マゥ・クベ大佐
私は今、連邦をあざむきアクシズを明け渡すふりをする
ネオ・ジオン艦隊の2番艦に乗っている。
アクシズ落し。これがおそらく、私にとっての最後の戦いになるだろう。
デラーズの旗の下、2段構えのコロニー落しを提案し
ハマーンの元では、一時的とはいえ連邦政府の懐柔に成功し
シャア大佐、いや、キャスバル閣下の作戦参謀の一人として
連邦をあざむくこの作戦を画策した私は、味方から
「アクシズにカネサダあり」と呼ばれている。
カネサダとは、1年戦争時代、オデッサ撤退以後ずっと私が名乗っている偽名であり
また、私が日頃から軍剣の変わりに帯刀を許されているニホントウの名前でもある。
「よいものなのですか?」
かつての私と同じように、時々、部下達が訪ねるたびに、私はこう応える。
「私に物の善し悪しなどわかるものか。だが、これは思い出の品なのだ」
最後の戦いに臨む前に
私はこのニホントウの思い出を書き記しておこうと思う。
何から話せばよいだろうか。
やはり、あのオデッサの日々からであろう。
あの頃の私の名は、ウラガン。
美貌と知性を兼ねそろえた、あのマゥ・クベ大佐の、副官だった男だ。
マゥ・クベ大佐の細い剣が私の胸を的確に突いた。
「大佐には、かないません」
私が言うと、マゥ大佐はフェイスマスクを取り、束ねていた髪をほどいた。
ウェーブのかかった豊かな髪がフワリと広がる。いい女だ。私は素直に、そう思った。
「ウラガン、私の部下であるならば、剣術の一つでも身につけておいて欲しいものね」
魅惑的なアルカイックスマイルをうかべながら、マゥ大佐は言った。
しかし、ここ、オデッサは鉱山基地だ。ジオンの前線基地なのだ。
フェンシングなどという前世紀の貴族趣味的なスポーツが
何の役に立つというのか。
しかし、この貴族趣味の妖艶な女が
コロニー落しなどという前代未聞の作戦を提案し
また、オデッサ鉱脈の重要性に目をつけ、その占拠を果たした
ジオン軍きっての知将であったことも、また、事実であった。
「舐めなさい」
私は言われた通り、マゥ大佐の脚の間に顔をうずめ、舌を動かした。
「そう・・・上手よ、ウラガン。次は私が、気持ちよくしてあげる」
誘われるがままに、私は横になった。マゥ大佐が私の先端を舌でもてあそびながら
上目遣いに、私を見つめる。ギリギリのところでじらされる技術は、他の女では味わえない。
私を寝かせたまま、マゥ大佐は私を受け入れながら上に乗り
大きすぎず、小さすぎない両乳房を小刻みに揺らしながら、激しく動く。
マゥ大佐の汗が頬をつたい、細く美しい顎から、私の唇へとポトリと落ちる。
私が果てた後、マゥ大佐も私の胸に沈み込むように倒れた。2人の荒い息が落ち着きを取り戻すと
つい、ベッドの上でも仕事の話をしてしまうのが、私たちの悪い癖だった。
「マゥ大佐、新型MS、ドム3機は・・・」
「黒い三連星に使わせる」
「ランバ・ラル大尉を見捨てるので?」
「あの男は、そうは考えないわ。
補給部隊が急襲されたとでも言っておけば、あの戦バカは納得する」
「しかし・・・」
「ここにはギレン閣下も知らないキシリア様の隠し鉱山も多い。
ドズル閣下の配下のゴミみたいな部隊がうろちょろするのは具合が悪い。
ラルがホワイトベースを討ち、早急に去るもよし、
ホワイトベースに討たれて消えるもよし・・・そういうことよ。
このくらい、私の副官なら言わずとも分かって欲しいわね。
女に全てを語らせるのは、愚かな男のすることよ」
「申し訳ありません。以後、気をつけます」
夜、私は鉱山の近くの小さな街のバーに行った。
ジオン兵たちが、軍服のまま酔い騒いでいる。
木の葉を隠すなら森の中。私も軍服のままだった。その方が、この店では目立たない。
カウンターに座ると、注文を聞きにきたマスターに小声でつぶやく。
「ドム3機、オデッサにあり。黒い三連星が乗る予定」
紙に書くと証拠が残る。連邦のスパイ網は口頭伝聞が常だった。
そう・・・私は、この時、連邦のスパイだったのだ。
ミスター・ジュダック。極秘通達事項を持って、時々、マゥ大佐の元へくる男。
彼がくると、マゥ大佐は副官である私にも、何も告げず
部屋の中で、二人で何かを話していた。
大佐の部屋に盗聴器をしかけようとも思ったが、情けない事に、肝心の機材が手に入らなかった。
当時は連邦もジオンも、たかが一スパイに充分な機材を、それも極秘裏のうちに手渡すことなど不可能だった。
物資不足と情報混乱の最中、ギリギリのところで戦争をしていたのだ。
そういうわけで、彼が連邦軍の獅子身中の虫、エルラン中将とマゥ大佐の連絡役であったということを
この時の私は、まだ、知らなかった。
「それでは、オデッサ作戦決行の明確な時刻は、まだ分からないの?」
「申し訳ありません」
「エルランめ・・・ろくな情報をよこさない・・・いいわ。
エルラン中将には、オデッサ作戦当日の働きに期待していると、伝えておいて。
それから、ミスター・ジュダック。
私は、身だしなみに気を配らない男は、好きではないの」
「は?」
「襟から、連邦のカラーが見えているわ」
きっと、そのような会話がなされていたのだろう。
それにしても、エルラン中将が連邦を裏切りマゥ大佐と連絡を取り合っていたことを
マゥ大佐の副官というポジションにいながら見抜けなかったとは
私はスパイとして、無能だった。
いや、実は、私はそれ以上に大きなミスをしていたのだが
それが分かったのは、もう少し後のことだった。
「お呼びですか、マゥ大佐」
私が部屋に入ると、大佐は、見たこともないような形の剣を手にしていた。
その剣を鞘から抜くと、愛しそうに見つめた。
「それは?」
「日本刀」
「ニホントウ・・ですか?」
「ウラガンは、日本刀を知らないの?もう少し教養というものを身につけた方がいいわね」
独り言のように呟くと、マゥ大佐は、うっとりと、その日本刀をながめた。
「どう?いい輝きでしょう?」
「は・・・よいものなのですか?」
「兼定。名匠の作品よ」
「はぁ・・・」
そのような作品の良し悪しは分からなかったので
私が曖昧に応えると、マゥ大佐は突然、その剣・・刀と言った方が良い・・その刀を
サッと横に振り、私の首の横で、ピタリと止めた。
冷たい汗が、背を走った。
「ウラガン。あなたの首で、切れ味を試してみてもいいのよ」
アルカイックスマイルを浮かべるマゥ大佐の瞳に、私は恐怖した。
この雌豹は、知っている。私がジオンを裏切っていることを。連邦と内通しているということを。
いや、そんなわけはない。彼女は私と、幾度と無く、互いの肢体を絡ませてきた。
このプライドの高い女が、裏切り者に体を許すことなど、あり得ない。
スパイと知りながら、そのイチモツを口に含み
また、犬のように自分の股間を舐めることを許すなど、考えられない。
大丈夫だ。大丈夫なはずだ。
「フフ。冗談」
マゥ大佐は、手慣れた動作で、カネサダという名のニホントウを、鞘に収めた。
「お・・・おたわむれを」
かすれた声で、そういうのが精一杯だった。
笑ったつもりだったが、唇の端がひきつっているのが、自分でも分かった。
連邦のオデッサ作戦が発動される日は、目前に迫っていた。
私は、連絡係のバーテンが耳元でささやいた連絡事項を
確認のために小声で復唱した。
「オデッサ作戦開始1時間後、マゥ大佐を暗殺し
全軍を投降させるように・・・
作戦終了後、私の身柄は保証されるのだろうな?」
「レビル将軍直下、貴官を少佐待遇で迎え入れる準備がある」
いつも無表情なバーテンが、珍しくニヒルに笑った。
その夜、私は誘われるがままに、マゥ大佐の部屋を訪ねた。
「彼女の肢体を楽しむのも今夜が最後だ。明日には、この女を自らの手で殺めるのだ」と思うと
妙に征服欲を駆りたてられた。
彼女の首筋から肩にかけ、唇の痕を数多くつけた後、いつも上から私を包む彼女に代わって
私が上から荒々しく彼女を貫こうとした、まさにその瞬間、緊急連絡のコールが鳴った。
「どうした」
一糸まとわぬ彼女は、数秒前の余韻など感じさせない冷淡な声でマイクに向かった。
「ミスター・ジュダックが到着しました」
「こんな時間に?よし、5分後に私の部屋に来るように伝えろ」
いつものように人払いをされると思っていた私は、あわてて服を着ようとしたが
マゥ大佐はシャワールームに入りながら
「ウラガン、お前も、この部屋に残るように」と言った。
マゥ大佐がシャワールームから出てくると同時に、ドアがノックされた。
私は軍服を着終わっていたが、彼女は下着しか身につけていなかった。
しかしマゥ大佐はソファに座りアルカイックスマイルを浮かべて「入れ」と応えた。
ジュダックはマゥ大佐の格好より、私が居合わせていたことに驚きの表情をうかべていた。
彼も大佐と男女の関係があったのかも知れない。私は少なからず嫉妬を感じた。
それは女への愛などではなく、男の誇りの問題であった。
「オデッサ作戦開始は、明朝6時。
それから、エルラン中将が更迭されました」
ジュダックの言葉に、マゥ大佐の顔からアルカイックスマイルが消えた。
彼女はゆっくりとソファから立ち上がると、壁に飾ってあったサーベルを手に取った。
レビル将軍の懐刀であるエルラン中将をマゥ大佐が手なずけていたという事実を
私はこのとき、初めて知った。
「私も身柄を拘束されたのでありますが、この事実をマゥ大佐に伝えるべく
死にものぐるいで脱走し、ここまでたどり着きました。
それで、その・・・以前よりありました、オデッサ作戦終了後には
私を少佐待遇で迎え入れてくれるという話は・・・」
「安心してよくてよ、ジュダック中尉」
マゥ大佐の微笑に、ジュダックが胸をなで下ろした瞬間、大佐のサーベルがその胸に深々とつきささった。
「これで二階級特進ね。おめでとう、ジュダック少佐」
剣を抜くと、安堵の表情を凍りつかせたジュダックの死体が、イスから転げ落ちた。
「一度でも組織を裏切り、無能かつ利用価値の無くなった人間を迎えいれる指揮官など
いるわけがない。そう思わない、ウラガン?」
マゥ大佐にそう言われても、私は、まだ自信があった。
私はジュダックのようなヘマはしない。なぜなら私は彼と違い、無能ではないからだ。
私が大佐を殺害し、オデッサ作戦が成功する。そして、私は連邦に少佐待遇で迎えられる。
「水素爆弾を使うしか、ないわね」
私は内心、マゥ大佐をあざ笑った。
南極条約で軍事目的の使用を禁止されている核を使えば、今後、外交上著しく不利になる。
下手をすれば、ジオン本国コロニーを核攻撃する口実を、連邦に与えることになりかねない。
知将と言われたマゥ・クベ大佐もヤキがまわったか。
だが本当に核を使われたら、後の外交はともかく、レビル将軍の部隊は一溜りもないだろう。
「南極条約はどうするのです、大佐?」
牽制するつもりだった私の質問を無視して
マゥ大佐は机のひきだしから音声ディスクを取り出すと、デッキにかけた。
『オデッサ作戦開始1時間後、マゥ大佐を暗殺し、全軍を投降させる』
その時の驚きを、私は今でも忘れない。
いつもモーツァルトを奏でるマゥ大佐のスピーカーから聞こえてきたのは
連邦の極秘指令を復唱する私自身の声だった。
大佐はデッキのスイッチを切り替えると、私の肩から階級章をむしり取り、口元に寄せてククッと笑った。
今度は、その笑い声がスピーカーから聞こえた。
「盗聴器だったのか!いつのまに!」
「ウラガン、2つ忠告してあげる。
一つは、軍服を着たまま酒場になど行かぬこと。
もう一つは、女の部屋で気安く軍服を脱がないこと」
「この女狐!」
私は銃を抜いた。だが狙いを定める前に、マゥ大佐は素早く、かつ器用にサーベルを操り
私の手から銃を叩き落とすと、剣先を喉元につきつけた。
「だから、いつも言っていたでしょう?
私の部下であるならば、剣術の一つでも身につけておいて欲しいものだと」
私はがっくりと膝をついた。
「南極条約など、やり方しだいで、どうにでもなるものよ。
協力してくれれば、悪いようにはしないわ、ウラガン?」
アルカイックスマイルをうかべる下着姿のマゥ大佐に、私は声もなくうなずくしかなかった。
彼女のショーツとブラの色が、意外にも清楚な白だったことを、なぜか今でも鮮明に記憶している。
オデッサ作戦開始後53分。
黒い三連星が、木馬を落とせず塵と消えた時点で、戦闘の趨勢は決まった。
私は無線機をオープン回線波長に合わせた。
「ビッグトレー、聞こえるか。私はオデッサ基地副官のウラガンだ。
予定通り、マゥ・クベ指令の暗殺に成功した。今、オデッサの全権は私が握っている。
全軍に投降の指令を出す前に、今一度、作戦終了後の私の扱いについて確認したい」
しばらくの沈黙の後、連邦のビッグトレーから予想通りの返答があった。
「捕虜は南極条約に基づいて、丁重に扱うので、安心されたし」
「約束が違う!私は連邦の協力者だ。少佐待遇で迎えいれてくれるのではなかったのか!」
「そのような話は聞いていない」
「ふざけるな!直ちに進軍をやめ、レビル将軍に確認を取ってくれ!
3分以内に返答が無い場合、オデッサ守備隊から奪った水素爆弾を連邦のど真ん中に叩き込むぞ!」
私は通信を切った。私の後ろでは、マゥ大佐が声を殺して笑っていた。
「名演技よ、ウラガン」
エルラン中将の裏切りが期待できなくなった時点で、マゥ大佐の目的は
「オデッサ死守」から「核による連邦主力部隊の壊滅」に変わった。
オープン回線で交わした私と連邦との通話は、ミノフスキー粒子の干渉があるとはいえ
両軍の多くの兵士の耳に入ったことだろう。陸戦指揮車やMSなどのブラックボックスにも録音されたはずだ。
作戦終了後、その記録を公開すれば「核使用」は「ジオンの軍事行動」ではなく
「連邦諜報活動の不手際と、内輪もめ」の結果ということになる。
うまく立ち回れば、中立を保っているサイド6の世論さえ、ジオン側に傾けることができるかもしれない。
もちろん彼女は、そこまで計算に入れていたに違いない。
予想通り、連邦は進軍をやめなかった。
後に聞いた話だが、レビル将軍は一言も語らず。
ただ、前進を示す為の手を振っただけであったという。
レビルにとって、私は所詮、捨て駒にすぎなかったのだ。
「あなたがやるのよ、ウラガン」
マゥ大佐は背後から、私の首筋にピタリとニホントウをあてながら、微笑さえしていた。
この女は、公然と核を使用するためだけに、裏切り者と知りながら、私をこの日まで生かしておいたのだ。
所詮、私は妖艶な女郎蜘蛛に捕えられた、小さく惨めな羽虫に過ぎなかった。
私は目をつぶり意を決して、全軍に投降命令を出す代わりに
握り拳をプラスチックケースに保護された核ミサイル発射ボタンの上に叩き落とした。
結局「白い悪魔」とよばれたガンダム一機のために、マゥ大佐の最後の切り札も不発に終わった。
爆発していたならばともかく、不発に終わった核など、混迷する戦局の中では誰も問題にはしなかったのだ。
私はマゥ大佐に随行し、ザンジバルでオデッサを脱出して月面基地グラナダに向かった。
「グラナダに行ったところで、私はもう、ジオンにはいられません」
「名を、カネサダと変えなさい。軍籍は私の方で用意をしておく」
「なぜ、裏切り者で、利用価値が無くなった私を殺さないのですか」
「ジュダックより、アレがいいからよ」
「は・・・」
「嘘よ。オデッサでの男は、お前だけ。協力してくれれば悪いようにはしないと言ったでしょう?」
はぐらかされたような気もしたが、大佐の言葉はバカな男の虚栄心を、それなりに満足させた。
「戦いは、この一戦だけで終わりではない・・・ウラガン、ジオンは、あと何年戦えると思う?」
「オデッサから本国に送った鉱物資源の量から考えて、あと10年は」
「甘いわね」
「は?」
「ジオンはまだ、連邦軍本部ジャブローの実態を把握しきれていない。
そこを落とす前にソロモンが攻略されれば、ジオンは負ける」
マゥ大佐は、ザンジバルの窓から、遠くなる地球を眺めていた。
この時点で連邦のソロモン攻略を予期していたのは、策士マゥ・クベだけであった。
グラナダでの日々は、特に語ることがない。
今まで地球攻略の拠点となっていたソロモンを、連邦は必ず攻めてくる。
連邦に占拠され、本国攻撃の前線基地とされてからでは遅い。
だからこそ、ソロモン守勢強化を計るべきだ。
しかしマゥ大佐の主張はキシリア閣下に退けられた。
理由はいくつか考えられる。
第一に、ソロモンが墜ちるなど、その時点では誰にも想像できない笑い話であったこと。
第二に、オデッサを失ったマゥ大佐に代わり、キシリア閣下は
シャア・アズナブルとフラナガン機関のニュータイプ部隊創設に力を注いでいたこと。
第三に、ザビ家といえども一枚岩ではなかったこと。
キシリア閣下が隠し鉱山を所有していたことを思えば
ソロモン指令であるドズル閣下への協力援助など、よほどのことがなければ、するわけがなかった。
第四の理由は、キシリア閣下の心ない言葉に集約される。「マゥ。貴官は無能だよ」
閣下はオデッサの実態を知らない。オデッサが墜ちたのは
マゥ大佐の責ではなく、強いていうならば白い悪魔と、そのパイロットのせいなのだ。
「内通者の部下より、物わかりの悪い上司を持つ方が疲れるな。
ウラガン、お前と一緒に連邦にでも亡命するか?」
笑えない冗談を言いながら、大佐は私の頭を細い腿で挟んだ。
「今の私はウラガンではありません。カネサダです。
どうせ大佐に拾われた命。私は大佐について行くしかありませんから」
私は腿から奥へと、舌を這わせた。
しばらくは、そのような爛れた日々が続いた。
しかし、その「よほどのこと」がおきた。
連邦がソーラ・システムを使用するに至り、キシリアは急遽、艦隊を組織しソロモンの援助を命じ、
その艦隊の1艦をマゥ大佐にあずけた。
「今さら、何を・・・」
チベ艦のブリッジで、私にしか聞こえないように、大佐はつぶやいた。
宇宙空間にただよう脱出用カプセルが見えた。
「10度回頭。本艦は艦隊を離脱し、脱出カプセルの救助に向かう。信号を送れ」
「マゥ大佐、今は脱出カプセル一つにかまっている場合ではありません。
全艦隊ともに、早くソロモンに向かわなくては」
「ウラガン、あなたは宇宙で戦う兵士の気持ちが分かっていないようね」
「は?」
「こういう時、味方が拾ってくれると思うから、死と隣あわせの宇宙でも戦えるものよ」
そういえば、聞いたことがあった。
大佐はシャアや黒い三連星ほどの輝かしい戦績はないが、開戦間もない頃
大佐は自らMSに乗り小隊を指揮して、サラミスを沈めたこともあるという。
「あなたもいずれ、宇宙で部下を率いて戦う日がくる。指揮官の心得というものをおぼえておきなさい」
しかし・・・大佐らしくない事をし、大佐らしくない事を言う。
今おぼえば、彼女には、これが自分にとって、最後の戦いになる予感があったのかもしれない。
脱出カプセルには、おどろくことにドズル閣下の御家族が搭乗されていた。
「ソロモンが、墜ちたか・・しかしゼナ様とミネバ様を救出できただけでも、良しとするか」
大佐はつぶやいた。しかし、そのために艦隊を離脱した本艦は
ソロモンの掃討作戦を行う木馬に追尾されることになった。
「ウラガン、お前はミネバ様とゼナ様を連れて、脱出カプセルでテキサスコロニーに入れ。
コロニーの中にはシャアのザンジバルがいる。そこで支援をうければカプセル単独でも
グラナダへ行けるはずよ」
格闘専用MS・ギャンのコクピットシートに座り、マゥ大佐は言った。
私はコクピットの中をのぞきながら応えた。
「大佐はどうするのです?」
「チベ艦一隻とMS一小隊。おとりになるには充分ね。キシリア閣下が用意してくださった、私専用のMSもある」
「だからって、何も、大佐自らMSに搭乗するなど」
「私の事情も察しなさい。女に全てを語らせるのは、愚かな男だと、私はお前に教えたはずよ」
キシリアは大佐にあてつけているのだ。お前もパイロット上がりならば
MSでシャア以上の戦果を上げてみせよ。それができれば私の副官に戻してやるが、それができなければ後はない。
そう、マゥ大佐に無言の圧力をかけているのだ。
「私が何の策もなくMSに乗ると思う?
MS戦でも、私が知将と呼ばれるにふさわしい実力であることを、お前にも教えてあげる」
「わかりました。期待しています」
ハッチを閉める寸前だった。
「ウラガン!」
「は・・何でしょう?」
「私が戻らなかったなら・・・」
しばらく間をおいてから、大佐は言った。
「兼定をキシリア様に届けておいてくれ。あれは、よいものなのだから」
「あなたの言葉とは思えません。あなたは殺そうとしても殺せない、悪い女なのだから」
そう言って、私はギャンのそばを離れた。
また私の前で脚を開いて欲しいものです・・とは、さすがに言えなかった。
いつものアルカイックスマイルを浮かべると、大佐はコクピットを閉じた。
ザンジバルで充分な支援物資を受けた脱出カプセルは、無事にグラナダに着いた。
そこで私は、木馬の前にチベ艦とMS一小隊が壊滅したことを知った。
涙は出なかった。所詮、私とマゥ大佐の間には愛などという甘い言葉の入る隙はなかったのだ。
私はせめて、彼女の遺言をかなえるために、彼女の私室からカネサダを運びだそうとした。
その時である。私はカネサダの柄に、小さなマイクロチップが二枚隠してあるのに気がついた。
一枚は画像データ、一枚は音声データが入っていた。
その画像データを解析し、私は驚いた。
投降を偽り隕石基地を開放するふりをして、わずか数隻の艦で大艦隊を挟撃する方法をはじめとした
小戦力で大戦力を撃破する、驚くべき戦略の数々が記されていた。
いかなる諜報活動マニュアルにも載っていない、敵軍の高官を手中におさめる方法さえある。
このデータの存在を知っていれば
ドズル閣下は、たとえビグ・ザムが無くてもソロモンを守り切れていただろう。
ギレン閣下やキシリア閣下も、後のア・バオア・クー戦を勝利していたかも知れない。
また、このデータには逆に、ソロモンやア・バオア・クー、グラナダなどの「攻略法」もあった。
わずか数機のMSによるソロモンへの盲点をついた奇襲。
ア・バオア・クーに隕石を衝突させる猛攻。
グラナダに落とすと見せかけて、北米ジオン占領地にコロニーを落とす方法。
そして、核を搭載した隕石型要塞を地球へ落下させる作戦。
全てをあげれば、きりがなかった。
「ウラガン、お前と一緒に連邦にでも亡命するか?」
あの言葉は、ひょっとして本気だったのだろうか?
いや、そうではあるまい。でなければ、あの狡猾な女がキシリアに対して意地をはり
MSに乗って無駄死などしなかったはずだ。
攻める側に立って、はじめて、守る方法というのが見えてくるはずだ。
彼女が考案し、日の目を見なかった、この戦略の数々は、あくまでも、ジオンのためにあったのだ。
しばらく物思いにふけった後、私は、音声データの解析を始めた。
「これを記録しているのは、ソロモン援助のためにグラナダを発つ、1時間前である。
今さら遅い。既に手遅れである作戦に向かうときは、8割方、死ぬときだと思う。
ウラガン。お前がこれを聞いている時、私は既に、この世にはいないことだろう。
お前は何度も私に精を与えてくれたけど、それでも私が身ごもることはなかった。
お前のせいではない。私はそのような体なの。
それでも万に一つの可能性に賭けて、私はお前の体を貪ったが、やはり無駄だったようね。
だから、私は、もう一つのチップに記録されている数々の策略しか、この世には残せない。
私の子供たちとも言える、この記録を、是非とも、お前の手で実現して欲しい。
この記録を残せる相手は、誰でもよかった。
いや、違うな。やはり、お前でなくてはいけなかったのだと思う。
だから私は、お前を殺さず、生かしておいたのだ。
なにしろ、私の体に溺れながら、私を欺き殺すことを考えることができた男など、お前一人しかいなかったのだから。
賢くはなかったけれど、お前はなかなか、肝のすわった男だったよ。少なくとも、ジュダックやエルランよりは。
オデッサで過ごした、お前とのスリリングな日々が、今となっては、私の唯一の宝物。
私の計略の数々を、ジオンのために役立ててくれると、私も浮かばれるというものね。
頼んだよ、ウラガン。いや、カネサダ。
ジーク・ジオン」
なんということだ。私は最後まで、あの女の手のひらの上にいたわけだ。
カネサダをキシリア閣下へ届けてくれという言葉の真意は、こんなところにあったのだ。
チップに隠された数々の戦術をキシリア閣下に届けてくれ・・・そういうことだ。
それにしても「ジーク・ジオン」とは。
謀略を旨とする女の、最後の言葉が母国に忠誠を尽くす一言だったなんて、皮肉なものだ。
私はグラスに氷を入れて酒をついだ。安物のバーボン。
オデッサの頃、連邦との連絡場所のバーで、好んで飲んだ酒だ。
一気に飲み干してから、さてどうしたものかと考え始めた頃
スイッチを切り忘れていたスピーカーから、彼女の声が聞こえた。
「こんなことを言っても、お前は信じないだろうけど
お前の子を欲しいと思った気持ちに、嘘はない。
好きだったよ、ウラガン」
グラスを床に落とした後、私は慌てて、もう一度、彼女の最後の言葉を再生しようと試みた。
しかしそれは、一度再生されると自動的に消去される仕掛けになっていたらしい。
私は、最後の最後まで、彼女にとって無能で間抜けな男であった。
しばらくして、私は笑った。床に倒れ、拳で床を何度も叩きながら、涙が出るほど大きな声で笑った。
笑うということと泣くということは、大してかわらないのだと、私は知った。
私はマゥ大佐の遺言を裏切り、カネサダは、私の帯剣となった。
彼女を無能呼ばわりしたキシリアに、彼女の叡智を授ける気になど、到底なれなかったのだ。
「いずれ貴女の子供たちを、この世に解き放つ時が来る。だからその時まで、私を許し、見守っていて欲しい」
そう願い、戦後、私はアクシズの中枢に潜りこんだ。
やがて時が経ち、私はその知略を持ってして「アクシズにカネサダあり」と呼ばれるようになった。
だが、その知略の数々は、言うなれば、マゥ・クベ大佐の子供たちなのだ。
私はそれを、その場の状況に応じて僅かにアレンジしただけだ。
彼女の遺産を、ジオンのために具現化することが
彼女に命を拾われた私の、唯一、生きる意味なのである。
いよいよ、彼女の最後の作戦が幕を上げる。
彼女の狡猾な手の上で踊る連邦艦隊をネオ・ジオン艦隊で挟撃した後、アクシズは、地球に鉄槌を下す。
それが、彼女の最後の願いでもある。
「よいものなのですか?」
今日もまた、部下の一人が訪ねる。
「私に物の善し悪しなどわかるものか。だが、これは思い出の品なのだ」
そして私は、心の中でそっと呟く。
私の帯剣より、貴官の肩の階級章に気を配った方がよい。
それは、貴官の一生を決定してしまう盗聴器かもしれない。
fin
作:プロト ◆xjbrDCzRNwさん
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