外洋ヨットのマリンタイムモービルのすすめ

YAMAHA OSAKA CUP Melbourne/Osaka Double Handed Yacht Race 1991に参加した
ヨットCSK Bengal2の経験より

JR2TDE 佐藤公治さとうこうじ


<はじめに>

 1991年3月23日、オーストラリアのメルボルンから大阪までの10200kmを外洋ヨットで、それも二人で操船するという太平洋縦断ヨットレースがスタートしました。世界11カ国から65艇が出場しました。私は、このレースにエントリーNo.25、CSK Bengal2という全長16mの外洋ヨットで参加しました。このレース参加のため一年前から準備をし、特に得意分野である無線機などのナビゲーション機器の設置は自分で行いました。そして昨年12月に、日本からオーストラリアへグアム、ソロモン諸島を経由してヨットを回航しました。そこで、その外洋ヨットのハイテック機器の設置、マリンタイムモービルの運用についてご紹介します。

 いまや外洋ヨットはハイテック機器を多く登載しています。ヨットレースは風をつかみ、自然を相手に行うスポーツですが、一方ではこれらの機器をどう利用するかも勝敗に関係してきます。よって電気の知識はどうしても必要になってきます。

<各機器の設置に付いて>

1.アマチュア無線機

 日本の家族やサポートチームとの連絡、見知らぬ人と友達にもなれるマリンタイムモービルが楽しめるのは、やはりアマチュア無線の世界です。リグはJRCのJST135を登載しました。ヨットは荒天時にかなり揺れ、波の振動(パンチング)があるのでしっかり固定することが必要になります。しっかりしたL字プレートを使用し貫通ボルトで止めることです。

 オートアンテナチューナNFG230は防水型で海で使うにはもってこいです。アンテナチューナーは船の後方(スターン)へ持っていくことが大事です。というのは手動のアンテナチューナーを無線機の所へ置き送信すると、アンテナが船内に這わされるため船内の他の電子機器にインターフェアを確実に起こすからです。

 短波用のプロ用の船舶無線機も同様にオートアンテナチューナーを使用し、それを後方へ設置しました。

 アンテナはマストを後方に支える約20mのバックステーです。アンテナチューナからの銅線をホースバンドで確実に圧着し、シリコンで防水、さらに自己融着テープで固定しました。絶縁ガイシより下ではバックステーよりなるべく離すようにします。このアンテナを切り替えて気象FAXの受信にも使いました。

2.国際VHF

 外国の港へ入る際には必ずこの国際VHF16CHでハーバーコントロールと連絡を取ります。VHF(156MHz)という性格上アンテナは高い方が良く飛びます。CSK BengalUの場合は20m高のマストトップにつけました。軽量で定評のあるアローラインの144MHz用”やぶれがさ”を流用しました。さらに緊急時、退船する際に持ち出せるようハンディタイプのトランシーバーも持って行きました。これは充電タイプです。

3.GPS(Grobal Positioning System)

 ヨットにとって現在地を知ることは航海術の中でも重要なことです。天測をして位置を出すのは昔のことで(今でも非常時には必須の手技ではありますが)、現在は人工衛星を使い精度15m以内という装置が開発されています。近年、急激に廉価となりました。ハンディタイプも登場しています。CSK Bengal2には消費電力の少ない液晶タイプのGPS、NAVTRACK(Trimble)と予備のJLR4200(JRC)を積みました。このシステムは衛星からの1.5GHzの電波を拾うのでやはりアンテナは高い方が望ましいでしょう。ディスプレィは防水で船外のコックピットから見える所に設置すると便利です。1台はチャートテーブルに設置しました。また落雷で電気系統がいっぺんにやられてしまうことも考えられるので、ハンディタイプのGPS(NAV1000plus)をアルミホイールに包みレース中は持ちました。

 GPS以外に廉価の位置測定システムとしてロランCがあります。これは複数の地上送信局からのLF帯100KHzを使う双曲線電波航法の一つです。しかしGPSが安くなればロランCはもう必要なくなるでしょう。今回はGPSがどれくらい役立つか不明だったためロランCを積みましたが、実際はほとんど使いませんでした。

4.レーダー

 レーダーは見慣れると便利です。自艇以外の船舶のほかスコールが写ることがあります。赤道付近でスコールが自分の方へ来るかどうかの確認、また夜半の島の間のスラロームには欠かせませんでした。CSK Bengal2には液晶式のJMA2011を積みました。消費電力は25W、最大距離は8マイルでしたがヨットなら艇速10マイルも出れば早い方ですからこのレンジで十分でした。

5.オートパイロット

 イギリスのNECOというメーカーの自動操舵装置です。一定のコンパスの方向に舵を向けてくれます。モーターはトルクのある24Vタイプを使いました。このモーターは少しタイプが古くブラシからノイズが漏れ、無線の受信にノイズとして入りました。最近は油圧式の小型モーターでノイズはあまりでないようです。オートアンテナチューナを後方へセットしたおかげで、無線送信時にオートパイロットが誤動作するような回り込みはありませんでした。

6.気象FAX受信機

 これもJRCのJAX9という小型のFAX専用受信機を積みました。1日2から3回取りました。記録紙は1本で2週間は足りました。日本近海ではJMH、グアム付近ではNPN、オーストラリアではダーウインからAXI、キャンベラからAXMが天気図を放送しています。各国のニュースもFAXで受信することもできます。どの放送局も各周波数で送信しているので、時間帯と距離との関係で最適な周波数を探しておく必要があります。大まかには低い周波数は近海用、高い周波数は遠海用です。またプログラム受信は便利ですが、信号が弱いと自動スタートしないことがあるので注意が必要です。

7.EPIRB;Emergency Position Indicating Radio Beacons)

 あってはならないことですが、もしもの緊急事態発生時は、遭難信号発生装置イーパブをONにします。日本からの回航は、従来の船舶や航空機が受信する従来型のイーパブ(121.5/243MHz)を持ちました。レースの時は、さらに進んだサテライトイーパブ(406MHz)を全艇が支給されました。これは衛星が遭難信号をキャッチします。個別の識別信号でどのヨットからの遭難信号かすぐわかるようになっていました。実際レース艇のヨットサザンデュフォは、グアム近海で流漂物に衝突し沈没。EPIRB、アルゴス、ハンデイVHFトランシーバーを持ってライフラフト(救命筏)に乗り移り、約1日でコーストガードに乗員2名は無事救出されました。

8.アルゴスシステム

 この装置はもともと気象用の人工衛星を使った移動物体位置測定システムです。定期的にレース本部が各艇の位置を確認し、広報するためにレース中のみレース艇に支給されました。これにより陸にいる人も毎日の各艇のポジションが手に取るようにわかりヨットレースを満喫されたようです。実際に乗っている我々にも毎日のロールコールの際に、1日1回各艇のポジション、順位を放送してくれました。ヨットに積まれた端末送信機は401.65MHz を使用したデータ送信機です。

9.電源系統

 電気製品のエネルギー源はバッテリーです。12Vの電子機器と24Vの電子機器があり2系統となりました。1日2回エンジンを回し充電しました。メーターを見て充電電流が5A以下になるのを指標としました。バッテリ使用時は常に電圧、使用電流に注意することが大事で、12.5Vより下がるようなら早めに充電をしたほうがよいでしょう。また暑い地方ではバッテリー液が減る場合があるのでときどきチェックが必要です。今回は12Vの発電機の容量50A1ヶでは発電量が不足し充電に時間がかかりました。さらに50Aの発電機を追加する必要を感じました。オーストラリアには能率良く急速充電をできるレギュレータが売っていました。また発電機のプーリーを少し小さくして回転数をあげてやるのもいいかも知れません。

 ソーラーパネルMA33(SOVONICS)を2枚デッキに貼りました。アモルファスのため曲面に貼れて便利です。しかし薄いため注意しないと、みんなが踏みつけすぐ接触不良になります。実にレースの際、後ろのデッキのパネルは効いていませんでした。ソーラーの充電電流は赤道近くですが、ピークで3Aに達し十分実用になると思われました。

 ヨットの場合、困るのはアースです。CSK Bengal2の場合はS−ドライブのエンジン、キール、マストを幅10cmの網線で結びそれを無線機のあるチャートテーブルまで引きました。ヨット後方のアンテナチューナー、オートパイロットのモータのアースも接続しました。

<マリンタイム運用について>

1.アマチュア無線

 愛知県安城市にあるJR2YEC安城パケッタハムクラブ(JR2ODZ会長)が中心に無線のサポートをしてくれました。毎朝夕6時30分より21MHzで連絡を取りました。JA2ATS平野さんが陸上キー局となってくれました。ソロモン諸島付近はコンデイションが悪く、14MHzも併用しましたが、ほとんど21MHzで交信できました。CSK Bengal2はマストも高くアンテナが長いこともあり14,21MHzは非常に良く飛びました。28MHzは長すぎて逆に同調がとれにくいようでした。

 そのほか有名なヨットのマリンタイムネット「オケラネット、シーガルネット」にも毎日チェックインしました。英語のマリタイムネットは14MHzを中心にたくさん運用されています。

 オーストラリアのVK3BJB Joan さんは日本語もお上手で、回航中から日本各艇を無線で応援、さらにスタート前にはメルボルンへも来てくださいました。またサンフランシスコから南太平洋をシングルハンドでクルージングを楽しんでいたHP8LEE Peterさんとは、シーガルネットを通じ知り合いグアム、レース後大阪で感激のアイボールをしました。

 マリンタイムモービルを運用しているとき、ヨットは気象条件によりヒール(傾く)していたり、パンチング(波にぶちあたる)したりして平穏というときは少ないのです。よってQSOの際はまずRSレポートの交換を行い、伝搬状況を把握し、つぎにヨットのポジションにより陸上側の八木アンテナを最適方向へ向けてもらうことになります。ヨットはバッテリという電源事情もありショートQSOになることが多いです。しかし50W出力の際やロングQSOになるときは、エンジンを回しながらQSOしました。定時交信では、はじめの呼びかけのみ50Wで行い、コンディションが良ければ出力を最低まで下げていきました。交信の可能、不可能は送信出力より伝搬コンデイションにより左右されました。またQSO中のヨットへの質問などは、なるべく「はい、いいえ」で答えれる形が良いでしょう。

 最近のアマ機はゼネカバ受信が可能です。各国の国際放送、中波の放送を受信するのは楽しいものです。赤道付近で、名古屋の東海放送が中波で微かに聞こえたのにはびっくりしました。

2.レース中のプロ無線局とのロールコール

 レース中はシドニー郊外にあるPenta Marine Radio Communications がロールコールを1日1回行い、各艇の位置、乗員艇体の異常の確認をしました。この2PC Penta Comstat (VM2PC) は、プロの海岸局ですが主にプレジャーボートとの通信を受け持っています。オーストラリアをスタートした時は4MHz、その後8,12,16,22MHzと周波数を変えながら日本へフィニッシュするまで全レース艇のサポートをしてくれました。

3.ヨットからパケット通信の試み

 最近の外洋ヨットにはコンピューターがよく積まれています。おもにナビゲーション機器の情報処理に使われています。私は以前からコンピュタ通信を手がけていることもあって、TNC(タスコTNC24Mk2)とラップトップ型コンピューターを持って行きました。8mmビデオの像を画像処理し、パケット通信で伝送しました。このように外洋にいるヨットからコンピュータを使った画像通信を行ったのは、世界でもはじめてのことです。

4.外国の地で相互運用

 外国に入国したら原則として、日本のコールサインでは運用できません。しかしヨットで短期停泊者には比較的簡単に相互運用許可を出してくれるようです。入港してCustom,Imigration,Quaratine が済んだらテレコムへ出かけましょう。局免と従事者免許の英文証明が必要です。

 ヨットのマリンタイムモービルではロングワイヤアンテナ、海抜0mという条件ですので、出力50Wはないとなかなか安定したQSOは難しいようです。国によっても違うでしょうが、短波帯を運用するために2アマ級以上の資格を要求されることがあります。よって2アマは取得しておくべきでしょう。

 ソロモン諸島のギゾ島では、6ソロモンドル(360円)で4日間限定のH44/JR2TDEを許可してもらいました。オーストラリアでは1年間有効のVK2GJZの免許をもらい運用しました。

<おわりに>

 海は厳しいときもあり、また優しいときもあります。時化ているときなどは、この試練はいつまで続くのだろうと思うときもありました。そんな時は、無線に出るのでさえ億劫になります。しかし無線は助けを呼ぶものではなくて、陸にいる人を安心させるものだと考えます。また無線を通じ多くの人に出会いました。

 自然の美しさ、新たな人との出合、船で行った異国情緒は、語り尽くせないほどすばらしいものです。いろんな体験をしました。もし機会があればぜひロマンを求めて大海へ出てください。次回のメルボルン大阪ヨットレースは1995年に開かれる予定とか、まだまだいくつかの「次への人へのアドバイス」をお教えします。

 このチャレンジを通じ、準備そして陸上サポート、レース本部の方、他のヨットの競争相手など本当に多くの人に出会い、またお世話になりました。紙上をお借りしてお礼申し上げます。


モービルハム 1991年 月号 P. -  掲載