アムリィ・レイ
ガンダムで出たアムリィは、逃げるアッガイを四機撃破したが、シャアの赤いズゴックだけは逃してしまった。
いや・・・ほんの一瞬だけ、退却するズゴックの後ろ姿を照準に捕えた。
もしもライフルを発射していても、あのシャアのことだ、後ろに目がついているかのように、楽々とかわしただろう。
でも、ひょっとしたら、あのシャアを倒せたかもしれない。
しかしアムリィは、シャアの素顔を思い出したその刹那、ライフルを発射することが出来なかった。
「セイラさんのお兄さんかも知れない人を、撃てないよね」
それは自分に対する言い訳であり、一瞬だけの邂逅を果たしたシャアの素顔を思い出すたびに高まる胸の動悸が、今の自分の気持ちを雄弁に物語っているのを、アムリィは自覚していた。
しかし、今まで自分たちを追いつめてきた敵の仕官に心を奪われ、一目惚れのような恋に落ちかけている自分を認めたくはなかった。
だから「セイラさんとシャアのこと、黙ってた方がいいよね」などと、自分の感情とは無関係な独り言を、WBに帰還するガンダムのコクピットの中で、わざと、つぶやいてみた。
フラミンゴの群を後にしながら、WBは再び宇宙へ出港した。シャアの追撃をかわし辿り着いた先は中立サイト、サイト6である。
「ここにいると、戦争中だってこと、忘れるね」
ハヤトがニコニコしながら言うが、アムリィは、そうは思えなかった。
なけなしの休暇が与えられても、街を歩くときは軍服の着用が義務づけられている。中立サイトでのスパイ行為を禁じる目的らしい。
ハヤトは気にしていないが、さっきから連邦の制服を着て街を歩く自分たちを、ジロジロと、通りすがりの人が見ていく。
グレーの士官服やブルーの新兵服ならともかく、ピンクの女性新兵服は目立ってしょうがない。
「ねえ、ハヤト、フラウ。もうWBに帰らない?」
「じゃあ、アムリィだけ帰れば?私たちは、もっと遊んでくから」
ハヤトの腕を取って、フラウが言う。邪魔者はいなくなれと言わんばかりだ。
「何言ってんだよ二人とも。せっかくの休暇なんだから、遊ばなきゃ損だぜ」
女心のカケラも理解できないハヤトが言うことは、いつだって脳天気だ。
「やれやれ・・・」
ふぅっとため息をつき、でもハヤトの言う通りかも知れないなぁ・・と思ったときだった。視線の先に、見覚えのあるシルエットがあった。
本屋から出てくる、痩せた猫背の男・・・
「パパ・・・?」
「どうした、アムリィ?」
ハヤトが訊く。
「え?あ、あの、私、本屋によってくから、あとは二人で仲良くね」
ダッと走り出すアムリィを追いかけようとしたハヤトは、フラウに腕をグイッと引っ張られた。
「ほっときなさいよ。いつだってワガママなんだから。それより、もっと街の方に遊びに行こう?」
「う、うん・・・」
後ろ髪をひかれながらも、ハヤトはフラウについていった。
間違いない!あの後ろ姿はパパだ・・・
「パパ!待ってよぉ・・・」
エレキバスに乗ろうとした男・・・テム・レイは、立ち止まって振り返った。
「おお、アムリィか」
感動の再会と言うには、あまりにも素っ気ない口ぶりであったが、アムリィはその声を聞いただけで目に涙を浮かべていた。
「その服はなんだ?軍人の見習いにでもなったのか?」
「パパ・・・私、今、パイロットなんだよ。パパが作ったガンダムの、パイロットしてるの」
それまでボウッとしていたテムの顔が、ゆっくりと目を見開き、半開きだった口の両方が釣り上がって、驚きと喜びが交錯した奇妙な笑顔になった。
「そうか!アムリィがガンダムのパイロットか!お前は女の子だから、いくら機械いじりが好きでも、私の仕事など理解できないと思っていたがなぁ・・・」
テムがしみじみと言う。
男の子が欲しかった・・・それが、テムの口癖であったことを思い出して、アムリィは少し哀しくなった。
でも、いいんだ。今、パパは私がパイロットであることを喜んでくれている。
「ついてきなさい、アムリィ。お前に渡したいものがある」
そう言ってスタスタと歩き出したテムの後を、アムリィは慌てて小走りで追いかけた。
古く腐った機械油と錆の臭いが立ちこめるジャンクの山の隣りに立つ、薄汚いプレハブの2階に上る階段を、テムは昇り始めた。
兵器倉庫の機械の匂いになれているアムリィでさえ、臭くて鼻をおさえなくてはいけなかったが、テムは一向に気にする気配はない。
「こ、ここは?」
「ジャンク屋というのは、情報を集めるのに便利でな。ここに住み込ませてもらっている」
図面の散らかった部屋に入ると、テムは一枚の図面を取り出した。
「これを見なさい、アムリィ。今のお前ならば、これの素晴らしさを理解できるはずだ」
それは、時代遅れの集積記憶回路の設計図だった。今どき、工業高校の生徒の方が、もっとましな図面を引ける。
「パパ、これ・・・なに?」
「うーん、まだお前には難しすぎたか。これはな、ジオンのMSの回路をもとに設計した新型コンピュータだ。処理速度など今の3倍まではねあがる。あの、赤い彗星とだって互角以上にやりあえるぞ。これが、その完成品だ」
テムが差し出した、不格好な機械・・・それはもはや、回路と言えるようなものではなかった。
『パパ・・・パパは、おかしくなってしまったの?』
口には出せず、アムリィは、ただ、黙ってうつむいた。
またガサゴソと紙の束を取り出す。手書きの、OSの仕様書らしい。
「その回路に、このOSを走らせるんだ。これも私がここで開発したものだがな、こいつはすごいぞ」
アムリィがパラパラとめくった仕様書は、最低限MSの手足を動かせるだけというだけのものだった。
「このディスクに、このOSが入っている。これをガンダムのコンピュータにインストールしなさい。ああ、もちろん、その前にさっきの回路を取りつけることを忘れずにな」
「で、でも・・・パパは?パパはどうするの?」
「まだまだ研究中のものがあるのでな、しばらく、ここにいることにする」
頭をかきむしると、テムは机の上にあるガラガラと落とした。その大きな音に、アムリィはビクッと震えた。テムはアムリィにかまわず、机の上に直接、図面を書き殴り始めた。
酸素欠乏症・・・
話には聞いたことがある。
完全な廃人にならず、ただ生活するだけなら、特に困ったことはないテムの場合、それは極めて軽度なものであるはずだ。治療すれば、元のパパに戻るかもしれない・・・
「パパ・・・研究なら、ここじゃなくてもできるよ」
アムリィは、自分の声が震えないように、ギュッと拳を握りしめながら、なるべく明るい口調で言った。
「私と一緒に、WBに行こう?連邦軍のどこかの基地に行けば、ここより、もっと、いい環境で研究ができるよ」
そして、いい環境で治療を受けることができるよ・・・本当はそう言いたいのを、アムリィはグッとこらえた。
しかし、テムは振り返らなかった。一つの事に没頭すると、もうそこに、アムリィがいることが分からないのだ。
「パパ・・・」
「ん?」
やっと振り向いたテムの顔は、目の焦点があっていなかった。
「おお、アムリィか。ひさしぶりだな」
「パパ・・・?」
「よく、私の住んでいる場所がわかったな。それにしても、その服・・・軍にでも入ったのか?」
記憶がつながらないのだ・・・ほんの1分前のことさえ、憶えていない。
「うん・・・私ね、ガンダムのパイロットになったの・・」
「それはすごい!本当なのか?」
「うん・・・忙しいから、もう行くね」
「いや、ちょっと待て。それなら、お前に渡すモノが・・・えーっと、あの図面とディスクは、どこに置いたかな・・・」
ガサガサと部屋の中を歩き回りだしたテムを置いて、アムリィは、そっと部屋をでた。そのうち、自分が何を探しているのかも忘れて、また拙い図面を引くことに集中するのだろう。
帰り道、アムリィは声を殺して泣いた。
「ウ・・ク・・・・パパ・・・パパァ・・・」
あの様子では、テムは長くは生きられないだろう。いずれ時を待たずして、このガラクタが、天才技術者であった父の形見になるだろう。
そう思うと、父がくれたガラクタを、ただのガラクタだと知りつつも、捨て去ることもできずに胸にギュッと抱きしめながら、アムリィはボロボロと涙を流し続けた。
サイド6を出港する前に、もう一度だけ父に会い、その姿を記憶にとどめておきたい。
ブライトから許可をもらうと、アムリィは、エレカを走らせた。
ポツリと頬にあたった水滴は、瞬く間に激しいスコールへと変わった。
「天気の予定表、見とけばよかったなぁ・・・」
ブレーキを踏むと、人工湖のほとりにある家の前でエレカを止める。空き家のようだった。別荘か何かなのだろうか?
「軒下を借りても、バチはあたらないよね」
屋根つきのテラスのようなところで雨をしのごうとした時、湖面から、バシャッという音が聞こえた。一羽の白鳥が傷ついた羽をばたつかせる音だった。
「ケガ、してるのかな・・・」
「かわいそう」
予想もしなかった人の声が聞こえて、アムリィは、思わず振り返った。
コテージの入り口の扉が開き、一人の少女が、テラスに降りてきた。
「あ、あの、私、人がいるとは思ってなくて・・・勝手にあがっちゃって、ゴメンナサイ!」
「いいのよ。気にしないで」
黒い髪、黒い肌、透き通るエメラルドグリーンの瞳。その少女は微かに微笑むと、テラスのイスに座った。
気まずい沈黙が、二人の間に降りる。いや、気まずいと思っているはアムリィだけで、その少女はアムリィのことなど、まるで気にかけていないようだ。じっと、哀しげな瞳で傷ついた白鳥を見つめていた。
「あの白鳥、気になるの?」
沈黙に耐えきれず、アムリィが訊いた。
「美しいものが嫌いな人が、いて?」
「え?」
「それが、傷つき、本来の美しさを失っていく・・・それが哀しくない人が、いるのかしら?」
少女の言葉に、アムリィは父のことを思い出した。
酸素欠乏症にかかり、本来の人格を失っていく、パパのことを・・・
「あなた・・・何が哀しいの?」
「え?」
少女の声に、ハッと我に返る。涙が頬を伝っていたことに、アムリィは気がついていなかった。
「やんだわ」
少女が言う。コロニーの中心に青空が広がっていた。
少女がテラスから地面に、トンッと降りる。裸足で湖に走り出す少女の姿は、白鳥のように見えた。
「きれい・・・」
アムリィは少女の姿に心を奪われた。そして、それと同時に軽い嫉妬を感じた。
どうして、同じ女なのに、あんなに優雅な人がいるのだろう?年なんて、私とそんなに変わらないように見えるのに・・・
自分の赤毛とそばかすを少しだけ呪いながら、アムリィはエレカに乗った。
「アムリィじゃないか。よく私が住んでいる場所が分かったな」
案の定、父は、昨日アムリィと再会したことを憶えていなかった。
しばらく昨日と同じような会話をして、アムリィは部屋を出た。
「さよなら、パパ」
もう、二度と会うことはないだろう。覚悟はしていたつもりだったけど、エレカのシートに戻ったら、枯れたと思っていたはずの涙が、また滲んできた。
「いっけない!もう、こんな時間!」
我に返り時計を見ると、WBの出港準備開始時刻まで間がなかった。近道をしようと、舗装されていない道を選ぶ。さっきまでの雨でぬかるんでいたが、遠回りするよりはましだ。
ハンドルを握りアクセルを踏んでいても、パパの姿を思い出すと、涙が滲む。
それがいけなかった。滲む視界に飛び込んできた対向車に気がつくのが、一瞬、遅れた。
慌ててハンドルを切る。衝突はしなかったが、アムリィのエレカの車輪はぬかるんだ溝にはまって抜け出せなくなってしまった。
停止した対向車から、一人の男が降りてきた。
「すまんな、君。なにぶん、運転手が未熟なものでな」
「いえ・・・え?」
アムリィは、思わず息をのんだ。
赤い士官服と、瞳を隠す仮面・・・間違いない。ジャブローで見た、あの男。
WBを執拗に追跡する赤い彗星にして、セイラさんの兄・・・
シャア・アズナブル!
「どうした?私の顔に、何かついているかね?」
「い、いえ・・・」
アムリィは、ジッとシャアの顔を見ていた自分に気がつき、あわててうつむいた。頬が紅潮し、胸の動機が早くなる。
「ごめんなさい。よけられると思ったんだけど」
運転席から女の声がした。
「あの人・・・」
それは、さっき湖であった美しい少女だった。
「車でひかないと、むりだな・・ララァ、少し待っていてくれ」
シャアはロープを取り出すと、二台のエレカをつないだ。
「スミマセン・・あの、お名前は?」
「シャア・アズナブル。ご覧の通り、軍人さ」
「ひょっとして、あの、赤い彗星・・・」
アムリィの言葉に、シャアは苦笑した。
「私のことを、そう呼ぶ人もいる」
アムリィは、あらためて男の仮面と、赤い士官服を見つめた。
やっぱり、あの、赤い彗星・・・間違いなかったんだ。
「君は?」
「あ・・アムリィです。アムリィ・レイ」
「アムリィ・・・不思議だな、初対面なのに、前から知っているような気がする」
初対面じゃないんですぅ・・・
あなたと私は、何度もMSで衝突している。ジャブローでは、直接対峙もしている。
あなたがセイラさんの兄であることも知っている。だけど、あなたは、私のことを何も知らない・・・
「ララァ、車を動かしてくれ。静かにな」
アムリィのエレカが引っ張られ、溝から出る。その一連の作業を、アムリィは緊張と弛緩の間でゆれながら、ボウッと見ていた。
どうしてだろう。敵の士官なのに、素顔さえ分からないのに、何よりも、自分たちの乗ろうWBをあれだけ窮地に追いつけてきた宿敵と言ってもいい男のはずなのに・・・こんなに魅かれてしまうのは、なぜ?
そして、あの少女・・・ララァ?あの娘、いったい・・・
「アムリィくん、君は、何歳かな?」
シャアの声に、アムリィはハッと顔をあげた。
「あ、あの、15です」
「若いな。敵の士官を見て緊張するのは分かるが、せめて礼くらい言ってくれると、君の魅力が光るのだがな」
「あ、あの、スミマセン!ありがとうございました!」
アムリィは腰を90度にまげて頭を下げた。真っ赤になった顔を見られないようにして慌ててエレカに乗り、スタートさせた。残されたシャアは少し呆れながら呟いた。
「私が赤い彗星と知って、怯えたのかな?」
「フフフ」
ララァが笑う。
「どうしたんだ、ララァ?」
「違いますわ、大佐。あの娘、大佐の魅力にまいってしまったのよ」
「・・・そういう冗談は、好きではないな」
そう言いつつもフッと苦笑したシャアは、ララァが待つエレカの助手席に戻った。
アクセルを踏みながら、ララァが言う。
「あの娘、また私たちの前にあらわれるわ」
「どうして、そう思う」
「理由はありません」
「それがニュータイプというものか」
「違います。これは・・・そう、女のカンのようなもの」
ララァの言葉に、シャアは肩をすくめた。そういった、いかにも女の言う冗談で話をはぐらかすのが、フラナガン機関に拾われるまでは男を悦ばせることを生業としてきたララァの悪いクセであることを、知っているからだ。
薄暗い部屋で、シャアはララァの肩に手を回す。
一糸まとわぬ二人は情事の後のけだるさを残しながら半身を起し、テレビをつけた。
テレビ画面の発光が、二人の裸身を薄紫に照らす。
『ドラマではありません。実戦です。宇宙の片隅で、連邦とジオンが戦い続けているのです』
レポーターがヒステリックに叫ぶ。
「フラナガンは優しくしてくれたか?」
「はい。ベッドの中の大佐ほどではないけれど、ネズミやウサギのような実験動物よりは優しく扱ってくれました」
シャアの問に、清楚と淫猥が同居する微笑で、ララァは応えた。
「よく見ておくのだな。実戦というのはドラマのように、かっこうのいいものではない」
「はい・・・でも」
「でも?」
「白いモビルスーツが勝つわ」
「ガンダムは、画面に出ていないが?」
「わかるわ。その為に大佐は、私のような女を拾ってくださったのでしょう?」
「ララァは賢いな」
「フフフ」
しばらくして、画面にうつったジオンのチベ級戦艦が沈んだ。
「ね、大佐?私の言うとおりでしょう?」
「ああ。さすがニュータイプだ」
「そういう言い方、好きではないわ」
そう言いつつ、ララァはシャアに体をすりよせる。
「ね、大佐。昼間のあの娘、かわいかったわね」
「ああ、たしかアムリィと言ったか」
「あの娘のこと、いやらしい目で見てた」
そう言いながら、ララァはシャアの耳を微かになめた。
「私が?冗談だろう?」
「さあ、どうでしょう?」
「妬いているのかな、ララァ?」
妬いている自分を見せて、男の気を引く。よくある手だが、それに乗るのも悪くない。
シャアはララァの腰をひきよせた。
「ねえ、大佐。あのアムリィという娘・・白いモビルスーツのパイロットだったら、どうします?」
その問に、シャアはララァの胸を探る手を止めた。
「あの娘が私を撃とうとしたら、大佐に、あの娘を殺せるかしら?」
「当然さ」
男を試すララァの瞳を、シャアは目とヒタイの境への口づけで塞ぎ、二人だけの熱い時間に集中した。
「地球連邦軍、ばんざーい!」
ガンダムの活躍をテレビで見ていた父が、半狂乱で万歳をくりかえし、あげく、階段から落ちて死んだことを、アムリィは知らない。
ただ、なんとなく感じたのだ。今、父が死んだのだと。それはアムリィのニュータイプへの覚醒だったのかもしれない。
だからWBに戻ったアムリィは、泣いていた。
「どうしたんだい、アムリィ?」
心配そうにガンダムのコクピットをのぞきこむハヤトに「なんでもないよ」と、作り笑いを浮かべて応えると、シートから身を起こし、無重力に体を流した。滲む涙が水滴になって浮いた。
そして、自室に戻ると、声を殺して泣いた。胸に父の形見のガラクタを抱きながら。
ミラーが壊れ、8ヶ月も夕暮れが続くコロニー・テキサス。
このコロニー内で極秘裏に行われていたニュータイプ試験を終えた直後のララァは、コロニーに侵入したガンダムの・・アムリィの気配を、朧気に感じ、顔を上げた。
「何かしら、この感じ・・・」
「どうしたのだ、ララァ」
シャアが聞く。ララァは微笑してはぐらかす。
「フフ。大佐が私の心を触ったような気がしたんです」
「そういう冗談は、やめてくれないか」
シャアの返事に、ララァは笑みをひっこめて応える。
「誰かが、コロニーに侵入したのかも」
(ララァが何かを感じたのであれば、それは敵かも知れない・・・)
シャアはしばらく思案していたが、ゲルググを出撃させることを決めた。
(何だろう・・・この感じ、男の人ではないような気がする・・・)
しかしララァは、それを口にはしなかった。シャアの気が、自分以外の女に向くのは、面白くない。
「まいったなぁ」
ガンダムのコクピットで、アムリィは呟いた。
偵察のためにコロニーに入ったまでは良かったが、砂漠化が進んだテキサスの内部は、砂塵で視界が悪すぎる。
ゲルググのコクピットで、シャアはほくそ笑んだ。
「まさか、ガンダムとはな。ララァ、安全な場所からよく見ておけ、MSの戦いというものを」
『はい、大佐」
バギーのハンドルを握るララァの返事を聞くと、シャアはゲルググをゆっくりとジャンプさせた。
砂塵の中、遠くに止まるバギーをアムリィは見つけた。
「こんなコロニーに、人がいる?」
モニタの倍率を上げる。
「あれ・・シャアと一緒にいた女の人!確か、ララァって言ってた・・・」
と、いうことは、このコロニーにシャアがいるということ?
そう思った瞬間、アムリィは背後から迫るゲルググの気配を感じた。
「来る!」
一条のビームを避ける。バッと砂塵が舞う。そのガンダムの動きを見たシャアは驚愕した。
「完全に後ろを取ったはずだ・・・なぜ分かった、ガンダム!?」
そう、アムリィはゲルググを見つける前に、ビームを避けたのだ。
「厄介な・・・ガンダムのパイロットもニュータイプだというのか?」
「赤いMS!やっぱりシャアがいた!しかも、新型!?」
ガンダムの照準がゲルググを捕える。
今、引き金を引けば、直撃できる・・・それは、シャアが死ぬということ?
その一瞬の躊躇を見逃すような赤い彗星ではない。素早く蛇行しながら遠ざかるゲルググの正確な射撃が、ガンダムに、ビームの雨を降らせる。しかしアムリィは、その全てを感じてよけた。
「間違いないな。私の射撃は正確なはずだ。それをことごとく外すとは」
「・・・赤い彗星って、こんなに遅かったっけ?」
アムリィは戸惑っていた。その気になれば、既に3回はゲルググを直撃できた。それをしなかったのは、憧れのシャアを殺せないという想いと、自分の能力の開花に対する戸惑いがあったからだ。
「あ、しまった・・・見失っちゃった」
一瞬の戸惑いのうちに、ゲルググが視界から消えた。岩陰に隠れたのだ。
「どこからくる・・・?」
アムリィからシャアは見えない。しかし岩陰沿いにガンダムの横に廻ったゲルググは、ガンダムを正確に捕捉していた。
「これまでだな、ガンダム」
「わかったよ、シャア!」
ゲルググのビームナギナタがガンダムを突く直前、アムリィはそれを避けた。
「シャア!あなたのやることが、手に取るように分かる!」
「なんだと!」
シャアが叫ぶ。今までのガンダムであれば、倒せたはずだ。
ガンダムが攻撃動作にうつる。ビームサーベルを抜くスピードが、ひどく遅く感じられた。
「もっと早く動いてよ!」
叫びながら、アムリィは気づいた。赤い彗星の新型MSが遅いわけではない(むしろ今までより早い)。自分の反応が早すぎるのだ。ガンダムの動作が追いついていけないほどに。
これが、以前、ウッディが言っていた「ニュータイプかもしれない」ということなのだろうか?
アムリィが焦る間に、ゲルググは回避運動にうつっていた。パイロットとしての反応速度はアムリィの方が上でも、MSの性能はゲルググの方が上だった。
シャアはガンダムから離脱すると、偽の爆発を演出する爆薬をしかけると、ララァの元に急いだ。
「ララァ、地面に伏せろ」
シャアが、ララァをかばうようにゲルググを着地させる。偽の爆発が砂塵を巻き上げる。
「コロニーに穴があいたな。遠くだが、ここもいずれ空気の流出がはじまる。急いでザンジバルに戻るんだ」
『はい。でも大佐は?』
我が身を気づかってくれるララァを愛しいと思う。
「偽の爆発で、あのパイロットを騙せたとは思えん。しばらく様子を見てから戻る。心配するな」
うなずいたララァがバギーに乗ってザンジバルに向かうのを見届けると、シャアはもう一度、ゲルググを立ち上げたが、損傷をチェックすると、ため息をついた。
「この損傷でガンダムと対峙できるとは思えんな。ゲルググは後で回収するか」
ハッチを開け、ためらいもせずに機体を捨て砂漠に降りた。岩陰から出たところで一台のバギーを見つけた。運転しているのは連邦軍の黄色いノーマルスーツだ。
「あれを奪えば、ザンジバルまで、早く戻れるな」
シャアは銃を抜くと、威嚇のために引き金を引いた。バギーの前の砂塵が小さく上がり、ドライバーはブレーキを踏んだ。
そのノーマルスーツは、こちらを振り向きシャアと視線を絡ませると、驚いたようにつぶやいた。
「・・・兄さん」
「アルテイシア・・・私はお前に、軍から身をひいてくれと言ったはずだが・・・」
「まいったなぁ。これも焼き切れている」
ガンダムのコクピットで、アムリィはため息をついた。
MS戦では損傷はなかったが、シャアがしかけた外壁の爆発にまきこまれ、内部回線がいくつかショートしていた。
「誰かに見つけてもらうしかないかぁ・・・」
その時、ノーマルスーツの回線にセイラの声がわりこんだ。
『ジオン・・・ザビ家に・・』
雑音がひどくて、はっきりとは聞き取れないが、たしかにセイラの声だ。
「探しに来てくれたんだ!ラッキー!セイラさーん、アムリィですぅ。あれ?何で気がついてくれないの?ひょっとして、こっちの声は聞こえないのかなあ?」
アムリィが困っていると、その声は、急に鮮明に響いてきた。
『お前の兄が、その程度の男だと思っているのか?』
この声・・・
「シャア!?セイラさん、シャアと話してるの?」
『兄さんは、何を考えているの?』
『ニュータイプは人の革新であり、可能性だ。そのニュータイプがガンダムのパイロットとして私の前に立ちはだかるのは、面白くない』
『アムリィのことね』
自分の名前がセイラの口から出た瞬間、アムリィは心臓がキュッと小さく縮むのを感じた。自分がガンダムのパイロットであることが、シャアに分かってしまった・・・
シャアは驚愕していた。
アルテイシアは今、アムリィと言った。
どこかで聞き覚えがある名前・・・まさか、サイド6で出会った、あの少女のことか?今しがた赤い彗星と呼ばれている私を圧倒したばかりのパイロットが、サイド6でエレカのタイヤが泥溝にはまり、困っていた、あの少女だと言うのか?
しかし、その驚愕と動揺を、シャアは仮面の奥にひた隠した。
『・・私がマスクを・・過去を捨てた・・・・』
『兄さ・・・キャスバ・・・・』
また音が聞きにくくなったが、アムリィはもう、その音さえ聞いていなかった。
シャアは、私がガンダムのパイロットであることを知った。それでも私を撃つだろうか?
きっと撃つだろう。
彼にとっては、私はただの、連邦の一パイロットにすぎない。敵にすぎないのだ。
そう思うと、アムリィは切なくなった。自分はあの人を撃つのに、ためらいを感じずにはいられないのに・・・あの人のことを思うと胸が高鳴るというのに・・・きっとシャアは、私のことを何とも思っていない。
妹と別れ、シャアはララァが待つザンジバルに急いでいた。
以前、サイド6でララァがベッドでつぶやいた言葉を思い出す。
『ね、大佐。昼間のあの娘、かわいかったわね』
『あの娘のこと、いやらしい目で見てた』
そのような下心を自分が持ったとは思えない。
しかしあの時、どこか不思議な感じがしたことは事実だ。
アムリィという名前を初めて聞いたとき、どこかで聞いた名だと思った。いや違う。あの少女に、どこかで会ったことがあると感じたのだ。その既視感に魅かれたのは事実だ。
魅かれている?
私が?
たった一度、顔を合わせただけの、まだ幼い面影を残した赤毛の少女に?
まさか。
もしも魅かれているとすれば、それは、あの少女にではない。アムリィという少女が持っているであろう、ニュータイプの能力に対してだ。
しかし・・・ララァに対する感情も、始めは、そのようなものではなかったか?
『ねえ、大佐。あのアムリィという娘・・白いモビルスーツのパイロットだったら、どうします?』
私に、あの少女を撃てるのか?
シャアは一瞬のためらいの後、苦笑した。
そんな余裕を感じながら戦える相手ではない。事実、彼女は私の射撃をさけ、私を圧倒しようとしていたではないか。撃つ。撃たなければ撃たれる。それだけだ。
『あの娘が私を撃とうとしたら、大佐に、あの娘を殺せるかしら?』
ララァの問を思い出す。
「当然だ・・・私は躊躇なく、アムリィという少女を殺す」
シャアは誰にともなく、つぶやいた。
声に出さないと、その自信がぐらついてしまいそうだったからだ。
「よう、アムロ。帰ってきたら、一発やろうぜ」
「ずぇったい、イヤ!」
出撃前の、カイのいつもの冗談に、アムリィも、いつものように舌をベェッと出して答えた。最近フラウがハヤトと距離を近づけたせいか、あまり話す機会がない。
テキサスでの会話を盗み聞きしてから、セイラとも、何となく話しづらく、パイロット仲間で気楽に話せるのは、いまのところ、カイだけだ。
「寂しくなんか、ない・・・アムリィ、行きます!」
ガンダムがカタパルトから射出される。
ラ・ラ・・・
その音を聞くと、沈む。
そんな噂が連邦軍の中を駆けめぐっていた。
とんがり帽子に似た、ジオンのMAらしきものを見たという報告もあった。
そして、その死を告げる音が、ガンダムのコクピットに座るアムリィにも聞こえた。
「いる・・敵!」
振り向きざま、ガンダムと同じくらいの移動砲台・・・ビットをビームライフルで撃ち抜いた。
「まだ聞こえる・・・あそこ!いた!」
いくつかのビットを撃破した向こうに、緑色の巨大なとんがり帽子・・MAエルメスの姿を捉えた。その時だった。エルメスのパイロットの思考が、アムリィの脳裏に飛び込んだ。
『悪い女・・』
「え?」
『シャアを惑わす、悪い女』
「この声・・・あの、シャアのそばにいた女・・・・ララァ?」
『あなたはシャアを惑わし、そのあげく、殺そうとする・・・・あなたに関わると、大佐が死んでしまう』
「なにを・・・幻聴なんて!」
ガンダムのビームサーベルがエルメスに迫る。ビットによるビームの防御壁がサーベルとスパークし、パパッと光る。その茫洋とした光の中に、アムリィとララァの意識が溶けて泳いでいく。
『こ・こ・は?』
『ここは、意識の中の世界。これがニュータイプの共感というものよ』
『あなたは・・・ララァ?』
『そうよ。初めて共感できた相手が、恋敵なんて・・・皮肉』
『恋敵?私は、そんなんじゃないよ』
アムリィは、慌ててララァの言葉を打ち消そうとした。
『そうかしら?ならば、なぜ頬を染めるの?』
『こ、これは・・・その・・・』
『大佐は、あなたに魅かれているわ・・・私が、いつもそばにいてあげると言っているのに・・・ベットの中で、あの人、あなたの話を、よくするわ。
ガンダムのコクピットが、アムリィという名の、かわいい娘だったなんてな・・そんな話をするあの人の横顔は、なんだか楽しそうで・・・
ライバルというよりも、恋い焦がれる相手のことを話しているよう・・・』
『・・・ま、まっさかぁ』
『あなたも大佐に魅かれている。それなのに、どうしてシャアと闘えるの?あの人を殺そうとすることができるの?』
『え・・?』
『私には見えるわ。あなたには何もない。守るべき家族も、故郷もない。それなのに、どうして恋を捨ててまで、闘う機械に徹することができるの?』
『・・・なによぅ!好き勝手に言っちゃって!守るものがないから、戦っちゃいけないっていうの!?』
『それは、不自然なのよ』
『じゃあ、ララァは、何なの!?』
『私は、私を救ってくれた人を守るために、エルメスに乗っている』
『・・たった、それだけのために?』
『好きな男のために生きる・・・これ以上の幸せがあって?』
『・・・』
『あなたには、それもない。それなのに、どうして闘えるの?』
『だって・・・だって私は、闘うことでしか、シャアに会えないじゃない!』
『そんな恋は、寂しすぎる』
『うるさぁい!!!』
アムリィの叫びが、二人だけの異空間を切り裂く。意識が光る宇宙から、漆黒の宇宙へと戻り、アムリィはエルメスのコクピットに照準を合わせた。
「させん!」
赤いゲルググが横から体当たりをかけた。ゆれるガンダムのコクピットで、アムリィはシャアの敵意を感じる。
「ララァを手放すわけにはいかん!」
「・・・シャア!」
どうせ他の女のものならば、いっそ我が手で殺してしまいたい・・・
アムリィは、自分の女としての気性が、思いの外に激しいものであることに気がつき、戸惑いながらも、その熱い感情をとめられずにいた。
距離を置いたガンダムがサーベルを抜く。ゲルググが、ビームナギナタを振りかざす。交差さうるエネルギー束がはじけ、二体が再び距離を置く。
態勢を立て直そうとしたガンダムを、エルメスのビームがかすめる。
「ちぃ!ララァ!どこまでも、私の邪魔をしないで!」
「大佐をやらせはしない!」
バランスを崩したガンダムに、ゲルググが迫る。
「ララァ、よくやった!これで私はガンダムを倒せる!」
シャアの慟哭が、アムリィの意識に、ガラスのように突き刺さる。
ああ・・私はシャアにとって、単なる敵でしかないんだ・・・
その刹那、二体の間にセイラのコアブースターが割り込む。
「セイラさん!あぶないよぅ!」
「誰だ!死ににきたか!」
シャアのビームナギナタがセイラに迫る。
『大佐・・・・いけません!』
「ララァ・・・なぜとめる!」
叫びながらも、シャアはナギナタを退いた。
コアブースターのコクピットにいるセイラの姿を、シャアは感じた。
「アルテイシアか・・・」
その隙を、アムリィは見逃さない。
「シャア・・・あんな女とベットに入って私の話をするくらいなら・・・」
ガンダムのビームサーベルがゲルググの左腕を切る。
「私の手で、死んじゃってよ、シャア!」
「クッ・・・」
距離を置いたゲルググに、ガンダムが迫る。
「大佐・・・!」
その二体に、エルメスが割り込む。
「邪魔しないでぇ!!!」
セイラを見逃したシャアと違い、アムリィのビームサーベルは的確にエルメスのコクピットを狙っていた。
シャアは、ゲルググのビームライフルの照準をガンダムに向けた。
今、引き金を引けばララァは助かる・・・そして、ガンダムを倒せる!
そして、どうなる?
あのアムリィというニュータイプの少女が、死ぬ。
その結果を想像したシャアの指が、一瞬、止まる。
だが、ララァには変えられない!やはり私はアムリィを殺す。
そう思った時にはすでに、アムリィのビームサーベルが深々とエルメスに突き刺さっていた。
刹那。
そう、それは刹那の差であった。
再び、煌めく空間に、二人の女は浮かんでいた。
『フフフ・・・フフフフ・・・』
『なぜ、笑うの?あなたは、もう死んだのに』
『だって、これで大佐は私のものになったのだから』
『・・・え?』
『大佐は死ぬまで、私を忘れない。ララァという一人の女の呪縛から、逃れられないのだわ』
『・・・そんな・・そんなこと』
『あなたがどんなに、シャアに恋い焦がれても、あの人は、あなたには微笑まないでしょう。あの人の目には私の顔が、あの人の耳には私の声が、あの人の肌には私の温もりが、永遠に残ることでしょう・・・』
『やめて・・そんなこと言うの、もうやめて!』
『見えるわ。時の彼方に、私の夢から醒められず、永遠に宇宙をさまよう、大佐の姿が・・・』
『そんなことない!私があなたから、シャアを解放してみせる!人は、変わっていけるはず!』
アムリィの叫びは、もう、ララァには届かなかった。
『ああ・・・時が見える』
エルメスが光球になり、ガンダムとゲルググは、その光球をはさんで、急速に離れ、戦線を離脱していった。
旗艦に戻るゲルググのコクピットで、シャアは一筋の涙を流した。
「私は、ガンダムを倒せたはずだった・・・」
しかし、実際には引き金をひけず、アムリィを殺せなかった。だからララァが死んだ。
「アムリィを・・・殺す」
それがララァへの、せめてもの手向けだ。アムリィを殺せなかったことへの、贖罪なのだ。
WBに戻るガンダムのコクピットで、アムリィは呆然と宇宙を見ていた。
「私が・・・ララァを殺した・・・」
恋する男の、そばにいる女を殺した。
しかし・・いや、だからこそ、永遠に、シャアの心は手に入らない。
「私・・・取り返しのつかないこと、しちゃった・・・」
想い出に勝てることなど、できはしないのだ。
「いかにも、戦力不足ね・・・」
スクリーンに映されたア・バオア・クー侵攻作戦図に、たよりなく描かれた細長い矢印を見て、ミライがため息をついた。
ジオンのソーラシステムによって、最終決戦に臨むはずだった連邦艦隊の、約半数が宇宙に消えた。しかし、この機をのがせば、ジオンがグラナダの資源を元に国力を取り戻す可能性がある。作戦を中断するわけにはいかなかった。
「こちらも、ソーラシステムが使えればな」
言ってもしょうがないことだと理解しながら、ブライトがつぶやく。
ブリッジを、重い空気が包む。そのとき、アムリィがフッと顔を上げた。
「でも、大丈夫だと思うなぁ」
緊張感のかけらもない、力の抜けた声だった。
「どうして、そう思うの?」
セイラが、この戦況で、どうしてそんなに楽観視ができるんだろうと怪訝に思う気持ちを隠さずに、眉をひそめながら訊いた。
「ア・バオア・クーの狙い所は確かに十字砲火が一番くるところだけど、一番もろいところでもあるよね。だいじょぶ!作戦は成功するよぉ」
「ニュータイプのカンか?」
ブライトの問に、アムリィは少し首をかしげながら「んー、そんなところかな」と答え、微笑んだ。一瞬揺るんだブリッジの空気を、フラウのカウントダウンが締める。
「時計あわせ、どうぞ。3,2,1,0。作戦スタートです」
「総員、戦闘配置!10分後にFラインを突破する」
ブライトの声で、皆が一斉に動き出す。アムリィもカタパルトデッキにつながるエレベーターに乗ろうとした。その時、ハヤトとすれ違った。
「ねえ、ハヤト」
「ん?」
アムリィの声にふりかえったハヤトが、微笑む。
「ハヤト・・・死んじゃ、やだよ」
「君ほど強くはないけれど、死ぬつもりはないさ。アムリィもムチャはダメだよ」
そう言って、ハヤトはフラウの方へ体を流した。仲良く話す二人を見ながら「ああ、もう私を守ってくれようとしていた頃のハヤトは、いないんだ」と思うと、アムリィはどうしようもなく寂しくなった。
「私って、勝手な女だよねぇ」
誰にも聞こえないようにつぶやきながら、エレベーターに乗る。先に、カイとセイラが乗っていた。
「なあ、アムリィ」
カイが声をかけてくる。まさかセイラがいる前で、いつもの冗談は言わないだろうと思っていたが、甘かった。
「帰ってきたら、一発やろうぜ」
そばで聞いていたセイラが、小さく驚く。
「あなたたち、そういう関係だったんだ?」
「そうなの、俺達、そういう関係なの」
カイがニヒッと笑い、セイラが小さく顔をしかめる。
「イヤらしい笑いかた」
「ち、違いますよお、セイラさん!そんなんじゃないってば!何言ってんの、カイさん!いつも言ってるでしょ、ずぇったいイヤだって!」
「そこまで言わなくたっていいだろう?」
少しいじけた、おどけた口調でカイが言う。
「なあ、アムリィ」
「だから、イヤだってば」
話の続きかと思ったアムリィが舌を出したが、カイは、声のトーンを落として続けた。
「さっき言ったこと、本当かよ?」
「え?さっき・・・って?」
「大丈夫とかなんとか、言ってたろ」
「ああ、あれ?」
カイとセイラになら、本当のことを言ってもいいかと思う。
「う・そ」
ペロッと舌を出した。
「ニュータイプって言ったってさ、未来のことが分かれば苦労しないよね」
「アムリィにそう言ってもらわなければ、皆、逃げ出していたわ。怖くてね」
セイラがつぶやく。カイはフゥッとため息をつくと「だよな。逆立ちしたって、人間は神様にはなれないからな」と、肩をすくめながら呟いた。
「ニュータイプだからって、勝利の女神になれるとは限らないわけだ」
カイの言うとおりだと、アムリィは思う。
事実、ララァはニュータイプだが、死んだのだ。
私が、殺したのだ。赤い彗星シャア・アズナブルの恋人を。
アムリィはノーマルスーツの胸ポケットに、父の形見になってしまった、ガラクタ同然のOSが入ったディスクをしまった。
「・・・アムリィ、行きます!」
そう言うのは、もう何度目だろう。
体に慣れ親しんだGを受け、カタパルトからガンダムが射出される。
幾つかの小競り合いの間を抜け、ア・バオア・クーに向かう。その途中、気配を感じた。
「この感じ・・・シャア?」
戦闘中だというのに、一瞬、胸が高鳴る。しかし、その直後に、それは激しい緊張に変わった。
脚がないくせにMS以上の大きさを誇る、人型のMA・・・ジオングを視認した瞬間、アムリィは今までにない驚異を感じた。
「・・・シャア以上のニュータイプ?」
ララァを殺され復讐の鬼と化したシャアの殺気が、その能力を倍加しているのだ。
「しかし、怒りだけで勝てる相手ではない。問題は、私にララァやアムリィ以上の、ニュータイプとしての素養があるかどうかということだ・・・」
蒼白の熱情を身に纏い、シャアが、ジオングのコクピットで呟く。
「シャア・・・やっぱり、戦わなくちゃいけないのね」
アムリィが先手のビームを放とうとした瞬間、背後に気配を感じだ。
「・・・え?」
機体をずらす。かろうじて、横をかすめるビームが外れる。
「あの機体・・・ララァのエルメスみたいな攻撃ができる?」
「そう簡単に倒せるとは思っていない!だが!」
シャアの咆吼とともに四方から迫るビームを、ガンダムは確実にかわしながら反撃の一射を放つ。その気配を、シャアも感じることができた。
「甘い!」
「よけた?やっぱりシャアも・・・ニュータイプ!ならば!」
ビームをかわし、ガンダムがジオングに迫る。
「なに!?」
ガンダムとジオングが、唇が触れんばかりの近接距離で、瞬間、対峙した。
「こう近くによれば、四方からの攻撃は無理だよね」
アムリィの声が、シャアに届く。
「どうして・・・どうして、あなたは私の前に戻ってきたの?きれいな女の人なんか連れて・・・」
「それは私の言うセリフだな、アムリィ。君こそ、なぜ私の前に・・・」
「あなたがララァに巡りあうまえから、私はあなたに会っていたよ」
「それは敵としてだ。連邦の新型MSのパイロットとしてだ」
「でも、今は違う。私はあなたのそばにいたいの」
「だからララァを殺したのか」
「違うよ!私・・・あなたがララァにめぐりあう前に、あなたと会いたかった。敵としてじゃなくて、一人の女の子として会いたかった・・・」
「そんな戯言は、戦争が終わってから言うのだな!」
ジオングの口元に光が灯る。熱い口づけとは程通り、至近距離からの一条のビームが、ガンダムの頭部を吹きとばした。
「勝てる!見ているか、ララァ!今の私ならば、ガンダムに勝てる!」
「・・・くう!」
ビームライフルで弾幕をはりながら、アムリィはガンダムをジオングの制空権内から離脱させた。
「メインカメラが・・・今は、生きのびることだけを考えなきゃ!」
映像を、メインカメラから補助カメラに切り替える。
「ええい、アムリィを見失うとは!」
自分がガンダムではなく、アムリィを探していることに、シャアは気がついていなかった。それは、アムリィを憎みながらも、魅かれつつあることを意味している。
ジオングが、ア・バオア・クーの岩陰に隠れる。シャアの脳裏に、瞬間、アムリィのイメージが閃光とともに走る。
「あそこか!アムリィ!」
その気配を、アムリィも感じた。
「あなたが私を撃つのなら・・・私もあなたを撃つしかないじゃない!」
ジオングのビーム束をかわしたガンダムの一射がジオングの胸部を直撃した。
「・・・違う!彼の気配が、まだある」
ジオングのコクピットは頭部にあった。爆発する胴体からシャアの乗る頭部が分離する。
シャアの生存を意識し、一瞬ホッとしたのがいけなかった。ジオング頭部から放たれたビームがガンダムの左腕を盾ごと破壊する。
「そんなに・・私が憎いの?」
泣きたくなるような心の痛みをこらえ、アムリィはガンダムの損傷をチェックした。
「右腕のビームライフルが生きている。まだ、いける!」
ジオング頭部・・シャアを追って、アムリィは機体をア・バオア・クーの奥へと進ませた。
静まりかえるア・バオア・クーの中、アムリィはシャアの気配を感じ取っていた。
「いる・・・」
ガンダムをオートで前進させ、自分はコクピットから出る。
吹き抜けに出たガンダムが、残された右腕をまっすに上げ、上空のジオングを撃つ。ジオングの反撃が右腕と右脚を溶かし、ガンダムは崩れ落ちた。
同時に、破壊されたジオング頭部からシャアが脱出する。
しかしアムリィはシャアの姿を確認せずに、ア・バオア・クー内部へ前進することを選んだ。これ以上、シャアと戦うのはつらかった。
「今はジオンを・・ザビ家を倒すのが、先よね」
自分に言い訳をする。
「ここをまっすぐ進めば・・・行ける!」
「そう思える力をくれたのは、ララァなのかもしれんな」
背後から響くシャアの声に、胸がはねあがった。
ふりかえりざま、銃をかまえる。しかしシャアは動じなかった。戦場の中の静寂。二人は向き合った。
シャアが一歩、前に出る。
「動かないで!それ以上近づくと、撃つわ!」
「撃つがいい。私には失うものなどない。ララァもいない」
「恋人を戦場に連れてくるなんて、あなたがいけなかったのよぉ」
「戦争がなければララァのニュータイプへの目覚めはなかった」
「そんな理屈、なんだって言うの?女にとってニュータイプとかオールドタイプとか、そんなこと、何の関係もないじゃない」
「君はニュータイプのくせに、ものの見方が古い」
「好きな人のそばにいたい。好きな人を感じていたい。ララァも私も、ただ、それだけなのよ?」
「その感性がニュータイプとしての能力を開花させたのかもしれないな」
「また、理屈ばっかり!」
「アムリィ。君は自分がどんなに危険な人物か、理解していない」
「・・・危険?私が?」
「君はニュータイプのあり方を、素直に示しすぎた。しかしそれは、今の世では、組織に利用されるだけなのだ」
「・・・だから、あなたと私は敵どうしになってしまった・・・?」
「混沌とした時代では、人は流れにのるしかない。だから私は・・・君を殺す!」
シャアが銃を抜く。アムリィが引き金をひく。銃弾をさけ、二人は体を素早く宙に流す。
アムリィの銃がシャアをとらえ、その肩をかすめる。後退するシャアを追う。
「まだ・・・まだ話したいことが、たくさんあるのに!」
角をまがったシャアを追い、アムリィも角を曲がる。その途端、フェンシングの剣が宙を貫きせまった。
「ひ!」
紙一重でかわす。
そのアムリィの体に、シャアが体当たりをした。
「ぐう!・・どうして!?どうして私たちが戦わなきゃいけないの?」
「貴様が最強の兵だからだ!」
シャアの剣が幾重にも突きを放つ。壁にかけた剣を取ったアムリィが、それをかわす。
「どうしてお前をここに誘いこんだか、分かるか、アムリィ!」
「え?」
「ニュータイプと言えども、体を使う技は訓練をしなければ身につかない。ならば、女であるアムリィに、私が負けるはずがない!」
「バカにして!私にだって、意地ってものがあるんだから!」
二人の剣が幾重にも交錯する。その間をセイラの叫び声が裂いた。
「やめなさいアムリィ!兄さんも剣をしまって!二人が戦うことなんてないのに!」
しかし二人は止まらない。
シャアの一撃が、アムリィの胸を刺した。
「あぁ!アムリィ!」
セイラが叫ぶ。しかしシャアは勝利を確信できなかった。剣先がノーマルスーツを貫けない。
「なんだ、今の手応えは?」
その一瞬の躊躇が、アムリィに反撃の時間を与えた。
「これ以上、私の前にあらわれて、私を苦しめないで!」
アムリィの剣先がシャアの額に迫った。
ヘルメットを貫き、瞳を隠す仮面を傷つけて、アムリィの剣先は止まった。シャアの額から細い血の筋が流れる。
その瞬間、近くで起こった爆発が三人の体を壁に叩きつけた。
「痛・・・」
アムリィは呻いた。
いち早く態勢を整えたのはシャアだった。
まだ起きあがれないアムリィの前に立つ。その間にセイラがわりこんだ。
「兄さん、やめてください」
「そこをどくんだ、アルテイシア。私はララァの仇を取らなくてはいけない」
「それで、死んだ恋人が喜ぶの?兄さんの敵は、ザビ家ではなかったの?」
「違うな。ザビ家を倒した後の、ニュータイプの世を、私は見たいのだ。しかしアムリィ、がこのまま体制に利用されるのはニュータイプ全体の不幸だ。だから私はアムリィを殺す。それが嫌ならば・・・私の同志になれ」
「・・・え?」
アムリィは顔を上げた。
それは、願ってもいない言葉だった。
「私とともに、ニュータイプの世をつくる。それが、ララァとでは為しえなかった願いだ」
自分はシャアのそばにいてもいい。
それは、今まで戦場で彼と戦いながらも魅かれていったアムリィの、せつなる願いであった。
しかし、口をついて出た言葉は、それとは裏腹のトゲを含んでいた。
「私に・・ララァの代わりになれっていうこと?」
違う、と言われたら、アムリィはシャアにどこまでもついていっただろう。自分こそが、シャアにとってのオンリーワンになれるのであれば・・・
しかしシャアの返事は、哀しいものだった。
「その通りだ」
小さくつぶやいたシャアの声は、凍りついたトゲとなって、アムリィの小さな胸を焼いた。
その瞬間、再び近くで起こった小爆発の火炎が、シャアとアムリィの間を裂いた。
再び体勢を立て直して顔をあげたとき、シャアとセイラの姿は、そこにはなかった。
涙が視界をにじませる。
結局、シャアはアムリィを選ぶことはなかったのだ。
この宇宙に、時の彼方に溶ける前にララァが告げた言葉が、アムリィの頭の中をリフレインする。
『だって、これで大佐は私のものになったのだから』
『・・・え?』
『大佐は死ぬまで、私を忘れない。ララァという一人の女の呪縛から、逃れられないのだわ』
『・・・そんな・・そんなこと』
『あなたがどんなに、シャアに恋い焦がれても、あの人は、あなたには微笑まないでしょう。あの人の目には私の顔が、あの人の耳には私の声が、あの人の肌には私の温もりが、永遠に残ることでしょう・・・』
『やめて・・そんなこと言うの、もうやめて!』
『見えるわ。時の彼方に、私の夢から醒められず、永遠に宇宙をさまよう、大佐の姿が・・・』
ララァの呪詛がアムリィの体内を木霊し、その小さな胸をしめつけた。
どのくらい、ア・バオア・クーの中をあてもなく彷徨っただろう。泣いていたにも関わらず、あまり酸素を消費していないので、さほど時間は経っていないのかもしれない。
「こんなところで・・・死ねないよぉ・・・シャアにララァの代わりだなんて言われた後で死んだら、ミジメすぎるもんね」
いくつかの爆風をさけながら進むアムリィの前に、崩れ落ち横たわるガンダムが見えた。
「まだ・・・助かる」
機体に取りつき、外部操作で上体を離脱させると、コアファイターのシートに座った。
ノーマルスーツのポケットを探ると、父の形見のディスクが割れていた。これがなかったら、シャアの剣がアムリィの胸を貫いていたことだろう。
「ありがとう・・・パパ」
小さく呟く。
「でも・・・ホワイトベースの皆は?」
言ってみたところで、どうなるものでもなかった。このまま、どこかに戻るあてもなかったら、ただ酸素を消費して死を向かえるだけだ。
「ララァのところへ・・行くのかな」
『何も出来ないのね・・・』
ララァの声が、脳裏をかすめた。
「え?」
『ニュータイプと言っても、あなたは好きな人の心の中に残ることもできない』
アムリィは瞼を閉じて苦笑した。その通りだ。私は、無力。
「なぁに?自分が死ぬときだけじゃなくて、私が死ぬときにも、わざわざ嫌味を言いにきたわけ?」
『大佐の言うとおり、あなたは結局、戦争に利用されるだけだったのね・・・』
何も言えず、アムリィが黙りこくった時だった。
なつかしい声が、たった一言、耳元でささやいた。
『それでいいのか、アムリィ』
「・・・リュウ?」
ハッとして、目を開ける。確かにリュウの声だった。でも、もう聞こえない。
「・・・そんなの、やだ」
ララァ、私はあなたとは違う。
ただ生きるためだけにシャアにすがっていた、あなたとは。
ただ時代に流され、戦争に利用されるだけだった、あなたとは。
私には、皆がいる。
そして、私は、まだ生きてる。私だから出来ることがある。
「・・・見える。皆が、見えるよ」
『セイラさん、あきらめちゃ、ダメ』
「アムリィ?アムリィなの?」
『あの人の妹を助けられなかったら、私、また、シャアに嫌われちゃうし』
「でも、ここがどこだか、わからないのよ?」
『そこをまっすぐ・・500メートル先を左に曲がって。皆がいるよぉ』
『ブライトさん』
「第16ハッチは封鎖だ!・・この声、アムリィか?」
『そういえば、私、ブライトさんに何度も叩かれたね。生きて帰ったら、叩き返してもいい?』
「しかし、この状況で、生きて帰るといっても・・・」
『指揮官が弱気にならないでよぅ。でも、すぐに退艦命令をだして。でないと・・』
「全滅する?」
『ミライさん』
「ハッチを閉じて!・・・アムリィ?」
『今、ブライトさんが退艦命令を出すわ。だから』
「ええ、ランチの用意をさせるわ」
『フラウ』
「アムリィ?」
『フラウ、実は私のこと、嫌いだったでしょう』
「この大変なときに、何言ってんのよ!」
『でも、私はフラウのこと、嫌いじゃなかったよ。次の銃撃がやんだら、一気に走り抜けて。チビちゃん達と一緒に、ランチのところに行くの』
「礼なんて、言わないからね!カツ、レツ、キッカ、私が走ったら、走るのよ!」
『ハヤト、カイさん』
「アムリィ?生きてるのか?」
『生きてまぁす。心配してくれるの?ありがと、ハヤト。それからカイさん、カイさんのこと嫌いじゃないけど、一発やるってうのは、やだなぁ』
「バ、バカ!あれは冗談だって!」
『そこはもう、撤退だよ。大丈夫、連邦軍は優勢だから・・それからハヤト、好きだったよ。フラウを大切にしてね』
「・・ありがとう、アムリィ。ここはもう引き上げるよ」
セイラの目の前に、皆が乗ったランチが見えた。
「こっちだよ、セイラさーん!」
カイが手を振り、セイラの体を受けとめる。
「よし、出してくれ!」
ブライトのかけ声でランチが動き出す。
遠ざかるア・バオア・クーの片隅で、WBの残骸が小さく爆発した。
「ホワイトベースが・・・」
「・・沈んでいく・・・・」
誰ともなく、皆が複雑な想いでつぶやく。
「アムリィが導いてくれなければ、我々は皆、あの炎の中で焼かれていた」
ブライトのつぶやきに、セイラが目を見開いた。
「じゃあ・・アムリィは、このランチにいないの?」
「いない・・セイラ、アムリィを探してくれ!ジオンの忘れ形見のセイラなら、我々よりニュータイプに近いはずだ」
「でも・・どうやって?」
目を閉じる。耳をすます。しかし、アムリィのイメージさえ捕まえることができない。
「アムリィだけ、いないの?」
フラウの声を、チビ達が聞きつける。
「さっき、アムリィ姉ちゃんの声、聞こえたろ?」
「うん!」
カツの声に、レツとキッカが声をあわせてうなずく。
「セイラ、どうだ?」
ブライトが聞くが、セイラは崩れおちることしかできなかった。その目に、薄く涙が滲む。
「さっきは、あれだけはっきり、アムリィの声が聞こえたのに・・・人がそんなに、便利に慣れるわけ・・・ない・・・」
「そう、ちょい右!」
突然、キッカが大声を出した。皆が振り向く。継いで、周りの驚きなど気にせず、レツ、カツが声を出す。
「はい、そこをまっすぐ!」
「そう、こっちこっち!大丈夫だから!」
「すぐ外なんだから!」
「わかるの?アムリィのことが?」
フラウが訊く。
「あったり前じゃん!」
なんで皆、わからないの?という顔をしながら、キッカが元気よく答える。
「いい、アムリィ?5!」
「4!」
「3!」
「2!」
「1!」
3人の声が、同時に響く。
「ゼロォ!!!」
遠く、暗闇の中に、小さく、小さく、小さく、でも確実に、アムリィの乗るボロボロのコアファイターが見える。そして、それが、少しずつ、少しずつ、大きくなっていく。
「アムリィ!」
こらえきれず、ハヤトが叫んだ。
「あぁ・・・」
声にならず、セイラが泣く。
皆が、アムリィのコアファイターに手を振る。力一杯、お前の帰るところは、私たちのところだよと言わんばかりに、手を、振る。
Believe! 人は悲しみ重ねて 大人になる
いま 寂しさに震えてる
愛しい人の
その哀しみを 胸に抱いたままで
Believe! 涙を 海へ還れ
恋しくて つのる想い
宙 茜色に染めてく
Yes, my sweet, Yes my sweetest
I wanna get back where you were
愛しい人よ もう一度
Yes, my sweet, Yes my sweetest
I wanna get back where you were
誰もひとりでは 生きられない
壊れたハッチの代わりに身を隠していた板きれをどかし、アムリィは、周囲を見回した。
「皆は・・・?」
かすかに、光が見えた。
小さな投光機を構えたハヤトが、アムリィ!と何度も叫んでいるのが見える。
セイラが泣いている。カイやミライが笑っている。
あの笑わないブライトが笑っているのか泣いているのか、表情を崩している。
自分を嫌っているフラウさえ、両手を広げて自分をむかえてくれようとしている。
自分を導いてくれたチビちゃんたちが、はしゃいでいるのが見える。
皆の姿が、涙でかすむ。
「ララァ・・・見える?私、バカだった。シャアにララァの代わりだって言われて、やっと気がついたの。
私が帰るところは、シャアのところじゃない・・・私には、まだ帰れるところがあるの・・・こんなに嬉しいことって、ない・・・
ララァには、きっと、わからないかもしれないけれど・・・」
Believe!帰らぬ人を想うと 胸は翳り
いま 哀しみの彼方から
舵をとれば
いつの日にか めぐり逢えると信じて
Believe! 涙よ 海へ還れ
愛しさに 胸焦し
想い 宙を染めあげる
Yes, my sweet, Yes my sweetest
I wanna get back where you were
愛しい人よ もう一度
Yes, my sweet, Yes my sweetest
I wanna get back where you were
誰もひとりでは 生きられない
リュウが、トンッと軽く背中を押したような気がして、アムリィはシートを蹴り、コアファイターのコクピットからランチへと向かった。
両手を広げて待つ、皆のもとへ向かった。
作:プロト ◆xjbrDCzRNwさん
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