アスラン・ザラ女史
アスラン・ザラ女史の朝は、悪夢を振り払う事から始まる。
夢の内容は主に友人と戦ってコロニーを大破させる夢か友達と決別してしまった時の二つが主だ。
そのカドで同僚二人に犯されたり上官に呼び付けられて犯されたりするバージョンもある。
専門家曰くそういった夢は自分のやましい願望を歪めたカタチらしい。
彼女自身心当たりがあるだけに、いつもそこから否定の文句を並べる。
「私はキラにそんな事を望んでるんじゃない。望んでるんじゃない。望んでるんじゃ・・・」
でもして欲しい相手は否定しないのが彼女らしい。
そろそろ風呂に入らねばならない時間だ。
宇宙において垢等の不潔な要素は大敵である。またそれ以上に、彼女年頃の娘なのである。
と言うわけで朝風呂へ。
シャワーを浴びていると、電話が入った。
体を拭くのもそこそこにテレビ電話の受話器を取る。
「はい。ザラですが」
「どうも」
声の主は何時も自分を慕ってくれているニコルだった。
「そろそろ出港ですからね。遅れないで下さいねアスラン」
今の彼女はタオルを一枚巻いているだけなのだが、ニコルに同様は見られない。
早い話お子様なのだ。
件の陵辱シーンには彼女の父親まで登場するので、少々男性不信気味なのだが彼とは安心して話せた。
「そうね。じゃあすぐ行くから」
「では後程」
受話器を置いて時計を見ると、別段問題無い時間だった。
制服に着替えてしばらくベッドに座る。
ちなみに女性用はタイトスカートなので足の開き具合と合間って色っぽかったりする。
水気が多いのでタオルを頭に乗せるてしばらく恍惚として待つ。
そろそろ良い時間になってきたので朝食を摂る。本日はコーヒーとパンもどき、それから錠剤。
コーヒーをちょっとすすってから今後についてあれこれ思案する。
傍目から見ると何だか怪しげな単語が次々と飛び出すが、彼女は一人なので問題無い。
続き彼女の想い人の話になる。無意識のうちに彼女は声を潜めた。
(キラとも、やっぱり戦う事になるのかな。今度は撃つなんて言っちゃったけど。元は私がケンカを売った様なものだし、例え戻ってきたとしても私なんか見てくれないよね。何だかラクス義姉様と良い仲になってたみたいだし)
思考の無限回廊に落ちていたのに気付き頭を横にシェイクする。
時計を見ればギリギリの時間帯である。急がねば。
先に錠剤を含んでパンを口に挟む。そのまま自分の愛車にダッシュ。
車に飛び乗りアクセル全開。踏みっぱなし。信号も所々無視。
やや危ない運転のおかげで、時間通りについた。
「やあ。遅かったですねアスラン。何かあったんですか?」
「え? ああちょっと今後の事についてね」
「偉いですね。尊敬します」
嘘は言っていないはずだ。等と自分自身に言い聞かせ、出来るだけ何事も無かったように装う。
実の所この少年は自分がそんな事を考えてる事まで御見通しで、無邪気な顔をしているが腹の中では嘲笑しているのではないかと男性不信気味思考が暴走する。
「はい」
ニコルが包装紙に包れた箱を出す。
「何?」
「いえ、何時もお世話になってますから。母が持たせてくれたんですよ」
「ありがとう」
「あ。それ生物ですから出来るだけ早く食べて下さいね」
「やっぱり年の割に気が利くだけか」
「何ですか?」
「うん。何でもない」
彼女は安堵の溜め息をもらした。
アスラン・ザラ女史は、人生最大のピンチを迎えている。
遭難である。
現在彼女は遭難には付き物な極めて希少な原住民・・・の捕虜に尋問中である。
「で、何でこんな所にいるのよ」
くたびれた調子で言った。相手が箱入り娘の彼女以上に世間ズレした少年だったからである。
最初は縛りあげてすぐに殺すつもりだったのだが、そのズレっぷりにそんな気も萎えてしまった。
「煩い! いいからこの縄を解け!」
「あなた自分の達場考えて無いの?」
「大体撃墜したのはお前等だろ?」
「はいはい。縛られてるんだから偉そうにしないの」
とまぁこんな感じである。話が全然噛み合っていない。
「そこで大人しくしてなさい」
噛み合わない会話に耐え兼ねて、彼女は自分の機体に戻る。
そう言えば救難信号を出して無かったな。等と遅まきながら乱されたペースを戻そうと彼女は懸命だった。
夕刻になって雨が降り出した。
救難信号を出し終わった時、少年の姿が消えていた。
彼女は少年が気になっていてもたってもいられなくなった。本人は気付いていないが、元々世話焼き女房的気質の持ち主なのである。
外は雨が降っていたが、構いはしなかった。
よ〜く捜してみると、救難信号の真下で溺れかけていた。どうやらロープの余剰部分が岩場に引っかかったらしい。
「あんたこんな所で何してるのよ」
「良いからロープを切ってくれよ」
尺取虫の様な体勢で想像する彼を想像しながらロープを切ってやった。
「ホント変な奴ね」
「お前もな」
やっと会話が成立する。
が、少年またやってくれた。今度は雨に向かって体の触れる面積を増やしているかの様な奇行をやってのける。
「今度は何?」
「天然のシャワーを浴びてたんだよ。泥だらけだろ?」
「はぁ・・・」
彼女はしばらく呆然と突っ立ったまんまだった。
雨もあがり、夜が来た。
小枝を燃料にたき火をつける。
「服乾くまでこれ羽織ってて」
ひょいとタオルを投げてやる。
投げられた少年はトランクス一枚と思春期であろう少女と一緒にいるのはかなりマズそうな服装だったりする。いや服装とも言えないか。
そんなこんなで彼女の頬はほんのり赤い。
「はい。ザフトの物だろうと食べ物は食べ物よ」
「意外と良い奴なんだな。で、何で助けてくれたんだ?」
「・・・それは」
その後色々な世間話に始まって、好きな人についてのお話やら政治経済。最終的には哲学論に至るまで話は尽きなかった。
結局二人の長話は、夜も更けて悪い子もいい加減寝たであろう時刻まで続いた。
昼間の疲れで彼女が何時の間にか眠ってしまったからだった。
「あれ? もう寝たのか?」
無防備にも、彼女ことイージスのパイロットはすやすやと眠っている。
少年は彼女に気付かれぬ様、そっと近づく。別にそっち方面のやましい気持ちは無いのだが、何となく気が引けた。
(チャンスだ。でも昼間の仮があるんだよなぁ)
しばし黙考。
(ええい。一か罰かだ!)
彼女のブラスターに触れた。その瞬間はっと彼女も起き上がる。
「スマン」
後方にジャンプして間合いを取る。
「やめてよ。今度は本当に殺さなきゃならないじゃない」
失望の色を隠す様に無表情に言った。
(せっかく信用出来ると思ったのに・・・馬鹿)
「でででも、お前をここで逃がしたら、またあのMSで地球を攻撃するんだろ!?」
「なら撃ちなさいよ。・・・その代わり後悔する事になるわよ」
気迫に負けて少年は武器を捨てた。
暴発して彼女に当たったが。
「もう、何でそんな半端な所で投げ出すのよ!」
「スマン」
「無茶ばっかりするんだから」
怒ってはいたが、心の何処かでは殺さずに済んだ事を喜んでいた。
「もう何なのよ。邪魔だからあっちに行ってなさい」
「いや、このままじゃ借りの作りっぱなしだろ。俺が手当てを」
「いいわよ」
「良くない」
「・・・もう好きにして頂戴」
夜が明けた頃、それぞれ連絡がついた。
「もうお別れね」
「ああ。元気でな」
「ええ」
少年は大分遠くまで行ってから、振り返った。
「そう言えば、最後になるけどお前はなんて名前なんだ?」
「私はね。アスラン・ザラ」
「そっか、良い名前だな。俺はカガリ」
もう逢う事は無いだろうと思いながら、彼女は目一杯手を振ってやった。
無論後日再開する事等知る由も無い。
この間見た親友と言うか好きな人というか幼馴染と言うべきか、そんな人物とばったり逢ってしまったからだ。それから奇怪至極な原住民で一晩ご一緒した少年も。
現在二股街道爆進中な乙女の微妙な心境だったので、ふらりと出た次第だ。
太平洋の某国に網を張って三日。そろそろ出撃だったが今一つ気が引き締まらない。
潮風が鼻にかかれば彼の国の王子サマの事を思い出すし、我等が母艦を見ればかつての想い人を思い出す。
本人にはそれが非常に青春真っ盛り、恋ですよ恋。という事が実感出来ない。
しかもそれが、戦争という本質を隠すミラージュコロイドもどきによってコーティングされているからなおのとであった。
「さむい」
上着を羽織ろうとしたとき、一番信用出来る部下仏のニコルであった。がやって来る。
「ああ、こんなところにいたんですか。捜しましたよ。どうしたんですか?」
「ちょっとね。んん何でもないのちょっと空気が吸いたいななんて」
言葉に覇気は無く、病人のようだった。
ニコル少年は彼女が何故悩んでいるか知らないので、自分より年上の悪ガキさんの事だろうかと判断して少し強気、つまり頼もしい男らしいという形容可能な喋り口調で言う。
「何か悩んでるんだったら、その時は僕が力になります。そして守ります」
「ありがとう、ニコル」
「いえ僕はアスランの事が…」
「私の事が?」
「ええと、何でもないんです。何でも」
取り乱して脱兎の如く駆けて行ってしまった。
ニコルも御年頃なんだな、と彼女は思った。ただ彼女が姉に対する反応だと思っているのは、実は高嶺の華に対する淡い想いから生じる。
戦闘開始から約数分。
「ストライクぅぅぅぅ!!」
「この野郎!」
ドカンと一発爆発が起こり、部下二人が海へと放り投げられた。
何時ぞやの時は夢に出る程恐ろしい存在だったが、最近はそうでは無くただの感情的な子なのだと解釈するザラ女史だった。
何時からだったろうか。記憶が曖昧でとても定かでは無い。ただ最近無人島に廃棄される夢が多くなり幾分か夢見が良くなった事だけはわかった。
「ディアッカ、イザーク、下がって!」
「うるさい!」
口惜しそうな声が聞こえて来る。最早定番ちなった八つ当たりゼリフも。
「言われなくてもわかってる! チクショウ!!」
とても軽やかな動きのかつての想い人が、彼女の眼前へと近づいて来る。
深呼吸を一つ。
もう何ヶ月も前の話だが、次は私が撃つから。等と宣言してしまった事を思い出す。
無理にでも引っ張って来れば良かったのだろうかと思う間もなく、先制攻撃の振動に揺られる。
「変わったね。キラ」
先に動いたニコルは腕を落とされ落下した。しかし今は、目の前の撃つべき敵と対処せねばならない。
「アスラン!」
「キラ!」
掛け声とともに激突するが、取りこぼしことストライクの攻撃は遠慮がちだった。それでももうフェイズシフト・ダウンの時は近い。
「撃ちなさいよ…キラ」
「くっ」
「私は…私は」
「うぉぉぉぉ」
とても強い。手加減さえしてくれている。かつてのキラからは想像出来ない。怖い。ここで殺されるの、私は。
やらなきゃ。守らなきゃ。母さん。死にたくない。
でも撃ちたくない。ラクス姉さん。カガリ。そのMSは殺すんだろ。どうしてこうなったの。撃たなきゃ。でもでもでも。
それら諸々の思考が丁度二順したところで、割って入ってくるのは深手を負ったブリッツ。ニコルの登場で彼女の混乱は頂点に達する。
「やめて、来ないで! 今来たら…今来たら死んじゃう! 駄目!」
そして切られる。
「僕は、アスラン、あなたの事が…」
ヘルメットの割れる嫌な音が。
「ニぃぃぃぃぃぃコルぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
気がつけば、彼女ことアスラン・ザラはそこにいた。
目の前には何時ぞやの少年がいる。今日は、何と言うか剣幕だ。銃口は彼女の方を向いている。
「よぅっ!」
「カガリ…?」
「お前が、お前がストライクを殺ったのか?」
無言で刺さっていた針を抜く。
「答えろ。お前がやったのか!?」
「そうよ」
窓の方を見る。
怒りを向けられるのが怖いからだ。何時ぞやの彼女が、戻ってきたのかも知れない。
「何故だ。あいつは良い奴だったんだぞ。馬鹿で、優秀だけど抜けてて、お人好しで」
彼女は少年の方を見る。涙を堪えているのが解ったから、また顔を背ける。
「相変らずなんだね」
「キラを…知ってるのか?」
今度は驚愕の表情。何時もなら、相変らず気性が激しいのねとか言っていたかもしれない。
だが今は鬱な気分だったから、彼女は何も言わない。
代わりに、元気の無い声で言う。
「ええ。ずっと…」
少し詰まる。
「良いおともだちだったもの。私達」
「だったら何で!」
「知らない…わよ。気がついたら、敵になってて、何度も一緒に来てって、何度も言った。でも解ってくれなくて。私の大事な人達を傷つけて」
涙が出てきた。
ブラスターが近づいて来る。カガリの方もだ。
彼は主張する。否咆える。
「やられたらやり返す!? それで、それで何が残るってんだよ! 糞ッ!」
コーディネーターと言えど、彼女は所詮線の細い少女に過ぎず、抵抗虚しく押し倒される。
「もう誰も傷…たく…かった。だ…ら…から」
涙が、もう止まらない。
何を喋っているのかもう、見当がつかない。
「畜生! 畜生! 畜生!」
「許し…私、駄目やめてよぅ」
肩を鷲掴みにして、カガリは息を荒げる。
「忘れさせてやる。忘れさせてやるぞ、キラの事なんか!」
「や…めて。お願…。ホントに、駄目なの…それだけは」
興醒めか、あるいは意識の覚醒か。彼の手は止まった。
またもや一転。しどろもどろになって否定した。
「そのなんだ、御免。ついカッとなって」
泣き止んでからも、彼女はしばらく鬱状態だった。
表情自暴自棄。三角座り。
鼻をすする。周りに男がいるとかそんな事は知った事では無いといった感じだ。
「怖かった…か?」
彼女は無言で頷く。それからゆっくりと話し始める。
「怖かった」
彼女の髪が風に揺れる。
「私、男の人が苦手で、まともに話した事なんか殆ど無いの。本当。嘘じゃない」
「そうか」
「まともに接したのはキラとニコルそれからあなたくらい。でも」
「ああ」
「ニコルはキラに、キラは私が、そして私はカガリに、その何て言うか殺すって言うかそのっ」
何を思ったか、カガリはそっと歩み寄り、彼女を立たせる。
そして抱擁。
嫌らしい印象を与えないスマートな抱擁だった。
「よしよし、泣くな。ほら大丈夫だ」
不思議と、拒絶は無かった。と言うかむしろ彼の胸に顔を埋める。
「よしよし、よしよし」
「カガリ…」
「ほら落ち着いたろ」
「うん。ありがと」
「そろそろ迎えが来るらしいぞ」
「そっ…か」
彼女が少し名残惜しげに言う。
今日は色々あった。
ただ部屋にいただけなのに。色々とあった。嫌なことも良いことも。
目を伏せていると、カガリがゴソゴソと何かを取り出す。
「その何だ。さっきの詫びじゃないけどさ。これ、受け取って貰えないか」
彼は、奇麗な彩の石を取り出す。
宝石とかその手の代物に興味を示さない彼女の目にも、希少な品物である事が察す事が出来た。
「お前、変な奴だろ。だから、守って貰え」
「え、でも」
「いいからさ。黙って持ってけよ」
有無を言わさずに、首に引っ掛けられた。
外で、音が聞こえる。彼女の迎えであり、暫定的な帰るべき場所だ。
「ほら迎えだ」
「そうね、また運があったら…今度は、優しくしてよね。怖かったんだから」
「ああ」
「それじゃあ」
彼女の髪と服が、南国の塩を含んだ風に靡いた。
作:33さん
もどる