女カミーユ
「見てみなよ、カミーユ!アレキサンドリアタイプだよ!」
幼なじみの少年ファン・ユイリィが、目をキラキラさせながら入港する軍艦を見つめる。
すましていれば、結構イケメンなのに・・ガムをクチャクチャと噛みながら、カミーユ・グローディアは呟いた。
「ファン、あんた、あの艦がティターンズのだって、知ってんでしょ」
「それはそれ、これはこれ。ティターンズは嫌いでも、艦やMSに罪があるわけじゃないし」
「あきれた・・」
カミーユはプゥッとガムを膨らませた。
スペースノイドで、ティターンズに好意を持っているものはいない。
その悪評はファンのようなノンポリ軍オタ少年にも知れ渡っていたし、それに対する敵意は、カミーユのような不良少女にも浸透していた。
パチンと音を立てて割れたガムが顔にへばりついて、カミーユは顔をしかめながら、また退屈そうにガムをかみ始めた。
派手に染め上げた髪と、男を挑発する、大きく開いた胸元から覗く「見せブラ」と、無重力のコロニー港では、あまりにも無防備な超ミニと「見せパン」。
仕事と浮気に忙しい両親のせいで、外見だけはすっかり崩れまくったカミーユが、それでもグリーンノアの不良達とは一線を画して、まだバージンでいられるのは、彼女に気があるおせっかいな優等生、ファン・ユイリィのおかげだった。
軍オタのくせに格闘技マニアのファンにつきあわされているせいで、カミーユは見た目によらず、空手の黒帯だけでなく、作業用プチMSの操縦法まで身につけていた。
そんなカミーユとファンの横を、黒い制服に身を包んだティターンズの士官達が談笑しながら流れていく。
「へぇ・・ティターンズにも、そこそこのイケメンがいるんだ」
カミーユは呟いた。その金髪で長身の「そこそこのイケメン」ジェリド=メサが、派手な風体のカミーユの方を一瞥して呟いた。
「スペースノイドの女ってのは、ガキでも、立派なアバズレなんだな」
膨らませていたガムがパチンと割れると同時に、カミーユの中でも、何かがはじけた。
体をフワリと浮かせると、ファンの背を蹴り、その反動でジェリドに迫り、胸倉を掴む。
「誰がアバズレだって!ふざけんじゃないよ!」
あまりのことに、周囲の士官達もあっけにとられた。
ただ一人、額の禿上がった士官、カクリコン=カクーラーだけが苦笑し、カミーユとジェリドの前に割り込んだ。
「派手なお嬢さん、俺達につっかかったら、ただじゃすまないことぐらい、分かるだろ?」
「ティターンズが、なんだってのよ!」
カミーユはカクリコンの顔めがけて、ペッとガムをはき出した。唾が頬にあたった。
それでもカクリコンは余裕を失わず「威勢のいいお嬢さんだ」と言いながら唾を拭いた。
ティターンズ配属前はコロニー治安作戦の経験もあったカクリコンにとって、コロニー住民から唾を吐きかけられるなど、珍しいことではない。
しかし実戦経験がなく、プライドの高いジェリドは、頭に血が上った。
「貴様ァ!アバズレが、ふざけるな!」
ジェリドの平手がカミーユの頬を叩く!
「なにやってんだよ、カミーユ!」
驚いたファンが近づく。
ファンをまきこんじゃいけない。自分でイザコザを起こしておきながら、カミーユはトンズラしようと決めた。
「逃げるよ、ファン!」
そう言ったカミーユがファンの腕を掴むより早く、気色ばんだジェリドがファンの胸倉をつかんだ。
「お前も仲間か!エゥーゴの手先じゃないだろうな!」
「ファンは関係ないだろ!」
「いいから逃げて!カミーユ!」
意外と強い力で、ファンがカミーユの体を蹴った。無重力体を流れる。
「ファン!」
彼の名を呼んでは見たものの、カミーユは、追いかけてくる士官から逃げようと必死になった。
後ろでは、ファンが士官達に取り押さえられている。小さく振り向くと、ジェリドがファンの顔を蹴り飛ばしたのが見えた。
「後で、必ず助けに来てあげるからね、ファン!」
だが、どうやってファンを助けようか、その方法を思いつくほど、カミーユは賢くはなかった。
とりあえず軍事施設の周りをうろついてみたものの、カミーユは、ファンがどこに捉えられているか、全く見当がつかなかった。
「困ったなあ・・・え?」
突然、フッと目の前に宇宙が広がり、消えた。2、3回瞬きを繰り返したら、目の前には、やはり軍事施設があった。
「何、今の?」
そう思う間もなく、目の前に、再び信じられない光景が広がった。
黒いMSが、目の前に軍事施設に墜落してきたのだ。
崩れ去る建物。吹き荒れる粉塵。
そして突拍子も無い方向に流れる、カミーユの思考。
「あれを盗っちゃえば、ファンを楽に探せる!」
カミーユは混乱の渦の中を走り抜け、ヒョイヒョイッと、瓦礫の中に埋もれたガンダムmkUのコクピットまで昇った。
そのカミーユの目の前で、ハッチが開いた。コクピットから出てきたのは、さっきの金髪野郎だった。
「こりゃ、始末書じゃすまんなあ」
「あったりまえでしょ!」
え?とふりむいたジェリドの顔面に蹴りを放った。
カミーユの白いパンティが見えたかと思った次の瞬間には足の裏が眼前に迫り、ジェリドは為す術もなく蹴りを食らい、瓦礫の中に落ちた。
口の中がゴロゴロすると思ったら、前歯が一本、折れていた。
「これ、ガンダムって言うんでしょ!もらうから!」
「ふざけるな!お前なんかに操縦できるわけがないだろう!」
ジェリドは折れた歯を吐き捨てながら叫んだ。
しかしコクピットに滑り込み、ハッチを閉じたカミーユは黒いガンダムを易々と操縦し始めた。
ファンと一緒に、遊び半分で両親の職場のパソコンにハッキングを仕掛けて入手した知識が、役に立ったのかもしれないが、やはり、彼女の才能によるものが大きいだろう。
「ファン!ファンはどこ?」
メインカメラの映像をチェックするカミーユの前に、赤いリック・ディアスが降り立ち、銃口を向けた。
「ちょ・・ちょっと待ってよ!私、ティターンズなんかじゃないのよ!」
スピーカーを使って怒鳴ってみたものの、相手は信用しそうにない。その証拠に、銃口は微動だにせずカミーユのmkUを捉えたままだ。
「わかったわよ・・・こうすれば、私が敵じゃないってことが分かるでしょ!」
カミーユは小さく呟くと、カクリコンが操縦するmkUを後ろから羽交い締めにした。
結果、カミーユ・グローディアは2機のガンダムmkUとともに、反ティターンズ組織であるエゥーゴに、無事、収容されることになった。
依然として、ファン・ユイリィの行方が分からないことが、カミーユの気持ちを暗くしていた。
両親と連絡が取れないことなどは、自分にとってはどうでもいいことだけど・・・カミーユはアーガマの中で、そう、自分に言い聞かせていた。
その2「パパ!ママ!」
ティターンズのエマ・シーン中尉は、自ら持参したバスク大佐の親書をブレックス准将から渡された。
「mkUを手渡さなければ、カミーユ・グローディアの両親を・・・殺す?」
漆黒の宇宙に、カプセルが2つ浮かんでいた。
黒いmkUに乗るカミーユは一瞬迷った後、母よりも父が閉じこめられているカプセルを選び、近づいた。
「パパ!どうしてそんなとこにいるの?私、パパを助けにきたよ!」
しかしカミーユの声が聞こえない父は、近づくmkUの巨大な手のひらに、ただ怯えていた。
「パパ?どうして、そんな顔してるの?私よ、カミーユよ!」
父の唇が小刻みに動く。目の前のMSに娘が乗っているとは知らず「く」「る」「な」と動く。
「どうして?・・・そうだね。パパはいつだってそうだった。
私が髪を染めた時だって、ピアスをした時だって、ヘソが見えるような服を着たときだって、そういうふうに、何か汚いモノを見るように、私を見ていたね。
私、パパに振り向いてほしかっただけなんだよ!仕事ばっかりしているパパに、子供のころみたいに、私を見て欲しかっただけなの。
でも、だからって、そんな目で私を見ないでよ!」
だが、父は首を横に振り、怯えるだけだった。
「私、パパを助けに来たんだよ!よく来たねって言って笑ってよ!昔みたいに、腕を広げて、私を抱きしめてよ!」
その瞬間、ジェリドのハイザックの機銃掃射がカプセルを打ち砕いた。
その事態を、カミーユは正しく認識できなかった。
「え・・・?パパ?パパが散らばっちゃう・・・?」
カミーユは一瞬前まで父だった肉片をかき集めようと、mkUの左手を動かした。しかし細切れになった血と肉は、汚れとなってこびりつくだけだった。
「あ・・・ああぁぁぁああああ!お前か!?お前がパパを!」
mkUが、自ら引き金を引きながら事態を正しく把握していないジェリドのハイザックに襲いかかる。
その激しい攻撃は、素人の動きを遙かに超えていた。
リック・ディアスのコクピットからそれを見ていたクワトロ・バジーナ大尉は、思わずつぶやいた。
「あの戦闘を、カミーユ・グローディアがやっているのか。mkUに乗るのは、まだ2度目だというのに。まるでアムロ・レイの再来だな」
ジェリドの部隊は撤退し、もう一つの母が閉じこめられたカプセルは、ティターンズを裏切ったエマのmkUによって、無事、アーガマに回収された。
格納庫でカミーユの母、ヒルダ・グローディアを見た整備士アストナージ・メドッソは、同僚の士官、レコア・ロンドに言った。
「カミーユの美貌は、母親ゆずりだな。ありゃあ、いい年いってても、男が放っておかないタイプだよ」
「バカね。分不相応なほどいい女と結婚した男って、案外、不幸なものよ」
「そんなもんかね。ま、そうか。実際、旦那は死んじまったからな」
mkUの左手にこびりついた汚れを洗いながら、アストナージは言った。
格納庫に立った母は、リック・ディアスの機体を見上げてつぶやいていた。
「これがエゥーゴのMS?素晴らしいわ・・・」
「ママ!パパが死んだんだよ、それなのに、何言ってるのよ!」
カミーユの声を、母は聞いていなかった。
「ヒルダ中尉、少し自重してもらいたいですな」
クワトロが近づくと、母は「あら、ごめんなさい」と、媚びを含めながら応えた。
「機械しか目に見えないくせに、男が近づくと、これだから・・・だからパパだってママの真似して、浮気なんかしちゃったんだよ」
誰にも聞かれないように、ボソボソと呟いた。カミーユが若干ファザコン気味なのは、母に対する嫌悪にも原因があるのかもしれない。
カミーユはペッと唾を吐いた。
フワフワと無重力をたどった唾は、母が設計し父が装甲材質を開発したmkUの鋼板にあたり、ペタリと張りついた。
「ヒルダ中尉が、クワトロ大尉のリック・ディアスを奪って逃げただと!?」
アーガマ艦長、ヘンケン・ベッケナーは、その追撃をクワトロに指示した。
「私も行きます!」
そう言ったカミーユに、クワトロは問う。
「君に母が撃てるのか」
「撃てるわ!パパが死んでも親をやってくれないママは、もう、ママじゃない!」
カミーユは屹然と言い放った。
「ならば、好きにしろ。逆に、母に撃たれても知らんがな」
冷たく言うと、クワトロは白く塗り直されたmkUに乗り込む。
「皮肉なものだ。この私がガンダムに乗るとはな・・・クワトロ、出るぞ!」
もう少しでリック・ディアスを捕縛できるかと思った瞬間、ジェリドのハイザック部隊がクワトロ達を急襲し、あたりは一瞬にしてMS部隊どうしの乱戦に突入した。
その乱戦の最中、黒いmkUがリック・ディアスを羽交い締めにした。
「クゥ!邪魔しないで!これを持って帰れば、私はティターンズの開発部で好きに出来るのよ」
「何言ってんのよ、ママ!ティターンズはママを人質にしたんだよ?パパを殺しちゃったんだよ!」
「その声、カミーユ?離しなさい!親の邪魔をするなんて、子供のやることじゃないわ!」
「あんたはそうやって、仕事と男のことばっかり!いつも好き勝手やって!
ママがまともに親をやってくれたことなんて、なかったじゃない!」
「子供に、何が分かるの!私だって一人の女なのよ!家庭に縛られる人生なんて、まっぴらだったのよ!」
リック・ディアスの腕がmkUを振り払う。離れる2体。カミーユは咄嗟に銃をかまえた。
「親に向かって、銃を向けるなんて!そんな娘に育てた覚えはないわよ!」
「あんたに育ててもらった記憶なんて、これっぽっちもない!」
しかし、カミーユはmkUの引き金を引くことはできなかった。
「ほら、ごらん!あんたはいつまでたっても私の娘なのよ!私に逆らうことなんて出来ないのよ!」
笑う母のリック・ディアスの頭部を、流れ弾が撃ち抜いた。
リック・ディアスのコクピットが従来のMSのように胸部にあるのではなく、頭部にあったのが、ヒルダ・グローディアの不幸だった。
「だから・・だからママは、バカな女だっていうのよー!!」
こんなことになるのなら、自分が引き金を引いた方が、まだましだったと思う。
コクピットで、カミーユは泣いた。母が死んでも泣かないだろうと思っていたから、大量に流れる涙は、自分でも意外だった。
カミーユはブレックス准将の部屋から出てきた。廊下を流れながら、准将の言葉が頭の中をリフレインしていた。
『正式に、エゥーゴのパイロットになる気はないかな?君はニュータイプかも知れない・・・御両親の仇も討てる』
准将は分かっていない。
カミーユが悲しいのは、親が死んだからではなく、親が親をやってくれなかったからだ。だから、今さらパパやママの仇なんて、どうでもよかった。
それでも心の中に決して埋められない穴がポッカリと空いてしまったのは事実だ。パイロットになって体を動かせば、この穴を意識するヒマさえなくなるだろうか。
ならば、パイロットも悪くないかもしれない。
カミーユは虚ろな目のまま、クワトロ大尉の部屋の前に来ていた。
コツコツとノックをする。ドアが開く。
「カミーユか。どうした?」
「いえ、その・・・」
クワトロは逡巡するカミーユを見て苦笑した。
「御両親を亡くして悲しいのは分かるが、慰めてもらいたいのなら、他を当たって欲しいな。君と私は、恋人でもなんでもないのだから」
「そんなんじゃないわ!自惚れないでよ!准将からパイロットにならないかって言われたから、相談したかっただけよ!」
違う。本当は、誰でもいいから慰めの言葉をかけて欲しかったのだ。
カミーユはクワトロを吹っ切ると、ブリッジに向かった。艦長シートにはヘンケンが座っていた。
「ん?カミーユか、どうした?」
「いや、べつに・・・」
「俺には、父親代わりはできんぞ」
ヘンケンの言葉に、カミーユは、ハッとなった。
そうか、私は、ただ慰めて欲しかったわけじゃない。パパの代わりが欲しかったんだ。
だからトーレスやアストナージでなく、大人の魅力を感じるような男でないと、ダメだったんだ。
「俺の少ない女経験から、一言だけアドバイスしてやる。辛い時は、異性より同性を頼るヤツの方が、人望が集まるぞ」
ヘンケンの言葉を背に、カミーユはブリッジを出て行った。
ヘンケンは女という生き物をよく分かっていないと、カミーユは思う。
男は男に甘いかもしれないけれど、女は女に厳しいものなのだ。
だからカミーユは、クワトロやヘンケンにもたれかかろうと思っても、エマやレコアに胸の内を語ろうとは思えない。
それが、男にしなだれて生きてきた母と同じ考え方であることに、カミーユは気がついていない。
結局、気持ちが楽になるためには、何かに忙殺されるしかないのだ。
そう思い、カミーユはパイロットになる決心を固め、派手な色に染めていた長い髪を切り、黒く染め直した。
その直後、民間人を乗せた漂流シャトルが、アーガマに収容された。
そのシャトルに乗っていたファン・ユイリィの姿を見たとき、カミーユは思わず、抱きついてしまった。
「聞いたよ、カミーユ。オジサンとオバサン、亡くなったんだって?」
「うん・・・」
カミーユは、ただ声もなく、ファンの胸で泣いていた。
父を亡くし、クワトロやヘンケンには甘えられない。そんな状況の中で張りつめていたカミーユの緊張は、なつかしい顔に会えただけで、あっけなく途切れてしまった。
ファンの両親もティターンズに捉えられて、きっと、もう死んでいるだろうなどということを想像できるほどの余裕は、カミーユには無かった。
アーガマの新艦長に、漂流シャトルのキャプテンだったブライト・ノア大佐が就任した。
彼が、かの1年戦争では若くしてホワイトベース艦長として有名を馳せた人物であることを、カミーユは軍オタのファンから、初めて聞いた。
ティターンズの拠点を叩くための、エゥーゴのジャブロー降下作戦は、目前に迫っていた。
その3「アムロ・レイ」
カミーユやクワトロ達エゥーゴの主力が大気圏突入時の戦闘という危険をおかしてまで急襲したジャブローは、すでにティターンズの拠点が移動してしまった後だった。
核自爆するジャブローを後に、輸送機アウドムラで移動を開始したカミーユ達は、途中、エゥーゴ支援組織カラバのハヤト・コバヤシと合流し、その義息カツ・コバヤシを収容した。
カツに同行していたのは、アムロ・レイ。あの、1年戦争の英雄である。
「私、あなたに会いたいって、思ってたんです」
カミーユはアムロに興味を持って話しかけた。
皆が自分をアムロ・レイの再来と呼ぶ。そんな1年戦争の英雄は、もっと獰猛な匂いのする好戦的な男だと思っていたのだ。
そして、もしもその通りの男だったならば、カミーユはアムロに興味など持たなかっただろう。
しかし目の前にいるアムロは、優しいだけが取り柄の、どこにでもいそうな、線の細い男に見えた。
だからカミーユは興味を持った。一人の少女として、大人の男の内面を覗いてみたくなったのだ。
「皆が、私のこと、アムロさんの再来って言うんです。そういうの、結構プレッシャーなんですよね」
そう言いながら、イタズラっぽくアムロを見上げる。
ハイスクールの坊や達は、不良っぽく突っ張っている少女が、いつもと違う甘えた目線を送るだけで、なんでも言うことを聞いてくれたものだ。
しかしアムロは「ふーん、そうなの」とうなずいただけで、カミーユにさほど興味を抱いていなかった。
「もう、いいです!」
カミーユは拗ねてみせた。自分では、そこそこ可愛い仕草だと思っていたが、それでもアムロに反応はなかった。
多感な少女の自意識過剰につきあう気にはなれなかったのだ。
「なんだ、つまんない男」
カミーユはわざと、アムロに聞こえるように毒ついた。
英雄だか何だか知らないけれど、こんなボーッとした男の再来だなんて呼ばれることが、腹立たしくさえ思えた。
ヒッコリー空港にはシャトル打上の設備があった。
このシャトルを使い、クワトロ、レコア、カツ達が宇宙に上がる予定になっていた。
急遽、シャトルのキャプテンになったアポリー中尉がカウントダウンを始めた途端、敵襲の警報が鳴り響いた。
「ロベルト中尉!」
円盤状のMAが、地上を守っていたリック・ディアスを上空から撃ち抜いた。機体が爆発するのとカミーユがロベルトの名を叫んだのは、ほぼ同時だった。
そのカミーユが乗るmkUを、たった今ロベルト機を撃破したアッシマーが襲う。
「くう!機動性に、こんなに差があっちゃ、話にならない!」
ドダイ改に乗っているとは言え、空中戦では圧倒的に不利だった。迫るアッシマーに一瞬、死を意識したとき、脳裏に幼なじみの少年ファン・ユイリィの顔が浮かんだ。
「カミーユ、下がれ!」
そう叫び、援護射撃でカミーユを救ったのは、やはりリック・ディアスに乗るアムロ・レイだ。
「円盤は僕に任せるんだ!」
「どうしようっていうんです?」
カミーユの問に応えず、アムロはドダイ改から機体を離した。ドダイ改がアッシマーに迫る。
「そんなもので、このアッシマーが倒せるものか!」
円盤のパイロット、ブランが叫ぶ。迫るドダイ改を受けとめるために、アッシマーがMS形態に変形する。その一瞬の隙を、アムロは見逃さない。
急接近するリック・ディアスのサーベルが、アッシマーのコクピットを直撃した。
爆発せずに、制御だけ失ったアッシマーをドダイ改に載せて、アムロのリック・ディアスはシャトルから距離を置いた。
「エンジンを爆発させずに、コクピットだけなんて・・・
そうか。空中で爆発させたら、地上でカウントダウンしているシャトルに巨大な破片が直撃する可能性だってある。
アムロさんは、そこまで考えていたの?」
撤退していく敵を見つつ、カミーユはアムロの力量に呆然としながら、彼に対する見方を180度変えなくてはいけないと感じていた。
そして、無事に打上されたシャトルを見送りながら、無意識のうちに、ボンヤリと呟いた。
「アムロさんなら、私のパパになってくれるかもしれない・・・」
クワトロにもヘンケンにも甘えることを許されなかった自分を、甘えさせてくれるかもしれないと、そう思っていた。しかし・・・
「ねえ、カミーユ」
アウドムラの格納庫でmkUを整備しているカミーユに、ベルトーチカ・イルマが話しかけてきた。
このカラバの女の声を聞くと、イライラする。理由は簡単、すっかりアムロの恋人きどりだからだ。
だからカミーユは返事をしなかった。しかしベルトーチカはおかまいなしに話を続けてくる。
「ガンダムに乗らないアムロ・レイなんて、おかしいと思わない?」
フサフサの金髪をかきあげる仕草が、短い黒髪の自分に対するあてつけかと思った。
「私に、どうしろって言うんですか?」
「率直に言うわ。あなた、ガンダムから降りなさい」
もしもアムロ本人に言われたのなら、カミーユは本当にそうしたかもしれない。
しかし、何かとアムロにまとわりつく、この自己中心的な女の言うことを聞く気にはなれなかった。
カミーユにも、女の意地というモノがある。
「そんなこと、どうして、あんたに言われなきゃならないの!」
口調が、ついヒステリックになった。
「mkUは私のパパとママが作った機体なの!誰にも渡したくないの!」
嘘ではないが、本気で言ったわけでもない。
誰が作ったかなど、どうでもいい。mkUに愛着はあるが、それよりいい機体があれば乗り換えるのだって構わない。
ただ、ベルトーチカの言うことをきくのが嫌なのだ。そんなカミーユに、ベルトーチカは容赦がなかった。
「あなたのことなんか、どうだっていいの。私は、何がアムロのためになるのかを言っているのよ。アムロが乗る方が、ガンダムは活躍できると思わない?」
ベルトーチカの言うことは真実だと思う。
ヒッコリーでのアムロの活躍を見た後では、自分がmkUの能力を最大限に活かしていると言い切れるほどの自信は、今のカミーユにはなかった。
だからといって、ベルトーチカの言うことなど聞けない。それとこれとは、問題が違うのだ。
私が今、独りぼっちでmkUの整備をやることでしか時間と心の隙間を埋められないのは、誰のせいよ!
この女がいなければ、アムロに甘えることだって、できたかもしれないのに。
カミーユはガムを一枚とりだすと、これ見よがしにクチャクチャと音をたてて噛み始めた。
「あんた、ベルトーチカって言ったっけ?私にそんなこと言って、アムロさんに尽くしているつもり?笑わせないでよ。
MSの操縦もできないくせに、パイロットの気持ちが分かっているような気になってさ。
自己チューな女の自己満足って、アムロさんみたいな繊細な男の人にとっては、一番、重いのよね」
唇の端をゆがめて悪態をついた直後、ベルトーチカの平手打ちが、カミーユの頬を叩いた。パシンと、いい音がした。
その4「フォウ・ムラサメ」
ルオ商会と接触を試み連絡の途絶えたアムロを探すというのは、ニューホンコンの港に着水しているアウドムラを離れるいい口実になった。
私服に着替えたカミーユは、ニューホンコンの街を歩いていた。内陸まで届く海の匂いは、気分転換になる。
エゥーゴを抜けて、このままニューホンコンに住むのも悪くないとさえ思える。
しかし、宇宙にいる幼なじみの少年ファン・ユイリィのことを思うと、それもできない。
「これじゃ、エゥーゴに人質を取られているようなもんじゃない?」
カミーユは苦笑した。しかしそれは言い訳にすぎない。
本気でエゥーゴを抜け出すならば、チャンスは今までにも、何度かあった。それをしなかったのは、寂しかったからだ。
だから、もしもクワトロやアムロの代わりに父を失ったカミーユの寂しさを埋めてくれる男が現れたら、その男がティターンズであっても、ついていってしまうかもしれない。
そんなことを考えながら、ふと上を見たら、巨大なシルエットのスードリが上空を旋回したのが見えた。
「ティターンズのガルタ?まさか市街地で攻撃したりはしないと思うけど・・・」
やっぱりアウドムラに戻ろう。そう思い、カミーユは走り出し、道を渡ろうとした。
その時、危うくカミーユを轢きそうそうになった一台のエレカが、急ブレーキをかけて止まった。
「急いでいるの?港に行くなら、送っていこうか?」
エレカのハンドルを握っている青年が、訊いてきた。
カミーユは、その緑色の髪の青年を見た。切れ長の瞳が美しい、端正な顔をした青年だった。
「ありがと」
危険ではなさそう。
そう判断したカミーユは、エレカの助手席に滑り込んだ。エレカが走り出す。
「港の輸送機まで、お願い」
「あれ、エゥーゴのだって噂だけど・・・君もエゥーゴなの?」
カミーユは青年を注意深く観察した。優しそうな彼は、軍人には見えなかった。だから嘘をつく理由もないと思った。
「そうよ。MSのパイロットしてるわ」
カミーユは、もっと用心深くならなくてはいけなかった。
しかしカミーユは目の前の青年が自分に関心を示しているのが、一人の少女として単純に嬉しかったから、油断していた。
「君みたいに可愛い娘がパイロット?すごいんだ、君って」
青年は、心底から感心していたようだった。
港に着き、カミーユがエレカを降りようとした時、青年はカミーユの腕を軽くつかんだ。
「まだ、名前を訊いてなかった」
「カミーユ・グローディア。あなたは?」
「フォウ・ムラサメ。また会えるかな?」
「わからないけど、会いたいね」
それはカミーユの本音だった。
「今夜10時、コーラルオリエンタル号の前で待ってる」
「行けたらいくけど、あまり期待しないでね」
そう言いながら、カミーユは、どんな理由をつけてでも行こうと、もう決めていた。
埠頭から見る夜の海は、きれいだった。その海を見ながら、カミーユとフォウはボンヤリと話をしていた。
「カミーユは、どうしてパイロットなんかしているんだい?」
「さあ・・・成り行きかな」
「スペースノイド?」
「そうよ。フォウは?昔から地球に住んでるの?」
「・・・分からないんだ」
「分からない?」
「家族は1年戦争の時、皆、死んでしまったらしい・・らしいっていうのはね、その頃の記憶がないんだ」
「記憶喪失?じゃあ、フォウって名前は・・・」
「ナンバー4って意味なんだ。連邦の施設で4番目の被験者になったから・・・」
連邦の施設・・そう聞いて、カミーユの表情が変わる。フォウは喋りすぎたと思った。
「あなた、連邦の軍人なんだ?ティターンズ?」
フォウは返事をしなかった。そんなフォウを見て、カミーユはククッと喉を鳴らして笑った。
「おかしいね。私達、敵どうしなのに、こんなところで、こんな話をしているなんて」
「そうだね、これじゃまるで・・・」
「まるで?」
「知り合ったばかりなのに恋に落ちた男と女みたいだ」
「アッハハハハ。下手な口説き文句!」
笑った後で、カミーユはフォウの肩にもたれかかった。
「フォウがいるなら、私、エゥーゴを裏切ってもいいな」
「そんなことを言える君が羨ましい」
「どうして?」
「ティターンズのニュータイプ研究所が、僕の記憶を取り戻す鍵を握っている。だから僕は、君のためにティターンズを裏切ることはできない」
「記憶なんて、これから作ればいいじゃない。人って、嫌な記憶に振り回されるより、誰かと新しい記憶を作り出すために生きているんだって、思わない?」
「君は、強いね」
「そうでも、ないよ。だから二人の記憶をつくろう?」
カミーユは目をつぶり、そっと顎をあげた。フォウの薄い唇が、カミーユの唇にそっと重なる。
カミーユは、キスをするのは、初めてだった。ファン・ユイリィとだってしたことはない。
「私、強くなんかない。ただ寂しいだけよ。だから、誰かの隣にいたいって、いつも思ってる」
カミーユがフォウの胸に顔をうずめてそう言ったとき、ニューホンコンの市街地で、轟音とともに、火の手があがった。
「あれは・・・なに?」
上空に浮かぶ、黒い箱のような物体を見上げて、カミーユはつぶやいた。
スードリの司令官、ベン・ウッダーが市長とルオ商会会長に「12時までにアウドムラをニューホンコンから追い出さなければ市街地を無差別爆撃する」と通達したことを、カミーユは知らなかった。
フォウは咄嗟に腕時計を見た。作戦開始には、まだ早すぎるはずだった。
「ベン・ウッダーがサイコガンダムを動かしているのか!」
そう叫び、走り出そうとした。
「待って、フォウ!」
「サイコガンダムには、僕の記憶があるんだ!」
「フォウ?」
「君には僕の気持ちは分からない。孤独を紛らわせるための思い出も、僕にはないんだ!」
フォウは走り出した。強化人間のフォウの脚に、カミーユが追いつけるわけはなかった。
「どこに行っていたの、カミーユ!」
アウドムラに戻ったカミーユはベルトーチカの叱責を無視すると、ノーマルスーツを着てmk2のコクピットに乗った。
「ハヤトさん、mk2出ます!」
ドダイ改に乗ったmk2が黒箱に近づくと、既にアムロのリック・ディアスが攻撃をしかけていた。
「市街地から引き離さなければ!」
しかしアムロに逆らうように、黒箱から放射された拡散ビームがニューホンコンを焼いていく。
カミーユはmk2を黒箱に近づけた。その瞬間、脳裏にパッと、フォウのイメージが入ってきた。
「フォウ?それに乗ってるの、フォウなの?」
しかしフォウにはカミーユは分からない。サイコガンダムの強圧的なシステムが戦闘だけに集中することを、フォウに強要していた。
「ガンダム?なれなれしい!」
うずくまる人間が手足を伸ばすように、頭を上げた黒箱がMS形態に変形する。その全長はmk2の2倍はあった。
「あれがMS?冗談じゃない!」
アムロは市街地に被害がいかないように、下からサイコガンダムを攻撃した。
「アムロさん、やめて!あれにはフォウが乗っているの!」
「誰が乗ってるって?カミーユ、何を言ってる?」
「フォウ!やめて!あなたは、こんな怖いことをするような人じゃない!」
「鬱陶しいんだよ、ガンダム!」
そう叫んだ瞬間、フォウの脳裏をカミーユのイメージが走る。その漠然とした感覚が、頭痛となってフォウを襲う。
「痛い・・・何だ、これは?カミーユ・グローディア?君がガンダムに乗っているのか?」
「カミーユ、アムロ、戻れ!アウドムラを発進させるぞ!」
これ以上ニューホンコンを火の海に沈めるわけにはいかないと判断したハヤトの声がmk2のコクピットに響いた。
すでにアウドムラは海から浮かんでいた。それを追うようにスードリも浮く。
「カミーユ、行くぞ!」
「待って!フォウが!」
「黒いヤツなら、こっちが逃げても、追いかけてくる!」
アムロの言うとおり、リック・ディアスとmk2を追って、巨大なサイコが再び箱状に戻り市街地を抜けて海へと出てきた。
アウドムラとスードリは、既に沖に出て併走し、互いの銃座が火を噴いている。
「ここなら迷惑はかからない!」
アムロの攻撃が黒箱の飛行能力を痛めつけた。巨大な黒箱が水しぶきを上げて海に落ちた。
「アムロさん、やめて!」
mk2がサイコガンダムのコクピットにとりつく。
「カミーユ、離れろ!その敵は危険だ!深入りするな!」
アムロは直感的に、ララァの影を感じていた。しかしmk2が黒箱にとりついたせいで、むやみに攻撃をかけられなくなっていた。
カミーユはmk2のハッチを開くと、コクピットの外に姿を現した。それにひきずられりように、フォウもハッチを開く。
「カミーユ・・・君がガンダムに乗っていたなんて」
「私と一緒に、宇宙に行こう?」
「宇宙?」
「そうよ。このままじゃフォウは、記憶とか重力とかにしばられて、ダメになっちゃう」
「だけど、僕の記憶はムラサメ研究所にあるんだ」
「エゥーゴの技術が、なんとかしてくれる」
「君には分からないよ。記憶を持つ君には、僕の苦しみは・・・」
「私のパパとママは、私の目の前で死んだわ」
「え?」
「エゥーゴとティターンズの戦闘に巻き込まれて・・ううん、違う。ママはバカな女だったの。だから死んじゃったのよ。
パパは嫌いじゃなかったわ。だけど、やっぱり私の目の前で死んじゃった。だから私は、いつだってパパの代わりになってくれる人を探しているの」
カミーユは涙を流しながら、自分が何を言っているのか分からなかった。
ただ、記憶に縛られている自分の姿をさらけだすことが、フォウに対してできる唯一のことだと思ったのだ。
「宇宙にはファン・ユイリィがいるの。フォウにも紹介してあげる。だから一緒に宇宙に行こう?」
フォウはフッと笑った。一生懸命なカミーユが愛しいとさえ思えた。
しかしフォウは、拳銃を取り出してカミーユに向けた。
「フォウ?何をするの?」
「互いの居場所に戻ろう、カミーユ。君は宇宙に戻れ」
「フォウ!」
「君のこと、忘れないよ」
そう言うと、カミーユの足下に一発だけ威嚇した。
「フォウ!」
「早く戻れ!」
気圧されるままに、カミーユはmk2のコクピットに戻った。
「カミーユ、黒箱はもう動かない!早くスードリを沈めないと俺達の帰るところが無くなるぞ!」
アムロに言われるままに、カミーユはmk2をアウドムラとスードリが火線を開いている夜空へと向けた。
アムロとカミーユの攻撃により、スードリは落ちた。
フォウが沈みゆくサイコガンダムから脱出し、ティターンズに無事救出されたかどうかは、ニューホンコンから離れゆくアウドムラからは分からなかった。
アウドムラを使ってニューギニアのティターンズ新興小基地を急襲占拠したカラバは、その設備とシャトルを利用してmk2とカミーユを宇宙に上げた。
アーガマに収容されたカミーユは、クワトロもファンも乗っていないのを知って、誰にも甘えられない寂しさを持てあましながらフォウのことを思い出していた。
その5「銀色ドレス」
ティターンズがエゥーゴよりの月面都市グラナダにコロニー落しをしかけるという情報を入手したアーガマとラーディッシュは、これを阻止する作戦を開始した。
「グラナダからの増援は無いんですか?」
カミーユはノーマルスーツを着ながら、不機嫌そうに、エマに訊いた。
「間に合えば来るし、間に合わなくても、何とかするしかないでしょう」
増援にはファン・ユイリィがあなたのために基本設計した新型MSもあるそうよ。あの子、ただの軍オタじゃないのね」
「ファンが、そんなことを?」
カミーユはファンのことなら、まず自分に知らされるはずだという自惚れがあった。だからエマから自分が知らないファンのことを聞かされるのはショックだった。
「何をイライラしているの、カミーユ?ファンもクワトロ大尉もいないから、甘えられる相手がいなくて、拗ねてるんでしょう」
「そんなんじゃ、ありません!」
エマに見透かされて、カミーユは一層、不機嫌になりながらmk2のコクピットに移動した。
ハッチを閉じスクリーンをオンにすると、エマがちらりとこちらを見て肩をすくめながら、リック・ディアスに乗り込むのが見えた。
エマのような「大人の女」に人生の先輩みたいな顔で説教されるのが、カミーユのような少女にとっては最もイライラすることなのだ。
もし同じことでも、クワトロ大尉が言ったのならば素直に聞けるのに。
しかしクワトロはブレックス准将とともに、連邦年次総会のために地球に降りている。
「mk2、出ます!」
こんなイライラした気持ちで、冷静に戦争なんか出来るもんか!
そう言いたい気持ちを殺して、カミーユはmk2を発進させ、先行したエマのリック・ディアスの後ろに着いた。
目標はサイド4から移動中のコロニーであり、ティターンズの守備隊を突破して核パルスエンジンを破壊しなくてはいけない。
ティターンズの野蛮人パイロット、ヤザン・ゲーブルのハンムラビがエマ機を襲う。
「は、早い!」
そう驚いた時はもう遅い。
脱出ポッドを作動させるのがあと一瞬遅かったら、エマは死んでいただろう。
カミーユはエマの脱出ポッドを友軍のMSネモに渡すと、アーガマへ送り届けるように指示した。
「年上を気取って、人のことばかり気にしてるから、撃墜なんかされるのよ!」
カミーユはそんな悪態をつきながら、コロニーの核パルスを破壊した。これでコロニーは進路を変え、グラナダには落ちない。
しかし作戦が成功したからといって、無事に帰還できるわけではない。カミーユは核パルスを破壊したことで安心してしまった。そこに油断があった。
ジェリドとマウアーが操る二機の新型MS、ガブスレイがmk2を強襲する。
「きゃあぁ!」
衝撃が襲う。左腕を被弾した。機体を立て直そうと反転したときには、既に遅かった。
ジェリド機の、ガブスレイ特有の「爪」がmk2の胴体部を後ろから羽交い締めにした。
コクピットがギシギシと音を立てる。モニターの左半分が死んでいた。胴体を鷲掴みにされては脱出も出来ない。
一瞬、フォウ・ムラサメとファン・ユイリィの面影が脳裏をよぎり、次の瞬間、両親のことを思い出した。
「そんな・・・私、パパとママのところに行くの?そんなの嫌よ!」
しかし、いくら力をこめてても操縦桿は動かなかった。
「ファン・・・こんなことなら、もっと優しくしてもらいたかったな・・・」
そう呟きながらも、乾いた唇はフォウとのキスの感触を思い出していた。こんな時なのに、女って身勝手だなと思う。それとも、自分にも多淫性の母の血が流れているからなのだろうか?
カミーユがそんなことを考えた時、一筋の火線がガブスレイをかすめた。
「何だ!新手か!」
ジェリドは吠えながら、ガブスレイをmk2から離脱させた。
カミーユは即座に脱出ポッドを作動させたが、ジェリド機の爪による直接攻撃で故障していた。
しかし、このまま動かないMSに乗っているのは危険すぎる。いつ、敵がとどめを刺しにくるか分からない。
カミーユは意を決して、ノーマルスーツのバックパックに推進ノズルを固定すると、ハッチを開いて宇宙空間に飛び出た。
そのカミーユの目に飛び込んできたのは、一機のウェーブライダーの姿だった。
同じようにウェーブライダーを確認したジェリドは、ガブスレイのコクピットでせせら笑った。
「ウェーブライダーだと!大気圏突入でもあるまいし、そんなものが役に立つか!」
しかし、その新型ウェーブライダーはジェリド機に迫るとMSに変形した。複眼が光る。
「何!?これもガンダムだと!」
驚愕し、回避が遅れる。その隙をついた新型MSのビームがジェリド機の両脚を撃破した。
これではやられる!そう判断したマウアー機が友軍機に向けて撤退信号弾を発射した。
ジェリド機及びティターンズ全機が撤退し静寂を取り戻した宙域で、カミーユは、その新型に向けて発光信号を送っていた。
「お願い・・・気づいて・・・」
でないと、カミーユはこのまま宇宙を漂い、やがて窒息死してしまう。
しかし宇宙空間を漂う人間一人を見つけることは、砂漠に落した指輪を探すようなものだ。
だから新型のパイロットがカミーユに気がついたのは、奇跡と言える。新型MSはカミーユにゆっくり接近すると、そのコクピットハッチを開いた。
カミーユは推進ノズルを操ると、新型のパイロットが伸ばした腕にしがみついた。
「カミーユ、大丈夫?」
バイザー越しに見えたパイロットの顔は、間違いなく、ファン・ユイリィの顔だった。ファンだからこそ、カミーユを発見できたのかもしれない。
「あ、うん、mk2の機体を回収しないと・・・」
本当は抱きつきたくなるくらいに驚いたのだが、照れ隠しに、カミーユは、そんなことを言っていた。
アーガマに帰還したカミーユは、格納庫の中に立つ新型MSを見上げていた。
その新型の基本設計は、エマが言った通り、ファン・ユイリィによるものだった。
パイロットとしてのファンは、まだまだ一人前と言えるレベルにはほど遠いが、エンジニアとしてのファンは、単にオタクというレベルを遙かに超え、超一流であったのだ。
カミーユはそのことに、素直に感動していた。
「これがニュータイプ、カミーユ・グローディア専用機として作られた、Zガンダムさ」
ファンが少し照れながら、それでもどこか誇らしげに説明してくれた。
その細くてシャープなイメージと白い塗装は、カミーユに、銀色に光るウエディングドレスを連想させた。
ファン・ユイリィが私にプレゼントしてくれた、オーダーメイドのウェディングドレス・・・そう思うと、何だか、少し後ろめたくなる。
「私、地球でフォウとキスしてきたのに・・・」
ファンには聞こえないように、そう呟いていた。
性能のいい新型MSを受領した。ただそれだけのことだ・・・そう思うようにしようとしても、どこかに割り切れない気持ちがあった。
「だって、Zガンダムにはファンの想いがこもってるんだもの・・・」
その気持ちにとまどいつつも、自分が大切にされているという感覚は、悪いものではなかった。
カミーユはファンの胸に、そっとよりかかった。ノーマルスーツ越しにも感じられるファンの暖かさは、カミーユを安心させた。
一人の少女として、ファンの好意を嬉しいと思う。
その好意にカミーユが応えることができるかは、また、別の問題だ。
ティターンズとエゥーゴが宇宙で幾つかの小競り合いをしている頃、地球ではブレックス准将が暗殺され、連邦年次総会で、連邦軍の指揮権をティターンズに委任する法案が可決された。
准将の後を継ぐ形になったクワトロ大尉ことシャア・アズナブルは、カラバのハヤトと協力し、キリマンジャロのティターンズ基地を攻撃する準備を始めていた。
カミーユは、ウェーブライダーに変形したZに無人の百式を乗せて、地球に降下した。金色の愛機をクワトロ大尉・・・いや、シャア・アズナブルに届けるためである。
その6「永遠のフォウ」
キリマンジャロ攻略の目的は、戦力撃破の他に、ティターンズ頭領ジャミトフの暗殺にある。
だからカミーユとシャアが偶然にもキリマンジャロ基地に侵入できたのは、幸運というべきだ。
そして今、二人は密閉された実験室で、ジャミトフと対峙していた。しかしその間は分厚い防弾ガラスで仕切られていた。
シャアは拳銃を2発撃ったが、その弾丸は防弾ガラスに弾かれて、ジャミトフには届かない。
「赤い彗星も、地に落ちたものだな」
ジャミトフの嘲笑に、シャアは唇をかみしめるより他に為す術がなく、自分の背後に気を回すゆとりもなかった。
だから、実験室の奥のシートに座っている一人の青年の姿に気がついていなかった。
「ふぅ・・ぁああ」
その青年が立ち上がり、腕を伸ばしながら場違いな欠伸をしたので、カミーユは思わず振り向いた。
「フォウ!どうして、こんなところに!」
カミーユが思わず声をあげる。しかしフォウは目の前にいるカミーユに気がつかず、ドアの鍵を開けると、ツカツカと部屋を出てしまった。カミーユが慌ててフォウを追いかける。
何にせよ、密閉されていたはずの部屋を脱出できるのだから、それに超したことはない。シャアはカミーユの後に続いた。
その3人の様子を呆気にとられて見ていたジャミトフは我に返ると、しゃがれた声で叫んだ。
「侵入者を捉えろ!私はシャトルで脱出する。準備を急がせろ!フォウはサイコガンダムに乗せろ!シャトルの警護をさせるのだ!」
「待ってよ、フォウ!」
カミーユはフォウの前にまわったが、フォウは歩くのをやめず、無表情のまま呟いた。
「僕の名前を知っている君は、誰だ?」
「私よ、カミーユよ!ニューホンコンでキスしたじゃない!」
「僕には大事な仕事があるんだ。それが終わったら、遊んであげるから」
「フォウ!憶えてないの?」
シャアはカミーユの腕をつかんで引き止めた。その間に、フォウはツカツカと歩いていってしまう。
「カミーユ、脱出するぞ!」
「フォウを連れ戻すんです!」
「何を言ってるんだ、カミーユ!」
その時、ティターンズの兵士達が二人とフォウの間に割り込み、発砲してきた。シャアとカミーユは別々の物陰に隠れた。
「あの青年は危険だ、カミーユ!かまうんじゃない!」
2、3発応戦しながら、シャアは叫んだ。彼もまたアムロと同じように、フォウという強化人間に、ララァの影を感じたのかもしれない。
しかしカミーユはシャアの過去などを詳しくしらないし、何よりも、今はフォウのことしか考えられないから、シャアの忠告など聞くはずがない。
「クワトロ大尉は、先に脱出して!私はフォウを連れていく!」
そう叫ぶと、シャアが隠れているのとは反対側の通路へと、飛び込んでいってしまった。
「そこの怪しいヤツ、止まれ!止まらないと撃つぞ!」
背後から声をかけられて、カミーユはビクッとして立ち止まり、ゆっくりと振り返った。
指を銃の形に真似たフォウが、イタズラ好きの少年のようにニヤッと笑っていた。
「ばぁん!なんてね・・・ひさしぶりだね、カミーユ。どうしたんだい、こんなところで」
「フォウ!私が分かるのね!」
カミーユはノーマルスーツのヘルメットを脱ぐと、思わずフォウに抱きついた。
しかしフォウの記憶は、完全に戻っているわけではない。
度重なる記憶の更新によって、消去されたはずの記憶が時々フラッシュバックのように蘇るにすぎない。
だから、あと5分もすれば
「ニューホンコンのフォウ」は
「キリマンジャロのフォウ」に戻ってしまうのだが、カミーユには、そんなことは分からなかった。
ただ、ここにいたらフォウはメチャクチャになってしまうということは、直感的に理解できた。
「フォウ、私と一緒に逃げよう?ここは記憶を取り戻してくれるところなんかじゃない。フォウの記憶をグチャグチャにしちゃうところだよ」
「よく分からないな・・・でも、カミーユが言うのなら、そうなのかな?」
過去の記憶が蘇っているときのフォウは、戦闘機械という呪縛から解き放たれ、必要以上に明るく、判断力が低下していた。
「そうよ!だから、私と一緒に逃げよう?」
「カミーユがそう言うなら、そうするよ。だって、僕、カミーユのことが好きだもの」
それはまるで、幼子が母に従うかのようだった。しかし、今のカミーユには、フォウの異常を正しく把握できる余裕はなかった。ただ
「好き」と言われたことが嬉しくて、フォウの手を引いて走り出していた。
二人は基地の外の雪原に出た。
Zを隠した水源地がどちらの方向か分からなかったが、とにかく少しでも基地から遠ざかろうと、走るしかなかった。
「う・・・頭が」
フォウがカミーユの手を離し、頭を抱えてうずくまった。
「どうしたの、フォウ?」
「頭が痛い・・・」
それは、記憶が途切れる前兆だった。
「フォウ!しっかりして、フォウ!」
「・・・君は?」
「カミーユよ!カミーユ・グローディア!」
「カミーユ?カミーユ・グローディアは、Zガンダムのパイロット・・・」
スッと立ち上がったフォウが、カミーユを見下すその瞳は、キリマンジャロの雪よりも冷たく光っていた。
「僕は君を知っている。カミーユ・グローディアはエゥーゴの中核をなすMS、Zガンダムのパイロット」
「フォウ?どうしたの、フォウ?」
「君は、僕の敵だ」
「フォウ!もっとしっかり私を見て!私を思い出してよ、フォウ!」
カミーユはフォウを抱きしめると、その唇をむりやり重ねた。キリマンジャロは涙が凍るほど寒いけれど、フォウの唇は暖かい。
しかしフォウはカミーユを振り払うと、銃を抜いた。その銃口が震えて定まらないのは、寒さのせいではなく動揺しているからだ。
「お前は・・・敵だ!」
しかしフォウは発砲をためらった。フォウを見つめるカミーユの瞳に吸い込まれるように、動けなかった。
「思い出して、フォウ!」
「うるさい!お前は敵だ!敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ!!!!」
叫ぶフォウの背後から、グワンと迫る黒い物体があった。
サイコ・ガンダム。
まだ試作段階であるサイコウェーブによる遠隔操作システムが作動していた。
フォウは振り向くと、その黒箱に向かってかけだした。
「待って、フォウ!あれに乗っちゃいけない!あれは・・悪魔のマシンなのよ!」
しかし、強化人間の能力を最大限に発揮しはじめたフォウの脚に、カミーユが追いつけるはずがない。
遙かに開いた二人の間に、アムロのディジェと無人のZガンダムを乗せたシャクルズが着陸した。
「Zに乗れ、カミーユ!」
「アムロさん!でもフォウが・・・」
アムロは、本気でフォウを助け出せるとは思っていない。だが、ここでカミーユを死なせるわけにはいかなかったから、叫んだ。
「フォウを助けたければ、Zに乗るんだ!」
「俺はついてるぞ!まさか、こんな僻地で貴様に会えるとは!」
キリマンジャロ防衛のためにバイアランで出撃していたジェリドが、Zを発見し肉迫する。
「マウアーとカクリコンの仇を取らせてもらうぜ!」
むき出しの敵意を投げつけながら、ジェリドは叫んでいた。しかしカミーユはマウアーやカクリコンといった名前が、自分が葬ってきたパイロットのことだとは分からない。
「わけが分からないこと言って、邪魔しないで!私はフォウを助けるの!」
バイアランの攻撃をビームサーベルで受けながら、ちらりと黒箱の方を見る。
拡散ビームを巧みにさけながら、百式とディジェが黒箱を攻めていた。
「クワトロ大尉!アムロさん!やめて!あれにはフォウが乗っているのに!」
そう叫んだ瞬間、キリマンジャロが、突然、膨大な雪煙に覆われた。
ジャミトフが乗ったシャトルが発射したのだ。天高く昇るシャトルの発射によって発生した熱風は、付近の雪を一瞬にして分厚い霧の層に変えてしまった。
ホワイトアウト。水煙と雪が混濁し、吹雪に乗って大気を覆う。視界が白い闇で閉ざされた。
「何も見えない・・・これじゃ、モニターなんて役に立たない!」
そう叫んだとき、カミーユはZの背後に圧倒的な敵意を感じた。
「何、この感覚?・・・イヤ!」
それは、男に襲われるような感覚に似ていた。もしもカミーユが少年ならば、その敵意に冷静に対処できたかもしれない。
しかしカミーユは少女であり、自分に向けられた、男の欲望に似た敵意を恐れた。だから相手を視認する前に、振り向きざま、白い闇に向かって何発も撃った。撃ち終わってから、ジェリドのバイアランだろうと考えた。
風が吹き、霧が晴れる。
カミーユの目の前で、ズズゥンと大きな音を立てながら雪原に倒れ沈んだのは、バイアランではなかった。
カミーユは瞳を見開いた。悲鳴は、声にさえならなかった。カミーユが撃ち抜いたのは、人型に変形した、いかにも男性的な黒いシルエットを持つ巨大なサイコガンダムだった。
「そんな・・・フォウ!あなたなの?」
フォウは潜在的な部分でカミーユを求めたのだ。それは幼児が母を求めるような、純粋な感覚だったはずだ。
しかし、あらゆる意思を攻撃に利用することを強要するサイコシステムは、フォウの求愛心理を男の征服欲に変換してしまった。
だからカミーユはフォウを感じることができず、女である自分を守るために、撃ってしまったのだ。
「フォウ!」
カミーユはZから降りるとサイコガンダムのコクピットに走りより、ハッチを開けた。
シートに横たわるフォウは、既に、息をしていなかった。
壊滅したキリマンジャロ基地を後にしたアウドムラは、次の作戦のために、ダガールに向かっていた。
その格納庫には、すでに冷たくなったフォウを抱きしめながら、呆然と目を開いたまま泣き続けるカミーユの姿があった。
「フォウ・・・フォウの手がこんなに冷たいのは、きっと、ここが寒いからだよね。だから、私と一緒に、暖かいところに行こう?」
うわごとのように繰り返すカミーユは、まだ現実を正しく認識できていない。あるいは、現実を拒否しているのかもしれない。
「死因は何だ?カミーユの攻撃が原因なのか?」
シャアがアムロに訊いた。
「違うな。外傷がない。サイコミュと連動するように調整された強化人間の試作みたいなものだから、未完成な技術が、脳を破壊したのかもしれない」
冷静になれるアムロだから、そういう推測もできる。しかしカミーユには、そういうことは分からない。だからカミーユは自分がフォウを死なせてしまったと思いこんでいた。
「ハヤト、カミーユから強化人間を引き離すんだ」
アムロは、わざと冷淡な声で言った。シャアが顔を上げる。
「アムロ・・・まだいいだろう」
「クワトロ大尉、哀しみに沈んでいるだけでは、人は前には進めないよ。
それに、ジャミトフ暗殺が叶わなかった今、あなたには、ダガールで大きな仕事が待っている。そうだろう、シャア・アズナブル?」
冷たく言うアムロと、逡巡するシャアを見比べながら、ハヤトは思う。
表面だけ見れば、シャアはカミーユに甘く、アムロは厳しい。だが、どちらが本質的に優しい人間なのかと考えると、それは分からない。
そして、冷徹な現実の中で人を動かしていくためには、今のアムロのような判断と態度が必要であると感じられる。
しかし女はシャアのような男に引き寄せられていくのだろう。ましてカミーユ・グローディアは、まだ少女なのだ。
見せかけの優しさに甘えて立ち直るなら、それもいいだろう。今の我々には、泣き崩れているヒマなどないのだから。
「カミーユを頼みます、クワトロ大尉」
ハヤトはそう言うと、カミーユからフォウの遺体を引き離した。シャアがカミーユの肩を叩く。カミーユはまだ、声も無く泣き続けることしかできなかった。
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作:プロト ◆xjbrDCzRNwさん
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