もしもギム・ギンガナムが女だったら

 ハリー・オードを従えてディアナ・ソレルのふりをしたキエル・ハイムは、壇上の女性を見上げた。
 浅黄色のダンダラ羽織に袴姿の女性の腰に、大刀と脇差しが、よく似合っている。
 キエルとハリーを見下ろす切れ長の瞳。華奢で小さな体とは裏腹に、その瞳には触れるもの全てを切り捨てる蒼白い冷たさと、激しく赤い情熱の炎が同時に宿っているように見える。
 彼女こそ、月のギンガナム家を統括する麗しき武神、ギンガ・ギンガナム。
 
 ギンガは、二人を見下ろした。
 一人は、赤いレンズに真意を隠す、愛しい彼、ハリー・オード。もう一人は、その愛しい彼を独り占めする憎い姫・・・いや、その姫の、影武者?あれが、ディアナに瓜二つという地球の娘、キエル・ハイムか・・・
「地球は楽しみましたか?」
 皮肉を含みながら笑うのは、絶対的な存在であり、愛しい男を占有する月の女王に対する、ギンガの、精一杯の強がりだ。その皮肉を女王・・・いや、偽りの女王は軽く受け流す。
「船を一隻、借ります」
「ミスルトゥに逃げたミリシャを追撃するのが、我が部隊の役目。姫様の名を騙る地球人を放置するわけにはいきません」
 もちろん、それが本物の女王であることを、ギンガは知っている。
 これはディアナを亡き者にする、最大のチャンス。
 ギンガは、女王が死ねばハリーの心も移り変わるかもしれないと思う自分を、滑稽だと思う。しかし、このチャンスを逃したくはないのも事実。
 しかしハリーは、そのようなギンガの心を見透かすように言う。
「お言葉ですが、今は、そのような下賎な娘に関わっているヒマはないのです」
 ギンガはギリッと奥歯をくいしばった。
 ハリー・オード。貴男の心は、どんなことがあってもディアナのためだけにあるというのか。
「マヒロー部隊が地球人の娘一人を始末するのに、いかようの時間がかかるものでしょう!」
「戦争ごっこだけをくりかえしてきた家が、実際の戦争などできるものですか」
 キエルの言葉に、ギンガは血液が逆流するような怒りと憎悪を感じた。憎いディアナと瓜二つの顔をした娘が、私を愚弄するような言葉を吐くなど、許せない!
 ギンガは壇上を飛び降りると、大刀を抜き、その刃先をディアナに向けた。
「小生は口惜しいですわ。ディアナ・カウンターなどという市民軍などにまかせず、小生に地球侵略を任せていただければ、一日で成し遂げたものを!」
「また、それを言う。私が発案したのは地球降下作戦でありました」
 ギンガは唇を噛んだ。
 この女・・・本当にディアナの偽物なのか?憎いほど、よく似ている。
 それは、女王の影武者と、反旗を翻しかねない武人の会話ではなかった。ただ、ハリー・オードという一人の男を挟んだ二人の女の、意地のぶつかりあいでしかなかった。
「本艦はこれより、作戦行動に移る!女王を安全な部屋に案内せよ!ハリーはブリッジで、我が艦隊の活躍を見るがいい!」
 ギンガは、ことさらに透き通った声で告げた。


「ハリー大尉、紅茶が冷めますわ。三千年待った、実戦の世がくる・・・フフフ」
 しかしハリーは、ギンガが勧める茶には口をつけず、マヒロー部隊のミスルトゥへの集中攻撃を見て呟いた。
「まるでディアナさまに恨みでも?」
 恨み?そんな生やさしいものではないわ。これは、貴様を占有するディアナに対する小生の、業深い嫉妬の炎なの。本物のディアナは、あの戦火の中央にいる。気が気ではないでしょう、ハリー?
 そんな本音を、ギンガは嘲笑の裏に隠す。
「美しい戦火でしょう?地球侵略の花火ですわ。砕け散るミスルトゥを見て、ディアナは何を思うのでしょうね」
「盟主であるディアナ様を呼び捨てにするとは、貴女の心の内が透けて見えたような気がします」
 ハリー、貴男には、私の気持ちは分からない。せいぜい、武門の家が反旗をひるがえす腹積もりであるくらいにしか考えていないのでしょう。ですが、私にとって武門の家も、女王の立場も関係ない。貴男に恋い焦がれる私は、ただ、ディアナが憎いだけなのです。
 本音を隠し、ギンガは笑う。腹黒い軍人の姿を装いながら。
「これは失言。小生は武門のモラルを守ることしか頭にありません」

 ギンガはキエルを軟禁している部屋に向かった。
「ミスルトゥの破片が、フォンシティに落ちます」
 キエルの顔が蒼白に変わる。
「破片を破壊しなくては・・・」
「今は、そんなことより、あなたに興味があります」
 ギンガは素早く大刀を抜くと、キエルの首の横にピタリとつけた。しかし、キエルは微塵も動揺せず、ギンガを見つめ返す。
「なるほど・・・その肝の据わったところも、憎々しいほどによく似ている。ディアナによく似た娘、どうやってハリーをたぶらかした?」
「無礼な!私を市井の娘と間違えるなどと・・・」
「猿芝居を見たいわけではないわ!」
 刀の柄を握る拳に力が入る。その拳を押さえる手があった。
 二人の女の間に、ハリー・オードが立ち入る。
「何事ですか、ギンガ殿」
「・・・姫様に刀を見せていただけですわ」
「ええ、私が所望したのです。ギンガ殿は武芸の達人であるので」
 キエルが言う。その言葉には、存外の意味が込められている。
 あなたも武門の家の者ならば、ミスルトゥの破片を何とかしてみせよ、と。
 その挑戦を、ギンガは受けざるを得ない。ハリーの前で、嫉妬にかられて刀を抜いた、無様な女のままでいるわけにはいかない。
「ディアナ様の言うとおりですわ。故に、フォンシティは小生がなんとかいたしましょう」
 平然と笑い、刀を鞘に収めるしかなかった。

 しかしギンガがXトップでカイラスギリーを作動させることなく、結果として、ミスルトゥはロランのターンAが持つ「天を焼く剣」で宇宙の塵と消えた。

作:プロト ◆xjbrDCzRNwさん


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