sports doctor report臨床スポーツ医学 整形外科医で外洋ヨットレース参加

メルボルン大阪ダブルハンドヨットレース1991に参加して

名古屋大学整形外科医師 佐藤公治

 はじめに

 1991年3月、オーストラリアから日本までの太平洋縦断ヨットレースが開催された。このレースに選手として参加したのでスポーツ医学という面からこのヨットレースを振り返ってみたい。

 このヨットレースは、1987年に大阪市と姉妹都市メルボルンとの間で第1回レースが行なわれた。今回はその第2回目である。ルールは二人で太平洋を、他からの援助なく縦断するものである。10,200Km、約一カ月の航海を乗り切るには体力、気象や戦術のほかあらゆる知識、精神力を要求される。ヨットには一人から二人乗りのディンギーとキャビンの付いているクルーザーがある。共にレースが行なわれているが、ディンギーは一日内の短距離レースであるのに対しクルーザーの場合は外洋を何日もかけて競う、マラソンのようなものでさまざまな試練が訪れる。

 ヨットを日本から回航

 私が乗ったのはCSK Bengal Uという艇名の全長16m外洋クルーザーヨットである。日本を昨年、12月に出港し2ヶ月かけてオーストラリアまでヨットを回航した。回航は5人でレースの下見を兼ねて航海し、父島、グアム、ギゾ島(ソロモン諸島)に寄港した。クルージングで未知の南の島を探索して行くのは楽しかった。各島ではるばる日本から来たことに歓迎を受けた。また見るものが珍しく、特に赤道直下のギゾ島は、人々がカヌーで行き来し、のんびり暮らしているのに感動した。しかしマラリアの感染地域で、唯一の病院はイギリスからきた女医さんが治療に奮闘していた。

 ヨットレース本番

 レースは11カ国65艇がエントリーし、実際にスタートしたのは42艇であった。途中2艇リタイア、1艇が沈没したほかは最短28日、最長60日でレース艇はフイニッシュした。私のヨットは35日で完走し12位であった。パートナーは産婦人科医の邨瀬氏(市立半田病院勤務)で、唯一の医師コンビであった。このレースの醍醐味は太平洋を横断するよりも気象が激しく変化するところにある。メルボルンは秋、そして世界の難所バス海峡、タスマニア海、赤道無風帯、また日本近海は春の変わり安い天気と気象は多彩だ。さらにコーラル海、ソロモン諸島と点在する島の間をナビゲーションする危険性も満ちている。

 今のヨットは電化製品で、位置を出すナビゲーション、無線、航海灯と電気をエネルギー源として使っている。その充電のためにエンジンを回す。私のヨットは、なんとそのエンジンがレーススタート後5日目に故障してしまった。それからは残ったバッテリを細々と使うサバイバルレースになった。電気があれば使える自動操舵装置も無用の長物。二人で3時間おきに交代して舵をもった。食事、ナビゲーション、気象の予想、レース戦術、最低限の無線連絡とワッチオフの時でも忙しい。一時3位であった順位も赤道無風地帯で疲れも出て、16位となった。グアム付近の貿易風でなんとか健闘したが12位にとどまった。しかし無事フィニッシュして陸地に足をつけたときの感動は忘れがたい。「やっと着いた、ありがとうございました。」思わず涙ぐんでしまった。

 クルーザーヨットでの医療

 回航途中、レース中に、また他船より無線で治療の問い合わせを受けたことを含めてヨットのロングクルージングと医療の実際についてとりあげてみる。

 ヨットでいちばん多い疾患は外傷である。打撲、切創は頻繁にある。時に骨折もあるがX線でチェックするわけではないので、臨床所見のみで判断するしかない。

 実際には回航中に、あるヨットのクルー(乗組員)が魚の骨を肘にさしてしまいそれが化膿したと無線で連絡してきた。早速毎日洗浄、消毒とその船に積んである抗生剤と鎮痛消炎剤を探し内服を指示した。またあるヨットマンはバス海峡でブームのブロック(滑車)が手に当たり第2中手骨骨折(メルボルンの病院でX線検査した)を起こしたため、2日後ヨットハーバーでプラスチックギプスで固定した。プラスチックギプスは水に強く、海水でも使えるので海上では便利である。われわれのヨットでは、揺れる船内で暑いシチューを下腿にこぼし火傷を負った。イソジンで消毒、鎮痛消炎剤を処方した。またワイルドジャイブ(急な風のふれによる方向転換)により頚部挫傷をおこしたクルーがいた。この際は、段ボールで即席のカラーを作成した。

 繰船はどちらかというと上肢を使うことが多いので、手指の腱鞘炎、胼胝、ケルバン腱鞘炎、肘頭部皮下滑液包炎を認めた。いずれも湿布、弾力包帯固定で軽快した。逆に下肢は狭い船内で余り使わないため、むしろ筋力低下を起こした。回航時ギゾ島へ寄った際、上陸し少し歩いただけでふらつきと、大腿四頭筋、下腿の腓腹筋に痛みを感じた。将来、下肢筋力増強として、バッテリー発電器付き自転車が開発されれば一石二鳥であろう。

 そのほか内科的疾患としては、風邪、そして下痢や便秘などの胃腸障害は食料、水に起因すると思われる。ヨットは夜も走りつつげるため2−3時間毎に交代するワッチが必要である。そのため不規則な生活となり疲労も蓄積されてくる。朝昼晩、夜食と4回は食事をきちんとすべきであった。米のほか最近はいろいろなレトルト食品が発売されているので片寄らぬようにした。野菜ジュース、ロングライフ豆腐、ロングライフ牛乳、お餅は有用であった。

 船酔

 ヨットマンでも船酔はする。とくにエンジンを修理したり、うねりにもまれると気分は悪い。しかし繰船しなければいけないので船酔だといって休んではいられない。慣れが一番であるが、胃腸の具合い、精神的な要素も原因となりうるので、その調整も必要だ。日本では発売になっていないがSCOP(チバガイギー)というhyoscine経皮吸収の薬が売っていた。オーストラリア海軍士官も耳の後ろに貼っていた。ヨット大国オーストラリアでは、そのほか手関節のバンド、船酔止めカセットテープなどがあったが効果の程はさだかでない。

 ヨットに乗っているときの思い

 ヨットは狭い社会である。協調が大事だ。しかしもう少しやってくれたらいいのにと、どうしても相手に期待してしまう。やれることは自分でやればいいのだと思うことだ。さらにロングレースともなると、戦意を持続することが難しい。

 海が荒れたとき、必ずおさまるときがくると自分に言い聞かせ耐えた。生死は運もあるが、生きようとすることが大事で決して諦めてはいけない。誰とて一週間も海に出ていると陸が恋しくなるものだ。レース中辛いときは、歌を唄ったり陸に着いたらということを考えていた。

 ヨットの備品

 我々は表1のような薬品、機材を持って行った。さらにあったほうがいいと思われるのは、ソフラチュールくらいである。また外洋で頼るものはないから自分の健康状態は把握していなければいけない。ロングクルージングの前に全身の精密検査、特に歯の治療はしておくべきだろう。

おわりに

 私は、このチャレンジを通じて多くの人に出会い、また貴重な経験をした。これを今後活かしていきたいと考えている。

表1 準備した医薬品と材料

 投薬 整腸剤、便秘剤、下痢止め、PL、抗生物質、鎮痛消炎剤、生食の点滴、ステロイド、酔い止め

 材料 湿布、シーネ、プラスチックキャスト、ナートセット、局麻剤、