新兵器よ・・・おかげで私はザクを8機も失ってしまったわ」
再び、イェルマは副官を振り返る。
 「・・・それって凄いの?」
 「はい、かなり・・・」
 「そちらに誘き寄せたわ。私からのプレゼント、受け取ってもらえるかしら?」
 「ありがとう!持つべきものは友達ね。ガウ、出撃するわよ!」
 「あ、ですが、ガウはまだ整備が・・・」
 「そんなもの、すぐ終わらせなさい!出来なきゃクビよ!」
 「りょ、了解!」
 「・・・うふふ、見てなさいよ、お姉さま達。私が『お飾り』なんかじゃないって、証明してあげる!」

 「ご機嫌麗しゅう、シェリル!元気だった?」
ガウのブリッジに上がってきた旧友を、
イェルマは腕を広げ、人懐っこい笑顔で迎え入れる。
 「フフ、あなたも相変わらずね!」
シェリルもイェルマを抱きとめ、再会の喜びを表した。
 「・・・あれが件の木馬ね?」
スクリーンには、WBの映像が映し出されていた。
 「ええ、そうよイェルマ・・・
 いえ、地球方面軍司令官・イェルマ・ザビ大佐とお呼びすべきね」
姿勢を正す仕草を見せながらも、その口元には笑みが絶えることはなかった。
 「あはは!な〜に言ってるのよ!いまさら。
 今まで通り、イェルマ、でいいわよ」
嬉しそうに肩を叩くイェルマに、シェリルも声を上げて笑い出す。
その光景をドレンは驚愕の思いで見つめていた。
『わがままなお嬢様』として軍でも知られる‘あの’ザビ家の末娘と、
冷酷な上官がなぜこうも馬が合うのか?
2人の交友は噂には聞いてはいたが、
今こうして目の当たりにするまでは全く信じられなかった。

 「それにしても、一人で何隻もの戦艦を沈めるあなたが、
 沈められなかった船とはね・・・・そんなにすごいの?」
 「ええ、あの木馬のおかげで、あなたのお姉様に苛められてるのよ?」
『お手上げ』のジェスチャーをしてみせるシェリルに、
イェルマはまたコロコロと笑う。
 「うふふ、ドネル姉さんは厳しいから」
 「フ・・・大気圏を突破してきた船よ。油断しないことね」
 「もちろん!抜かりはないわ。
 既に、その点から木馬の戦闘能力を
 うちの優秀なスタッフが弾き出してるわ・・・・・・・・・・ね?」
振り返ったイェルマに指差されたダロタは、
ポカーンと口を半開きにするだけだった。
 「・・・は?」
 「『は?』じゃないでしょ!データよ!木馬のデータ!さっさと出しなさい!」
 「む、無茶言わんでください!殆ど情報がないのに、データなんて出せませんよ!」
 「なんですって?もう!役立たずッ!
 いいわ!この私の目で確かめてあげる。
 シェリルは前の作戦からの引き続きだったんでしょ?
 私が使ってる別荘で骨休めでもしててよ」
 「ええ、お言葉に甘えさせていただくわ。
 ジオン十字勲章レベルなのは保証するわよ」
 「ありがとう!・・・フフフッ」
 「?・・・・どうしたの?」
 「ううん、あなたからプレゼントなんて、珍しいじゃない」
 「ああ、そういうこと・・・フ、あなたには貰ってばかりだったから」
 「ご厚意に感謝するわ。それにしても・・・」
再びスクリーンのWBを睨む。
 「・・・連邦が作ったにしては、けっこうオシャレな戦艦じゃない?
 決めた!生け捕りにして、紫色に塗り直してあげる!」
 「フ・・・・それは、その素敵な履物みたいに・・ってこと?」
 「へ?・・・・・あぁあ!!?」
シェリルに指摘されて初めて、
ガウ・スリッパのままだったことに気づいたイェルマは真っ赤になってしまった。
 「へ、兵が見てるのにぃ・・・!」
イェルマの背後でダロタは思わず頭を抱えて首を振った。
ふと、シェリルの後のドレンと目が合った。
自分と同じように、その顔には疲労の色がありありと現れていた。
どちらからともなく頷きあう。
彼とはよく理解し会える気がする、と副官2人は感じていた。
 「シェリル!シェリル、いるの?」
勢いよく開け放たれた、スイートルームのドア、
イェルマ・ザビは部下が見たら半泣きになりそうな剣幕で
ずかずかと押し入ってきた。
 「シェリル?」
その苛立った様子も、意気盛んに出発した『木馬狩り』が
空振りに終わったことを思えば無理もない。
と、イェルマは部屋の奥から聞こえる水音に気づいた。
 「シャワー…」
士官学校時代、同室でいつも羨ましがっていた
シェリルの肉感のある肢体が思い出され、
同性ながら急に気恥ずかしくなってしまった。
 「イェルマね?フ…どうしたの、そんなに慌てて…
 落ち着きと余裕は良い人生に必要不可欠よ?」
やがて、バスローブに身を包んだ赤い彗星がその姿を現した。
濡れたブロンドの髪と、水滴を弾く繊細な肌が発する
扇情的な空気は、同性のイェルマであっても直視できるものではなかった。
 「も、木馬があんなに凄いだなんて、教えてくれなかったじゃない」
気恥ずかしさを誤魔化すように、ぷいっとそっぽを向きながら問い詰める。
 「フフ、ちゃんと教えてあげたじゃない?
 ジオン十字勲章ものだ…ってね」
普段はゴーグルの奥に隠れている瞳が、悪びれず微笑む。
その目の輝きに、再び目を逸らしてしまう。
 「そ、そう。まあいいわ!次こそ、あの木馬ちゃんをとっ捕まえて、
 紫色に塗り替えてやるんだから!」
 「フ…それにしても、ここはいいホテルね」
テーブルのワインに手を伸ばすシェリルを見ながら、イェルマは胸を張る。
 「そうでしょ?ここいらは選別爆撃で残させて私専用に接収したんだから!」
 「…ここは『野良猫』でオスカーを取ったネミッサ・ミルティアが建てたホテルなんですってね」
シェリルの薀蓄に、イェルマは心底感心した顔をしてみせる。
 「へー…それは知らなかったわ。で、どんな話なの?その『野良猫』っての」
シェリルはグラスに口付け、笑顔でイェルマに向き返る。
 「…悪い女が、お友達を裏切るお話よ」
嬉しそうに映画を語るシェリルに、少し首をかしげながらイェルマは本来の用向きを伝える。
 「ふーん…あ、そうそう!早速明日にも部隊を編成しなおして木馬ちゃんを捕まえるんだから、
 あなたも…来てくれるんでしょ?」
 「フ…もちろんよ。ああ、私からも一つお願いがあるんだけど、いいかしら?」
 「え?何?」
 「…今度から普通のスリッパ、用意していただけるかしら?」
シェリルが指差した自分の足元には、
イェルマのものと同じ、真紫のガウ・スリッパがワンセット鎮座していた。
 「え〜?せっかく、私とお揃いで可愛いのにぃ!」

作:・・・・ ◆iFt60ZwDvEさん


もどる